96年5月Science Book Review


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  • 脳を究める 脳研究最前線
    立花隆(たちばな・たかし)著 朝日新聞社、2200円)
  • 立花隆が科学朝日に連載していた、脳研究ルポ。
    脳研究に興味のある向きは、文句なく必読。

    実は、ちょっと悪口を書こうかと思っていた。表紙にどでかく「立花隆」の文字。なんとなく、嫌にならない?

    でも、読むとやっぱり無茶苦茶面白い。連載中にも読んでたけど、それでもまた面白かった。やっぱり、あるテーマの連載を、こうして一冊にまとめる、というのは大切なんだな。今更だが、この人が研究者からも信頼されている理由も良く分かる。とにかく面白い。
    日本の研究者は、自分の研究を自分で本に著したりしてくれないので、どこで誰が何を研究しているのかもよく分からない。そういう面を補ってくれる面でもこういう本の存在は有り難い。
    そういうわけで、脳の研究に興味のある人はとにかく買い。

    さて。ちょっと苦言を。立花氏は「本は目次や索引をちゃんとつけるべきだ」と言ってたような気がしたが、この本には索引はまったくなく、目次も全くのおざなり。これは困る。もっとしっかりした目次を付けて欲しい。

    また、脳に興味がある人はこの本を必読、と書いたが、この本を読むにはある程度の知識が必要である。入門者向きではない。通俗的な科学書の中では難しい部類に入るだろう。この本は、そういう意味では不親切な本である。自ずから読者を制限している。そういう<ねらい>で書かれているのなら仕方ないのだが、もし「これで誰にでも脳研究は面白いと思ってもらえるだろう」と考えているのなら、それは間違いだと思う。

    本書の内容には直接関係ないが、ちょっと思う所があったので続ける。
    科学離れにも関わりのあることである。

    研究者は「自分の研究は面白い」と考えている。そして何となく、「自分の研究は他人も面白がってくれるだろう」と考えている。それは勘違いである。「ほとんどの人は自分の研究など一顧だにしない」と考えた方が妥当だろう。

    脳の研究も例外ではない。例えば、「養老孟司って誰か知ってる?」と高校生をランダムに抽出して聞いてみると良い。ほとんどの高校生は知らないだろう。本欄を読んでくれている人たちはそんなことはないだろうが。
    しかし、これが現実、そして科学の(将来を担う人たちの)現状なのだ。

    科学が、研究が面白いのなら、それのどこがどう面白いのか、きちんと「分かりやすく」説明し、演出しなければならない。それをせず、一部の「研究者」あるいは「科学好き」だけの為の本を出し続けていたら、逆に科学離れは進んでしまうだろう。

    まあ、本によって役割が違うのは当然なのだが…。
    こう書いた後だとオマケみたいだけど、本書は値段なりの価値は十分ある。

    →本書編集者の声のページへ


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  • 動く植物 植物生理学入門
    (ポール・サイモンズ著 柴岡孝雄・西崎友一郎訳 八坂書房、3914円 原題:The Action Plant - Movement and nervous behavior in plants -, 1992)
  • 昆虫の頭に花粉をたたきつけ、あるいは体を押さえつけて受粉を強要するラン。接触に対し0.3秒で応答するハエジゴク。ムジナモはもっと速く、0.02秒で応答。子嚢菌類は大地との電位勾配を利用して胞子射出の弾道を調節する。オジギソウは昆虫の羽ばたきによる静電気に応答、昆虫が葉に止まる「前に」運動し始める。多くの植物は太陽の方を向き続け、夜は葉を折り畳み、茎をうなだれて眠る。

    動物の植物との違いは「動く」という事だが、植物もまた「動く」。植物の運動は、特殊な植物だけのものではなく、多くの植物に共通するものである。そして植物の運動は化学的信号系など様々な説明が出されているものの、多くは例えば応答・運動のスピードなどの説明が困難で、まだまだ謎が多い。だからこそ面白いわけだ。
    本書は、つまるところ「植物とは何か」と問いかけ、我々の持つ常識的な植物の姿を覆す。本書読了後、あなたの植物観は変わるだろう。

    植物に神経はないが、電気インパルスが存在する。つまり電気信号が植物の中を駆けめぐって、刺激を伝達し、作動体を動かしているのだ。植物ホルモンだけが情報を伝達しているわけではない。では、植物はどのようにして活動電位を引き起こしているのか?
    例えばハエジゴクの場合、感覚毛の根本にはセンサー細胞がある。その中の小胞体が渦巻き状をしており、細胞への圧力に敏感に反応する。それによって細胞膜上のイオンポンプが開閉する(重力に応答して根の先端を「曲げる」為にオーキシンを放出させる仕組みと同じ)。本書によると、重要なのはカリウムとカルシウムである。

    詳細は本書を参照して頂くとして、面白いのは、動物でも同じようなシステムを採用している、という事である。植物の興奮性は動物の神経と多くの共通点を持っているという。

    単細胞生物クラミドモナスには眼点があり、光に反応する。クラミドモナスは光驚動性と光走性を持つ。そして、クラミドモナスの光受容体はロドプシンなのだ。動物の視覚でロドプシンが重要な役割を果たしていることは言うまでもない。クラミドモナスの場合、ロドプシンが光を受けると活動電位が発生し、鞭毛の連打の形式を変え、運動方向を変える。これは1000分の1秒で誘発される反応である。「一つのセンサーが光の変化を拾い上げ、電気信号を起こし、動きの方向を変える」わけで、これは「動物の神経-筋肉系と」似ている。

    面白いのが、細胞内のオルガネラの運動。葉緑体は、光が弱い時には細胞内で光を受けやすいように「横に」広がる。好条件の時は球状になる。光が強すぎる時にはあまり受けないように「縦に」なる(それによって植物の葉は日陰ではより深い緑色に、日光の元ではより明るい緑色になる)。これらは、光受容体の信号によって「光を見て」、オルガネラの位置が制御されている事を示す。

    ではオルガネラはどのようにして支持されるのか。また細胞中の原形質流動の仕組みは?これにはアクチン-ミオシン系を植物も使っている。動物と似ている。植物の「筋肉」と動物の筋肉は、起源を一にするのだろう。実際、全ての植物は機能的に筋肉と神経に相当するものを持っていて、それらは動物のものと起源は同一であるらしい。

    今日の研究の示唆する所に寄れば、アクチン-ミオシン、イオンによる電気信号、ロドプシンなどの刺激受容体は、全ての動物・植物、そして細菌などに見られる。これらはおそらく、それぞれ独立して獲得されたものではなく、植物と動物の共通の祖先からもたらされたものであるに違いない。
    というか、それらはそれだけうまく働いたので、原初の祖先からそのまま保持されてきたのだろう。「うまくいったものはそのまま使う」、進化の法則が思っていた以上に強固なものである事に驚く。

    そういう目で見れば、植物/動物は驚くほど近い。原初の痕跡を両者とも引きずっている。動物細胞に影響を及ぼす化学物質──麻酔剤、興奮剤、鎮痛剤、各種ホルモンなど──が植物細胞にも同じように働く(もちろんその逆も言える。だから、植物から抽出された薬物が効く)ことも印象深い。植物も動物も元をただせば単細胞である。かねてから言われているように、植物と動物、あるいは細菌、菌類などと分類するのは得策ではないのだろう。

    このように、本書では一貫して植物と動物の「差異よりも類似点」に着眼して論が展開する。植物は、考えようによってはある種の「動物」なのだ。他にも教科書にはあまり出ていない植物の話が満載されており大変面白い。植物でも動物でもなく、「生物」に興味がある人全てにお勧め。

    実験方法、植物の育て方、用語集、学会と種商の連絡先、動く植物の種々の数値表、分類、膨大な量の参考文献リスト、日本語・欧文双方の索引付き。
    なお、本書の中には多くの日本人研究者の成果が引用されている。著者はBBCのプロデューサーで、植物学、農学、化学を大学で修めた、とある。啓蒙と研究双方のプロというわけだ。


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  • ブナの森を楽しむ
    (西口親雄(にしぐち・ちかお)著 岩波新書、680円)
  • 著者が冒頭で書いているように、ブナの名前を知らぬ人はないが、で「これがブナだ」と言える人は少なくなりつつある。特に都会ではそうだろう。ブナは日本の夏緑樹林(いわゆる落葉樹林。冬に葉を落として夏には緑になるから)の代表種で、幹が白くてきれいな木だ。秋には美しく紅葉する。
    著者は日本のブナの森は世界一だと語る。白神に行くまでもない。

    本書は、ブナ林全体の姿(分布、樹種、構造)、ブナの見つけ方から始まり、ブナの一生、昆虫(ガ他)とブナ、そして広い意味での森全体の話、という構成になっている。親しみやすい文体、丁寧な解説で読みやすい。
    カラー口絵4ページ付き。図表多数。

    この本、マルチメディアにして欲しい。まずそう思った。本書は非常に丁寧だが、文章で色々言われてもやっぱり「分からない」。ここで動画が欲しい、音声が欲しい、カラー写真にズームだ、と随所で思わされた。
    やはり森は色と音と触覚(湿気というか、風というか…)の世界だ、と逆に実感。実地体験の素晴らしさよ。

    虫兎鼠などに攻撃されつつも育っていくブナ。ブナが強酸性や強塩基性の土壌では育てない、という話は地質に興味のある私には大変面白かった。蛇紋岩や石灰岩、溶岩台地などではブナは生えないのである。
    平地林である、ヨーロッパのブナ林との比較も面白い。ブナの葉の虫こぶの検索表は眺めるだけでも結構楽しい。
    こういったトピックスを追いつつ読了。

    著者が願望として出している、山林管理を応用したゴルフ場運営(貴重な野草や昆虫の「聖域」とする)は正直、理想論であって現実的ではないと思うが、もし実現できればな、と思わずにはいられなかった。


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  • 物理の超発想 天才達の頭をのぞく
    (ローレンス・M・クラウス著 青木薫訳 
    講談社、2000円 原題:FEAR OF PHYSICS, 1993)
  • 高校の教科書で習う物理は嫌いだが、素粒子宇宙論超伝導などは面白そう──こう思っている人は結構多いのではないだろうか。本書はそういうあなたにぴったりの本。「最前線の難しそうな問題と、身の回りの現象を扱う物理学との間には強いつながりがある」ことを教えてくれる。こういうお題目の本には見かけ倒しのものが多いのだが、本書は本当に面白い。

    「無関係だと思っていたものが、実は同じものとわかること」、これが物理の面白さである。
    一見複雑に見えるこの世界を動かしているルールが、実は極めて単純なものであること、それが理解できた時の面白さ。「隠れた実在があらわになることで、それまでばらばらだったアイディアが結びつき、多くのアイディアから少数のアイディアが生まれる」こともある。

    あまりの明解さに「あっ……」と思わず驚き、言葉を失う瞬間。
    この辺が物理の面白さだと思うのだが、どうだろう。

    著者は、様々な最前線の物理学がどのような方法で考え出されていったのか、物理学の方法──「使える法則にはとことんこだわる事の有効性」を使って、古典物理から丹念に積み上げていくことで説く。
    ニュートンの法則から導き出されるダークマターの必要性。また、既存の理論をとことん重視して相対性理論を誕生させたアインシュタイン。そして「私の方程式は私より賢かった」と語ったディラック。視覚的に、本当に明解に物理を解いたファインマンガリレオマックスウェルボーアパウリ…。

    「使える法則はとことん使う」ことの他にもう一つ、著者が説く物理の道具は、モデルという考え方。
    「残念なことにわれわれは物事を厳密に理解しようとするあまり、つい枝葉末節にこだわってしまう」。そこで「本筋に関係のないことは全部切り捨てる」。これがモデルである。モデルを作って世界を簡単にとらえるのだ。
    こちらも、著者はある例を出す。

    「まず、牛を球と仮定します…」。
    こんな教え方をしてくれたら、物理嫌いも少しは減るかな。


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  • ピルトダウン 化石人類偽造事件
    (フランク・スペンサー著 山口敏訳 みすず書房、7416円 原題:PILTDOWN A Scientific Forgery, 1990)
  • 科学史上最も有名な詐欺事件、ピルトダウン人
    ピルトダウン人は1912年の学会発表から1954年に否定されるまで、実に42年もの長きにわたって、人類学者達を悩ませてきた。

    本書は、ピルトダウン人が如何にして発見され、発表され、審議され、復元され、そしてどのようにして正体が白日の下に晒されたかのドキュメントである。さらに、この人類学史上最大の詐欺を創り出したのは誰で、どんな動機が犯人にはあったのか推理する。

    ピルトダウン人の真犯人は全くの薮の中で、コナン・ドイルを真犯人とする説があるくらいだが、訳者解説によるとほぼこれで決定らしい。少なくとも、本書の論を完全にひっくり返す事はできそうもないという。

    本書は全8章からなり、私の見た所、4部構成となっている
    (訳者は3部と言い、著者は2部構成と言っているが)。

    最も面白いのは第3部である。他の人類化石との不整合性、どうしても解けない矛盾、不合理、徐々にわき上がってくる不信感。そして詳細な再検討の結果、続々と露になる偽化石。これも偽物、あれも偽物…。
    そして遂に、全てがまやかしであったことが明らかになる…。

    第2部のドキュメントも非常に良く書けており、まるで再現ドラマのようだが、なんといってもこの面白さには勝てない。

    なお、本書のもう一つの中核、真犯人だが、今までの説とは全く違う人物だという。著者らは一つ一つ可能性を消して行く事で、同僚達を長きに渡って騙し続けられる技量を持った人類学者であると同時に、地質学者でもあり、解剖学者でもあり、歯科学者でもあり、化学者でもあったと思われる人物に迫る。

    大部の本だが、非常に読みやすい文章。また、科学的な記載を淡々と続けることでサスペンスフルな緊迫感を作り出すことに成功している。ピルトダウン事件に興味がある人は買い。


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  • われわれにとって革命とは何か ある分子生物学者の回想
    (柴谷篤弘(しばたに・あつひろ)著 朝日選書、1300円)
  • 本文冒頭、いきなり「これまで書いた本のなかで、どれがいちばんひとに影響をあたえたか、と尋ねられたら」という文から始まる。この人ってそんなに偉い人なの?っていうのが第一印象だった。私のような年齢の人間にはあまりピンとこないのだが、実際、いろんな人たちに影響を与えた偉い方らしい。確かに名前は良く見る。でも、やっぱり一行目からこれはちょっと…。

    文章は古いが、のると意外と読みやすい。DNAの2重螺旋がまだ仮説だったころから、分子生物学が発展していく様。昔の日本の生物学の状況が書かれていて、そういう面では興味深い。生物物理学会などが成立するまでには、かなりの苦労があったんだろう。

    記載学の範囲に留まっていた生物学。それが、仕組みや機能がどんどん分かってきた50年。それらの過程を追いつつ、そんな事を考えながら読了。


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  • 植物の生き残り作戦
    (井上健(いのうえ・けん)編 平凡社自然叢書、2200円)
  • 23編からなる植物の生活誌。それぞれ、違う著者が違う植物の生存戦略を取り上げている。
    ちょっと期待してたのとは違った。タイトルからして、様々な植物のあっと驚くような話が次々と出てくるのか、と思っていたのだが、そういう本ではなかった。なんとなく、暇つぶしに眺め読みするのにちょうど良い感じ。

    面白かったトピックスをいくつか挙げる。

    野生イネは熱帯アメリカ(アマゾン)にも分布している。水深が10m以上も増減するアマゾン河で野生イネはどのような生き方をしているか。
    もっとも減水して河岸の地表面が現れたころ発芽し、増水に応じて成長するが、途中で茎が折れる。そして浮き草として成長するのだという。やがて寄り集まってマット状になり、浮島になるそうだ。
    一方、浮き草となる種とは縁が遠い4倍体の野生イネも生息していて、そちらの方は丈夫な茎を持って根を川底にしっかりと張り、10m以上にもなるという。
    どちらも、アマゾン河に適応した野生イネの姿である。

    ホテイアオイは富栄養化した環境(家庭排水などで汚れた池など)では旺盛な繁殖力を持ち、異常繁茂して水質悪化した池を覆い尽くすことで有名だ。駆除に金がかかるので「100万$の雑草」と言われているらしい。ホテイアオイの増殖の理由は汚水の増加にあるのだが。
    さて、このホテイアオイ、旺盛な繁殖の過程で、水中の窒素やリンなどの栄養塩を吸収、固定する。その時、水中のカドミウムや亜鉛などの金属も吸着する。そのため、水質悪化した池に増殖したホテイアオイを回収すれば、水質浄化できるのである。この性質を積極的に利用するならば、ホテイアオイを栽培している池に生活排水などを導けばホテイアオイの増殖と共に水は浄化されることになる。
    読んでいると「風の谷のナウシカ」の<腐海>を思い出してしまった。
    著者は「自分は自分の生き方をしているに過ぎないのに人間の身勝手で悪魔にされたり救世主にされたり、さぞ迷惑なことであろう」と記している。
    同感。

    他にも地下茎で繋がっているイタドリのパッチ、ハチと共生関係にあるイチジク、トウヒレンなど高山植物達、エイリアンと間違われた粘菌、1個体で100トン、15ヘクタールもの面積で菌糸を広げるナラタケなどなどの話が掲載されている。


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  • 安らぎの生命科学
    (柳澤桂子(やなぎさわ・けいこ)著 早川書房、540円)
  • タイトルと帯の文句「絶望の中の至福体験」の意味が分からない人は、本書123ページ「こころの安らぎの科学」をまず読むと良い。これ、どうして前文にしなかったのかな?
    (これを書いた後、編集者の方に問い合わせた所、早速御返事を頂いた。「科学者でありながらその科学をもあえて超えて行こうとする」エッセイ全てを象徴する言葉としてタイトルは付けた、との事)

    生命の不思議に対する、科学エッセイ集である。各エッセイは数ページからなる短いもので、さらさらと読める。各エッセイ末には参考文献も挙げられている。手軽な文庫本だし、買って損はないだろう。
    ここでは、各エッセイのいくつかに対して思ったことを書くに留める。エッセイに対するエッセイである。

    「光をつかまえる」
    光の元で40億年暮らしてきた生物が造り上げた、光に応答するしくみ。クロロフィル、ロドプシン、フィトクロム。誰か「光と生物」と題する統一的な内容の本を書いてくれないものか。

    コロの死
    細胞の死、器官の死、個体の死。死とはなんだろうか。著者も分からぬ、という。コロとは著者の猫の名前だが、私が昔飼っていた犬も、コロといった。私が小学校1年の時から9年間、生まれたばかりの子犬の時から飼っていたが、中3の時、病死した。

    「爪はなぜあるか」
    「──の為に」特定の環境が存在するわけではない。ある環境が存在したからこそ「──」が現れたのだが、我々はその事を忘れがちだ。

    「抄読会」
    論文は自分自身で読め、と主張されている。本も同じ。書評を読んで読んだ気になってはいけない。本当に面白い情報を逃すことになる。

    「生命の時間と空間」
    生命の時間的、空間的枠組みを頭に入れられるような教育が必要だと語る。その通りだが、実際にはなかなか難しいらしい。生物をやっている人は地学を知らず、地学をやっている人は生物を知らない。分子をやっている人は生物個体・生態を知らない。逆もしかり。今の教育を根本的に変えないと、この現状は変わりそうにない。
    この書評ページなどが、少しでも何かに役立てれば幸い。

    余談:
    科学エッセイと言えば、寺田寅彦「柿の種」が岩波から最近出た。未読の方にはお薦めしておく。感動をごく短い文章に凝縮する技能は余人に真似できないものだ。


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  • マリファナ
    (レスター・グリンスプーン+ジェームズ・バカラー著 久保儀明訳 青土社、2200円 原題:
    MARIHUANA, THE FORBIDDEN MEDICINE, 1993)
  • マリファナを麻薬としてではなく(例えばモルヒネのように)医薬品として認めろ、と主張。マリファナは安全な鎮静・鎮痛薬であり、大変つらいことで知られる抗ガン剤の副作用の緩和、緑内障の進行の防止(眼圧を下げる)、多発性硬化症の防止、AIDS抑制剤の副作用の緩和、偏頭痛、生理痛・陣痛の緩和<などなどに素晴らしい効果があるという。

    この本は、実際にマリファナを医療目的に使用している人々の証言を多数収録している。証言者の中には古生物学者のスティーブン・J・グールド(「パンダの親指」「ワンダフル・ライフ」他の著者)も含まれる。彼らは皆、マリファナを使用することで苦痛から、あるいは失明から、激烈な皮膚炎から、癲癇から、逃れることができたという。
    そして口を揃えて、マリファナだけが唯一の薬であるのに「医薬品として」正当にマリファナを手に入れられないのはおかしい、と主張する。証言者のほとんどは非合法にしかマリファナを入手できず(ごく一部の人には新薬実験として処方されている)、暗黒街・司法双方への危険に身をさらし、大金をつぎ込んでマリファナを摂取し続けている。

    マリファナが、タバコやアルコールよりも害が少ない、というのは昔から多くの人が語っている。おそらくそれは本当なのだろう。そしてどうやら無害な鎮痛薬として作用するのも本当らしい(例えそうでなくても、いくらかの人たちには間違いなく効いている)。ある種の病には、現時点で唯一の薬であることも。そして、その事を政府が知っていることも。

    本書の内容で「ちょっと待った」と言いたくなったのは一カ所だけである。それはマリファナをアルコールやニコチンのように解禁しろ、という点だ。
    この主張は納得できない。私には、その下にある主張、「タバコやアルコールは人々の生活を向上する」という考えは、大変一面的なものに思える。
    マリファナは、モルヒネのように管理された医薬品に指定すべきだというのなら分かる。アルコールこそ一種の麻薬なんだから(実際、嗜好品でも興奮剤でもない)、これ以上麻薬(向精神薬)を「嗜好品」として提供することもないと思う。医薬品ならば医薬品で良いだろう。

    なお、訳者あとがきを先に読まないように。本書の内容を誤解することになる。帯の文句は内容に合ってるのにね。訳者あとがきには、できれば本書の米国での反響とか、そういったものを掲載して欲しかった。

    しかし、ウェブは凄いね。今回、改めてそう思った。


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  • 大絶滅 遺伝子が悪いのか運が悪いのか?
    デイヴィッド・M・ラウプ著 渡辺政隆訳 平河出版社、2472円 原題:EXTINCTION Bad Genes or Bad Luck ?, 1991)
  • いかんせん、訳されるのが遅かった。内容が古くなっている。
    まあ、その分をさっぴいても、それなりではあるが、逆に言えばそれなりでしかない。
    いろいろなグラフや図表は含まれている。本書がもし新書で刊行されれば、絶滅についての手頃な入門書となっていただろう。

    大絶滅──生物はなぜ絶滅するのか?しかも一斉に?それは一体どうしてなのか?何がその種を死に至らしめる理由であったのか、あるいはなぜ生き残ったのか?その差は偶然なのか、それとも必然なのか?
    この問いは生物、あるいは進化を考える上で本質的な問いであるだけに、多くの人の興味関心を引いてきたが、逆に単なる興味本位に留まっている問いでもある。
    でも、科学者(特に古生物学や進化学)って、本当はこういう事がやりたくて科学しはじめた人が多いんだよね。そろそろ初心に返って、こういう問いを本気で考え始めても良いのでは?

    さて、大絶滅はなぜ起こるのか?結論から言えば、まだ明確な理由は分かっていない。もちろん、様々なパターンは存在する──例えば、海水準の低下など──が、どのファクターがどのファクターに因果関係を持っているかが明確ではなく、共通のパターンを見いだす事は今なんんで、断定は到底できない。

    ラウプは、大絶滅の理由として、結局「いん石衝突」を推す。現在、この説は旗色が悪くなりつつあるが。
    私自身は、元々が地学系であるためか、地球内部の原因による説、大陸移動の速度変化などに伴う、海水準変動と気候変動に原因を求める方がやはり整合的だと思う。無論、いん石がぶつかったりした事もあるだろうが、ラウプ自身も語るように、それだけではないだろう。

    そして、大量絶滅といっても、絶滅しない奴もいる。似たような種で、似たような環境に生息していたのに、どうしてあいつだけ絶滅して、こっちは絶滅しないのか?という問いとなると、まさに「運が悪かった」としか言い様のないものもある。

    そして、絶滅によって空いたニッチを、他の種が乗り出して適応放散する。「絶滅が進化を促している」とも言えるかもしれない。
    生物進化の不思議さ。その「進化の過程」では実際には何が起こっているのだろうか。

    現在、「全地球史解読」というプロジェクトが進行中だ。プルームテクトニクスを軸として、地球全体(地球外、地球表面の無機的、有機的環境から、地球内部まで全て含めて)の進化を考え直そうというプロジェクトだ。最近は生物畑の研究者も流入し、ますます活発な議論が行われつつあると聞く。そういった計画の中から、新しい見方が発見されると面白いと思う。


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  • 物語 人間の医学史
    (R・コールダー著 佐久間昭訳 平凡社、2900円 原題:Medicine and Man The Story of the Art and Science of Healing)
  • 原書が出たのは'50年代らしいが、医学史という性格上、内容的に古くなるタイプの本ではない。面白かった。

    大昔の妖術師の時代から、シュメール、バビロニア、古代インド、ギリシャ、ローマなどを経て、暗黒の中世、近代、現代に至る。古今東西の面白いエピソードがふんだんに盛り込まれているので、飽きることはない。

    古代の人々の知恵に驚き、近代の医術発達の物語に興奮し、現代の脳、精神薬理などの考えに触れ、考え込む。精神と肉体、全人的な考え方の現代医学。

    科学とはまた別だが、科学と深く関わりながら前進する医学の行く末、科学と医学の関わりを考える為の資料を、楽しく読みたい方にお薦め。


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  • 怪体新書
    唐沢商会(からさわしょうかい)著 光文社、1400円)
  • レジに持って行ってから気が付いたのだが、この本1400円もするのか。うわ、たけー。なら買うなって>俺。

    もちろん一般でいう科学啓蒙書でもなんでもないのだが、ボクはこういう本は好きなんで紹介。 唐沢なをき氏が唐沢俊一氏と共著でGainerに連載していた「男のカラダ相談室」からのものだそうな。全部で36篇収録されている。ほとんどカラーで、暇つぶし・気分転換・雑学仕入れにはぴったり。

    毛とか、いびきとか、ほくろとか、虫歯とか、DHAとか、健康食とか、凍死とか、双子とか、性器だとか、(そしてもちろん)セックスだとか、失恋したらヤキイモを食えだとかについてのマンガエッセイ。
    人間の体って怪しくって楽しいね、っていう話。半分くらい科学入ってるので、ここで紹介しても別におかしくはないのだ。楽しめる。

    私は、書店で立ち読みしていて思わず「くっくっく」とやってしまったので、「これはまずい」と思い購入した次第(あれほど、はたから見ていて気味の悪いものはないからね)。

    外科手術についての項なんか、つい最近本を読んだばかりのせいか、マンガというメディアの強さのせいか、結構面白い。やっぱ絵は強いね。
    世の中にはこういう本を馬鹿にする人がいますが、こういう本の方が一般への影響力はあるのだよ。


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  • 酒の科学 違いがわかる「酒」学入門
    (野尾正昭(のお・まさあき)著 
    講談社ブルーバックス、740円)
  • 私は酒が嫌いだ。なぜならアルコールには弱いから。
    じゃあ、「うまい酒」というのがないのか、というとそうでもない。
    逆に弱いせいだろう、ビールの銘柄などはグラスに半分くらいで分かる。飲みやすいか飲みにくいか、下戸の方が敏感に反応するものらしい。日本酒も同じで、純米酒か醸造用アルコール入りか、これまたすぐ分かる。ときどき「醸造用アルコールが入っている方が味がまろやかだ」という人がいるが、私には全く当てはまらない。
    酒が嫌い、というより、酒という言葉に象徴されるもの(酔っぱらい、つきあいなど)が嫌いなのだ。私がドラッグに強く引かれるのも、アルコールがダメだからかもしれない、と思う。

    で、なぜこの酒の科学なんて本を読んだかというと、やはり微生物の活動の結果がダイレクトに分かるものだから。その勉強のため。古今東西の酒全般、ビール・日本酒・焼酎・ワイン・ウィスキー・中国の酒について触れられている。
    あんまり、読んでも面白くない。やっぱり工場見学の方がいいや。

    ウイスキーの熟成した酒の中の水は、H2Oという単純な形ではなく、(H2O)nといった形、つまり水分子がいくつも繋がった形をしているという。これが酒の熟成に深く関わっているらしい。ふーむ。水ってやっぱ変わってるな〜。
    また「醸す(かもす)」という言葉は「噛む(かむ)」あるいは「黴す(かびす)」から来ているらしい。本当の語源はどちらかな?

    ところで。
    飲んでからんで来るのもやめて欲しいが、からんだ後に「酒の席だから」とヌカすのもやめて欲しい。蹴るぞ。実際、蹴ってるけど。


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  • 図解・ハイテク飛行機 絵で見るメカニズム
    (柳生一(やぎゅう・はじめ)著 
    講談社ブルーバックス、740円)
  • 山根一眞「メタルカラーの時代」的な本かな、と思って読むと外れる。横書き、「1ー1」といった章立てのやり方から推定できる通り、淡々とした書き方。「図解」というだけあって、そこそこ図は収録されているが、いかんせん白黒なので、あまりぱっとしない。
    まじめに読めば全体的な知識はそこそこ得られるが、門外漢にとって面白い本ではない。

    いくつか、トピックスを拾う。
    着地接地時の速度は260〜300km/h。そのスピードで接地するとき、もっとも負荷が罹る部分の一つがタイヤである。一本に30t以上の衝撃が加わる時もあるという。しかも、それは0からいきなりかかるのである。その時の摩擦熱は400度近くに達するそうだ。

    大型ジェット機の中に張り巡らされた電線は総延長210kmにもなり、これは東京-静岡間の距離に相当する。

    大型ジェット機の場合、機体の塗料の重さも馬鹿にならない。150kgほどになる。この増加で、年間でドラム缶200本分の燃料を消費する。
    あのクジラやミッキーは、意外と重たいわけだ。


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  • 最新恐竜事典 ─分類・生態・謎・情報収集─
    (金子隆一(かねこ・りゅういち)編 朝日新聞社、1400円)
  • ほとんどサブタイトル通りの本。恐竜についての最近の面白い学説──例えば恐竜は鳥から分岐したとする説だとか、シヴァクレーターの話とか──や、著者達による分類、相変わらず残されたままの謎、そして日本にて恐竜の情報を収集するための方法などなど。

    恐竜学最前線」や「科学朝日」にて著者らが書いていた記事を、改めて書き直して集めたもの、という印象。彼らの書いていた記事を追いかけていた人には、それほど目新しい内容はないだろう。それ以外の人たちには、恐竜関係の情報がコンパクトにまとまった、便利な一冊だと思う。

    NHK「生命」への批判なども掲載されている。著者らは、日本の恐竜ファンはメディアに踊るデタラメ情報に寛容すぎる、と語る。私もそう思わなくもない。
    この件については、1恐竜ファンとしては色々と思うこともあるのだが。。。。


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  • 恐竜とわれら哺乳類
    (冨田幸光(とみた・ゆきみつ)著 岩波科学ライブラリー、1000円)
  • 恐竜と哺乳類型爬虫類、そして哺乳類の進化は非常に密接な関係がある。この本も、そういうのを明らかにしている本かな、と思って読んだのだが、そうではなかった。「恐竜」とタイトルには付いているが、これは売るために編集者がつけたんじゃないかな、と思える程度にしか触れられていない。もっとも、本書そのものが薄いので、紙幅の割合でいくとそれなりには占めているのだが…。
    恐竜と哺乳類、そして地球環境との関係に関しては、現時点での最良の本は河出書房の「恐竜」という事になりそうだ。

    本書は、恐竜絶滅後、新生代の哺乳類の進化発展についての記述が主。特に後半の内容はクジラの進化などが語られるのだが、全体的にやや羅列的で、ちょっと分かりにくい。構成にひと工夫欲しかった。図版も少ない。特に復元図が不足していると思う。化石の写真もない。もう少し初心者に配慮が欲しかった、というのが正直な所。

    一番興味深かったのは「あとがき」だったりする。


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  • 解剖学者が語る 人体の世界
    日本解剖学会編 風人社、1545円)
  • 日本解剖学会国立科学博物館で開催した「人体の世界」は大盛況だった。私も行ったのだが、あまりの人の多さに辟易するほどだった。本書によれば、会期中46万人が訪れたという。学会が、一般向けにこれだけ大々的に「何を研究しているか」アピールしてくれて、しかも大成功した例も珍しい。そういう意味でも、大いに意義のあるイベントだった。

    この本は、その大会中に催された「ミニ講演会」の内容をまとめたもの。一つ一つは2、3ページ程度からなるごく短いものだが、面白い。
    一口に解剖学と言っても色々な内容を含む。本書も、いわゆる解剖の話から、生理、発生、脳や神経、歯、免疫、細胞などなど多岐に渡る。それぞれの内容は一般向けの講演だから(中には到底そうは思えないものもあるが)、概ね分かりやすい。

    解剖学の本を読んでいると、解剖学者の方々の博識にいつも驚かされる。それだけ、解剖学という学問は奥が深い、という事でもあろうし、広い知識が必要とされるのだろう。
    同時に、これまたいつも感じる事なのだが「構造が分かれば機能が分かる」というか、思わず「へえ〜!」と思わされてしまう。体って、実にうまくできているし、その中には進化の歴史が刻みこまれているんだよね。

    いくつかトピックスを抜き出そうと思ったのだが、いっぱいあるので止めた。
    こういう本は、どこの大学の先生が何を研究しているかも分かるので、その方面の知識が必要な人にも役立つだろう。


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  • 紺野美沙子の科学館1 命って何だろう
    紺野美沙子の科学館編 世界文化社、1400円)
  • テレビ朝日系にて放映されている科学番組のムック。というわけで、内容に関してはほとんど言うことがない。欲しい人は買いましょう。なお、番組の出演者名も「協力」という形で付記されている。1という事なので続刊が予定されているのだろう。期待しよう。できればカラーページを増やしてほしい。

    でも実は、放送時間が私にとっては中途半端で、あの番組あんまり見てなかったりする。
    かえってフジテレビ系で日曜朝5時だか6時だかからやってる(東海テレビ制作だったっけ?)、「テレビ博物館」の方なら(寝る前に)見られるんだけど。


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  • 手にとって見る宇宙 図説・天文学入門
    (趙慶哲(ちょう・きょんちょる)著 光文社(カッパ・サイエンス)、890円)
  • 直径1センチ程度、焦点距離3センチほどの「望遠鏡」、それが人間の肉眼である。そこから人類は様々な宇宙観測の手段を発展させ、現在は宇宙開闢の秘密に迫っている。

    本書は「宇宙を手に取る」ことを目標とした、とっつきやすい宇宙の本。まず無限小、無限大のさまざまなスケールを大きくざくっと理解させるためにまるまる2章分を使っている。その後、古代からの宇宙観の変遷、望遠鏡をはじめとした様々な観測手段の発展を経て、星々までの距離の測り方、宇宙年齢の話などを経て、ビッグバン、さらには銀河団の大規模構造やインフレーションまでをざくっと解説する。「図説」とあるように、図や写真も大量に入っている。かなりゆっくりと現代の宇宙論の世界へ入っていくので、入門用としてはかなりよくできた本だと言える。この本なら中学生でも読めるだろう。

    著者は韓国宇宙環境科学研究所所長だそうである。天文関連の研究者には一風変わったクセのある人が多いような気がするのだが、この著者もまたその一人と見た。誉め言葉ですよ、念のため。


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    moriyama@cedu.nhk.or.jp