95年12月Science Book Review


CONNTENTS


  • DNAに魂はあるか 驚異の仮説
    (フランシス・クリック著 中原英臣訳 講談社、2800円 原題:The Astonishing Hypothesis, The Scientific Search for the Soul)
  • 待ちに待っていた、「DNAの二重螺旋構造」の発見者の一人・クリック博士の著書の翻訳。原書は94年刊行。
    彼は現在脳の研究に従事しつつ「心」「意識」あるいは「魂」とは何か、自説を発表してきた。その研究成果と彼自身の考えの現時点での「まとめ」である。
    文体はよくも悪くも直裁で、彼の考えがそのまま表現されている(気がする)。

    主題は本文から引用すると、

    「(不思議の国の)アリスならばこう言うだろう。『あなたなんてただのニューロンの塊にすぎないわ』」
    (同様の文章は本書内にもあるが、これは「世界の知性 科学を語る」日経サイエンス社 からの引用)。

    という事になる。つまり「全ての心の働きは、膨大な数のニューロンの相互作用と、それにかかわる分子のふるまいに過ぎない」という仮説だ。

    「何だ当たり前じゃないか」と思うかもしれない。クリックは「そういう人は私の仮説の真の意味が分かっていない」と語る。「こころ」の振る舞いの「すべて」がニューロンの発火「のみ」によって起こっているんだぞ、と強調する。

    主題は上記の通りなのだが、本文の内容を完全に理解することはなかなか難しい。
    本書のカバーしている範囲は非常に広い。読みこなすには脳の構造、視覚・認知、AI研究の知識などが最低限必要である。それらの参考資料を読んでからトライする方が良い。本書を主に視覚認知の研究から「意識」の問題を扱っているからだ。その方がより楽しめる。
    もっとも、脳に障害を受けた人が自分の足を他人の足と勘違いして放り出してベッドから落ちてしまった話など、様々な症例も紹介されており、難しいところをさっ引いて読んでも、かなり面白いと思う。

    彼の考えには納得できない、という人もいるだろうし、一般科学啓蒙書としては難しめだが、読む価値は高い。おすすめ。<前書き>は余分だと思うが。


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  • ハイパーテキスト情報整理学 構造的コンテンツ作成のすすめ
    (ロバート・E・ホーン著 アデプト社 松原光治監訳 日経BP出版センター、3200円 原題:Mapping Hypertext)
  • 非常に示唆に富み、かつ実用的な本。理科学書ではないが、敢えて紹介する。

    タイトルだけ見ると、よくある「情報整理もの」に思えるが、そういう本ではない。<ハイパーテキスト・コンテンツ>を制作する上での<ノウハウと哲学>について書かれた本である。

    ハイパーテキストを書いていると、程なく諸々の問題に突き当たる。ウェブサイトをお作りの皆様なら、おそらく自分の身で体験済みだろう。スマートかつ中身のしっかりしたハイパーテキストを書くことは難しい。
    たとえハイパーテキストを書かない人でも「ネットの中の迷子」体験はあるだろう。「本当に欲している情報は何か」どころか「情報世界のどこに自分がいるのか」さえ見失ってしまう事がある。

    著者はこれらハイパーテキストの抱える問題点を一つ一つを明らかにし、解決法を示す。本文は端的で明瞭である。どのページを開いても、イラストとテキスト双方によって内容がぱっと頭に入るようになっている。本全体が「ハイパーテキストかくあるべし」という著者の哲学で貫き通されている。

    91年に初版、今年新装第1版という形で出版された本だが、内容は古びていない。
    全てのコンテンツ制作者にお勧めするが、「ハイパーテキストとは何か」ということを、Web初心者やクライアントに説明するのにも最適の参考書だと思う。やはり紙の本は最高のハイパーテキストかもしれない。


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  • どうしてものが見えるのか
    (村上元彦著 
    岩波新書、650円)
  • 人間の目は、よくカメラに例えられる。網膜はフィルムのようなものだ、と聞かされた人も多いと思うが、それは間違いだ。「目」の機構と役割はそんなに単純なものではない。そして「視覚」つまり「ものを見る」という事も単純な事ではない。外界の光情報を捉え、網膜と脳で変換し、解釈することで初めて「視覚」が得られる。
    ということについて平易に書かれた本。そして、なんといっても新書なので安い!だから、今まで視覚について興味を持っていたけど本が高くて手が出なかった、という人にもお勧め。
    眼の機械的なしくみから始まり、網膜(は発生から考えても役割の上でも元々脳の一部である)、視細胞、さらに細胞内のタンパクレベルの仕組み、そして脳での視覚処理まで、丁寧で分かりやすい構成になっている。

    なお「視覚」についての学習には周辺分野の知識が必要だが、本文中には適切かつ簡単に入手できる「参考書」が紹介されている。著者のこういう気配りが嬉しい。

    上述「DNAに魂はあるか」を読む前の参考書としてもおすすめする。


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  • 動物は世界をどう見るか
    (鈴木光太郎著 新曜社、2987円)
  • ユニークな本。小さい頃、ハエ取り蜘蛛のずらずらと並んだ複眼を見て「こいつはどんな世界を感じてるんだろうか」とか「赤外線や紫外線を見れたら楽しいな」と思った事がある方にはお勧め。

    蜜蜂が紫外線を見ることができ、蜜の場所を見つけることはよく知られている。が、普通の本ではその能力の紹介だけに留まり、「実際にその能力を使って蜜蜂がどのような世界像を知覚しているか」までは触れてくれない事が多い。そこでは「蜜蜂には紫外線が『何色に』見えているか」という問題は無視されている。
    しかし、本書は違う。ある程度科学的な根拠に基づいて、蜜蜂の感覚に迫ることが可能であるとし、実際に推測してくれる。例えば蜜蜂の例では、著者によれば、紫外線を「赤」として捉えている可能性が最も高いらしい。その根拠について知りたい人は本書を読むように。

    その他にも、昆虫、タコ、フクロウ、イルカなどなど、様々な動物の知覚も紹介され、それぞれの動物が持つ体内時間まで考慮して、それぞれの動物が描いているだろう世界像について述べられている。

    我々人間の持っている世界像──それは各感覚器官で得られた情報を、脳で再構築しているものなわけだが、それが必ずしも他の動物が知覚している「現実」像と一致しないかもしれないことを教えてくれる本である。面白い。


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  • 遺伝子の川
    リチャード・ドーキンス著 垂水雄二訳 草思社、1800円 原題:River Out of Eden
  • 「利己的な遺伝子」のドーキンスの新著。
    正直言って同工異曲、という気がする。進化を、時間を流れる「デジタルの遺伝子の川」に例えたのは面白いが、「どうしてもドーキンスの本が読みたい」という人以外にはお勧めできない。今月(12月)に発売された「日経サイエンス」に本書の第4章「神の効用関数」を書き直したものが掲載されたので、そちらを読めば十分だろう。

    なお、本書は草思社からの新しいポピュラーサイエンスシリーズ「サイエンス・マスターズ」全22巻の第一巻として刊行されている。このあとも、期待せずにはいられない凄い著者たちが続々と控えている。本書は外れたが、今後に大期待。

    その著者の一人にスティーブン・グールドも含まれているのが面白い。グールドとドーキンスは進化論の考え方で真っ向からぶつかっており、さらに面白いことに、私の周囲の科学書読みでもドーキンスが好きな人はグールドが嫌い、グールドが好きな人はドーキンスが嫌いなようだ。本書でもドーキンスは(はっきり言っているわけではないが)グールドの「ワンダフル・ライフ」を槍玉に挙げ、切って捨てている。グールドからの反論を期待してしまう。


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  • 科学が輝くとき 発明発見の過去・現在・未来
    (サイエンティフィック・アメリカン編 日経サイエンス編集部訳 日経サイエンス社、3000円 原題:TRIUMPH OF DISCOVERY)
  • サイエンティフィック・アメリカン誌創刊150年記念出版物。48の研究分野の過去・現在・未来について、それぞれの研究者が寄せたエッセイ集。
    中には科学発見年表とともに昔のサイエンティフィック・アメリカン誌からの銅版画などが掲載されている。

    こういう手の本は現在の科学の状況を概観するのに便利だし、読んでいても楽しい。一文一文は5,6ページと短い。扱っているジャンルはありとあらゆるジャンルにわたる。本当は目次を転記したいが。

    巻末に「日経サイエンス」編集長の<あとがき>があり、翻訳題を「科学が輝くとき」とした理由が書いてある。引用する。

    「これまでの150年間を見ると、科学技術が”輝いた”ことが何度もあった。これからもそうした時があるだろうし、また、あってほしい」

    「同感だ」と感じたあなたには本書をお買い求めになるようお勧めする。


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  • 現代思想 1995年12月号
    (青土社、1300円)
  • 特集記事は「思考するDNA」。面白い。

    語られる内容は、分子レベル・形態面の両面から見た発生・進化、細胞内タンパク質 、細胞内のナノマシンなどなど、多岐にわたるが「分子レベルでの発生学」に関する話が多い。
    また、カンブリアビックバンや
    エディアカラ動物群についてのコンウェイ・モリスの論文も掲載されている。

    「現代思想」は(私の解釈に寄れば)科学によって得られた新知見が思想にどのように影響をもたらすか、という雑誌なので、当然内容は哲学的な面を多々含んでいるが、結構新しい話も盛り込まれているので純粋科学ファンが読んでも今月号は十分面白いと思う。


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  • 遺伝子治療革命 DNAと闘った科学者たちの軌跡
    (ラリー・トンプソン著 清水信義監訳 
    日本テレビ、2800円 原題:CORECTING THE CODE Inventing the Genetic Cure for the Human Body)
  • 綿密な取材を基にした、難病と闘う科学者達の実録が、手練のサイエンス・ライターの迫真の筆致で語られる。原文を読んだわけではないのだが、翻訳文は上質で読みやすい。最近あまり信用できない翻訳文が多い中、素晴らしい。
    (もっとも、「アンドロメダ病原体」の「マイケル・クライトン」を「マイケル・クリッチトン」と表記しているのには苦笑してしまうが)

    舞台はNIHをはじめとするアメリカの最先端サイエンスの場。登場人物は数十数百人の科学者達。主人公は世界初の遺伝子治療を成功させた、フレンチ・アンダースン。

    遺伝子治療がいかにして「たわごと」から「科学」になったのか。今世紀はじめにDNAが遺伝子であることが発見されて以来続けられてきた基礎研究の数々。明かされていく生物のしくみ。遺伝病との闘い。科学者達の信念、好奇心、野心、激烈な競争、あせり、繰り返される試行、その結果起こった勇み足と挫折、そして栄光…。

    科学的なバックボーンがなくても本文中に詳細かつ明解な解説があるので、十分読めると思う。同じ説明が繰り返し出てくるので、本書はおそらく新聞か何かに連載されていたのをまとめたものだろう。

    監訳者も<あとがき>で書いているが、今年8月に日本でも行われた遺伝子治療は、一般のレベルではあまり議論されることもなく(結構)すんなりと始まった。
    科学の発達によって病苦に苦しむ人々を救えるようになるのは素晴らしいことだ。遺伝子治療についてはまだ議論があるが、本書の登場人物の一人が語るように、治療法があるのに試さないのは逆に医療倫理にもとる行為だろう。また、現在は体細胞の遺伝子組み換えのみが行われている。組み替えられたDNAが次代に伝わることはない。
    しかし今後、どのように遺伝子組み替え技術が展開・発展していくのかは分からない。また、人間が自分自身の遺伝的多様性に手を出せるのか、という問題は解けていない。

    これらを見極めるために最低限必要な知識を得たい人、「遺伝子治療」について一通り知りたい人、そして、ドキュメンタリーが好きな人にお勧めする。

    しかし、生物というのは本当によくできているなあ、と本書を読んで感じた。


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  • DNAで何がわかるか
    (栗山孝夫著 
    講談社ブルーバックス、740円)
  • どこかで聞いたようなタイトルなので、どこかで読んだような気が、読む前からしてしまう本。タイトルで損していると思う。

    もっとも内容も、科学が好きな人ならどこかで聞いたことのあるような話。それもそのはずで、93年8月から94年9月まで、新聞に連載された内容に大幅加筆したものだそうだ。著者は共同通信社社会部のデスク。
    遺伝子による病気、ゲノムプロジェクトの話、ミトコンドリア・イブなど進化と遺伝子の話、遺伝子治療、いわゆる遺伝の話、老化と寿命について、DNA鑑定について、粗動植物への遺伝子工学の導入など、多方面にわたった内容。

    おもに日本の研究者へのインタビューをもとにして書かれている。具体的に日本の研究者がどこで何をしているのかを知りたい人には役に立つかも知れない。
    ただし、そういう目的で本書を読むのは大変。いい加減な索引しかついていないので、丹念にメモを取っていく必要がある。しっかりした索引が欲しかった。

    また、本文中の表現に(「新聞」というかなり広い範囲を読み手とした書き方のせいだろうが)「???」と思われるところがある。内容的にも(今となっては)それほどパッとした話はない。また、いろんな話を扱い過ぎているきらいがあり、本全体が散漫な印象を受ける。しかたないけど。

    本書でもっとも面白かったのは最後の「植物の遺伝子技術」についての項。あまり触れられる事のない、花の色を変えようとしている研究者の話などが掲載されている。


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  • 宇宙最後の3分間
    (ポール・デイヴィス著 出口修至訳 草思社、1800円 原題:The Last Three Minutes)
  • サイエンス・マスターズ第2巻。宇宙論の本だが、ちょっと普通の宇宙論の本とは違う。
    宇宙に終わりがあるとすればその最後の3分間はどのようなものになるのか、またその時「知覚を持った存在」がいたならば、それはどのような行動を取り、どのような運命を辿るのか、という点にまで考察を進めている。

    前半はごく普通の宇宙論の本だが、説明は様々な比喩を用いて行われ、表現も易しいので理解しやすい。この点だけでも十分高い評価を与えられる。

    そして後半。宇宙が膨張し続けた場合、あるいは逆にビッグクランチを迎えた場合、それぞれ宇宙の終末はどうなるのか語られるのだが、ユニークな点はフリーマン・ダイソンやフランク・ティプラーの考え方さえも織りまぜつつ、宇宙終末時の知的存在の運命について考察している点。
    つまり宇宙と共に知的存在も滅びるのか、それとも何らかの方法で宇宙終末を回避しうるのか、そして「宇宙になんらかの目的があるのか」といった哲学的な命題にまで触れられる。

    著者は、かなり異端とされている考え方にも「たわごと」としながらきちんと検証を与えている。こういう本は他にあまり類を見ないので非常に貴重であるし、読んでいて楽しい。
    誰かはやくティプラーの「Physics of Immortality(『宇宙が終末を迎えた折りに生命は全て復活できる事を証明した』と語っている本)」を訳してくれないかなー、(私は途中で挫折して今日に至っている)と思いつつ読んだ。

    (この本は95年11月6日に第一刷が出されているが、12月14日にすでに第三刷が出ている。売れているらしい)


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    moriyama@cedu.nhk.or.jp