96年6月Science Book Review


CONTENTS


  • 岩波講座 地球惑星科学1 地球惑星科学入門
    (松井孝典・田近英一・高橋栄一・柳川弘志・阿部豊著 岩波書店、3600円)
  • これは教科書である。だが、仮にも科学書の評をしている当ページで取り上げずにはいられないシリーズである。本書は全14巻の一巻目。長く読み、かつ使われるシリーズとなるかもしれない。

    地球、地球と、何かと言えばすぐ「地球」という言葉を持ち出す時代になった。だが、地球全体を<システム>として考える視点がそこにあるかというと、残念ながら、必ずしもそうとは言えないようだ。地球は複数のサブシステムが複雑に絡み合ったシステム。これまでは、それぞれのシステムを、それぞれ違う研究者達が、それぞれ違う方法で、アプローチし続けて来た。

    今、<地球惑星科学>と呼ばれる学問の世界では一つの大きな変化が起こりつつある。様々な分野で得られた知見を総合して体系化し、<新しい地球観>を再び構築しなおそうとしているのだ。惑星としての地球、プレートテクトニクス、プリュームテクトニクス、海、大気、そして生命の存在する地球、それらを全て相互に絡み合う現象として総括的に捉える時代がやってきたのである。

    そうしなければ、新たな発展が望めなくなりつつある、という事情もある。「地球」を考えるのならば、そのように捉えなければ意味を為さない、という事でもある。

    何はともあれ、このような形で総合的な教科書が刊行される事は大変有り難い。なお各巻、1〜3は入門編(大学教養レベル)、4〜11は基礎編(大学専門)、12〜14は総合編といった構成になっている。

    地学はもちろん、進化や環境学について学ぼう、あるいは教育しようという人には必読のシリーズである。読み物として眺めるだけでも良いから、是非読むべきだ。
    (とは言うものの、4月刊行の本書評が遅れた理由は、値段と<全14巻>という分量に少々びびってたからだったりする。。。)

    なお第一巻は、太陽系の中の地球、地球の構成、分化(固体地球の進化)、生命の起源と進化(生命圏の分化)、太陽系の起源といった内容。


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  • 恐竜の博物館
    (マーク・A・ノレル+ユージン・S・ギャフニー+ロウエル・ディンガス著 瀬戸口烈司+瀬戸口美恵子訳 青土社、3400円、原題:Discovering Dinosaurs in the American Museum of the Natural History, 1995)
  • 恐竜のシーズンがやってきたらしい。折良くというか、これまでになく巨大な、肉食恐竜の頭骨が発見された。写真を見たが、信じられないくらいでかい。人間がそのまま入る。あんな生き物が歩いていたなんて、やっぱり(心の底からは)信じられない。見てみたいなあ。

    この本は要するに「アメリカ自然史博物館のパンフレット」である。少々分厚いが。
    American Museum of the Natural Historyとは、子どもを狙うアロサウルス、それに対峙して、後足で立ち上がって威嚇するバロサウルスの復元で有名な所で、世界最大規模のコレクションを誇る。他にも新解釈に基づき、次々と斬新な復元を実行。アパトサウルスの尻尾を持ち上げ、ティラノサウルスを敏捷的な姿勢に変えた。恐竜学を面白くした博物館。まさに「恐竜の博物館」。残念ながら、私はまだ行ったことがないので実際のレポートはできないのだが、さぞかし壮観だろう。

    そこのパンフレットだから、過激な書かれ方をしているのだろうかと思って読んだのだが、意外なほど慎重で丁寧。さすが伝統のある博物館。Q&Aの部と、事典的なページに別れている。
    Q&Aにはいろんなレベルのものが混在している。中には「恐竜はどのようにして交尾したのか?」などもある。いやあ、本当にどうやっていたんだろうね。これはかなり問題だ。
    また「恐竜の研究は何の役に立つのか」という問いに対する答えは、<恐竜>という貴重な教育素材を馬鹿にする一部の地質学その他の先生方にも是非とも読んで頂きたい。
    事典の部にはコレクションの化石の由来、発掘史なども書かれており、読み物として十分面白い。写真も豊富。

    博物館、そこは科学が一般の人へ最も影響力を及ぼすことができる場所である。日本の博物館は残念ながらスペースの都合上か、苦しい展示の所が多い。しかしながら最近オープンした幾つかの博物館などでは事情が変わりつつある。良いことだ。もっともっと「展示」つまり「ものを人にディスプレイする」という事に力を入れて欲しい。
    一般への啓蒙に力を入れれば、それはやがて科学や博物館への投資・理解に繋がり、博物館の研究面発展にも繋がるだろう。
    しかし、入場料は安くして欲しい。閉まるのも早すぎる。アメリカとは随分違う印象がある。

    なお、誤訳だか誤植だか知らないが、随所に間違いがある。意味が分からないようなものではないが読書の邪魔なので、次の版では訂正して欲しい。


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  • 新ヒトの解剖
    (井尻正二(いじり・しょうじ)、後藤仁敏(ごとう・まさとし)著 築地書館、2200円)
  • 昔、イラストを描いていた時がある。そのころ無性に「ヒトの体の中を見たい」と思っていた。そう簡単に見せてもらえるものでもないので、解剖の講義を取っていた先輩に話を聞いたり、美術解剖書を読んだりしていた。で、結局まだ見たことがない。今年こそ見たい、と思っているのだが。
    是非、自分の目で「へその裏側がどうなっているのか」見てみたい。

    それまでは仕方ないので、本書の図解などを見て我慢しよう。ほほう、へその裏側はこうなっているのか、ふむふむ。なるほどー。なになに、へそがへこんできたら太ってきた証拠?

    といったかんじ。進化の痕跡が我々の身体の中に残っている、という視点はいつもながら面白い。
    なお、これまたいつもながら巻末には分子生物学批判がある。うむー。この主張では今の人は納得しないだろうな。

    この本、69年に刊行されていた旧版の改訂版だが、旧版には多く写真が用いられていたらしい。今回の版ではほとんど図に置き換えられている。残念だ。

    余談。
    アイバンクに登録していたため献体を断られた人を知っているが(本書にもある通り、完全に部品が揃っていないと「教材」として不適切だから)、私自身は献体は嫌だな。解剖はメスでばっさばっさ切っていく事よりも、神経や血管を観察する為に、ピンセットで肉をつまんで、ちょんちょん取り除いていく時間がほとんどを占めるそうだ。肉をピンセットでつまんでいくとどうなるか想像するとわかるだろうが、それが「形の果て」というわけで、いくら死んでいるといってもそれはやっぱり嫌だなー。


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  • 岩波講座 地球惑星科学2 地球システム科学
    (鳥海光弘・田近英一・吉田茂生・住明正・和田栄太郎・大河内直彦・松井孝典著 岩波書店、3400円)
  • ちょっと休憩後、第一巻に続き、第二巻を読む。
    第一巻では「分化」をキーワードにして地球システムがどのように変化してきたか語られていたが、本巻はずばり「地球システム」がキーである。地球システムの物質循環、対流、気候生態、システム全体の安定性が語られる。

    地球は、独自の力学と独自の時間的スケールを持つ、幾つかの「サブシステムが相互作用するシステム」として捉えられる。
    この視点は非常に重要である。

    例えば「気候」を考える上でも、大気の循環システムだけを考えていれば良いわけではない。表層、海、雲などとの相互作用を考える必要がある。そもそも大気循環そのものが相互作用を考えなければ成り立たない。長期的に見るならば、マントルの対流とプレート運動、太陽からの出力の変化なども考慮に入れなければならない。

    このような視点は単に学問的、自然科学的興味だけの問題ではなく、いわゆる地球環境問題を考える上でも必須である。サブシステムの中の一つのファクターが、システム全体にどのような影響をもたらすか考える必要があるからだ。本書の言葉で借りれば「think globally, act locally」という視点である。「一つの現象を理解しようとするには、その現象一つだけを切り離して研究することはできないということなの」だ。

    内容はまだ入門編なので平易(というわけでもないが)、大変丁寧に書かれている。このシリーズ、それぞれ複数の著者によって書かれているが、文体等が概ね統一されていて読みやすい。本来、こういう本はやはり、かくあるべきだと思う。同じ岩波の「地球を丸ごと考える」というシリーズがあるが、あれと同じで、再読する度に違うレベルで読めそうな気がする。

    本書はもちろん教科書である。しかし、読み物として読書し、巨大なスケールの学問の醍醐味を感じるだけでも楽しいと思うのだが、如何だろう。私はその程度の読み方だが、十分楽しめた。


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  • 機械の身体 越境する分子生物学
    (エヴリン・フォックス・ケラー著 長野敬訳 青土社、2400円 原題:Refiguring Life, Metaphors of the Twentieth-Century Biology, 1995)
  • メタファーを使って物事を語るのは理解に大変有効だが、時としてメタファーが思想、現実「観」、あるいは思考のスタイルや方向性を規定してしまう事がある。生物、生命はこれまで様々なメタファーで様々な捉え方をされてきた。それが生物学の発展に対して、いつも是とされるように働いてきたか、というと必ずしもそうではない。
    そしてそのメタファーは、生物学の外から持ってこられる事が多い。それは、他分野や社会全体の影響を、生物学そのものが大きく受け得る事を示している。

    本書の主題は、そういう事らしい。そういう意味では邦題は一面的で、少々おかしい。はずれちゃいないけど、原題をそのまま訳した方が良かったんじゃないかな?

    本書全体の事からまず語ると、話の内容があちらこちらへ飛ぶので最終的にどこへ連れていかれるのか、いささか不安になる。内容は科学史的で、中には私なんか読む気にもならない難しい本からの引用が多く、その辺は有り難い。
    まあ、「人間機械論」について興味のある方は最低限読んでおいたほうが良いかもしれない。

    遺伝子第一、生命の根源、いや生命そのものである、とする主張を「遺伝子作用の言説(ディスクール)」と著者は呼ぶ。このディスクール(って言いにくいなー)が発生生物学や遺伝子学そのもの、その発展にどのような影響を与えてきたかが科学史に沿って、まず語られる。

    遺伝子=設計図というメタファーによって、しばらく発生生物学は遺伝子の影に隠れていた、と著者は語る。そして現在、分子生物学の発展によって、分子の相互作用する動的なシステムとして生物が捉えられ、再構築されて語られるようになったとき、再び発生生物学は復活した、というのが著者の主張。
    この事の是非は知らない。だが、一般において、今でもDNAが「静的なもの」として捉えられがちなのは、そういう所に理由があるのだろうか、などと思う。となれば、大昔の時点を現在の中学・高校の教育は引きずっているわけで、それはゆゆしき問題だ。

    閑話休題。
    その他、シュレディンガーを出し、マックスウェルの悪魔(本書では魔神と訳している)を出し、生命を熱力学的に捉えようとした動きについて触れる。ここなんかは正直言ってどうでも良いことのように思える。エントロピーを持ち出して生物を語る試みは今でも散見するが、だからなんなんだ?と言いたくなるのは私だけ?

    最終章がコンピュータメタファー、情報メタファーとしての生物の問題になる。ここについては触れ方は正直言って、甘い。全然甘い。はっきりいってダメだ。黒崎政男氏らの著書を読んだ方がよっぽど良いと思う。

    再び本書全体の事を言うと、95年に書かれたものにしてはねえ、というのが印象。装丁に負けている。社会生物学などにも当然触れるべきだと思うのだが?
    メタファーの是非、そしてその適用を通して、生物学という学問のいいかげんな所、あるいはメタファーなんてものに左右されずにはいられない、我々の思考そのものの「いいかげんさ」に目を向ければそれでよし、なのだろうか。


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  • セックスの邪魔をするやっかいな記憶たち 10stories
    (ジョゼフ・クレンマレン著 鈴木圭子・吉田斉訳 白揚社、2575円 原題:THE PORNOGRAPHER'S GRIEF - And Other Tales of Human Sexuality, 1993)
  • 性は人間関係の中でも最も微妙なものの一つ。そのため、性は人間関係そのもののメタファーと成りうるし、逆に、人間関係の影響をもっとも受けやすい部分でもある。「性は対人関係の縮図」なのだ。

    本書は、対人関係カウンセラーの著者による、患者との対話を下敷きにした10の物語を収録。人間が如何に脆いものか、そして「性」が如何に影響を受けやすいか語られる。そこには様々な物語がある。摂食障害、ポルノ中毒、コンドームを付ける事ができない男性、肉体的には障害がないのに妊娠できない夫婦、抑圧されていた記憶(この辺は、草思社「記憶を消す子ども達」を彷彿とさせる)、ガールフレンドとの関係に父親との関係を投影していた男性(「精神力動では性別を問題にしない」らしい。だから、父親との葛藤の結果が女性に対する態度となって表出することもあるのだそうな)。

    下世話な興味で読んでも面白いし、いろいろと深読みをしても、もちろん面白い。人間が如何に脆いものなのか。そして、「両親の育て方」、これが子どもに如何に大きな影響をもたらすか。本書の症例(物語)を読んでいるとそれが良く分かる。いやいや。

    なお、フロイトのような解釈を著者はしているのではない。フロイトは「性を文字どおり中心としてとらえたのであり、メタファーとしてではなかった」。著者は「対人関係で生じる感情的苦痛」が性に投影されている、と捉えている。

    しかし、精神分析医って日本ではあまりなじみがないけど、これは大変な仕事だよなあ。「答えが見つかったその時点から葛藤が始まる」長期心理療法。会話の中のちょっとしたきっかけ。バラバラに散らばっている要素。断片。キーワード。突破口。患者との微妙なかけひき。それが何カ月も何年も続く。
    だが、いつかきっと喋ってくれる、と思ってひたすら聞き続ける。聞き、共感し、サポートし、分析する。

    あまり精神分析医にかかることのない日本では、どういう人たちがこの役目を果たしているのだろう?

    さて、以前から不思議に思っているのだが、なぜ、カウンセラーに相談して「答え」を見つける事がその問題の解決に繋がるのだろう。問題の所在を自覚することが、どうして問題の解決に繋がるのか?何故なんだろう?この辺に人間の精神構造の秘密があるのかも。


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  • 優生操作の悪夢 医療による生と死の支配
    (天笠啓祐(あまがさ・けいすけ)著 社会評論社、2266円)
  • タイトルから分かる通り、生殖技術、遺伝子治療、尊厳死などに反対する立場からの著書である。

    私個人は(どちらかと言えば)「生殖技術擁護派」だ。生殖技術を乱用(どこからどこまでを「乱用」とするのかは別問題として)したり、優生的な目的に使おうとする事には無論反対だ。しかし、生殖技術そのものに「原罪」を被せるような態度はどうか。つまり、生殖技術の使用=全て乱用だ、生命の翻弄だとか、遺伝子治療などは「神の領域」に人間が手を出すことである、とか、そういう話だ。
    そういう事を語ったり、生殖技術導入の為に起こってしまった様々な問題を取り上げる前に「生殖技術はそもそも何のため、誰の為に生まれてきたのか」という事を念頭に置いておく必要があると思う。何も、不幸をもたらそうと思って生殖技術や遺伝子治療は登場したわけではないのだ。無論、善意と称する優生的な目的の為に登場したわけでもない。
    そういう意味で、私の考えは「
    生殖革命と人権」の考えに近い。たしかに産む産まないは人の権利だが、世の中には生殖技術があって初めて生めるようになった人もいるのだ。その人たちの権利はどうなるのか。科学技術の恩恵を受けるのもまた自由であるはずだ。暗い面だけを強調するのはどうだろうか。科学者は、功名心だけで技術開発を行っているわけではないだろう。

    一方、生殖技術の導入で、様々な混乱や悲劇が生まれているのもまた事実だ。クリアしなければならない問題は信じられないくらい多い。技術のスピードにコンセンサスとしての倫理や、法律がついてこれていない。
    (だが、個人のレベルの倫理観も本当についてきていないのか。私はこの点については一般マスコミ等の風潮に疑問を持っている。個人の倫理観は、意外と素早く変容していくものだ。明確ではないかもしれない。だが我々の倫理観は明らかに変容しつつある。何か、大きな流れだと思う。どの段階から「生命」あるいは「人間」とみなせるのか、といった問題も、やがて統一コンセンサスが生まれて来るように思える。別に根拠はないので強迫メールなど送ってこないように。印象に過ぎない。だが、私は私なりに確信している)

    本書はまず「尊厳死」の問題、優生学の歴史と現在への影響、そして生殖技術や遺伝子治療などを取り上げる。そして「生殖技術の展開は出産への技術の過剰な介入であり」、「医療を通して管理を強めてきた国家の過剰な介入をもたらすもの」とする。
    また「不妊は病気ではない」と語るが、それは確かにその通りで「病気」ではない。だが、子どもを産みたい、という欲求があるが生めない人はどうなるのか?私にはこの辺が納得できないし、本書の主張には賛成できない。
    障害者の権利、出生前淘汰であるとか、現在の我々にもごく身近な話題も多い。生殖技術が、下手をすると優生的な方向へ進みかねない(そして進むのではないだろうか、と思わずにはいられない)のは確かで、その事を議論するきっかけにはなるかもしれない。生殖技術をまったく楽観視する人もいるようなので、こういう本は必要なのかもしれない。世の中に多様な視点が存在するからこそ、前進するのだから。
    とにかく、この問題に関しては議論が不足している。

    ちょうど、今、安楽死の問題が持ち上がり、大議論になっているが、これがまた「なあなあ」になってしまわない事を望む。まあ、そういうのを法律で決めなくちゃいけない、というのも、本当は違うような気もするのだが、仕方ないだろう。とにかく、全体で議論する事が必要だ。

    なお。
    本書には、どこかで読んだようなフレーズが散見される。例えばアポロ計画はただの夢に過ぎなかった、とか、そういう文章だ。私は以前にこのページで書いた通り、そのフレーズを見たことがある。他にもそういう文章・内容がある。つまり、実際の所どうかは知らないが、この本の内容のある部分は著者自身の取材による一次情報ではないのかもしれない(無論引用を明記しているものは除いても)。こういった本は深い取材が不可欠だと思うのだが?
    この本は、情報を得る為に読むタイプの本ではなく、議論を喚起するタイプの本だ、ということなのだろう。


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  • 女性科学者21世紀へのメッセージ
    (湯浅明・猿橋勝子編 ドメス出版、1957円)
  • 「女性科学者に明るい未来をの会」創立15周年記念出版。「猿橋賞」を出しているところだ。記念講演・論文集である。面倒なので名前をいちいち挙げることはしないが、そうそうたる女性科学者たちが書いている。

    本書に各国の女性科学者の割合を示すグラフがある(90年、「サイエンス」調べ)。日本はなんと先進国で最低。びっくりした。理学部の中には結構女性がいるように思っていたのでこれには本当にびっくり。なぜだろうか。定着率が低いのかもしれない。つまり、入学はするが、ドクターまで残る人が少ないのかもしれない。うーむ。

    どうやら、猿橋賞の存在意義がなくなる日はまだまだ来そうにない。


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  • フグはなぜ毒を持つのか 海洋生物の不思議
    (野口玉雄(のぐち・たまお)著 
    日本放送出版協会、850円)
  • フグ毒とは何か。テトロドトキシンと呼ばれる化学物質である。そのフグ毒は、ビブリオ属を中心とするある種の細菌が作っている。フグが作っているわけではない。
    では、フグはなぜ毒を持っているのか。その細菌を直接、あるいは食物連鎖を通じて摂取するからである。だから、餌が管理下にある養殖フグは毒を持たない。また、フグは毒を含むものを積極的に摂取しているという。

    ところで、フグにとってもフグの毒、つまり細菌が産生するテトロドトキシンは毒である。では、なぜフグは毒を持ち続けているのか。フグは、一般魚に比べて耐性があるからだ。通常魚の300〜500倍もの耐性を持っているそうだ。そのため、フグは毒を体の中に蓄積することができるのである。ところが他の動物はそれほどに濃縮された毒に耐えられないので死んでしまう、というわけだ。

    では、フグにとってのフグ毒とはどういうものなのか。
    フグは外敵に会ったとき、皮膚から毒を放出する。敵はその毒を忌避して逃げ出す。つまり生体防御物質である。また、その他でも体内で何らかの作用に寄与しているらしい。

    ではテトロドトキシンとはどういう物質か。体重50kgの大人なら、2mgで死亡する猛毒である。細胞膜ナトリウムチャンネルをブロックしてしまう。つまり神経毒だ。だからフグ中毒になると呼吸麻痺を起こしてしまうわけだ。
    逆に言えば鎮静作用があるわけで、実際、薬として使われていたこともあるそうだ。フグの体内でも何らかの作用に関わっているに違いない。

    フグは、ナトリウムチャンネルが変わった形をしていてテトロドトキシンが結合しにくくなっているか、ナトリウムチャンネルの数が圧倒的に多いか(そんなことはどうも信じられないが)、とにかく何らかの方法でコントロールしているらしい。その機構はまだ解明されていない。
    テトロドトキシンは水に不溶である。よって生体内では遊離しているか、または何かと結合し、高分子化合物を形成しているらしい。なお、有機溶媒にも不溶。現在モノクローナル抗体を使った分析法が研究されているそうだ。

    このフグ毒、実はフグ以外にも色々な動物に存在する。もともとは細菌が作っている事がその理由らしい。本書の半分以上は色々な海洋生物──貝、カニ、海藻(!)──の毒についての記述。
    フグを初めとして、毒を持つ生物は動きが鈍いものが多い。著者は、毒を持っているから動きが遅くても生きていけるのだ、あるいは動きが鈍いからこそ毒を持っているのだ、と考えている。一方、医学関係の人に言わせれば毒で麻痺しているから動きが鈍いのだろう、と言われたそうだ。ずっと麻痺しているような生物が種として存在できるはずがないと思うのだが。

    本書に含まれている情報を上記の通りだが、不満点を。
    肝心の細菌がどうして、どのようにして毒を作るのかについて触れられていない。なんで?また構成がまずく、話が見えにくい。論理の展開がガタガタしている。また序文の内容が序文らしくなく、さっぱり内容が分からない。「おわりに」の方は分かりやすいけど。
    相変わらず、編集の手が見えない。


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  • 宇宙の謎はどこまで解けたか
    (海部宣男(かいふ・のりお)著 新日本出版社、2400円)
  • 我々の銀河系は典型的な渦巻き銀河かと思っていたら、最近の観測によると、どうやら棒渦巻き銀河に近いそうだ。

    本書の内容は平易で、現代の天文学の成果を気軽に概観できる。「宇宙論」という言葉よりも」天文学」という言葉の方が、よりしっくりくる本だ。日本の天文、特に大望遠鏡や電波による観測天文学の第一人者である著者ならでは、と言える。読後、夜空を見上げると、いろんな事を考えさせてくれるだろう。理論ではなく観測の素晴らしさ、そしてそこから導き出されるイメージの素晴らしさを訴えかける本(もちろん理論あっての観測であるわけだが)。

    あまり書くことがない。それは、この本がつまらないからではなく、あまりに「まとまっている」からかもしれない。やや、まとまりすぎかも。話の内容自体は決して古いわけではないのだが。
    この本は「自然と人間シリーズ」の第9回配本分なのだが、どうもこのシリーズ全般、まとまりすぎのような気がする。こういうシリーズも必要なのは良く分かるし、あげつらうような欠点も別にないのだが、読んでいると「可もなく不可もなく」という言葉が浮かんでくるのだ。

    この本を読んでいると、どうしてURLを記載してくれてないんだ!と思ってしまう。本書の内容上当然HST他の成果が色々と紹介されているのだが、カラーの綺麗な写真を見たい、と思うじゃないですか。すばるとかもね。実際、これから出す(特に)天文関係の本は、写真などのソースのurlを全部表記して欲しい、と思うのは贅沢だろうか。


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  • 人はなぜ老いるのか ─老化の生物学─
    (レオナード・ヘイフリック著 今西二郎・穂北久美子訳 三田出版会、2800円 原題:How and Why We age, 1994)
  • この本、洋書を読まない私には非常に珍しい事だが、原書を通読していた。1年前、著者のヘイフリック博士自身にインタビューする機会があったのだが、その折り、彼から「この本を読んでくるように」と指定されたのだ。当時、多忙を窮めていた私は正直「うげーっ」と思ったのだが、仕方ない、サンフランシスコに向かう飛行機の中で本を開いた。原書はこの日本語版よりも分厚い(重さは軽いけど)。恐る恐る読み始めたのだが、すぐに、夢中になって読んでいた。私は英語は基本的に駄目だ。しかし、そんな私が夢中で読めるほど面白かったのだ、この本は。

    本書は「生物老年学」つまり「老化の科学」の現在を見渡すことのできる、数少ない日本語一般向け書籍である。言葉遣いも優しい。図表も多い。内容もバランスが取れている。
    論理もすっきりと明解だ。これまで老化関連の本を読んでいる人もいると思うが、自分の考えを整理する為に読むのも良いと思う。
    自分の考えを述べているのか、学会内の通説を述べているのかの区別もはっきりしていて、好感が持てる。

    「老化」と「寿命」は全く別ものである。この両者の関係、そして現在盛んに研究されている「寿命延長」や「老化防止」の研究について知りたい人には文句なく必読。
    また、老化あるいは寿命は、発生や誕生と同じく生物の持つ特徴の一つ。生物学の教科書にはあんまり出てこないが、誕生、そして発生、老化、寿命は、一つの生命システムの一連の流れとして、統一して研究・理解されるべきではないだろうか。そんな事を改めて思った。

    老化コントロール、寿命延長の研究は、一般に知られているよりも遥かに進んでいる。その進み方といったら驚く他はないような進み方だ。
    著者のヘイフリックは「人間の細胞は50回までしか分裂できない」という<ヘイフリックの限界>を発見した人物である。彼は老化のコントロールには反対しているし、その可能性にも否定的。
    だが、その彼でさえ、本書でこう述べている。

    「これ(老化のコントロール・極限寿命の延長)が可能だとかもう起こりそうだと考えている人々は今、この問題について、公に対話を始める義務がある。(中略)細心の注意の払われた生命維持装置の利用(「いつ電源を切るか」)と堕胎の権利についての現在の議論は、もし私たちが老化過程を遅らせたり寿命を延ばしたりする能力をもてば起こるであろう倫理的ジレンマに比べると、とるにたらないほどのものである。
    老化過程の操作が可能なものとなる前に、実際私たちの人生のあらゆる面に与えるであろう衝撃について、今熟考し、公に議論することが重要である」

    ヘイフリックほどの人物をして、「議論を今すぐ開始せよ」とまで言わせるほど老化研究が進んでいること自体に驚きを感じる。


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  • <ガン>遺伝子治療
    (深見輝明(ふかみ・てるあき)著 講談社選書メチエ、1500円)
  • 遺伝子治療はもともと、他に治療の手だてがない難病に対する治療法として発想されたもの。だが現在、研究の主眼はそれらの遺伝病ではない。ガン(そしてAIDS)である。理由は、ガン患者が圧倒的に多いから。医療とはいえ、経済原理が働いているのだ。ガンに傾注する事自体は別に悪くはないが、「治療の『ち』の字もない」遺伝病の患者はどうなるのか。

    本書は、解明されつつあるガン発生のメカニズム、しかしながらなかなか医療に応用されてこない現状、そして様々な思惑を載せて登場した遺伝子治療、それら医療現場のリポートである。
    直径20cmの腫瘍が消滅したなどの報告で期待の集まる免疫療法──キラーT療法、ATK(自己ガン細胞障害)療法──などのレポートも織りまぜられていて実に面白い。構成もさすがに分かりやすく、かつ、取っつきやすい。免疫についての知識は若干必要だが、それはこの本などで適当に勉強しておいて読むと良いだろう。
    コンパクトにまとまっている。しかも具体的な研究現場のレポートを通して分かる、という点は大変お買い得。

    著者は雑誌「Quark」などで活躍している科学ジャーナリスト。私見だが、私はこの著者のリポートはかなり信用をおいている。著作を拝読しているだけで、面識は全くないんだけど。一般の人がどういう所が理解できないか、その辺を理解した上で、ツボを押さえた説明をしてくれる。

    著者は、遺伝子治療、特にガン患者への適用に、時期尚早だ、と警告を発する。遺伝子治療そのものの効果も定かではない、なおかつ遺伝子治療はガンに対する治療法としてもone of themに過ぎない、そして医療現場のソフト(例えばインフォームド・コンセント)の不足。それらを理油に挙げる。

    遺伝子治療がうまくいかない理由の一つは、ベクター(遺伝子の運び屋)にあるという。ベクター開発には、医学だけではなく、理学的な知識・素養も必要となる。ところが、日本ではこれら両者の間に橋がなかった、と指摘されている。
    これらに対して医療現場はどう答えるのだろう。

    はっきりしているのは、難病があるということ、それらに対して何らかの手を打たなくてはいけないということ。そして、新手法を導入するときにはくれぐれも慎重に、そしてそれには市民の監視も必要だし、医療研究者も外に出なくてはならない、ということ。
    当たり前のことなのだが、難しい。


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  • 続・新薬の話(1)(2)
    (貴島静正(きじま・しずまさ)著 裳華房、各2060円)
  • 94年度の医薬用医薬品市場規模は20兆4千億円。巨大市場だ。日本の市場規模は4兆4千億円で28%を占め、第三位。
    本書は、様々な新薬創薬の現状を各病気・症状別に連ねて記載したもの。最近話題の
    抗ガン剤についてや、AIDS、免疫抑制剤などについても触れられていて、興味深い。製薬会社の研究開発の方向性が、どういう方向へ向かっているかも、なんとなく分かる。

    生化学用語が頻発する本書の内容は一般向けではない。
    だが、世界の様々な製薬会社が現在どのような思惑・研究目標を持ち、どの程度の金をかけて研究開発しているのか、その市場規模(つまり患者数)はどのくらいか、などがコンパクトに分かるので、この種のデータが必要な人は必携。

    また、我々の体の中で各種薬がどのような作用機序をもって「効く」のか、生化学の言葉でコンパクトに(それだけに用語についていけなければ難しいのだが)書かれているので、そっち方面に興味を持つ人にもお薦めである。

    何より、読んでいて感じたこと。
    それは、我々の体──生命──というのは、やはり分子の言葉で語られるシステム、サブシステムとサブシステムが絡み合っている複合システム、として捉えられるのだな、ということ。

    そうそう、遺伝子治療用ベクター開発専門の会社もできたそうだ。


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  • 科学の考え方・学び方
    (池内了(いけうち・さとる)著 
    岩波ジュニア新書、650円)
  • 科学には構造があり、その構造を発見し、辿ることによって全体像を把握できる。その構造はどの分野──例えば人文科学、社会科学など──にも共通であり、適用できる。科学的知とは本質を見抜く力の事であり、「ものの見方」そのものの事である。
    本書は科学するとはどういうことか、現代の科学はどうあるべきか、池内氏が子ども向けに優しく説いた本。そして「科学者とはどうあるべきか」提言する本でもある。

    実際にはこの本を読むような子どもはあまりいないだろうな。それに、こういう本を手にとるような子どもは最初から心配ない。どちらかというと、先生向け。読むべし。

    それに、こういう本が出回らないと「時代の雰囲気」みたいなものが醸成されてこないんだよね。

    「科学の技術化」のスピードが加速し続ける現在、科学論がブームらしい。日本は、これまで科学がどのように生まれたか、あるいは科学とは何なのか、あまり考えずに進んできたようなところがある。それが「日本の科学のありよう、人々の科学観、科学者の状態に反映している」と池内氏は指摘する。
    池内氏は(残念ながら)日本では本当に数少ないタイプの科学者であると思う。これからも良書を出し続けて欲しい。
    そして、他の「科学者」は見習って欲しい。


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  • 東洋医学
    (大塚恭男(おおつか・やすお)著 
    岩波新書、650円)
  • 体調が悪く、医者にかかって検査してもらう。ところが「どこも悪くないねえ」。でもやっぱり気分は悪い。
    こういう経験は誰にでもあると思う。「気分が悪い」のなら、それはやっぱりどこか「悪い」のだ、どこも悪くない、なんてことはあるわけがない。例え数字には何も現れていなくても…。
    その辺、漢方系の医者はこのような場合「どこも悪くない」とは、まず言わないだろう。どこがどうおかしいのか指摘することもないだろうけど。

    この辺に漢方など東洋医学と西洋医学の考え方の違いがあるのだろう。

    東洋医学は現在ブームなのか、ここしばらく本が何冊か刊行されているようだ。その中で、もっとも手軽な岩波新書を手にとった。入門書としてはこういう所で良いだろう。
    生薬を用いる東洋医学と、単一の化学物質を処方する西洋医学。ここに両者の考え方の相違が端的に現れている。東洋医学では、生薬(これ自体複雑な複合物質)を混合して作り、処方するやり方そのものに名前が付いている事が多い。これは、薬を混合し、処方し、人体に作用させる、そこまで丸ごとを、一つのシステムを持った<ユニット>として考えているからだ。

    もちろん、最近は西洋医学も複数の薬をシステムとして投与することが多い。複雑な化学物質によるシステムとして、人体を捉え始めているからだ。東洋医学が再注目されているのも、こういう所に理由がある。部分の集合としてではなく、全体として全体を捉え、治療する。システムとしての人体。こういう考え方がようやく一般にも広がりつつあるのを感じる今日この頃。


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  • ツイスター
    (キイ・デイヴィッドソン著 山本民雄・室伏洋子・佐藤陽子・他訳 竹書房文庫、600円 原題:TWISTER The Science of Tornadoes and Making of an Adventure Movie, 1996)
  • あれ、なんでこの本がノンフィクションの項にあるの?と思ったあなたは早川書房に洗脳されている。早川から出ているのはマイクル・クライトンとその奥さんが書いた映画用オリジナル・ストーリー。で、こっちが原作(にあたる)。
    映画のメイキング、そして竜巻の科学についての本(あらら、こりゃ原題の直訳だな)。世にも珍しい、竜巻についてだけで全面を埋めたドキュメンタリーなのだ。でも、どっちにしろ映画がなければ世に出なかった本みたいだから、まあ、似たようなもんだけどね。

    本書には本物の竜巻ハンター達が登場する。VORTEXNSSLなどの研究者がどんな連中で、どんな研究をしているのか。
    連中は、竜巻に探査ロケットをぶち込んだり、飛行機で突っ込んだり、ジープで横切ったり本当にしているのだ。この本を読んでから映画を見ると、映画の面白さも本書の面白さも数倍に増すだろう。

    もちろん、本書は単独でも十分面白い。研究者達の人間像、研究史、竜巻とはどのようなものなのか(竜巻とは単独の渦巻きがただグルグル回っているものではない。詳細は本書参照)、そして現在の竜巻研究。それらが適当に飽きないように構成されている。良質のエンターテイメントであるし、為にもなる、映画用の副読本にもなる、ということで一粒で三度おいしい本。

    日本ではあまりなじみがないが、アメリカ、特に西武開拓者達にとっては非常に身近な大災害であることが良く分かる。本書に描かれる災害の惨状は凄まじい。そしてその竜巻の研究に大きな役割を果たしたのが日本人テツヤ・フジタ。シカゴ大の研究者だという。ダウンバースト現象をも発見した彼の名前は、竜巻の規模を示すスケールにもなっている。こんなこと、あまり知らないもんなあ。

    アメリカには竜巻を追っかけるアマチュアの集団もいる。本書の表現を借りれば、頭のイカれた「ベンジャミン・フランクリンの子孫たち」だ。詳しくは本書でも紹介されているイリノイ大の有名なウェブStorm Chaserを見てもらえば良いと思う(ここから大抵のところへはいけるはず。冒頭にはWebmaster自身の映画Twisterへの感想が書いてある)。彼らはこんなフォーマットでNSSLにレポートを出したりもしているが、迷惑にもなっているらしい。やれやれ。

    訳は映画公開に間に合わせるべく、やっつけでやったものらしい。別に読みにくいわけではないが、先のテツヤ・フジタさんが実際にはどういう人なのかも全く追加取材されていない。当然あとがきも解説もない。ウェブのURLもない。というわけで、誤訳もあるのではないか、と邪推する。少なくとも完全には信用できないね。

    おまけ。
    これまでの研究史の所で、カート・ヴォネガットの名前がある。SFマニアは押さえるように(笑)。


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  • 動物をつくる遺伝子工学 バイオ動物はなぜ必要か?
    (東條英昭(とうじょう・ひであき)著 
    講談社ブルーバックス、760円)
  • 本書には、やや失望した。あまり面白くない。特に前半は冗長。なにより、サブタイトルの問いかけに対する答えが弱い。直接に答える形になっているのはあとがきくらいのものだが、そのあとがきもおざなり程度で、正直がっかり。

    ハムスターの頬袋が細胞増殖用の培地に使われているとか、トランスジェニックブタを作る費用が250万〜1500万円くらいかかるだとか、精液凍結にグリセリンを使う方法は薬品瓶のラベルミスから発見された、とか、面白いトピックスも紹介はされているけれど、広い範囲を扱いすぎで、全体として何が言いたいのかぼやけてしまっている。

    何より、サブタイトルが不発に終わっているのが、かえすがえすも残念だ。


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  • 金属は人体になぜ必要か なければ困る銅・クロム・モリブデン…
    (桜井弘(さくらい・ひろむ)著 
    講談社ブルーバックス、780円)
  • ドラえもんの秘密道具の中で、「人間製造機」だか「赤ん坊製造機」だかというのがあって、小麦粉やら卵やらセッケンやら釘やらを材料としてそのまま丸ごと放り込むと、それらを(今のSF風に言えばナノテクで)ばらばらに分解し再構成して人間を作る、というのがあった。

    実はそれは欠陥商品で、返品するつもりでドラえもんが4次ポケットから出しておいたのを、留守中にのび太が勝手に作ってしまって…、というストーリーだったのだが、なんでこんな話を持ち出したか、というと、私が「人体には金属が意外と含まれているのだ!」ということを初めて知った話だったから。随分昔に読んだのだが、未だにセッケン(リンや硫黄)、鉄釘を放り込んでいたのだけは良く覚えている(それ以外の材料はあまり覚えていない)。

    長い前置き失礼。
    つまり、人体には金属が材料として必要なのだ。本書を読めば、周期表に並ぶ得体の知れない名前の金属元素が人体(生体)内で何をしているのか、ある程度イメージできるようになるかもしれない。だいたいは金属蛋白の形で機能しているが、その機能には不明な点も多いという。病気などとダイレクトに関わるジャンルだけに、更なる研究発展を望む。

    化学の先生は簡単に授業のネタを仕入れられるだろうし、生化学を志す学生は必読。それぞれの元素ごとにまとめられていて、トピックスを探すのも簡単。それでいて羅列的ではない。最近のブルーバックスの中でも良く書けている方だと思う。

    本書のトピックスを一つ挙げる。<スクラルファート>という言葉を胃薬CMで聞く。「胃の粘膜を守る!」というかけ声のあれ。あれの実体はどういうものかご存じだろうか。もちろん私も知らなかったのだが(威張るな>俺)、ショ糖とアルミニウムの複合体だそうな。こういう「ほほう」という話はもちろん、基本的な事から結構難しめの話まで、実に色々あって読んでて飽きない本だった。

    最後に。
    カルシウムが欠乏するとイライラするらしい、というのは良く言われているが、著者はイギリス紳士が穏やかなのは白亜(主な成分は炭酸カルシウムCaCO3)起源の土壌に含まれるカルシウムにあるのだろう、と書いている。こういうことは、たとえ冗談でも、こういう本には書くべきではないと思う。著者もまさか、本気でそう思っているわけではあるまい。


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    moriyama@cedu.nhk.or.jp