98年3月Science Book Review


CONTENTS


  • 考えるサル 知能の進化論
    (リチャード・バーン(Richard Byrne)著 小山高正・伊藤紀子訳 大月書店、3600円 原題:The Thinking Ape, 1995)
  • 「心理学が進化の次元をえはじめた」と<日本語版への序文>にある。本書は単に知能の進化のみを扱った本ではなく、主に認知科学の視点から心の進化を取り扱った本である。ま、「それが認知科学というものなのだよ、君」、と言われてしまうかもしれないが。
    内容的には「男の凶暴性はどこからきたか」と、かなり被っている。両者で相互補完しながらの読書が良いかもしれない。

    「霊長類の知能ははたして、生態環境への進化的適応なのか、それとも社会的な問題解決に対する進化的適応なのか」と著者は問う。つまり知能は、食うため、食料を得るために進化したのか、それとも社会的相互作用の結果として生じる問題、社会問題を解決するためのもの(著者はこれを「マキャヴェリ的知能」と呼ぶ)として進化してきたのか、ということだ。著者は「マキャヴェリ的知能」仮説に立っている。

    この問いに対する答えは、多分「男の凶暴性はどこからきたか」にあるように、食性が生んだ社会構造によって類人猿の知能は生まれた、といったところなのではなかろうか。別に根拠はないのだが、そう考えるのが一番自然に思える。

    イルカや鯨を過大評価しているように思えるのが気になるが、類人猿学、認知科学、心の進化の問題などに興味を持つ人に。


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  • フリーマン・ダイソン 科学の未来を語る
    (フリーマン・ダイソン(Freeman Dyson)著 はやし・はじめ+はやし・まさる訳 三田出版会、1800円 原題:Imagined Worlds, 1997)
  • あのフリーマン・ダイソンの本当に久々の著作。何年ぶりになるのだろうか。講演をベースとしたものだそうだ。内容は、ダイソン自身がおとなしい人になってしまったこともあり押さえ気味ではあるが、結構しっかりした文明論、科学論になっている。要するに、年寄りの繰り言にはなってないということ。これは嬉しい驚きだった。5章だてで、それぞれ物語、科学、技術、進化、倫理というタイトルが付けられている。

    この本の場合、訳者あとがきに付け加えることはほとんどない。未来、SF、科学などに興味を持つ方は読みましょう。必読とは言わないが。本書を直接手に取って吟味できない方の為に申し上げておくと、「科学の未来」のみを扱った本ではない(本書原題は「想像された世界」)。また、帯のアオリは的外れである。


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  • あっ、発明しちゃった!
    (アイラ・フレイトウ(Ira Flatow)著 西尾操子訳 アスキー出版局、1980円 原題:They All Laughed : From Light Bulbs to Lasers : The Fascinating Stories Behind the Great Inventions That have Changed Our Live, 1992)
  • 帯は、
    電気椅子はエジソンが作った!
    そのほか、「ベンジャミン・フランクリンの雷の実験は二番手だった」ことや「電話よりもファクスのほうが先に発明された」こと、それから「電子レンジ」や「コピー機」や「テレビ」や「潜水艦」や「テレビゲーム」や「コンピュータ」など、あなたの知らないモノの誕生のお話…。
    とある。

    ENIACは世界最初のデジタルコンピュータではない。その前にイギリスにはコロッサスというコンピュータがあったのだ。これは軍事機密によって秘密にされていたから起こった誤解だが、「…の父」という人物はだいたい複数いる(笑)。卑近な例で恐縮だが、私が放送局にいたころ、「○○って番組知ってるだろ、アレは俺が作ったんだよ」というオジサンがいっぱいいた。だいたい、人気番組だと「俺が作った」と称する人が20人はいるらしい、と笑っていたものだ。発明でも基本的にこれと同じ事が言えるようだ。ケネディがいうように「成功には多くの父がいる」わけだ。

    もちろんこの言葉には皮肉な意味だけが込められているわけではない。複合的な技術としてモノが作られる現在、それは実際に真理でもある。

    科学史上の間違いというか「思いこみ」が、どのように生まれるかを説いた本でもあるが、「ちょっとおかしい」と思われていた人たちが実際に発明家として機能していた頃の話がいっぱいで、なんだか不思議なノスタルジーに浸れてしまう本でした。


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  • 地震の前、なぜ動物は騒ぐのか 電磁気地震学の誕生
    (池谷元伺(いけや・もとじ)著 日本放送出版協会、970円)
  • 地震の前兆現象と言われているものを総称して「宏観現象」という。動物異常や地震雲、発光現象などのことだ。本書は、そういった現象の原因を電磁現象とし、そのメカニズム仮説を提唱する本である。著者自身、TVに出て仮説を喋ったりしているので、内容の検討はつくだろう。

    本書の内容にはいろいろ議論があるだろうことは明々白々である。バンデグラフ起電機の上に時計をのっける「実験」など遊びの類に至るモノから極めて真面目と思われるものまで、ごたまぜにされているからだ。

    一つ確かに言えることがある。著者が繰り返し主張しているように、これらいまだ「非科学」に留まっているものを、「科学」へと押し上げる努力を、それぞれの専門家はもっとやるべきだ、ということだ。現在前兆現象と認められているものでも、最初は全てが「宏観現象」だったのである。その中から何が有意で何が無意味なものなのか、まだまだ研究の余地はあるように思える。

    本書を読むと、宏観現象を電磁現象と見る説の中にも、いろいろと考え方の違いがあることが分かる。ふむふむ。実際のところはどうなのだろうか。多くの研究者がもうちょっと真面目にこの問題に取り組めば、もう少し何か分かるような気がしなくもないのだが。

    本書の欠点の一つは(宏観現象が「ある」として)人間がなぜ宏観現象を感じないか、という点にほとんど触れていない点である。はっきりいって、本書が出している動物異常行動の実験の記述はちょっとついていけないものを感じた。宏観現象に、まだ研究の余地があることには異論はないのだが。


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  • ゴリラ雑学ノート
    (山極寿一(やまぎわ・じゅいち)著 阿部知暁画 ダイヤモンド社、1600円)
  • 気軽に読める、楽しいゴリラ本。ゴリラの生態から友達になる方法、実際にゴリラに出会えるフィールド案内まで、なんでもござれである。阿部氏のイラスト・ゴリラ紳士淑女録も楽しい。ゴリラと人間の関わりについては今更ながら考えさせられる。

    ゴリラはなわばりを作らず、戦争をしない。彼らは目で話すそうだ。著者らは、ゴリラといえばキングコングというイメージを持っている人が今でもいる、というが、そうかなー?そりゃあ、いるにはいるだろうけど、ゴリラといえば「気が優しくて力持ち」のイメージが強いのではなかろうか。

    もちろん、このイメージが生まれ広がるまでには、多くのゴリラの犠牲と、研究者たちの努力があったのである。本書は誰でも読める、至って楽しい、しかも研究者の手になる「ゴリラなんでも本」だが、この点についてだけは重い。


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  • 図解雑学 複雑系
    今野紀雄(こんの・のりお)著 ナツメ社、1200円)
  • 「複雑系とはなんぞや?」という問いに答えようとした本の一つ。アプローチとしては『複雑系を解く確率モデル』に似ている。読みやすく、カップルド・マップ・ラティス、セルオートマトン、パーコレーション、臨界現象などについては、「何となく」分かる。そういう面では良く書けていると思う。

    ただ、ここまではツールというか基礎の基礎に過ぎず、本来の複雑系研究はここから先なのではなかろうか、と思うのだが。ここから先が読みたい。


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  • 昆虫の四季
    (ギルバート・ヴァルトバウアー(Gilbert Waldbauer)著 長野敬+くぼたのぞみ訳 青土社、2600円 原題:Insects Through the Seasons, 1996)
  • 四季を通じて、多種多様な昆虫の生を描く。先月ご紹介した「昆虫大全」と内容的に被っているところが多く、その分、僕的には割を食ってしまったかもしれない。どちらを買えばいいか?と言われると、僕としてはこちらより「昆虫大全」をお薦めする。ただ、本書が面白くないのかというとそんなことはない。

    本書に寄れば寄生する昆虫は11万5千種もいるそうだ。ありとあらゆる寄生昆虫が存在するのだが、それに対抗するほうも、あの手この手を使っている。
    ハキリアリにはノミバエが寄生する。ハキリアリのワーカーは、ご存じ通り大顎を使って葉を運ぶ。ノミバエはそこを狙う。ハキリアリは荷物があるため自分では防ぐことができない。ところが、運ばれる葉っぱの上に、普通のワーカーの3分の1くらいの大きさの小型ワーカーがのっかっていることが多いという。この小型ワーカーが、寄生ハエを追い払うのだ。つまり、こいつは「護衛兵」なのである。いやはや、驚きだ。

    しかし、青くない幼虫を青虫と訳すのはやめてほしい。


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  • カビと酵母 生活の中の微生物
    (小崎道雄(こざき・みちお)、椿啓介(つばき・けいすけ)編著 八坂書房、2800円)
  • こういう文集形式の本というのは、そもそも一冊の本としてどうこう言うのは難しいのだが、それでもこの本は「面白くない」。というか、純然たる内輪向けの本である。こういう本を普通の本屋で売らないで欲しいな、はあ。書いている人達の年齢が随分高いことも気になるなあ。酵母の研究なんかは若い人達も結構やっているはずだと思うのだが。

    ぬか床の乳酸菌の話とか、朝霧のような微小環境でのカビの話、酵母の多様性維持など、面白い話題も含まれているのに、残念、といったところか。
    専門でやっている人には面白く読めるのだろうか?聞いてみたい。


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  • ハイテク事件の裏側
    (那野比古(なのひこ)著 NTT出版、1500円)
  •   放射線、バイオテクノロジー、原子力、ネットワーク、電磁波など、我々を取り巻くハイテクがらみの事件を44の短いコラム形式で紹介、批判。あんまり報道されてないが、大変な事件がいっぱい起こっているのである。僕らはもうハイテクなしで生きられない。だが、こういう事件があることは知っておくべきだ。

    例えば、原子炉の炉心にしかないはずの物質を子供が砂遊びに使っていたら?あなたが暮らしている建物の建材の中に放射性物質が混ざっていたら?これは「もし」の話ではなく、実際に起こった事件なのだ。

    この手の本の常として、全体の印象としてはセンセーショナルに過ぎる部分もあるように思う。だが知らないよりは知っておいた方が良い、確実に。

    でも、短い章立てがいくつも続く本って疲れるなあ。なぜだろう。


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  • 鏡のなかのアインシュタイン つくられる科学のイメージ
    (井山弘幸(いやま・ひろゆき)著 化学同人、2000円)
  •   なにものも「イメージ」なしに捉えることはできない。では、科学という営みはどんなイメージを持たれてきたのだろうか。本書は古今東西57人の知識人の著書から「科学」の捉えられ方を抽出したもの。毎度毎度、月並みな表現で申し訳ないが、なかなか面白く、実に示差に富んでいる。ちなみに、どれもかなりの辛口である。いちいち挙げるのは面倒なので省略。

    本書で展開されている様々な科学・科学者評は、内部の科学者から見ると「けっ、そんなことは言われなくても分かってんだよ!」ってことばっかりかもしれない。だがそこで、もう一度胸に手を当てて考えてみても良いのでは。好む好まざるに関わらず、外から貼られるレッテルから逃げることはできないのだから。

    「外野」が見た科学。科学が世の中でどう捉えられてきたか。そして今はどんなイメージをもたれているのか。科学は、多様な個性を持つ個々の科学者の営みだが、総体としての科学が抱えるイメージは、それらの合計ではない。これは仕方ないことだと思うのだが、そのことは意外と「科学者」と呼ばれる人には理解されていない気がする。

    例えば「マスコミ」という集団がある。この「マスコミ」も、個々の人間から構成されているものである。その働きや性格は極めて属人的であり、ひとくくりにして語れるようなものではない。「科学」と同じだ。だがそのことは外部からはあんまり理解されていない。「マスコミは…」と、ある<イメージ>を持って語られている。

    「科学者」達でさえ「マスコミは…」と一括りにして語る。自分たちは世間から「科学者って…」と一括されて語られるのを嫌うくせに、だ。結局「科学者」も、ある集団は突き詰めれば個から構成されていることを心の底からは理解していないのだ。
    つまり人間は、ある集団を一括りにしてイメージするのが好きな動物なのである。そこから抜け出ることは多分できない。こうして科学のイメージ・虚像は、実像と付かず離れず廻り続ける。


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  • 脳にいどむ言語学
    (萩原裕子(はぎわら・ひろこ)著 岩波書店、1000円)
  •   「言語に挑む脳科学」ではなく「脳にいどむ言語学」である。つまり「ことばは脳の中でどのように処理されているのだろうか」という問いを立て、言語から脳へアプローチしていこうとする本である。言語はまさに脳の産物であり、言語を「生物学のコンテクスト」で読むことは可能であるはずだ。逆に言語から脳の働きを探ることもできるはずである。

    本書で紹介・説明されている失語症の症例には、ほんとしみじみ、ため息が出てしまう。人間の言語とは、こころの機能とは、なぜこうまで不思議なものなのだろうか。本書を一読すれば「言語運用」と「言語能力」の違い、「言語の使用」と「言語の知識」の違い、そして「文法」と脳機能の不思議な関係に、誰でも気が付くだろう。

    中でも不思議というか驚異としか言いようがない障害として「特異性言語障害」というものが紹介されている。時制、格、人称、数といった文法の特定の側面の能力だけが障害されるもので、しかもある家系に集中して現れているというのである。つまり、文法能力の障害が遺伝するというのだから、これはまさに言語能力の少なくともある側面は遺伝子によってコードされているという例の一つとしか言いようがない。これらの研究は現在熱い注目を浴びており、読字障害のうち音素認識に関する遺伝子は第6染色体に、実在語の音読には第15染色体が関わっているということまで分かっているという。

    ただ本書トータルの感想は一言で言うと「ふーむ…?」といったところだろうか。多分僕が勉強不足だからなんだろうけど、言語学の理屈って「それは作業仮説に過ぎないんじゃないですか?」と言いたくなるものが多いように思う。もちろん、科学理論なんてものは結局は永遠に作業仮説でしかないわけだけど、どうも言語学の理論というのは聞いても腑に落ちないように感じてしまうのである。

    それと、本書でいう「普遍文法=Universal Grammar」の意味合いというか使い方は、僕が人から聞いている意味合いとずれているような気がする。この言葉、本当は一体どういう意味なのだろうか?あるいは研究現場ではどういう言葉として使われているのだろうか?どなたか教えて下さい。

    とはいうものの、それなりに(というか、かなり)面白い本です。ちょっと岩波科学ライブラリーの紙幅では厳しかったか?でもこの内容でこれ以上長いと、読むのがツライかも。


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  • 心は量子で語れるか
    (ロジャー・ペンローズ(Roger Penrose)著 中村和幸(なかむら・かずゆき)訳 講談社、2400円 原題:The Large, the Small and the Human Mind, 1997)
  •   ロジャー・ペンローズ自らによる自著の解説本。原題『The Large, the Small and the Human Mind』は直訳すると「宇宙、量子、人間の心」。内容も、第一部はその3章からなっている。
    その後ろに第二部がくっついている。第2部は3人の科学者──アブナー・シモニー、ナンシー・カートライト、スティーヴン・ホーキングによるペンローズへの反論が掲載され、さらにペンローズがそれに対して再反論する、という構成。

    『皇帝の新しい心』はもちろん、ペンローズの数学あるいは「プラトン的世界」に対する考え方は『ホーキングとペンローズが語る 時空の本質 ブラックホールから量子宇宙論へ』などで示されているし、心を考えるために量子重力がなぜ必要なのか(とペンローズが考える理由)も『ペンローズの量子脳理論 21世紀を動かす心とコンピュータのサイエンス』などで示されている通りである。一語一語噛み締めながら読む必要のある本書は、それらを相互補完しあうものでしかないが、同じ様な内容の本を繰り返し読むことは私のような門外漢にとっては必要なことなのだ。

    本書の第2部──3人の科学者による批評──で、(おそらく誰にでも)一番分かりやすいのはホーキングによる痛烈かつ手厳しい批判。たった4ページしかないが、ここにはペンローズへ向けられている疑念の根本的なものが全て詰まっている。
    それに対するペンローズの答えは「それでも地球は回る」というもの。いやそりゃ、回っているのは分かっているんだけど、問題はどうして回っているかの方なんだよなあ…。

    しかし誰でもいいから、ペンローズの主張のいくつかを、フンと鼻で笑うだけではなく真面目に批判(or肯定)検証してくれないものだろうか。生物屋さんなり、超伝導屋さんなり、如何ですか?


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  • クローン羊ドリー
    (ジーナ・コラータ(Gina Kolata)著 中俣真知子(なかまた・まちこ)訳 アスキー、1800円 原題:CLONE, The Road to Dolly and the Path Ahead, 1997)
  • 当初期待していた以上に面白い本だった。
    著者は<ニューヨーク・タイムズ>の記者。事件としての「ドリー」についての目配りはもちろん、科学礼賛から反発へと移り変わった時代の変化、徐々に注目されていった倫理面問題、そして生物学上のクローンそのもの可能性の揺れ動き、グレーに染まったイルメンゼー事件など、シュペーマン以降、紆余曲折を経たクローン研究の科学史、哲学史を追う本でもある。

    それぞれのエピソードも、ツボを押さえつつコンパクトにまとまっている。監訳者の三井洋司氏も書いているが、ドリー誕生へ至るまでの科学研究の経緯を知りたい人はもちろん、人間ドラマに興味を持つ人にも十分面白く読めるだろう。訳のカタカナ表記のいくつかが気になるが、文章、構成ともに巧い。「なるほど、この手の話はこう書けば良いのだな」と個人的にも大いに勉強になった。おすすめの一冊である。

    著者は(明言はしていないが)科学者のほとんどは、自分のやっていることの哲学的意義を理解していない、と語る。つまり、自分の研究が歴史的・世間的にどういうインパクトを与えるものか、良くも悪くも科学者は理解していない、というのである。ウィルムット博士はトランスジェニック羊の量産だけを目的とし、ドリーを作った。それは確かに良くも悪くもその通りなのだろうが、彼(というより科学者集団全体)はおそらく、それがどのようなインパクトを与えるか、あまり理解していなかった、というのが著者の主張なのである。
    この他、科学界を「サーキット」と揶揄するなど、科学者あるいは科学界への批評・皮肉も舌鋒鋭く、私にはなかなか面白かった。

    しかしそうか、シュペーマンの頃から「自我」の問題は発生学につきまとっていたのだなー。僕はシュペーマンの本を手に取ったことはあるのだが、ドイツ語で書かれていたそれは、全く読めなかったのだ(^_^;)。

    追:
    CNN、Science、そしてnatureが取り上げたドリーの疑惑は、いったいどうなるのだろうか。


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  • 現代科学の最前線
    (東洋大学井上円了記念学術センター編 すずさわ書店、1800円)
  • 講演集。懲りもせずこういう本を買ってしまうのは、たまに面白いのにあたることもあるからだ。本書の著者は村上陽一郎、赤塚雄三、伯野元彦、堀越弘毅、猪瀬博、菅野卓雄。肩書きは錚々たる人々だ。やっぱり普段から普通の人向けに本を書いている人はうまい。当たり前のことだが、業績と本を書く(あるいは講演する)能力は残念ながら比例しない。

    個人的にちょっとだけ面白かったのは、堀越弘毅氏の(いつもの)微生物の話と、菅野卓雄氏の量子エレクトロニクスや単電子エレクトロニクスの話くらい。まあ、普通の人は別に買わなくても良いでしょう。もともとそういう性質の本じゃないし。


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  • メス化する自然 環境ホルモン汚染の恐怖
    (デボラ・キャドバリー(Deborah Cadbury)著 古草秀子訳 井口泰泉監修 集英社、2000円 原題:The Feminization of Nature, 1997)
  • 本書の書評は週刊「SPA!」に掲載されました。そのうちウェブにもアップする予定ですが、取りあえずタグだけ打ち込んでおきます。
    というわけで掲載されたものに、字数の都合で落っこちた部分を加筆してアップ。読みにくいかもしれませんがご勘弁。一言言えばこの本自体は読むに値する本です。

    ワニのペニスが縮んだり、オスの貝がメスのようになったりといった報道をよく聞く。つい先日も、日本の若者の精子数は34人に一人しかWHOの基準値に達していないと発表があった。精子が減っているのだ。乳ガンや前立腺ガンも増えているという。ご存じの方も多かろう。いわゆる「環境ホルモン」という化学物質の仕業だとされているものである。

    環境ホルモンとは日本の造語だが、つまり身体の外にある化学物質で、身体の中に入るとホルモンのように働き、身体内のバランスを崩してしまう物質のことである。じゃあ、ホルモンって何だろう?ホルモンとは、身体内で情報伝達に携わっている分子の総称である。身体はホルモンを使って情報をやりとりしている。ここへ外から、姿形は一見似ているが全く違った情報を伝える物質がやってきたらどうなるか。身体は本来あるべき状態を見失い混乱する。会社の伝令が嘘つきだったら、社内は混乱してしまう。小さいウソでも積み重なれば大変な事態へと繋がっていく。それと同じ事が、どうやら身体の中で起こっているらしい、というのが環境ホルモン問題だ。

    本書は、環境ホルモンなるものが発見・注目されはじめてから現在に至るまでの状況を、時系列に沿ってまとめたもの。綿密なインタビュー取材による構成は分かりやすく、迫力がある。物語は1920年代、人類が動物の生殖線から薬物を合成しはじめた頃にまで遡って始まる。本書の主役はエストロゲン(女性ホルモン)である。エストロゲンはごく微量で生殖や成長を制御する、体内にもともとある物質。妊娠中のホルモンバランスを取り戻せるとして、600万人の妊婦と胎児に合成エストロゲンが投与された。数年後、子宮や膣や卵管がゆがんだ子ども達が生まれた。男性器の奇形も多かった。正常に見えても、胎児のとき合成エストロゲンにさらされた人達は極めてガンにかかりやすかった。つまり、無害だと思われていた物質に毒性──内分泌の撹乱と発生の阻害──が潜んでいたのである。特に胎児期・発達期に環境ホルモン物質に曝されると正常な発育が妨げられ、生殖能力や免疫機能、発ガン性などに影響が出るらしい。

    そして、あろうことか多くの化学物質、例えばフタル酸化合物(DBP、DOP)などが弱いエストロゲンの働きをすることが分かっていく。それらは、ごく身近なプラスチックや農薬の中の物質だった。ラップやプラスチックの瓶のフタに有害な物質が含まれているとすれば、いったいどうやって防げば良いというのか?著者は大地にも大気にも拡散している「汚染物質」から逃れるすべは既にないと言い「今こそ、私たちは教訓を学ぶべきなのだ」と警告する。証拠を集める段階は終わった、環境ホルモンは「クロ」だという立場である。だが、この問題はなかなか難しい。農薬やら工業物質やらが犯人として槍玉に挙げられることが多いが、別に人工物質だけが環境ホルモンとして働くわけではない。天然の物質の中にも環境ホルモンはある。問題は、身体の中に入った時にどういう作用を起こすか、ということなのだ。

    本書を読むと環境ホルモン問題は昔からある問題なのだと気づく。公害問題が騒ぎになった頃、ダイオキシンやサリドマイドの危険性が指摘された頃から何も変わっていないのだ。ダイオキシンやPCBなど明らかに有害なことが一度判明したものは分かりやすい。だが多くの化学物質に対して無害だ有害だと言っても、しょせん短期的視点での浅知恵でしかない。我々は「化学物質の宇宙」で暮らしている。身体に何がどう関わってくるのか、誰にも分からない。環境ホルモンを危険視する側の声はますます高まり、誤解や曲解をも含んだまま「なんか危ないらしいぜ」という雰囲気は広がりつつある。だが毒性が完全に証明されたわけではないし、何もかも禁止することは不可能だ。例えば本書では大豆の中のイソフラボンもエストロゲン様の作用を持つから子どもには食べさせるなとある。これには豆腐を食い続けてきた日本人は大いに反論したくなるだろう。もちろん、分かってからでは遅かったではすまない問題であり、だから灰色でも禁止せよ、というのが多くの論者の立場であろう。まず必要なのは情報を得ることだ。どう判断するか、そこから先は各読者にまかされている。

    環境ホルモンに関するサイト

  • Environment【環境ホルモン】 すぐれた情報ノードです。おすすめ。
  • Yahoo! Japan: 環境ホルモン関連カテゴリ
  • 国立医薬品食品衛生研究所
  • 化学物質と環境」ホームページ(環境庁)
  • 立花隆ゼミ環境ホルモン研究会

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  • 緑のつぶやき
    (田中修(たなか・おさむ)著 青山社、1905円)
  • 植物にも葉温という「体温」がある。植物が吸う水の量はとてつもなく、根の表面積は地上部表面積の百倍以上もある。植物も季節を感じ、光を感じ、さらには動くこともある。本書で披露される植物のネタは、知っている人は知っている話だが、知らない人のほうが圧倒的に多いだろう。植物を大切にしましょうとか言いながら、我々は植物のことをあまりに知らないのだ。

    植物とはどんな生き方をしている生き物か。著者は植物への思い入れたっぷりに「植物たちのつぶやき」を代弁する。3部に別れて構成されている。第一部は「植物が動きまわる必要のないしくみ」。第2部は「植物が『時』と『場所』を知るしくみ」。第3部は「植物が花を咲かせるしくみ」。各章は数ページとごく短く、いちおう一冊として連続してるが、植物をネタにしたエッセイ集としても読める。

    本書を通読したあと、植物を見る目が少し変わるかもしれない。


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    moriyama@moriyama.com