00年2月Science Book Review


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  • 生存する脳 心と脳と身体の神秘
    (アントニオ・R・ダマシオ(Antonio R. Damasio) 著 田中三彦 訳 講談社 2800円 原題:Descartes' Error : Emotion, Reason, and the Human Brain, 1995)
  • ダマシオはハンサムなルックスと<ソマティック・マーカー>仮説で知られる研究者である。原題を直訳すると「デカルトの誤り」。これもそれほど良いタイトルではないと思うが、邦題の「生存する脳」に至ってはまったく意味不明である。また訳者は3年間も原稿を抱きしめていたらしい。仕事が遅い翻訳者には科学書翻訳の仕事を出してもらいたくないね。他にも適任の人がいるだろうに。個人的な好みだが、この訳者の文章は私の肌にはあんまり合わないのだ。

    本書は3部構成になっており、第一部ではフィネアス・ゲージの症例に始まり、主に脳損傷により情動を失った人間の意志決定や推論への問題と画像診断の結果、そしてその考察が展開する。
    第2部は「探求」と題され、原題の副題にある「情動、イメージ」の重要性について、さらに深い考察が展開する。<ソマティック・マーカー>仮説で締めくくられる。第3部は検証。

    <ソマティック・マーカー>とは非常におおざっぱに言うと、推論や意志決定には<ソマティック・マーカー>とダマシオが呼ぶ、ある種の身体感覚が不可欠の役割を果たしているという説である。

    「われわれの意識にとってシナリオは多数のイメージ的情景で構成されている」。われわれは様々な種類のイメージがあふれ、次々に閃き続ける状況の中で意志決定を行わなければならない。さまざまな選択肢を「比較のために必要な利益と損失の数多くの元帳を記憶にとどめておくことは容易ではない」。「あなたがいま記憶にどそめたばかりの表象が、つまり論理的推論を続行するうえで必要な象徴形式に翻訳するために吟味しなければならない中間段階の表象が、記憶基盤からあっさりと消えていく」からだ。いわばAIの世界でいう<フレーム問題>を人間は解決しなければならないのである。我々はどのように様々な選択肢に評価を下し、選択を行っているのか?

    そこでダマシオが提案するのが<ソマティック・マーカー>だ。彼はこういう。「問題解決に向けて推論をはじめる前に、あるきわめて重要なことが怒る。たとえば、特定の反応オプションとの関連で悪い結果が頭に浮かぶと、いかにかすかであれ、ある不快な『直感(gut feeling)』を経験する」というのである。これをダマシオは「ソマティック(身体的)な状態」と呼び、この感情は一つのイメージを「マーク」しているという意味で<ソマティック・マーカー>と名付けた。つまり身体的な感覚のことだ。

    ダマシオによれば<ソマティック・マーカー>は「特定の行動がもたらすかもしれないネガティブな結果にわれわれの注意を向けさせ」る。そして「自動化された危険信号」として機能するという。つまり選択肢の切り捨てに<ソマティック・マーカー>が使われているのだというのだ。そしてこれこそが、推論なしに問題を解決する「直感」の正体であるという。

    要するに人間は「なんか嫌だなあ」という感覚で一種のフレーム問題に陥るのを防いでいるというのである。で、それは身体に張り巡らされた自律神経系から発する信号であり、だから脳と心と体は不可分なのだ(=デカルトの誤り)というのが本書の第2部だ。

    ダマシオによれば、脳は「外界が身体に引き起こす変化でその外界を表象する」。そして、ある特定の情景を見たり聞いたりしたときの記憶は、身体と脳に起こった変化全体の記録である。心は脳のみにあらず「一つの有機体」としての身体全体から生じるという。まあ、神経系という言葉はもともと脳だけを指すわけではないから、当たり前といえば当たり前なのだが。

    さて、<ソマティック・マーカー>のために必要な神経システムは前頭前野にあるという。彼は理由として以下の4つを挙げる。

    1. 前頭前皮質はすべての感覚領域から信号を受け取っている。
    2. 前頭前皮質は脳のなかの生体調節部位からの信号を受け取っている。
    3. 前頭前皮質自体が、それまでの状況の類別、実生活の経験の分類を行っている。
    4. 前頭前皮質は脳の中の運動反応や化学反応の一つひとつと直接つながっている。
    ダマシオはこれらから前頭前野、特にその腹内側部こそが、1)特定の状況と関わる信号、2)個人に特有の経験的状況と結びついてきたさまざまな種類と強さの身体状態に関する信号、3)そうした身体状態の効果器に関する信号の3種とを連携する部位であるとする。

    そして<ソマティック・マーカー>のメカニズムにも二つあると続ける。身体を介するものとバイパスするものの二つである。彼は後者を「あたかも」的メカニズムと呼び、本物の身体状態が生み出すような感覚を体性感覚皮質が作り出すことによって意志決定に影響を及ぼすものだという。

    まあともかく、情動が意志決定に重要な役割を果たしているのだ、そしてそれには身体から発する感覚が重要な役割を果たしているのだ、というのが彼の主張である。今後の研究成果を待ちたいところだ。


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  • ここまで来た「不老の医学」
    (内海文彰(うちうみ・ふみあき)監修 東茂由(ひがし・しげよし) 著 PHP研究所(PHP Business Library) 743円)
  • キヨスクで売っている読み捨て系の本だが、内容は至ってまとも。おおざっぱな老化のメカニズム、テロメアの話、ホルモン療法の話、抗酸化物質の話など。研究者ではなくジャーナリストが書いたものなので知っている人は知っている話が多いのだが、いま知られている話がコンパクトにまとめられているので便利ではある。最後はなぜかバイアグラやアリセプトなど生活改善薬の話だが、まあここら辺の市場は重なっているという一つの現れだろう。

    ウェブ日記にも書いた話だが、本書には「きんさんぎんさん」らセンチュナリアンこと百寿者の話が出てくる。彼らには面白い話がある(財)岐阜県バイオ国際研究所の田中優嗣氏らの研究によるとミトコンドリア遺伝子の5178番目がアデニンであるA型の人と、シトシンであるC型の人がおり、その型の違いが、百寿者と一般人では有意に現れたというのである。百寿者にはA型の人が多かったそうだ。なお、先日亡くなったきんさんもA型だったそうである。他にも第6染色体のDR遺伝子などが長寿に関係あるらしい。ただし、相関関係は分かっていても、具体的な因果関係の解明はこれからだろう。だが寿命という良く分からないものにも、徐々に科学の目が入りはじめたことだけは確かだ。


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  • 移植医療の最新科学 見えてきた可能性と限界
    (坪田一男(つぼた・かずお) 著 講談社(ブルーバックス) 800円)
  • 角膜移植の専門家による移植医療やぶにらみ、って感じ。主に免疫寛容(トレランス)の話が核。羊膜を利用した角膜移植、また移植する角膜タンパクを事前に食べさせてトレランスを起こさせようといった話、また免疫担当細胞であるT細胞そのものをアポトーシスさせて殺して免疫寛容を起こさせるという話は面白い。

    ま、そういう本。パラパラーっと読める。


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  • オーロラ 太陽からのメッセージ
    (上出洋介(かみで・ようすけ) 著 山と渓谷社(ヤマケイ情報箱) 2000円)
  • 大自然の真空放電、オーロラ。本書はその美しい姿を大量に収録した写真集であり、同時にオーロラの科学を解説した本でもある。オーロラの大規模構造から微細構造に始まり、オーロラの(つまり地球磁場の)未来、科学観測の歴史や衛星観測による成果などもまとめられているので、その興味も充たすことができる。

    写真も通常の写真集とはまた一風違ったものも多数収録されており、また分類・解説されているので改めて興味深く見ることができるだろう。

    また最終章のオーロラ観察ガイドもかなり充実。オーロラの写真撮影のコツや飛行機からオーロラを見るための座席の取り方まで、丁寧に解説されている。

    オーロラに興味がある方なら手元においといて損はない。


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  • 自己組織化とは何か 生物の形やリズムが生まれる原理を探る
    (都甲潔(とこう・きよし) 江崎秀(えざき・しゅう) 林健司(はやし・けんし) 著 講談社(ブルーバックス) 900円)
  • なんか色々と内容を詰め込んだ本。自己組織化とか複雑系とかいった本にはアリガチなのだが。
    昔からつねづね疑問に思っていたのだが、自己組織化というのは「安定化」とは何が違うのだろうか? たとえば何か複雑っぽい構造が自然にできあがるとする。だがそれは勝手に何か規則が生まれて構造ができあがるわけではない。そちらのほうが系全体のエントロピーが低いからそうなるに過ぎない。そう考えると、なんだか誤解を生みやすい「自己組織化」という言葉はもうやめてしまって、もう一度安定化とか、分かりやすい言葉に置き換えたほうが良いんじゃないか、と思ったりもする。実際、本書で使われている自己組織化という言葉のほとんどは安定化という言葉で置換できるような気がする。もっともそうすると、単なる平衡状態と違いが出てこないじゃないか、ということなのかもしれないけど。

    内容はだいたいお馴染み。生体膜の話、エントロピー、非線形と非平衡、リズム、パターン、神経活動、シャジクモのアルカリバンドパターン、細胞性粘菌と真性粘菌、神経インパルスとの比較、植物、人工脂質膜、カオス、人工生命、複雑適応系、マイクロマシンの可能性などなど。

    著者らはセンサーやバイオエレクトロニクスなどが専門。本そのものは読みやすく、適度にまとまっているので別に悪い本ではない。ただ、なんとなく思ったのだが、本書のように一般的な内容ではなく、著者らの専門内容を詳細に解説してもらったほうが面白かったのではなかろうか? 味覚センサの話や人工光合成素子や成膜の技術の話、そして最後に紹介される疑似生命的な「マイクロケモマシン」のビジョンを読んでいたら、ますますそんな気がしてきた。


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  • 苦悩する「科学」 22人の最先端科学者が挑む“神の領域”
    (田近伸和(たじか・のぶかず) 著 ぶんか社 1800円)
  • 今は亡き日本版『ワイアード』に連載されていた<サイエンス・オデッセイ>というインタビュー記事を単行本化したもの。「苦悩する科学」とは、再編成されていく産みの苦しみを表現したタイトルだという。
    これが雑誌連載されていたときから、私はこのインタビューに否定的だった。人選、内容ともに『ワイアード』らしくない、と思っていた。これが新聞か何かに連載されていたのならば分かりやすい話なのだが、『ワイアード』的ではないと勝手に思っていた。

    今回まとめて通読してみても、評価はそれほど変わらない。一冊の本にまとめられたこと自体は嬉しいが、インタビュー内容そのものにあまり魅力が感じられない。インタビューしている意味がほとんど感じられない、これならば全て地の文で良いではないか、と思ってしまう。いわば研究者の持つ「熱気」や「深さ」のようなものが感じられないのだ。

    この辺、先頃ブルーバックスから刊行された『科学者の熱い心』と対照的である。本書のインタビュー内容は、おそらく『科学者の熱い心』ではほとんどカットされてしまうようなものだ。逆に言えば『科学者の熱い心』では生かされた話をほとんどカットしてしまっているのが本書だと言える。
    それぞれのライターによって編集方針や話の聞き方が違うのは当然だし、多様性のためにもそうあるべきだと思う(またライター的なことを言えば、こういう無難なまとめ方ができないと仕事が限られるのも確か)。だが私は「ふつう」のインタビュー記事だったらカットしてしまうようなところばかりを生かした『科学者の熱い心』のほうを評価する。

    なお、参考のためにインタビューされている22人の名前とそれぞれのインタビュータイトルを紹介しておく。

    1. 中村桂子 ゲノムで読み解く「私」の謎
    2. 松原謙一 “30億文字”の情報解読に挑む「ヒトゲノムプロジェクト」
    3. 本川達雄 「生物的時間」が教えるヒトらしい生き方
    4. 米本昌平 「クローン人間」で問われる生命倫理
    5. 村上和雄 プラス思考だから暴けた高血圧の「黒幕」の正体
    6. 児玉龍彦 動脈硬化は体内の「ゴミ処理問題」
    7. 合原一幸 21世紀の扉を開く「カオス」の創造性
    8. 金子邦彦 二律背反的思考を超えるカオス理論
    9. 高安秀樹 自然の「複雑さ」に迫るフラクタル理論
    10. 松本 元 情報処理法を自己創出する「脳型コンピュータ」
    11. 甘利俊一 「動物的なカン」も身につけた“ニューロコンピュータ”
    12. 宮下保司 「記憶の謎」の解明に迫る脳研究の最先端
    13. 下原勝憲 “新たな進化”の実験を試みる「人工生命」と「人工脳」
    14. 廣瀬通孝 バーチャル・リアリティ技術が生む“空間型コンピュータ”
    15. たちすすむ 「ロボティクス+ネットワーク」が切り拓く未来社会
    16. 原島 博 「顔学」が予見する21世紀のコミュニケーション
    17. 下山 勲 昆虫に学ぶマイクロマシンの世界
    18. 青野正和 原子を一個ずつ操作する「アトムクラフト」の技術
    19. 佐藤勝彦 次々と別の宇宙が誕生する多重宇宙論
    20. 佐治晴夫 「ゆらぎ」が語る宇宙誕生の秘密
    21. 三間圀興 レーザー核融合で実現を目指す“究極のエネルギー”
    22. 北澤宏一 “21世紀の宝探し”高温超電導の謎

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  • 人、ヒトにであう 全国標本展示ガイドブック
    (坂井建雄(さかい・たけお)小林身哉(こばやし・みや) 編 風人社 1800円)
  • 副題には「ガイドブック」とあるが、実際には解剖に関するエッセイ集のような本である。24人の著者による分担執筆。人体解剖とはなんぞや、標本はいかにして作られるかなどなど。巻末には資料館マップ、全国の大学における代表展示物リストがいちおう付いている。だが一般人が気軽に見せてもらえるような類のものではないから、実用性がどれだけあるかはやや疑問。

    解剖標本はもともと人体の構造を理解するためのものである。だが一般人は「生命や人間を思い起こすことが多い」。当然だろう。

    中には変わった標本もある。「ムラージュ」と呼ばれる蝋模型では、皮膚の疾患を模型にとどめることができる。たとえば今は幸いにして見ることのない天然痘患者の腕の標本などが作られている。

    まあ、要するに解剖なんでも本である。興味のある方はどうぞ。


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  • ニホンザルの自然社会 エコミュージアムとしての屋久島
    (高畑由起夫(たかはた・ゆきお) 山極寿一(やまぎわ・じゅいち) 編著 京都大学学術出版会 2400円)
  • 屋久島でのニホンザル調査研究の歴史と現状、そしてその成果を地元に還元しようとしている研究者たちの試みを描いた文集。研究成果の話は限られた分量のせいか、やや物足りないが、本書は研究者たちと地元との関わり方をめぐる話を読むための本と割り切るのが良いかもしれない。

    屋久島は言わずとしれた世界自然遺産に指定された島である。だが全島が自然遺産に指定されているわけではない。指定地域は21パーセントに過ぎないのである。島では既に開発によって、多くの植生が失われているからだ。そして80年代に入って猿害が増加、毎年500頭のサルが射殺されているそうである。

    屋久島ではサルたちの群間競争も比較的厳しいという。豊かに見える屋久島だが、調査研究の結果、群れが意外ともろく、簡単に消滅してしまうことがあることが分かっている。また屋久島のサル・ヤクシマザルには、本土のサルに比べてサイズが小さく、群れの規模も小さく(本土が50〜60頭であるのに対し、ヤクシマザルは20〜30頭)、オトナオスの割合が比較的多い(本土ではオトナ雌一頭あたり0.55頭のオスに対し、屋久島では0.86頭)という特徴がある。この生態学的意味はまだよく分かっておらず、調査中であるという。

    その他、「ニホンサルの声は『ウッキー』ではない」などサルの音声コミュニケーションの話、サルによる種子散布など植物との関係、分布要因、屋久島の自然保護の歴史、猿害など。最終章では<屋久島オープン・フィールド博物館(http://www.dab.hi-ho.ne.jp/yakuofm/index.html)>という構想が紹介され、研究者とフィールド(社会と言い換えても良いだろう)との関わり方、そして人と自然の関わり方の一つが提案され、締めくくられている。

    個人的には、各研究者にはもうちょっと赤裸々に思いを語ってもらいたかったような気もするが、まあいいか。


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  • 手足を持った魚たち 脊椎動物の上陸作戦
    (ジェニファ・クラック(Jennifer A. Clack)著 池田比佐子 訳 真鍋真 校定 松井孝典 監修 講談社(講談社現代新書 シリーズ「生命の歴史」3) 860円)
  • いやー、この本はむちゃくちゃ面白いね。ただし、とっつき易げなタイトルからすると、内容はかなり歯ごたえがある。だがしっかり噛んで味わう価値ありの一冊。

    魚類から進化した手足を持つ「四肢動物」。脊椎動物が上陸したとき、いったい何が起こったのか。骨格はどの部分からどう変わったのか。たとえば「首」は、「手首」は、「指」は、いつ生まれたのか。エラはいつなくなって、何になったのか。筋肉はどうか。腰はどうか。耳や鼻など、感覚器官はどうだろう。最初に上陸したのはいったいどんな動物だったのか。そもそも彼らは、なぜ上陸したのだろうか。

    本書はこれらの疑問に、主に解剖学の視点から進化上の類縁関係を探ることから始まる。イクチオステガやアカントステガの解剖学的な特徴の話は非常に面白い。たとえばイクチオステガの大きな肋骨はいったい何のためにあったのだろうか、とか、指が8本あったアカントステガの足は陸上で使われていたというよりは水中で水掻きとして使われていたのではないかとか、頭蓋のバランスがどんどん後ろにずれていくところとか、うろこの進化とか。最初の四肢動物は、指が前ではなく真横を向いていたという話だけでも面白い。

    また古気候との関連から進化イベントを見直す本でもあり、生態環境や生物地理、すなわち植物や無脊椎動物の話や当時の大陸の状況なども解説されている。四肢動物が出現したと考えられるデボン紀から、現生の動物の主な系統が出現したペルム紀に至るまでの歴史が考察されている。

    この分野で有名なローマーの仮説−−環境が乾燥化して四肢動物の祖先たる肉鰭類が干上がった池に取り残され、乾燥化した地面を乗り越えて別の池に飛び込むために四肢が発達したという話への批判も面白い。この話はあまりに有名で、そのまま信じている人も多いと思うが、本書ではこれへの反論の歴史が丁寧に解説されている。

    たとえば現生の魚類の中には鰭条や鰭膜を失って、残った部分で海藻などに捕まったり歩いたりするものがいる。これは逆に言えば、鰭条や鰭膜の喪失と陸上への進出には何の関係もないということだ。そこで色々な説が考えられた。捕食魚類から逃げるため、また陸上に餌を求めて、などなど。中には夏眠用の穴を掘るために発達したのではないかという考えもある。だがどの説も単なる説に過ぎない。

    最初に登場したのがどんな動物であれ、四肢動物が出現したのはデボン紀中期の終わりから後期のはじめ、およそ3億7000万年前のことであるらしい。著者は当時出現した落葉性の植物の登場が、陸上四肢動物出現に関係があるのではないかという。落葉が腐ることによって植物性の有機堆積物が増加し、その結果、浅水域の酸素濃度が周期的に低下したことが脊椎動物の空気呼吸を促進したのではないかというのだ。もっとも、それがイコール即上陸、となるわけではないが。

    どうやら四肢動物の特徴たる「四肢」は、陸上歩行のために発達したものではないらしい。先にも述べたように諸説あるのだが、とにかく化石資料によると、四肢は上陸する前からあったらしい。なお最初にできたのは「指」であって「手首」ではないようだ。もちろんなぜ四肢が生まれたのかという話には諸説紛々で、実際問題として科学的に検証されたものは一つとしてない。著者は魚類と両生類の産卵行動の中での一番の違いとして「包接」を上げ、包接が四肢を発達させた理由ではないかという説を提案している。もちろんこれも、科学的に検証されているわけではないのだが、そういうこともあったかもしれない(他説と同じく)。

    その後四肢動物は、造山活動が活発化し温暖化した石炭期に、適応放散し多様化していった。足のない欠脚類や(この形はよっぽど適応的なのだろうか)、得体の知れない姿のクラッシギリヌス・スコティクスの復元図には、ただただ驚き。

    とにかく「四肢動物の解剖学的構造と生活様式」、そして「上陸に関する証拠と推論」に興味がある人は必読である。我々自身の話でもある本書の内容に、興味がない人がいるとは思えないが。頻出する解剖学の用語はあまり気にせず、とにかく読んで欲しい。


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  • 水辺で起きた大進化
    (カール・ジンマー(Carl Zimmer)著 渡辺政隆 訳 早川書房 2300円 原題:At the Water's Edge : Macroevolution and the transformation of life, 1998)
  • タイトルからも分かるように、『手足を持った魚たち』講談社と内容が半分重なっている。

    本書には二つの内容が収録されている。まず前半は、『手足を持った魚たち』と基本的に同じ内容、すなわち脊椎動物の上陸を扱う。
    手足を持った魚たち』との違いは2点ある。
    まず一点目は、こちらのほうが研究者たちの姿や声、化石発掘時の模様などを生かして描かれているということ。博物館の標本の山の中からアカントステガの「再発掘」が行われるところなどは非常に面白い。この辺の描写は研究者ではなくサイエンスライターである著者ならではのものだ。
    もう一つは、ホメオティック遺伝子の話などで形態進化の考察が行われているところ。いわゆるEvo./Dev.系の話だ(ただ、結構ざっくりしてるので、その筋の人は期待して読むとがっかりするかも)。鰭から手がどのように作られていったのか、軸形成がどのように変更されたのかといった話。最近になって、指の進化が遺伝子のレベルからスムーズに説明できるようになってきたのである。この辺の話は個人的にも非常に興味のあるところなので、できればもうちょっと詳しく、そしてもうちょっとうまくまとめて欲しいように思った。

    本書でも主役はアカントステガで、陸上生活での適応に見えた四肢そのほかは、既に水中生活を行っていたときにできあがった、いわゆる外適応、前適応であったとされている。

    いっぽう後半は再び海へ帰っていった動物、すなわちクジラの進化の話を扱う。クジラ類はこれまでメソニクス類から進化したとされていたが、やはり分子レベルの系統解析の成果と形態解析の成果が組み合わされて新しい成果が生まれつつあるのだ。この辺の話は岩波『科学』2月号にもクジラはカバと近縁だ、メソニクス類ではないという話が掲載されていたりしているので、聞いたことある人も多いだろう。ただ本書ではその辺の話はほとんど触れられていないし(317-319ページにちらちらと書かれている程度)、当然のように日本人研究者の話は全く出てこない(また直接本書の内容には関係ない話だが『イルカに学ぶ流体力学』オーム社出版局にある<グレイのパラドックス>は考慮に値しないとバサッと切って捨てている。だが瞬間だったらそのくらい出せるさ、と言わんばかりの著者の切り捨て方はちょっとおかしいのではないか? それとも本書著者のほうが正しいのだろうか?)。

    また本書全般に言えることだが、図版が少ないのが寂しい。解剖学的な記述の多いこの手の本は、やはり図解がないと理解しにくいところがある。『手足を持った魚たち』が新書でありながら多数の図版を工夫して収録していたのを考えると、非常に残念だ。

    とはいうものの、読み物としては非常に楽しめた。『手足を持った魚たち』とこちらと、どちらが面白いかは人によるかもしれない。読み比べてほしい。


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  • ロケットボーイズ 上・下
    (ホーマー・ヒッカム・ジュニア(Homer H. Hickam, Jr.) 著 武者圭子 訳 草思社、各1800円 原題:Rocket Boys, 1998)
  • NASAの元エンジニアが語る少年時代。映画『遠い空の向こうに(原題:October Sky)』原作。

    時は1950年代後半。ソ連がスプートニクを上げた頃。舞台は閉山を迎えつつある炭鉱の町ウエストバージニア州コールウッド。ここに生まれたものは、誰もが炭鉱夫になるものと思われている、そんな町。
    アメリカ映画を見れば分かるとおり、アメリカの高校生は落差が激しい。コールウッドでも、大事にされるのはアメフト選手ばかり。女の子にもてるのもアメフトの選手だけ。そして、奨学金を得て町から出ていけるのも。

    アメフトのスタープレイヤーである兄にコンプレックスを抱き、その兄と比べて自分のことをまったく認めてくれない炭坑の現場監督である頑固な父との葛藤を抱えながらも、聡明な母、理解ある女性教師、町の人々、そして何より友人たちに恵まれた一人の少年が、手作りロケットの打ち上げを通して、力強く、人間として成長していく様を描く。

    まず上巻は、何の取り柄もない、いわばオチこぼれ高校生だった著者ホーマーと、幼なじみの3人、シャーマン、オーデル、ロイ・リーと、変人で嫌みな奴だが根は良い奴で頭は抜群に切れるクウェンティンの5人が、夜空を横切るスプートニクを見てロケットを打ち上げはじめるところから始まる。はじめはちっぽけなアルミの筒だったが、度重なる失敗にめげず、燃料を改良し、理解ある大人たちの協力を得て、より大きなロケットを打ち上げ始める彼ら。彼らはやがて<ロケットボーイズ>と呼ばれ、町の人気者(?)になっていく。ついにホーマーは、頑固者の父を振り向かせることすらできるようになった。ここまでが上巻。

    下巻は、労使が対立し、厳しくなっていく炭鉱状況を背景に、町全体の希望(?)となった著者らロケットボーイズが描かれる。炭鉱の技術者たちの手と、必死で勉強したボーイズたちの設計によるロケットは、ますます高く上がる立派なものとなっていく。だが父は相変わらず炭鉱の技術者になることを望み、一度も打ち上げを見に来てくれることはなかった。だがホーマーは、ロケット技術者になりたかった。憧れのフォン・ブラウン博士からの直筆の手紙を手に入れてくれた母や病魔と闘う女性教師の応援を受け、かれは<ロケットボーイズ>代表として科学フェアに参加する。はたして田舎の高校生に栄光は訪れるのか。そして、ホーマーの父は打ち上げを見に来てくれるのだろうか…。

    おおざっぱに言ってしまえば、こういう話だ。これに、ホーマーの初恋や初体験やら、落盤事故の話が絡んで物語は展開する。

    本書は、事実に忠実な自叙伝というよりは、脚色を加えて、より読み物らしくしたものであるらしい。だが、十分読むには値する本だ。個人的には、もう一回リライトして小中学生が読める程度の分量にジュブナイル化し、全国の学校の図書館に置けるような本にしてもらいたいと思った。

    「このままではいやだ」と思うのならば、とにかく最初の一歩を踏み出さなくてはならない。
    何よりもまず夢を持つこと、そして夢に向かって努力すること。そんな当たり前のことが、すごく、すごく大切なんだということを感じさせてくれる本だ。彼らが空に打ち上げた銀色に輝くロケットは、その具現であり象徴なのだ。
    下巻巻末に寄せられた宇宙飛行士・土井隆雄氏の小文がまた泣かせる。

    家族ものでもあり、少年友情ものでもあり、誰もがお互い知り合いだった古き良き町、古き良き時代を描いた小説でもある。ワルガキたちがはね回り、大人たちはその成長を厳しくも暖かく見守る、そんな時代、そんな場所。僕は、むかし読んだある小説を思い出したのだが、それはまた別の話。

    夢を持ち、貫きとおそうとする一人の少年。それを理解し、支え合う周囲の人々の優しさ。そして、ついに訪れる父との理解。
    なんかこう、しっくりくる良い言葉が見つからないのでダラダラと長くなってしまったが、とにかく、いい話である。


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  • 遺伝子とコンピュータ 生命の設計図をひもとく
    (小長谷明彦(こながや・あきひこ) 著 共立出版(情報フロンティアシリーズ)、1700円)
  • バイオインフォマティックスという言葉があるように、現在の生物学には情報学が深く入り込んでいる。ゲノムプロジェクトの進行に伴い、膨大な塩基配列データが蓄積されつつある。人間の手には負えないほどのスピードで。そこで登場してくるのがコンピュータ、そして情報学の手法である。

    本書は「分子生物情報学」の現状を伝える非常に興味深い本である。遺伝子発見、機能予測、タンパク質立体構造予測の領域で、実際にどのような手法で解析が行われているか解説してくれている。本の内容は遺伝子配列の解析、それによって作られる蛋白の話、そしてさらに細胞内のネットワークと進む。適度に詳細で、適度に分かりやすい内容が嬉しい。

    個人的に驚きだったのが、音声認識の世界で使われている幾つかの手法−−隠れマルコフモデル、動的計画法などが遺伝子探しや配列の定量的な比較に使われているということだった。隠れマルコフモデル(HMM)は遷移状態を表現する確率モデルの一つ、要するにある単語の次に何が来そうかということを確率で表すものなのだが、それを使って遺伝子らしき場所をDNA配列の中から探し出すことができるのだ。しかも外来遺伝子とそうでないものを、非常にはっきりと見分けることができるという。

    DNAはでたらめに並んでいるわけではないので、よく考えればなるほどそういうこともできるか、と思うが、HMMが使われているというのは、ちょっとした驚きだった。一方の動的計画法はDNA配列やアミノ酸配列の類似性を測るのに使われているそうだ。音声認識の手法が遺伝子の解析に使えるとは、色々と思いを巡らしたくなる話だ。

    続くのはタンパク質の機能解析の話。タンパク質の立体構造の研究は難しい。現在、3つの手法が採られている。1)分子シミュレーション、2)ホモロジー法、3)フォールド予測法である。それぞれについては本書を直接参照してもらいたい。なんでやたらと難しい、難しいと言われているかが良く分かる。

    最後は、遺伝子ネットワークの話。遺伝子はネットワークを作っている。こうなると解析が大変だということは誰が考えても分かる。現在、「E-Cell」と呼ばれる汎用細胞シミュレータ上で、仮想細胞や仮想赤血球といったものが構築され、細胞の挙動の研究が行われている。つまり細胞全体のシステムをモデル化しようという試みだ。まだまだ実際の細胞には遠いのだろうが、今後に大いに期待したくなる研究だ。

    付録のミニガイドや参考文献リスト、WWWリストも充実している。必要十分な内容がコンパクトに収まっている。


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  • 血管の病気
    (田辺達三(たなべ・たつぞう) 著 岩波書店(岩波新書)、700円)
  • ほとんどすべての血管の病気を網羅して紹介した本。動脈硬化症、大動脈瘤、血栓など血管の病気は怖いね、ということはよく分かる。現在の日本の医療費おおよそ30兆円のうち3分の1は生活習慣病だそうだから、色々な面で問題があるんだろうなあ。他人事じゃないけど。

    たとえば「静脈急性閉塞」という病気がある。手術後、深部の大体静脈、膝窩静脈などが血栓で閉塞することがあるのだ。特に、血液凝固能が高いスポーツマンは虫垂切除や大腿骨の整形外科手術や長期仰臥の副作用として起こることがあるという。なんでも、筋肉量が多いため下肢の血行が手術や安静によって、よどんで固まりかける(らしい)ことが原因だとか。横綱・玉の海が虫垂炎手術後に、これで死んだという。手術後の安静によって深部静脈に血栓ができ、これが歩行開始時に流出、肺塞栓症を引き起こしたのだそうである。怖いね。

    なんだスポーツマンじゃないから関係ないや、と思ったあなたには話の続きがある。この深部静脈血栓症、長時間の航空機による旅行によって誘発されることがあるのだ。特に座席が狭いエコノミークラスに多く、イギリスのシイミントンはこれを「エコノミークラス症候群」と呼んで警告しているとのこと。航空機に限らず、長時間座るという行為がよくないらしい。「旅行者血栓症」とも呼ばれるとか。対策としては、ときどきは、ふくらはぎを揉んだりすることが必要だという。なんとも笑っちゃうような対策だが。

    なお本書そのものは丁寧にしっかりと書かれている本である。ただ、読み物として特に面白いわけではないので何とも言い難い、というか、言うことが何もない。できれば索引があれば良かったかな。


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  • 地球持続の技術
    小宮山宏(こみやま・ひろし) 著 岩波書店(岩波新書)、660円)
  • エネルギー効率を「ものづくり」と「日々のくらし」双方で検証。さらなる効率化は可能であるとし、1)エネルギー効率を3倍、2)人工物の飽和と循環システムの構築、3)自然エネルギーを開発し2倍にすることの3つを三本柱とした<ビジョン2050>なるものを打ち出す。

    本文は著者も自負しているように、確かにやさしく、ざっくりと書かれている。大枠として、技術がどのくらいのキャパシティがありそうかということを説いた本である。著者によると、今以上にエネルギーを使いながら、緑を豊富に残した地球の姿も十分に可能であるという。

    いろいろと突っ込みどころもありそうな内容なのだが、出発点としてはこれで良いのかもしれない。


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  • ヒトはなぜのぞきたがるのか 行動生物学者が見た人間世界
    (ロバート・M・サポルスキー(Robert M. Sapolsky) 著 中村桂子 訳 白揚社、2800円 原題:The Trouble with Testosterone, and Other Essays on the Biology of Human Predicament, 1997)
  • 年末に買った本を片づけ中。本書は奥付によると10月30日に出た本であることをお断りしておく。

    本書は、20年にわたって動物行動学、中でも東アフリカに住むヒヒの行動と整理の研究を行っている著者による精神医学、神経科学、内分泌学のカテゴリに関する16のエッセイである。「ディスカバー」や「サイエンス」に掲載されたものを一冊に編集したもの。

    だが話題は広い。たとえば確率に関するエッセイ<生命の測り方>では確率をなかなか理解できない人間の基本認識を斬ると同時に、「分数」でものを考える科学者達にもチクッと針を刺す。死体解剖をテーマにした<貧者の贈りもの>では、解剖学の歴史を扱うふつうの本ではあまり出てこない、遺体盗難や略奪によって解剖が行われていた歴史を紹介する。このように、なかなか読ませる。

    だがやはり真骨頂だな、と思わされるのは東アフリカでのヒヒの研究をベースにした話だ。中でもヒヒがゴミ捨て場の残飯によって栄養状態が変わっているという話は栄養状態と人間の生き方を考える上で、独特で面白い。残飯を漁るヒヒは栄養状態がよくなり干ばつにも有利になり、思春期が早まってベビーブームが訪れた一方、コレステロール値があがり血管と心臓には脂肪が蓄積され、病気感染の危険を抱えている。糖尿病と心臓病の危険性が高まっているかどうかは分からない。何が有利で不利かは分からないというお馴染みの話だが、具体的な話はやっぱり面白いのだ。これと関連する話は<欧米化には危険がいっぱい>でも触れられている。

    また<群れの黄昏>で紹介される老年期のヒヒの過ごし方は、人間の老人にも参考になりそうだ(笑)。ヒヒの場合、半数のオスは群れに留まり続けるが、半数は群れに居続る。居続けられるオスは何が違うのか。研究者たちの観察によると彼らは、他のオスとの連合や闘争ではなく、自分の壮年期に「有人であるメスとの関係を優先させている」のだそうである。

    そのほかインターロイキンの働きを分かりやすく解説した<病気になるとなぜ気分が悪くなるのか>、宗教の起源に思いをめぐらす<やめたくてもやめられない>など。分量的にも内容的にも気楽に読めるエッセイ集。


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  • 環境昆虫学 行動・生理・化学生態
    (日高敏隆・松本義明 監修 本田計一・本田洋・田付貞洋 編 東京大学出版会、8500円)
  • 分厚いボリュームと定価なりの本。現在の昆虫学のおいしい所が収録されている。
    「環境昆虫学」とは、自然の中での昆虫の生き様と環境適応能力を幅広い視点と知見から理解していこうというスローガン的な言葉だろう。様々な相互作用をまるごとひっくるめて理解しよう、という研究分野である。

    内容は非常に幅広い。どうご紹介したものか、なかなか難しいので、目次を適当に紹介する。
    大きくわけて七章から構成されている。

    1. 季節適応の生理学
    2. 行動を制御する内的因子
    3. 細胞と生体防御機構
    4. 化学防衛システム
    5. 寄主選択と植物成分
    6. 化学交信
    7. 音響交信
    見れば分かるとおり、化学生態学的な内容をおおく含む。僕の興味にはぴったりはまっているので、非常に有り難い。

    おおざっぱに各章を紹介する。
    <季節適応の生理学>では昆虫の概日リズムや光受容器、蛹休眠などについて。
    <行動を制御する内的因子>では行動遺伝子やホルモンの話。
    <細胞と生体防御機構>はあまり知られていない昆虫の免疫機構、細胞防御や抗菌性ペプチド遺伝子の発現について。
    <化学防衛システム>はオサムシやハムシ、チョウ・ガ類、ヤスデなど様々な虫の化学的な防御システムの話。
    <寄主選択と植物成分>はコクゾウの産卵選択やチョウの産卵刺激・阻害物質などの話。
    <化学交信>はコナダニの警報フェロモンや集合ホルモンの話や、ミツバチの女王物質の作用、カイコの神経メカニズム、各種性フェロモン、アリの体表炭化水素の話など。
    <音響交信>は読んでそのまま、音を使った交信である。昆虫はなぜ音響を交信の手段として使うのかといった基本的なことから、各論まで。

    僕が今まで別の本の感想文で面白い面白いと書いていた話がもろもろまとめて収録されている。8500円という値段はどう考えても高い。だが、それなりの価値はある。ただし、一般人向けではないので念のため。


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  • 限りなく人類に近い隣人が教えてくれたこと
    (ロジャー・ファウツ(Roger Fouts)、スティーヴン・タケル・ミルズ(Stephen Tukel Mills) 著 高橋浩幸・和美 訳 角川書店(角川21世紀書店)、2400円 原題:Next of Kin : What Chimpanzees have taught me about who we are, 1997)
  • 率直に言って、この本の評価は難しい。本書は、ワショー(しばしば別の本ではワシュー、またウォシューなどと表記されている)という手話を覚えたとされて有名になったチンパンジーと30年を共にした一人の研究者の話である。ただし、前半は研究者同士の軋轢を描きつつも科学としての側面が強いが、後半はチンパンジー保護、チンパンジーの権利を訴える本としての側面が強い。実質上、本書はチンパンジー保護(といいうより「チンパンジー権」とでも言うべきもの)を訴える本である。

    さて、なぜこの本の評価が難しいのか。もし本書に書かれた内容が全て真実であるのならば、本書は文句なし感動の一冊である。問題は、ここにある。本書の内容は全面的に信頼できるものなのだろうか。果たしてチンパンジーは、手話ができたのだろうか。

    本書の内容のみから判断すれば、ワショーは完全に手話ができたことになる。しかし、これに対して猛烈な反発、そして反論があることは、この領域の別の本を読んでいる人ならばご存じのとおりだ。中でももっとも強烈な反論者はスティーヴン・ピンカーである。彼の反論は『言語を生み出す本能 上・下』(NHK出版)にはっきりと書かれているので、そちらを見てほしい。
    なお、この辺の状況をもっともうまくまとめているのは『神に迫るサイエンス』(角川書店)に収録された金沢創氏のエッセイ「霊長類学──チンパンジーはことばをしゃべるか? そして死の観念をもつか?」である。そちらも合わせて読むと、さらによく状況が分かるようになる。 なお金沢氏はピンカーの論の進め方もいいかげんだと切り捨てる一方で、チンパンジーが言語を持つかどうかについては、何とも言えない、といった立場をとっている。多くの心理学者も、だいたいそんなところであるらしい。つまり「怪しいが、全否定ではない、何かはあるのだろう」といったところであるらしい。

    さて、本書に戻る。本書が、科学書としてはあまりに心情的であることは、誰もが認めるところだろう。問題は、それをあたかも絶対的な真実であるかのように受け取ってしまいそうになる受け手である。チンパンジーが言語を操れようが操れまいが、生きた動物と長年を共に過ごした一人の人間が思ったことの記録だと思えば良いのかもしれない。


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  • ゼロ・エネルギー住宅を創る
    (古川興一(ふるかわ・こういち) 著 創樹社、1600円)
  • ミサワホームの宣伝パンフレットみたいな本。
    ミサワホームが1998年6月29日に発表したゼロ・エネルギー住宅『HYBRID-Z』の話。最近、東山紀之がCMやってるアレだ。

    『HYBRID-Z』は太陽電池で電気をまかない、年間のエネルギー収支はゼロという住宅である。東京では年間9430キロワット時を発電し、建材も全てリサイクル可能。もちろんオール電化。ミサワは1970年代の頃から、南極の昭和基地の住宅や中東での住宅建設などを通して住宅開発技術を磨いていったという。この本に書かれた内容が本当なら、確かに素晴らしいことだ。誰もが住まないのはなぜだろう、という気すらする。

    なお読み物としては全く面白くない。こういうものを書くなら、せめて現場の技術者たちの声を拾い上げるべきなのに、それがほとんどないのだ。社長がどう言っているかとか、経団連のなんとかになんとか言われたなんて話はどうでもいいのである。

    また広報的な本ならばそれはそれで別にいいのだが、それならはせめて口絵写真は付けるべきだ。また各種データの表くらいは最低限欲しい。


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  • テクノシステム転換の戦略 産官学連携への道筋
    (村山裕三(むらやま・ゆうぞう) 著 日本放送出版協会(NHKブックス876)、1020円)
  • 一昔前、アメリカは日本に追いつかれると言われていた。ところが今や日本は全ての分野で遅れを取っている、このままでは日本はやばいという論調が支配的。いったいどうしてこんなことになったのか。それを本書は「テクノシステム転換」という考え方で解説する。

    著者の考え方は基本的に単純である。産官学から構成される技術─経済のシステムを、テクノシステムと著者は呼ぶ。それが世の流れに合致した場合は技術は大きく発展する。そぐわなくなり始めると技術発展は停滞する。そのときうまくテクノシステムを転換できれば再び技術は発展成功しはじめる。つまりアメリカが90年代に入って成功したのも、テクノシステム成功に転換したからだという。

    アメリカは戦後<冷戦型テクノシステム>、簡単に言えば軍需を中心にしたテクノシステムで大きく成長した。月面着陸などもその成果だ。だがやがて時代は変わる。冷戦型の構造は破綻を来し始めた。一方で産官一体となって目標を見定めた<日本型テクノシステム>が台頭し始める。日本は大成功を収めた。しかし、その成功もいつまでも続かない。アメリカはパソコン産業、情報通信産業に代表されるように。軍需先行から民需先行の技術を主体とした古くて新しい<グローバル19世紀型テクノシステム>を生み出すことによって、再び覇権を握った。いっぽう、マーケット主導に移行しきれなかった日本はいびつな形のまま衰退していった。これが著者の考えたかである。議論はややおおざっぱに感じたが、おおむねは著者がいうとおりだろう。

    さて、私がなぜこの本をここで紹介したのか。いくつかの技術分野に関しては、この本の中で著者が主張していることがそのまま当てはまっていると思うからである。民間、マーケットの声を聞かない産業は歪な形になってしまう。しかし、そのことに気が付いていない業種のいかに多いことか。

    また著者は日本でベンチャーが生まれない理由なども、解説している。合わせて参考になるかもしれない。著者の専門は日米経済安全保障、アメリカ経済史。


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  • DNAのらせんはなぜ絡まないのか
    (ニコラス・ウェイド(Nicholas Wade) 編 中村桂子 監修 翻訳工房ことだま 訳 翔泳社、2300円 原題:The Science Times Book of GENETICS, 1998)
  • 『ニューヨークタイムズ』の科学記事を集めたサイエンスタイムズ・シリーズ、相変わらず好調。さっさと読める。本書はDNA関連の記事を集めたもの。内容は遺伝子で探る人類の起源、ゲノム計画、○○遺伝子の紹介、クローン、発生学、遺伝子治療、遺伝子と病気、老化。発生学の話がちょっとレベルが低いような気がする。だがまあ、気楽に読める科学記事集ではある。財布と相談して買えば良いだろう。

    ぱらぱらめくりながら読んでいて僕が好きなライターが分かった。編者のニコラス・ウェイドと『クローン羊ドリー』の著者ジーナ・コラータだ。この二人の文章は本質がスパッと書かれている。同時に、科学者達の問題意識、本当に面白い所に踏み込む術を心得ているようだ。

    こうして世界中で記事が読まれる科学記者。大したもんだ。凄いなあ。


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  • 森の旅人
    (ジェーン・グドール(Jane Goodall)、フィリップ・バーマン(Philip Berman) 著 上野圭一 訳 松沢哲郎 監訳 角川書店(角川21世紀叢書)、1800円 原題:Reason for Hope : A Spiritual Journey, 1999)
  • ジェーン・グドールの自叙伝。グドールといえば僕と同世代の人が思い出すのは、国語の教科書に出ていたアリ釣りの話ではないだろうか。チンパンジー研究において独特の位置にいる彼女は現在、自然保護活動家としても有名である。その半生を描く。やはり動物好きだった幼少のころ、アフリカでのリーキーとの出会い、ゴンベの森へ、道具使用の発見、夫との離縁や死別。それら彼女個人の出来事が、チンパンジーが見せる「悪のルーツ」、モラルのルーツ、そして森全体が持つ情感とに重ね合わせて綴られていく。なお、彼女はキリスト教徒である。神の話も繰り返し出てくる。

    ありふれた言葉だが、本書は確かに、一人の女性の魂の遍歴、魂の旅路を描いた本である。彼女がなにゆえ今のような活動をするに至ったか知りたい人は必読だ。ただ、ひょっとすると彼女がなにゆえ今のような状態に至ったかについては、また別の表現手法のほうが分かったかもしれない。そんな気もした。

    読んでいると分かるのだが、彼女は確かに完全にチンパンジー保護、動物保護の立場に立っている。なにせありとあらゆる動物実験の全廃を訴えているのだから。だがチンパンジーに過剰な思いこみはしてない。チンパンジーに死の概念はないように見えるし、ほとんどの場合「力が正義」だと語っている。彼女の自然保護活動は、そういう態度を保ちつつ行われているのだ。その評価は個人の自由だが、どうも日本にはその辺りを勘違いしている人が多いような気がする。

    なおジェーン・グドール研究所のURLはhttp://www.janegoodall.org/である。監訳者の松沢氏も書いているとおり、訳文は読みやすい。


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  • 女と男のだましあい ヒトの性行動の進化
    (デヴィッド・M・バス(David M. Buss) 著 狩野秀之 訳 草思社、2000円 原題:The Evolution of Desire, 1994)
  • ちょっと電車で読むには恥ずかしい邦訳題は取りあえず無視して、サブタイトルどおりの本。

    だが、これって科学書かなあ。微妙なところ。本書は進化心理学の本の一冊と位置づけるべきなのだろうが、話はほとんど「それってこじつけじゃない?」って反論されかねない類のものばかり。紹介される研究成果にしても、誰それはこう言っているとか、相関係数はこうだった、という話がいきなりポーンと出てくるだけで、グラフも何も提示されない。ひょっとすると原書にはデータもあったのかもしれないが(洋書が翻訳されるとき、論文一覧や図版が削られることはよくある)。
    しかも登場する研究者たちが出してくる結果というのは、本当にそこらへんの恋愛本で出てくるような類のことでしかない。一気に通読したが、がっかりした。

    ジュズカケバトは1シーズンのうちに25%がつがいを解消するといった、ところどころに出てくる科学トピックスは面白いけど、読んだあと何も残らない。書かれている内容があまりにも当たり前すぎる。いわば科学者同士がお茶のみ話にするバカ話や、ごく短いエッセイの域をほとんど出ていない。お話ではなく、もっと具体的な数値やデータで勝負して欲しい。

    男女の配偶行動の進化と性戦略の真相について科学者が知る日は、まだまだ遠そうだ。


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  • 逆さメガネの心理学 自分の視覚や知覚が信じられなくなる不思議実験室
    (太城敬良(たしろ・たかろ) 著 河出書房新社(KAWADE夢新書)、667円)
  • 逆さメガネの実験は心理学の世界では有名だ。面白さが分かりやすいので、TVでもときどき紹介されている。上下が逆さまに見えるメガネのことだ。それをかけると三日くらいはほとんど何もできないが、だんだんと世界が正立しているように感じてくるという実験である。100年ほど前から行われている実験で、現在もなお、あちこちで研究が行われている。

    本書は、30年その研究をやっているという著者による本。逆さメガネだけではなく、錯視図形や図地反転図形の話なども紹介されている。知覚の不思議を感じさせる入門書といったところ。

    著者の結論はこうだ。

    三〇年余にわたる逆さメガネの研究を通じて得たのは、人は、目だけでモノを見ているのではなく、目から得た情報を脳で再構築して外界の情報を得ている。その情報の再構築の段階では、触角、触ることが非常に大きなウエイトを占めているという結論だった。(194ページ)
    つまり視覚は、触覚や運動感覚に大きく影響されているということである。外界を知るということは、単に受動的な仕組みではなく、視覚一つとっても他の感覚との共応が必要なのだ。

    本書では触れられていないが、最近では左右逆転メガネをかけたときのニューロンを電気生理学的な手法で見たり、PETで脳全体がどのように異常な状況に対応しようとしているかなども直接観察されている。今後、遺伝子レベルでの神経の可塑性のしくみの探索も、ますます活発になってくるだろう。そういった「部品」レベルの研究と、心理学者らが長年積み上げてきた知見とが結びつく日は、そう遠くないかもしれない。


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