96年3月Science Book Review


CONTENTS


  • 惑星へ 
    カール・セーガン著 森暁雄監訳 朝日新聞社、各1600円 原題:PALE BLUE DOT A VISION OF THE HUMAN FUTURE IN SPACE, 1994)
  • アポロ計画は、ただのアメリカン「ドリーム」を実現しただけだった、という表現をある「科学啓蒙書」で読んだことがある。なんと愚かな見方だろうか。

    そういう見方に対して常に正反対の立場を表明してきたのが言うまでもなくカール・セーガンである。
    本書は彼の最新の著書。

    内容は最新の比較惑星学の知見、火星探査計画についての彼の意見、そしてテラフォーミングや銀河への進出といった人類の将来へのビジョン…。「フロンティア・スピリットよ、再び」といった内容である。
    まあ、いつもの、と言えなくもない。だが、彼の熱い気持ちは訳文を通しても伝わってくる。僕はこういうのが好きなんだな、やっぱり。

    この文を読んで下さっている方々の中には、原題'PALE BLUE DOT'と聞いて「ああ、あの写真の事だな」と思う人も多いと思う。ボイジャーが海王星軌道を出た後、太陽系を振り返り、最後に撮った写真の事だ。
    そこに映っていたのは我々の住む故郷、太陽系。

    地球は1ピクセル分の大きさもなく、太陽ですら既に恒星の一つとなってしまっていた、その一枚の写真。私たちの住む星が、宇宙の中の、ちっぽけな「点」でしかない事を、強烈に教えてくれる写真だった。
    その写真を撮るように勧めたのがカール・セーガン。彼は、その写真がどういう意味を持ち、どういう効果を与えるか、知っていた。

    翻訳グループも邦題には苦労したらしい。
    だが残念ながら、原題の'PALE BLUE DOT'には遠く及ばない。


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  • ここまでわかったイルカとクジラ 実験と観測が明らかにした真の姿
    (村山司 笠松不二男著 講談社ブルーバックス、740円)
  • イルカブーム、クジラブームである。
    それに乗じて、というわけでもないのだろうが、イルカやクジラについてのおかしな本が出回っている。別に、どんな内容の本を出そうが自由だが、「科学の仮面」を被る、あるいはまじめな科学的研究の特定箇所だけを抜き出して使うのはやめて欲しい。不愉快だ。

    本書は無論、きちんとした科学の眼で書かれた本である。資料・写真も豊富。イルカやクジラについて知りたいなら、まず、本書のような全体的な知識を得られる入門書を読んでから、次に進む事をお勧めする。
    本書は2部に別れており、第1部がイルカについて、第二部がクジラについて。イルカやクジラ(これは便宜的な呼び名で、両者の違いは大きさだけだ。3〜4m以下はイルカ、それ以上はクジラになる)の感覚、情報処理そして認知や行動、回遊や社会行動についての入門に最適である。筆者らは長年研究に携わり、イルカやクジラを見つめてきただけあり、面白く、説得力がある。

    しかしながら、あまりにも分かっていないことが多く、そのため(仕方ないが)やや歯切れの悪い文章になっている。筆者らの考えをもっと盛り込んでもよかったのではなかろうか。

    あとがきに著者の捕鯨に対する考えが述べられている。非常に注意深く書かれているので、部分引用もしないが、私はその考え方に全面的に賛成だ。


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  • 人工臓器 生と死をみつめる新技術の周辺
    (渥美和彦著 日本放送出版協会、850円)
  • 人工臓器研究の現在とクリアする必要のある課題、そして未来のビジョンと予測される問題点について書かれている。
    人工臓器の研究が、メディアに積極的に取り上げられなくなってから久しく、私たちも人工臓器の現在についてあまり知らない。現在の人工臓器は、バイオマテリアル、生体高分子、マイクロマシーニング、エレクトロニクスなど、最新技術を結集させて作られている。置換臓器はメカとして優れているだけでなく、生体に適合しなくてはならないし、可能ならば人体に完全埋め込みできるほど小さなものでなければならない。現在のものは、理想からはほど遠く、道はまだ長い。

    だがしかし、やがて現在の「臓器移植」の時代から「人工臓器」への時代が来るだろうと筆者は予測する。これは確かに必然。もっとも、その時代の「人工臓器」はひょっとするとバイオテクノロジーで作られた、より生体に近いものかもしれないが。実際、生体の肝細胞を同じ個体の脾臓で培養する、ということも既に行われているそうだ。

    あるいは人工臓器が、本来人体が備えている臓器の性能を超える事も可能性としてはあり得る。筆者が言うように、飛行機は鳥の羽を調べて生み出されたものではないが、鳥よりも早く飛ぶことができる。フレデリック・ポールのSF「マン・プラス」みたいな話だが、あり得ないことではない。
    それは極端な例としても、将来の人工臓器は、全く新しい倫理観をもたらすかもしれない。現在は、「人工心臓」が動いていても脳死状態になったら、それが死ということになっているが…。

    また、人工臓器の研究を通して逆に生体臓器のしくみを学ぶことができる。現在の臓器の研究は分子レベルでの解析に進んでいるが、それを人間はどこまで再現できるだろう。
    人工臓器が今後どう発展するか。それは我々を取り巻く医療環境の進歩・発展そのものだ。今後注目し続けなければならない一つのジャンルへの、足がかりとなる本である。


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  • 生物の複雑さを読む 階層性の生物学
    (団まりな著 平凡社自然叢書、2400円)
  • 生命と化学反応との間には、大きな差がある。ではその差はどんなもので、どのように表されるのか。分からない。
    また、受精卵と我々成体の構造との間にも当然大きな差がある。ところがその間にはっきりと区別できる線はない。しかし、やはり差異はある。

    ある構造とある構造との間の複雑さの差異、それを筆者は本書で<階層性>と呼び、一つ一つの階層構造を見出し、その間にどんな関係があるのか見いだす作業を行う。そして、その階層性を見つけ出す作業的視点を通して、多細胞生物の体制を切り、生物進化、栄養摂取、生殖方法、発生を見つめ直していく。そして、生物学上の様々な知見を一つの縦糸で結んでいく。

    また、ハプロイド細胞とディプロイド細胞をしっかりと再定義し全く違う階層レベルの存在とする事で「細胞進化」とも呼べる進化過程を提唱する視点は、今日の生物学における生殖に関する問題、"性"の進化の問題を考える上で見逃す事が出来ないし、非常に面白い。

    そして筆者はここで、"細胞"を「生命の最小単位」とする旧来の考え方を再考、"自己複製する生物単位"を総称する語として再定義すべきだ、と主張する。
    この主張は至極当然のものであると思う。筆者が言うように、様々な階層レベルのものをごちゃまぜにして語られる事が生物学では多いように思われる。これらの事は研究現場、そして(個人的にはこっちの方を問題としたいのだが)、教育現場でも行われている。分かってやっている場合はいいが、そうではない場合も多いようだ。

    専門用語が多いので、最初はとっつきにくく感じるかもしれないし、内容は確かに難しい。しかし、論理的にすっきりと書かれているので文脈を見失う事はない。それぞれのトピックスを紹介しつつ進められる解説は、思わず「なるほど」と頷いてしまう。目の覚めるような思いがする。同著者の「UP BIOLOGY 65 動物の系統と個体発生(東京大学出版会)」と合わせて読むと、より面白いだろう。

    著者は「生体高分子」と「高分子複合体」をそれぞれ定義付け、異なる階層レベルのものとして分けている。高分子複合体の活動が維持されている状態、それが「生命の本質」なのか。ならば、人間が「生命」を創り出すのも、そんなに気が遠くなるほど遠い未来のことではなさそうな気がする。


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  • シーラカンスの謎
    (キース・トムソン著 清水長訳 河出書房新社、2500円 原題:LIVING FOSSIL ; The Story of the Coelacanth, 1991)
  • シーラカンス発見とその後の研究にまつわる物語、そして現在の知見。
    この本の場合、これ以上書くことはあまりない。物語としての出来はそこそこ。もっと文章による演出効果が欲しいところだ。科学的知見についての記述は、過去の知見・推測と現在の知見・推測が入り乱れていて結局何が言いたいのか把握しにくい。どこかで整理して欲しかった。
    全体的に、構成が中途半端。

    もっとも、シーラカンスについての本が他にもたくさん出ているか、というとそうでもないので、この世にも珍しい魚について読みたい・知りたい人にはお勧めする。休日の暇つぶしにはなる。


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  • 薬の飲み合わせ なぜ起こる、どう防ぐ?
    (伊賀立二監修 澤田康文著 講談社ブルーバックス、680円)
  • ソリブジン薬害事件は記憶に新しい。これはソリブジンの分解物が、抗ガン剤の代謝分解物と良く似た構造であったが為に、抗ガン剤の代謝分解を行う酵素の働きが抑制され、結果として抗ガン剤が体内に残ってしまった事によって起こった悲劇であった。

    本書はそのような「薬の飲み合わせ」が「なぜ起こるのか、どうすれば防げるのか」についての本である。大変すっきりとした構成で、非常に読みやすいし、面白い。
    3部構成。第1部はソリブジン薬害について。第二部が薬の飲み合わせによる「重積副作用、複合副作用(副作用が雪だるま式にふくれあがる事を示す著者の造語)」のメカニズム。第三部では「薬の飲み合わせ」による事故を防ぐにはどうすれば良いかについてまとめられ、医薬側・患者側双方の努力が必要と提言してまとめられている。

    第二部のメカニズムについては、生化学に慣れてない人は若干読みにくいかもしれないが(しかし一番面白い所でもあるのは言うまでもない)、著者は、食事による薬の動きの変化の例などを出し、飽きさせない。グレープフルーツ・ジュースや納豆などによっても「薬の飲み合わせ」が起こる事があるそうだ。驚きである。
    大量のグラフや図解も用いられ、図を見るだけで大体の内容が把握できる。これも素晴らしい。

    薬の飲み合わせによって痴呆や意識障害が引き起こされる事もあるそうだ。ソリブジン事件などと同じく、薬の恐ろしさを感じさせる話である。
    薬の種類は今や膨大な量に上り、使用時も複数種の投薬が同時に行われる事が多い。また、各患者の体質はまさに千差万別である。どの薬とどの薬が、ある患者の体内で、どういう影響を引き起こすか。様々なパラメーターを同時に考えなければならない時代にある事を感じさせる。


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  • 宇宙が始まるとき
    ジョン・バロウ著 松田卓也訳 草思社サイエンス・マスターズ、1800円 原題:The Origin of the Universe, 1994)
  • ジョン・バロウはフランク・ティプラーと発表した<人間宇宙原理>で有名な宇宙物理学者である。本書は彼がインフレーションやダークマター、時間、ワームホール、スーパーストリングなど、今日の宇宙論の到達点と問題点とを平易に書き下ろした本である。

    本文中には数式がなく図解が多く、文章は明解である。訳文は上質で読みやすい。現代の宇宙論をイメージで捉えるには最適の書の一つと言える。彼の人間宇宙論の考え方も随所に折り込まれており、我々が住む宇宙、あるいは我々が今こうしていることが如何に「特別なこと」であるか、繰り返し主張されている。

    う〜む書くことがなくなってしまった。もし、この本が新書で出たなら、つまり1000円以下で購入できる本であれば、文句なくお勧めできる。懐具合と相談して欲しい。1800円は高いよね。

    なお、訳注が所々入っているが、そのほとんどは、本文中で触れられる論を、日本の研究者も同時期に発表していた、とかそういった類の情報である。できればこういう注は、各章末でもっと詳しくまとめて掲載するなどの配慮が欲しかった。読んでいる時には邪魔だし、ほとんど人名(〜教授とか)が挙げられているだけなので、門外漢にはかえって気になる。
    どうせ注を入れるのなら、しっかり押さえて欲しい。


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  • 謎だらけ・雷の科学 高電圧と放電の初歩の初歩
    (速水敏幸著 講談社ブルーバックス、760円)
  • 2部構成。1部は雷の伝承の紹介。2部は放電や高電圧、そして絶縁の科学と技術について。

    1部は読み物だが、2部の内容は難しい。まあ、おそらくこれ以上簡単に書くことはできないのかもしれない、とも思う。大学生以上向きか。

    絶縁は今日、非常に重要な技術である。例えば送電線は高電圧を絶縁しなければならない。これがなかなか難しいらしい。日常レベルでは絶縁体と考えて十分な固体や液体でも放電する事があるのだそうだ。例えば、固体でも中に微小な空隙があるとそこで放電が起こる。その結果、絶縁体が劣化したりなど様々な弊害が起こる。そのため、今日の絶縁体は限りなく高い精度が要求され、27万5000ボルトを通電するケーブルに至っては、70兆分の一の欠陥しか許されない。現在は50万ボルトの送電線があるが、来世紀には100万ボルトの高電圧線が登場するだろうという。

    なお、本書欄外には<雷>と名の付くモノなら何でも(ほんと、それこそ何でも!)集めた豆事典が掲載されている。本文に疲れたら、そちらで頭を休めるといい。


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  • 極域科学への招待
    (神沼克伊著 新潮社、1100円)
  • 極域、つまり地球の両極の自然について全17章から構成された本。どこからでも読み進められるようになっている。内容はオゾンホール、極域の生物、火山、オーロラ、いん石などなど、多彩。極域の自然を肌で感じとってきた研究者が著した書物。

    私も自分に興味のある所から拾い読みをしたのだが、一番気になったのが、極域の魚。連中は氷点下の環境に生きているのに凍らない。不凍物質が体内にあるらしいのだが、それにしても不思議。魚だけではない。節足動物もそうだ。かなり変な奴がいる、と極地研の先生から伺った事を思い出した。あの連中の代謝は本当に一体どうなってるんだろう。誰か、本を書いてくれないかな。

    さて。最終章にて、著者の「環境問題」についての考えが記されているが、私も全く同感だった。
    「地球にやさしく」といった言葉を聞く度に思っていた事だが、この機会に私の個人的な考えを書いておく。
    「宇宙船地球号」や「地球にやさしく」「自然を守ろう」といった言葉。これらの言葉には根本的に傲慢不遜な考え方が含まれている。人類は自然の中にはいない、という考え方だ。

    人間が「自然を守る」だって? 「自然が人間を守っている」のに?
    人間は「自然に守って」もらって、はじめて存在しているのだ。

    <極域>、極限環境の自然を研究してきた本書の著者は語る。
    「地球は人間に対して『優しさ』を要求していません。人間は地球に優しくしてもらうためには、どうするべきか考える時期にきているのです」
    「自然は人間が征服できるほど小さなものではありません」。

    地球的スケールとはどういう事なのか、地球にとって人類は一体何なのか、あるいは人類にとって地球とは何なのか。それを考えてから「人間」環境問題は論じるべきだ、と私は思う。人間は地球の支配者でもなければ操縦士でもない。ましてや主要な「住人」ですらないのだから。
    地球はこれまでも何度も大規模な環境変動を経て現在に至っている。今現在の環境変動など全く取るにたらないほどの大変動、我々人類の視点からは想像もできないような大変動、そういう変動を経てはじめて、今日の地球、そして生命圏があるのだ。人類は、決して自然の枠を飛び越えたような大それた存在ではない。自然の中にいるのだ。今現在、起こっている環境変動の影響を被るのは人類自身である。


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  • 五重塔はなぜ倒れないか
    (上田篤編 新潮社、1200円)
  • 地震学者・大森房吉はかつて「五重塔を倒すほどの地震力は存在しない」と語ったという。実際、五重塔は倒れない。なぜか。

    本書は11人の著者による<五重塔解剖本>である。構造・力学特性はもちろん、その歴史、中国や韓国の塔との比較なども含まれた、五重塔の事ならなんでも来いといった感じの本だ。図版や写真も豊富。

    さて、五重塔はなぜ倒れないのか。どうやら、五重塔がボールペンのキャップを5つ被せたような<キャップ構造>をしている事が理由らしい。まず第一層が左に揺れると、上の層は右に揺れ、その上は左に揺れる、という具合になっているらしい。五重塔はやじろべえなのだ。
    そして、五重塔の中心に立っている(あるいは「ぶら下げられている」)心柱が逆振動、またがちがちと各層にあたって閂のような役割をし、振動を押さえる役割を役割をしているらしい。

    もともとは心柱は一種の象徴であったもので、制振を目的としたものではなかったようだ。日本では柱を神として崇める傾向があるし、仏舎利と相輪を結ぶ意味もあったようだ。ぶら下げているのは、乾燥などによる部品ごとの体積の変化による、塔全体バランスの崩れを防ぐためである。それが、結果として制振機能を持つ事になったようだ。

    柱だけではなく、あの張り出た屋根もやじろべえの錘の役割を果たしているらしい。
    なにより面白いのが、心柱をはじめとした一見重量を支えているように見える重厚な部品が、そのかなりの数が構造的には「飾り」にすぎない、という事だ。昔の棟梁、あるいは当時の文化そのものの美意識が、何か透けて見えるようだ。

    五重塔について知りたければ、文句なしでお勧めできる本。
    五重塔の持つ柔構造を応用して、五重塔とは違う建築物が建てられる事を私も願う。


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  • エイズの生命科学
    (生田哲著 講談社現代新書、650円)
  • <えいず>と入力するといきなり<AIDS>と変換された。どうやら辞書に最初から登録されていたらしい。

    本書は、5章からなっている。第1章はエイズとは何か、第二章は免疫機構全般について、第三章はHIVがどのように免疫システムを破壊するか、第四章はエイズ対策研究の現状とビジョン、第5章は薬害エイズ問題について。
    ストレートな構成であり、第二章の免疫全般についての内容も大変分かりやすい。AIDS、HIVを通して人間の免疫機構について無理なく理解できる。免疫について知りたいなら、まずお勧めできる本の一冊。あとはまんがサイエンスVかな?
    また、細胞膜上のいわゆる糖鎖、糖タンパクが何をしているか、そして細胞(あるいはウイルス)にとってどういう意味を持っているかも理解できると思う。

    薬害エイズ問題については、私は何か言えるほどの一次情報を持っていない。だから評はしない。なにより、私が言うまでもないと思う。

    さて、HIVとAIDSが別物である事はご存じだと思うが、我々は本当に「分かっている」だろうか?海外のニュースを聞くと、HIVとAIDSははっきり区別されて使い分けられている。ところが、日本のマスコミはどういうわけか今日に至ってもなお、何もかも一緒くたにして<エイズ>という言葉でくくっている。これはおかしい。用語は正しく使うべきだし、HIVに感染した=エイズを発症した患者ではない。AIDSとは症状を表す言葉なのである。
    マスコミの力は大きい。日常何気なく聞いているニュースから覚える言葉が、我々の意識に与える力は、大きいのだ。


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  • ゲノムを読む 人間を知るために
    (松原謙一 中村桂子著 紀ノ国屋書店、1800円)
  • 日本のゲノムプロジェクトのリーダーシップを取る二人が書いた、ゲノムプロジェクト解説書。どちらの方がどの程度書いたのか良く分からないが「あらゆる批判に応えるべく書き下ろした話題の書」とある。そこまで書かれたら読まずにはいられない。

    結論から言うと、読む価値は十分ある本。
    ただし、「あらゆる批判に応え」られるかどうかはいささか疑問。

    人間のゲノム1セットは30億ヌクレオチドからなる。そこには、約10万あると言われる遺伝子や、その発現を調節したり代謝に関わったりなどする、多彩な機能を持ったDNAがコードされている(DNAはアミノ酸合成だけをコードしている訳ではない。例えば人間のDNAの場合、遺伝子部分は3〜5%に過ぎない。念のため)。3000Mの文字セット、それが人間のゲノムの総量だ。

    この文字配列の「構造」と「意味」を解析するのがゲノムプロジェクトである。構造とはすなわち文字の並び方であり、意味とは、それぞれの文字配列が一体何を意味しているのか──遺伝子なのか、何もしていない屑なのか、調節を司っているのか──などを探る事である。

    DNAは一つの複雑なシステムだ。個々の遺伝子やDNAだけを調べれば、特定のDNAの機能は分かる。しかし、一つの現象が一つの遺伝子だけによるものである事はまずない。複数の遺伝子によって起こる事の方が多いのだ。また、タンパクの機能など、様々な知識も増えてきた。しかし、それぞれがどう関わり合い、どのように機能するか解明しなければ意味がない。

    そこで、システムとしてのDNA、システムとしての遺伝子を把握しなければならない、という事になった。ゲノム計画がはじまった背景的理由の一つには、生物学の一つの成熟の結果があるのだろう。
    当然の事ながら、この計画から「こぼれ落ちて来る」成果には実に様々なものが予想されたし、今もされている。

    さて本書は、そのゲノム計画の進行状況やビジョンなどを解説した本。
    一番頭にまず基本的知識の解説があるが、これが本書の問題点の一つ目である。この解説、これを読んですんなり理解できる人には不必要だし、普通の人にはあまりにも難しい。誰の為の本なの?という気が一瞬する。

    2つ目の問題点は「批判に応える」という点。何が問題かというと、本書での論理展開は、ちょっと弱いのだ。どこがどう弱いかを書くと長くなるし面倒なので止めるが、本書の内容で納得できる人なら最初からゲノム計画を批判したりしないと思う。
    もっとも著者が語るように、ゲノム計画はサイエンスに明るい人たちにさえ色々と誤解されているようなので、そういう面では非常に有用。
    とにかく、良くも悪くも「研究者側の主張」を知りたい人には最適・お勧め。

    また、日本の研究の現状や、研究体制への注文、日本の研究者から見た海外の研究の様子などは大変面白い。ゲノムプロジェクトの現在を(ざっとだが)俯瞰できるし、間の挿話も面白い。例えば、ヒトの2番染色体がチンパンジーの12番と13番染色体をくっつけてできたものだと考えられるとか…。

    なお、HUGOOMIM、あるいはBodyMapなどが紹介されているが、URLを記載しても良かったのでは?
    まあ、我々素人には使いようないものであるのは確かだが…。
    とにかく、一読。


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  • 生殖革命と人権 産むことに人権はあるのか
    (金城清子著 中公新書、680円)
  • 生殖技術が倫理観のみならず、法律、人権その他様々な面で問題をもたらすことは既に多くの事例により明らかである(海外の事情なら「ヒューマンボディショップ(化学同人)」辺りに詳しい。ウェブでもここここここここなどが参考になる)。その割にあまり議論されていないのが不思議だ。

    本書にも、もちろんそれらの内容は盛り込まれているが、本書の特徴は別の部分にある。副題に「産むことに人権はあるのか」とある。つまり本書は、不妊の立場から見た生殖技術についての書なのだ。

    人はだれしも家族を作り、子どもを育てる権利を持つ。日本国内の不妊カップルは10〜15%だという。本来「生殖技術」というのはそれらの人々のためにある。科学技術の本来の目的は<人類の幸福>であるはずだし、その<恩恵>は全ての人が受けられるべきだ。政府が無理矢理規制して技術の発達や利用を押さえ込んだりすべきではない。

    とは言うものの、何も規制もせずに野放しにして良いはずもない。生殖技術は様々な問題の根幹に関わる技術だ。先に述べたように、人工受精、体外受精、代理母出産、受精卵の取り扱いなど、現場では既に多くの問題が起こっている。遺伝上の母(卵の提供者)・生みの母(子宮で実際に胎児を育てる)・育ての母(出産後の母)、と「母」がいくつもに分割されてしまっている事を挙げるだけでも、その事の重要性は分かって頂けると思う。

    ところが日本の法の対応は世界各国に比べて全く遅れている。一般の議論もない。
    何もないも同然なのだ。

    とにかく、是非とも読んでいただきたい本の1つである。本書の視点は生殖問題を考える上で欠かせない。特に男性には、女性の立場から見た生殖技術への考え方を知る上でも大変面白いと思う。参考文献も丹念に挙げられているので、その面の勉強への第一歩としても役に立つ。お勧め。


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  • がん遺伝子の発見 がん解明の同時代史
    (黒木登志夫著 中公新書、760円)
  • 読後、副題の「同時代史」に得心がいった。
    本書は、ガンウイルス、ガン遺伝子、ガン抑制遺伝子、DNA修復酵素などを巡るガン発現機構探索の過程と、当時の科学者達のエピソードを描いたモノである。

    内容は、主にエピソードと当時の科学者達の思惑とに当てられている。科学的な解説は、その間に折り込まれる形で挿入されている。そのため、若干もの足りなく感じる人もいるだろうし、その反対に楽しく読める人もいるだろう。とっつきやすい事は間違いない。

    ガン研究が遺伝子という統一言語で語られるようになるまで、長い道のりがあったのだなあ、と感じる。
    また本書の内容、つまりガンの研究は、老化の研究ともそのままオーバーラップするので、その辺りに興味がある人は一読すべきかもしれない。

    なお、構成に少し難がある気がする。話があまりに広範な為、散漫に感じた。もう少し構成を工夫して欲しかった。


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  • 寄生虫の世界
    (鈴木了司著 日本放送出版協会、1000円)
  • 寄生虫研究者の研究エピソードを核としたエッセイ集。文章は軽快で、内容は愉快痛快。
    読むと生肉や刺身が食べられなくなるかも。

    寄生虫研究者は寄生虫の潜伏期間や感染経路を確かめるために、自ら寄生虫卵を飲む事があるそうだ。それどころか、奥さんに飲ませる人もいるとか。
    う〜む、研究の為とはいえ…。
    実際、生死をさまよい、どうなることかと周囲を冷や冷やさせた例もあるらしい。
    まさに身も心も寄生虫に捧げてしまった研究者の努力によって、寄生虫の生態が分かってきたのだ。

    寄生虫の本はやっぱり面白い。
    ただ、本書の内容を飯を食いながら人に話すと嫌がられたので注意した方がいいかも。


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  • クオークはチャーミング ノーベル賞学者グラショウ自伝
    (シェルダン・L.・グラショウ著 協力ベン・ボーヴァ 藤井昭彦訳 紀伊国屋書店、2800円 原題:INTERACTIONS - A Journey through the Mind of a Particle Physicist and the Matter of this World, 1988)
  • 力の統一理論への貢献とチャーム・クオークの導入でノーベル賞を取ったグラショウの研究人生が、量子力学発展の歴史とオーバーラップしながら軽妙な筆致で語られる。

    彼は、実に「楽しそうに」研究している。物理学者、という人たちはみんなこういう人たちなんだろうか。「自然のショウ」を鑑賞し、解きあかそうとする人々。
    読むと、グラショウが物理学こそ究極の学問であると思っているのが良く分かる。

    量子力学がどのように発展してきたかを雑観するには適していると思う。内容は概して分かりやすい。ただ、ところどころ、話がいきなり難しくなる所があるので注意。
    主な発見の略年表付き。

    しっかし、全部読み終えるのに随分時間がかかってしまった。一度読み始めたら一気に読んだ方が良いタイプの本だな、これは。つまらなくはない。けれど一度置いてしまったら、再び手に取るまで時間がかかった。


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  • 人工生命 デジタル生物の創造者たち
    (スティーブン・レビー著 服部桂訳 朝日新聞社 3000円 原題:ARTIFICIAL LIFE The Quest for a New Creation, 1992)
  • A-LIFE、人工生命の本をちゃんと読んだのはこれが初めてだった。その為もあるだろうが、大変興味深く刺激的だった。もっともっと、人工生命について知りたくなる本。

    話はフォン・ノイマンの自己複製マシンから始まり、幾多の個性的な、そして様々な興味を持つ研究者達の登場により<人工生命>なる概念が誕生し発展していく過程を、主にインタビューを核にして描き出している。人工生命研究の発展経緯と、実際の研究者達がどんな連中で、何を考えているか理解できる。最後は、人工生命の今後の問題やモラヴェックの「マインド・チルドレン」まで登場する。文章はやや乱暴だが読みやすく、適度に章分けされている。

    人工生命の考え方は大変広い範囲で利用されている。そのため、本書の内容の横の広がりは実に多岐に渡る。自己複製オートマトン、動物行動、カオス、人工知能ロボット、生命、進化、遺伝などなどの各分野、それぞれにどのように人工生命の手法と考え方がもたらされ、影響を与えていったかがそれぞれの研究者を通して描かれている。

    人工生命の研究が生命、あるいは複雑系を捉え直し考える上で大変有用である事は間違いない。そこで、人工生命が「生きて」いるかどうかについて、ちょっと私の考えている事をば。

    私には、「今日」コンピュータ内で作られているものが生命であるとは考えにくい。
    生命とは「過程」であり物質に依存しているわけではない、という主張には賛成だ。生命、あるいは我々は究極的には一種の機械であると思う。「機械論」だと非難されるかもしれないが、じゃあ、機械じゃなかったら一体なんなんだ?
    やがてはコンピュータシミュレーションで生命を創り出す事も可能だろう。シリコンの中の生命はあり得ると思う。

    しかし、いま作られている人工生命のレベルは、化学的な分子スープに相当する程度ではなかろうか。実際の生命は、分子が組合わさり、高分子を作り、複合体になり、さらにそれら高分子複合体が複雑にシステムを形成して成り立っている。本書に登場する研究者の一人も認めている通りだが、「現在の」人工生命は、それほどの複雑さを有していないと思うのだ。
    だがしかし、パワーとスピードの増大したコンピュータの中で、誰もが「生命」と認める存在が生まれる日はそう遠くないかもしれない。環境さえ整えてやれば「生命」は誕生するのかもしれない。
    まあ、生命の定義さえ曖昧なのだから、意味のない事ではある。複雑であることが生命の要件であるかどうかも疑問だし。

    とにかく、一読すべき本だ。この本は値段だけの事はある。何より面白い。
    内容は少々古いかもしれないが…。


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  • 昆虫に学ぶ
    (木村滋著 工業調査会 2060円)
  • 面白い。
    昆虫の生理、生化学的機能を利用する昆虫機能利用学の最前線を知ることが出来る。全16章、一つ一つ昆虫が紹介される。

    一日に200匹のアブラムシを食べるてんとう虫。風圧を感じて逃げ出すゴキブリ。宇宙でのリサイクル・システムに欠かせないハエの物質変換能力。ウジは体内に細菌が侵入すると、強い抗菌性物質を作り出し、細菌の膜機能を失活させる。癌細胞に対して強い細胞障害活性を持ち、かつ抗菌作用を持たない抗腫瘍性物質も発見されている。性フェロモンは情報交信だけでなく抗菌作用も持っているらしい。

    やはり大きな取り扱いがされているのがカイコ。著者の所属する蚕糸・昆虫農業技術研究所などのページにも情報があり辿れるが、日本の昆虫生理・昆虫利用でカイコ研究が非常に大きな役割を果たしている事がよく分かる。

    昆虫、このかなり人間とは変わった生き物の機能解明はまだまだだが、どんどん面白い事が分かって来ている。そして実際、バイオセンサーなど色々な所に利用されてきている。これからも考えられないような所で使われていくのだろう。


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