00年4月Science Book Review


CONTENTS


  • いつでもどこでも自然観察
    (植原彰(うえはら・あきら) 著 地人書館 1600円)
  • 「自然観察のめがね」で見れば、どこにでも自然は溢れている。別に海山川に行かなくてもいいのだ。「しかもこのめがねは使えば使うほど視野が広がり、遠くも近くもより見えるように」なる。街路樹の根本、公園、車窓の風景。どこにでも自然はある。たとえ汚い川でも子どもにとっては遊び場だ。

    そういう視点で描かれたエッセイ集。ねらいは『ぼくの東京昆虫記 高層ビルの空の下で』(丸善)に似ているかも。最近は、町の自然に山の生き物達が戻って来ているのだ。身近なところに「すごい生き物」がいるかもしれない。

    もちろん、それだけではない。見方さえ変えれば、どんな生き物だって驚異に溢れている。著者がケヤキの種が小枝ごと落ちることを発見したくだりは実に面白い。

    その他、日本国内、海外旅行での自然観察の様子など。でかいナメクジなんか、俺の田舎にも普通にいたけどなあ。見たことない奴も結構いるんだろうな、最近は。
    著者の経歴が面白い。近所の子どもを集めて自然観察会を行っているうちに「子どもほど面白い生き物はない!」と思って小学校の教員になったというのだ(笑)。ま、そういう本です。


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  • インターフェロン物語 研究にかけたある科学者の人生
    (カリ・カンテル(K. Cantell) 著 岸田綱太郎 監訳 ミネルヴァ書房 2800円 原題:The Story of Interferon, 1998)
  • インターフェロンを40年にわたって研究してきたフィンランドの研究者による半生記。

    ウイルスに感染すると、細胞ではウイルス増殖を妨げる物質が合成・分泌される。これがインターフェロンである。抗ウイルス作用、抗癌作用があり、現在はウイルス性肝炎の治療薬として使われている。かつてインターフェロンはまるで奇跡の特効薬のように報道された。それはインターフェロンそのものにも光と影をもたらした。本書後半ではその時渦中にいた著者自身の思いも語られている。

    著者が「神秘的な抑制因子」に気づく過程が面白い。1950年ごろ、著者はオタフクカゼ・ウイルスのワクチンの研究に従事していた。そのため、ウイルスを増やす必要があった。ウイルスは細胞の中でしか増殖できないので、そのために鶏卵、その中の卵膜の部分が使われていた。そこにウイルスを注入し、しばらくほっておくとウイルスが増える。それを植えついでいけば増殖させることができる。

    ここに一つ面白い現象がある。ふつう、大量にウイルスを注入してやれば、その卵からはさらに大量のウイルスが取れると思えるだろう。ところが違うのである。経験則として、ウイルス懸濁液をそのまま注入したものより、薄めたもののほうが、より大量のウイルスが採取できることが知られていたのだ。

    ところが著者はそれを知らなかった。そのため、ウイルスの入った液をそのまま注入していたのである。すると5,6回続けると、がくっと収量が落ちた。それにも関わらず、著者は気にせずに注入し続けた。すると、ウイルスの収量がまた増え始めたのだ。しかもこれには再現性があった。どういうわけか、ウイルスの増殖がときどき阻害されるらしい。何かがある…。

    もちろん、これがインターフェロンだったのである。
    論文を読まず、実験がうまくいかなくても押し切る。要するに、当時の彼は盲目だったのである。だがそれが全てのきっかけとなったのだ。人生、何がどうはたらくか分からないものだ。というのが、彼が本書で繰り返し述べていることである。

    ここから先、ヒト白血球インターフェロンの話、様々なインターフェロンのタイプ、先にも述べた世界的関心の高まり、ブーム到来、そして現在および今後の話などもけっこう面白いのだが、そこはまあ、普通の話といえば普通の話である。

    インターフェロンは、確かに様々な効果が今でも期待されるいっぽうで、副作用もあるようだ。今後は、さまざまな物質との相互作用を考慮に入れつつ、臨床応用されていくことになるだろう。
    しかし、このインターフェロンとはいったい何者なのか? どうやら単なる抗ウイルス物質ではないらしい。監訳者は、分化を安定させるスタビライザー(安定化装置)なのではないかという。
    著者がいうように、インターフェロン物語はまだまだ始まったばかりである。


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  • 新・アグリビジネス 21世紀をリードする総合産業
    (大澤信一(おおさわ・しんいち) 著 東洋経済新聞社 1700円)
  • ビジネスの視点から日本農業の今後を考える。農業に関しては様々な論の展開の仕方があるが、時として話が抽象的になったり、循環してしまったりすることがある。だがビジネスという視点であれば、具体的な話をすることができるというのが著者の考え方である。たとえば食料自給率の問題を考える上で、現在の食生活において大きなウエイトをしめる外食・中食産業(「食の外部化」という)を抜きにして考えることは非現実的である。

    また有機農業を考える上でも、消費者の有機農産物(と言われているもの)へのイメージや、流通問題を考えずに、農業における環境保全問題や物流問題を考えることはできないという。つまるところ農業は食料供給活動であり経済活動なのだが、その視点がこれまであまりに欠けていたというのである。

    後継者不足といった問題に対しても、ビジネスの視点で捉えれば、話はある意味では単純である。人がある職になぜ就労する/しないかは、その職業に魅力があるかないかにある。つまり農業において後継者問題があるのならば、農業は他と比べてより魅力ある産業にしていかなければならない。

    ここで著者は一つの事例を出す。花産業である。花産業は、これまでほとんど保護されてこなかったが、現在非常に注目されている。また沖縄では数多くのUターン就農者が花卉生産者の中にいるという。結局はやり方なのだ。

    また多くのビジネスマンたちにとっては、最近の農業への異業種からの参入−−たとえばオムロンやトヨタが農業に手を出し始めている−−は、どうして起こっているのかも興味あるところだろう。その辺に関しては、本書をめくって頂きたい。また野菜の機能性がますます注目されていくなか、ニンジンジュースがなぜ成功したのかといった話も興味深い。日本の食マーケットはほぼ成熟したかに見えるが、食の消費構造や消費者の嗜好性は変化し続けているのである。

    ここまで紹介しただけで、読む必要がある人は手に取ってくれると思う。本書には図表も多い。有機農業関連ビジネスの推移をまとめた表なども、興味ある人は最低限目を通しておく必要があるだろう。なお、ビジネスとしての有機農業に関しても、本書では大きなウエイトをかけて紹介されている。なにゆえ今のような混乱した市場状況が生まれているのかもよく分かるし、その一方で、農業上、なぜ有機農業が必要とされるに至ったのかということも分かる。やはり時系列で物事を見るのは重要なのだ。環境負荷云々でも、本当に有機がいいかどうかについて考えたい人も必読だ。
    最近、ふたたび話題に上りつつある食料問題にしても、みんなが野菜を食えば解決だ、といった安易な話ではない。実際問題として何ができるかを考えるためには、ビジネスとしての農業の存在をぬきにして語ることはできない。
    またコラムとして登場する実際の地域農業の事例も面白い。

    著者は再生した日本農業のイメージを、国民に支持される農業、としている。いわば「メイドインジャパン」を誇る製造業のような農業のイメージだ。また1998年度における農業関係予算は二兆五〇〇〇億円弱、国家予算の約3.2%を占める。それに対して十分な説明ができ、納得させられるような農業を、と主張している。著者が「新しいアグリビジネスを」という理由はここにあるのだ。このあとに続く具体例についていちいち紹介することはしないが、とにかく具体的な話にはうなずけるものがあった。

    では、新しいアグリビジネスにおける21世紀の“百姓”はどうあるべきか。百姓とは「農業を行う人は一〇〇の(たくさんの)専門技術を駆使できなければならないという意味に由来」している。様々なテクノロジーが農業に進出してこようとしているいまこそ、この言葉は当てはまる。先端テクノロジーはもちろんのこと、幅広い視野で市場を見据えつつ、しっかりとした哲学を持った新しい百姓の時代が来ようとしている。


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  • 人類進化の空白を探る
    (アラン・ウォーカー(Alan Walker)パット・シップマン(Pat Shipman) 著 河合信和 訳 朝日新聞社(朝日選書647) 1700円)
  • 本書冒頭から引用。
    …それは紙マッチ束ほどの大きさで、色は小石みたいだった。彼がどうしてそれを目に留めたのか、神のみぞ知ることだ。前に埋まっていた地中から抜け出した状態で地面に転がっていたので、カモヤはそれを拾い上げ、裏返しにしてみた。彼の目にはそれは、明らかに脳を内部に納めている骨である頭蓋冠の破片の一部に見えた。内面はすべすべしていて、大きな脳を納めていた感じから、それはイノシシやガゼルのものではなく、ヒト科のもののようだった。骨の厚みからカモヤは、それが現生人類の直接の祖先で、ミッシング・リンクと常に見なされてきた種であるホモ・エレクトスの骨だと分かった。(17ページ)
    1984年8月22日のことだった。サンプルナンバーKNM-WT15000、「ナリオコトメ・ボーイ(日本では一般に「トゥルカナ・ボーイ」と呼ばれることが多い)」という一五三万年前に生きていた九歳半のホミニッドの化石の発見者による、ホモ・エレクトス考察と、その研究史を明らかにした本。発見時の実際の様子など、描写が詳細かつ生き生きとしていて面白い。さらに研究者同士の軋轢なども描かれている。訳者によれば、本書によって初めて日本で知られるトピックスもあるという。実際、知らなかった話もいっぱいあった。

    おおむね、僕が感じた印象は<訳者あとがき>に書かれているので、特に付け加えるべきことはない。もちろん研究史も面白いのだが、やはり本書の真価は「ボーイ」の発見により判明した様々な事実による。結論からいえば、ウォーカーはホモ・エレクトスは首から下の体はほぼ大柄なヒトそのものだったが喋ることはできず、知性もまだヒトには至ってなかったとしている。この結論に至るまでの著者の研究経緯が詳細に描かれていて、実に面白い。

    ボーイには頭蓋骨の内部、左側こめかみの部分に親指大の脳の膨らみを示すくぼみがあった。それは当初、ウォーカーにはブローカ領の膨らみのあとに見えた。そこで彼は、ボーイが話せたものと考えた。ところがブローカ領は脳の奥深くにある。直接、脳の側面に膨らみを作っているわけではない。また働きにしても複雑な運動を制御するものであり、イコールで発話に結びついているわけではない。

    また、ボーイの脊柱はヒトとは違っていた。椎孔と呼ばれる脊椎の穴が、やや細かったのだ。ここには神経線維が通っている。それが細いということは、いったいどういうことか。あるいは、ヒトの椎孔が太いというのはどういうことか。ウォーカーは霊長類の脊髄の専門家アン・マクラーノンにヘルプを求める。マクラーノンによると、ヒトとそれ以外の霊長類との大きな違いは、頸部下部、腕、胸郭を制御する部位の脊髄が大きくなっていることにあるという。そしてボーイの胸部を制御する神経線維は非常に細かった。いったいこれは何を意味するのか。結局マクラーノンは同僚の示唆を受け、ヒトの胸部神経の増加は「言語会話の進化に関連した呼吸制御の必要が高まった結果ではないか」という案を出す。これが、ボーイが喋れなかったと結論づけられた理由である。本書では、この辺の研究の進め方が、丁寧に描かれている。

    また、本書で大きなウエイトを占めるのがホミニドの出アフリカと肉食への転換を組み合わせた解釈と、二次的晩熟性の確立の話である。その部分も面白いのだが、疲れてきたのでここまで。本書の核心であり重要な話でもあるので、そのうち書き足すかも。

    基本的に面白い本だ。人類進化に興味ある方は一読を。なおこの本は夫婦の合作である。


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  • クゥとサルが鳴くとき 下北のサルから学んだこと
    (松岡史朗(まつおか・しろう) 著 地人書館 2200円)
  • いわゆる「科学書」ではなく下北在住の動物写真家による15年の撮影、観察の記録である。四季のサルの姿、群れの暮らしなどが生き生きと主観たっぷり描かれる。そして猿害についても。写されているサルたちの姿はナチュラルでありながら密着していて、よくこんな写真が撮れるなあと驚嘆せずにはいられないほど。
    なお「クウ」とは、サルが満足しているときに出す鳴き声である。

    本書は、残念な本だ。繰り返すが、収録されている写真は素晴らしい。だがカラー口絵16ページがついてはいるものの、基本的にモノクロなのである。これは絶対にカラー・大判で出すべき本だ。収録されている写真はまるで合成じゃないかと思われるものもあるほど、実に見事でいい写真なのだが、モノクロではいかんせん表現力がなさすぎる。

    もしこれが、メジャー出版社から出されていたら…、と考えずにはいられない本だった。ともあれ、サル好きの方はどうぞ。


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  • ちょっと気持ち悪い動物とのつきあい方
    (リチャード・コニフ(Richard Conniff) 著 長野敬+赤松眞紀 訳 青土社 2400円 原題:Every Creeping Thing : True Tales of Faintly Repulsive Wildlife, 1998)
  • サメは子宮の中で共食いし、モグラはミミズを麻痺させて生きたままダンゴにしておく。一つのモグラの巣で1280匹のミミズ団子が見つかったこともあるという。ナマケモノは筋肉を失った文字通りのなまけものでまるで「森を動き回る発酵室」のような生き物だ。オコジョやイタチなどは受精卵を休眠させる遅延着床という仕組みを持っている。

    こういった、あまりなじみ深くなりたくないと思われるような生き物たちのオモシロ話を取材したエッセイである。同じく青土社から刊行されている『無脊椎動物の驚異』の続編にあたる。筆致はネイチャーライティングの古典的な雰囲気を維持しており、軽快でウィットに富んでいる。

    巻末近くの、カミツキガメのハンターの話が面白かった。


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  • 考える「もの」たち MITメディア・ラボが描く未来
    (ニール・ガーシェンフェルド(Neil Gershenfeld) 著 中俣真知子 訳 毎日新聞社 2200円 原題:When Things Start to Think, 1999)
  • 著者はMITメディア・ラボ準教授。研究グループTTT(Things That Thing、考えるものたち、http://www.media.mit.edu/ttt/)を率いる。どこでもコンピュータが使える世界よりも、コンピュータが埋没して見えない世界を目指すべきだとし、デスクトップやラップトップといったメタファから外れて、この自然界全体を新しいインターフェースとすべきだと主張する。

    はっきり言って、かなり退屈な本だ。著者の主張はあまりに当たり前である。まあ、この辺を理解していない機械があまりに多いことから考えると、まだ意味があるのかもしれないが。ヨーヨー・マとの<デジタル・ストラディヴァリウス>プロジェクトの話はそれなりに面白いしね。

    ウェアラブルの概念などもいろいろ紹介されているが、衣服の中にコンピュータを、とか言われた時点でかなり脱力する。あのさー、あんた洗濯しないの? 本書で紹介されているウェアラブルのファッションショーも見たことあるが、はっきり言ってかなり退屈だったよ。

    本の作りそのものにも不満がある。写真が一枚もないのだ。MITメディアラボに留学したことのある人も日本には結構いるし、彼らの姿はウェブサイトなどで見ることもできるのだから、写真くらい入れたらどうか。また登場する研究者たちのカタカナ表記の中にも気になるものがあった。

    というわけで、メディアラボ・オタク以外にはすすめない。


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  • 話を聞かない男、地図が読めない女 男脳・女脳が「謎」を解く
    (アラン・ピーズ+バーバラ・ピーズ(Allan & Barbara Pease) 著 藤井留美 訳 主婦の友社 1600円 原題:Why Men Don't Listen and Wimen Can't Read Maps, 1998)
  • 男と女は違う。どちらが劣っていてどちらが優れているということではなく、違うのだ。実は昔からみんな知っていたことである。

    女性は考え事するときにはブツブツ言ってしまい、空間把握能力が低い。だが男が一度に一つのことしかできないのに対して、女はマルチトラックで物事を見ることができる。男は黙って考えることが多いが、ストレスを感じたときにも同じく黙り込んでしまう。逆にプレッシャーを受けている女性はしゃべりまくる。
    まあ、そんな傾向があるという程度の話だが、色々と男女が違うのは確かだ。

    いっぽう『脳の性差 男と女の心を探る』(共立出版)などをめくれば分かるように、最近、脳、そして脳の働きもいろいろ違っているということが分かってきた。

    この本は皆が知っている男女の違いの一般的傾向(見逃されがちだが生物学的な違いを反映していることが多い)を最近の知見から読み解きつつ、男女間の意見の衝突や考え方の違いを浮き彫りにし、男女そうほうがうまくやるための方法を提案する。
    要するに科学書っぽく演出はされているが科学書ではない。いわば啓発本である。いちおう紹介しておく。


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  • 放浪の天才数学者エルデシュ
    (ポール・ホフマン(Paul Hoffman) 著 平石律子 訳 草思社 1800円 原題:The Man Who Loved Only Numbers, 1998)
  • 83才で死ぬまでに1475本の論文を書き(共著含む)、定住地を持たず、収入のほとんどは奨学金に寄付。持っていた服は古びたスーツケースに入ってしまってなお空きができるくらいしかなく、大事なものは古びたノートだけ。早熟な天才で奇矯な振る舞い、家庭はもちろんなし(マザコンだったらしい)。一日のうち19時間数学の問題を解き続けた男。

    まさに絵に描いたような奇人変人数学者ポール・エルディシュ(1913-1996)の評伝。数学以外は靴ひもすら結べず、グレープフルーツを切ることもジュースパックすら開けられなかった彼を通して、数学の魅力を描く愉快なノンフィクションだ。著者は『Scientific American』誌の元編集者。

    エルデシュは、適切な問題を適切な人間に対して出す能力に長けていた。これがどれほど重要なことか、ちょっと考えれば分かる。研究がしばしば止まってしまうのは、設問が適切でないからなのだ。だがエルデシュは、本質を見切る能力を持っていたらしい。そして数多くの人間と論文を書いた。

    エルデシュの逸話の一つに、エルデシュ番号というものがある。彼は485人の共著者を持つ。その広がりを示すトピックスだ。エルデシュ自身を「エルデシュ番号0」とする。彼と直接共著を書いた485人は「エルデシュ番号1」である。その共著者と共著がある人間は「エルデシュ番号2」となる。「エルデシュ番号3」は番号2の人と共著がある人だ。何にも共著がない普通の人は「エルデシュ番号∞」である。

    驚くべきことに、かなりの数の数学者が若いエルデシュ番号を持っているのだそうだ。つまり、現在の数学研究のうちかなりの部分がエルデシュの周辺で行われているということである。だからこそ、エルデシュの足跡を追うことで、数学業界を描くような本が成立しえるのだ。

    だが、本書はやや残念な本である。エルデシュが得意としていたのは素数など整数論だった。だが本書では、その辺の内容はほとんど解説されていないのである。エルデシュやそのほか数学者がいかに変わった人たちだったかということは分かるのだが、肝心の数学の魅力がいま一つ、伝わってこないのだ。もちろんまったく描かれていないわけではないので、正確にはもどかしいというべきか…。

    まあ、でも面白いかつまらないかどっちだ、と言われたら、面白い本ではある。
    草思社はうまい邦題をつけるのが得意だが、この本は原題のほうがかっこいいね。


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  • 強くて利口な精子の育て方
    (押尾茂(おしお・しげる) 著 三五館 1400円)
  • 著者自身の精子研究史から、精子そのものの科学、そして後半は精子減少騒動についての話になる。<精子が語る現代社会>というまえがきがついているとおり、まあそんな本かな。

    前半は比較的ふつうの話である。避妊の研究から受精に関する研究が進み、逆に生殖医療への応用と進んでいった研究史は、知らない人には面白いだろう。また精子そのものの構造や、精漿の話なども興味深く読めるだろう。

    以前ウェブ日記にも書いた話だが、精液がドロドロした状態から、しばらくほっとくと「液化」といってサラサラになることも、知らない人が多いのではないだろうか。僕自身も、自分の精子を顕微鏡で観察するまで知らなかったのだが。これは、まずネバネバの状態で子宮頸管に取りつき、そのあとサラサラになって奥に侵入していくためだと考えられている。そのあと運動性が変わるハイパー・アクティベイションと先体が取れる先体反応、いわゆる「受精能獲得」が起こる。しかしこれが起こらない人もいる。またなかには液化がすすまない液化異常の人もいるというから、一度は見ておいたほうがいいかも。

    何の話か分からなくなってきた。話を元へ戻そう。
    著者は、顕微受精に関して、やや否定的なようだ。「技術としてヒトに応用してよいのかという点をもっと議論してから臨床応用してもよかったのではないか、と思っています」と言っている。顕微受精は、特定の精子を見た目だけで選んで卵子につっこむ方法だ。著者はこれ以上のことは何も書いてないが、何かあるのかもしれない。いろいろと。

    後半は、例の精子が減っているという話になる。しかも東京と九州で地方差があるという。実際にどういう調査が行われているのか分かって、興味深かった。だが実態解明はまだまだ先かな、という気もした。これに関しては著者自身が、まだまだ調査中であるという態度をはっきり示していると同時に、「センセーショナリズムと誤解が一人歩きしている気がしてならなりません」としている。原因がいったい何なのかということは分かっていないのだ。また精子の量は非常にナイーブな理由で変動することも、よく知られている。

    そして精液性状の調査のためのボランティアを募集している。いままで取材にきたマスコミ記者のなかでボランティアに協力した奴は一人もいない、と嘆いているが、それは著者がいろいろ挙げているような自分の精液への不安からくるものではなく、おそらく単にめんどくさいからだろう。何せ、病院にわざわざ行って15分でしごいて出さなくてはいけないのである。そういうボランティアに協力しろというほうが無理だろう。いくら人類の将来に関わる問題だ、と言われたところで…。


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  • 人はなぜ悪をなすのか
    (ブライアン・マスターズ(Brian Masters) 著 森英明 訳 草思社 2500円)
  • 帯に
    遺伝か、脳の欠陥か、
    愛情不足か、精神の病か、
    それとも宿命なのか──?

    人間の本性にひそむ永遠の謎に挑む!

    とあったので科学書なのかなと思って買ってしまった。実際は、あえて分類すれば思想・哲学といったところ。いろいろな凶悪犯罪者や「聖人」と呼ばれる人たちをとりあげ、悪について論考する。ま、そういう本だ。そんなこと考えたところで結論が出るわけないだろ、とひねくれものの僕は思ってしまうのだが、読み物と割り切れば、暇つぶしにはなる。だが暇つぶし以上にはならないので、別に読んでも読まなくてもいいかも。

    ただまあ、まったく面白いところがないわけではない。
    人間は、他者の苦痛を楽しむことができる(たぶん)珍しい生き物である。これ、つまり「残虐性」には、他者の心を類推する能力が必要だ。そういう意味で、もし残虐であることが悪ならば、悪は進化とともに誕生したということになる。

    このへんはもうちょっとマジメに考えたい気もするのだが、いまはここまで。


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  • 科学事件
    (柴田鉄治(しばた・てつじ) 著 岩波書店(岩波新書) 660円)
  • 脳死・臓器移植、薬害エイズ、体外受精、原子力、水俣病、大地震、クローン羊の7項目について、科学がどのように事件あるいは社会に関わり、それをマスコミはどう報道したかをざっくり紹介する。著者は朝日新聞の科学部長などを歴任した人物。それぞれの項目別の略年表つき。

    ぜんぜん面白くない。どうして新聞記者の書く本ってこうも面白くないのかね、と思えてしまうほど、文章もつるつるしていて内容もあたりさわりがなく、だから読んでも何にも残らない。著者は当時を振り返り、ああすればよかった的なことをいろいろ行っているのだが、マスコミは警鐘をならし続けるべきであった、なんて言われても、ああそうですかとしか思えない。どこかで聞いたようなフレーズが溢れているので一見もっともらしくは聞こえるが、だからなんなんですか、の典型だ。

    そもそもこの手の本は、俯瞰なら俯瞰、当時の一記者の思いなら思い、どちらかをきっちり描いていれば読み物として面白くもなるのだが、本書は如何にも薄い。事件報道のありかたを考えるならば、当時どのように報道していったかを事細かに追うべきなのだが、けっきょくは事件の紹介に終始している。だが事件の終始をきっちり克明に追っているのかというとそうでもない。中途半端なのだ。

    また、いまこういうものを「事件」と捉えるのであれば、5年10年のスパンで、その事象はいったいどういう意味を持っていたのかということを、きっちり描いてみるべきだろう。本書はそのレベルに全く達していない。

    とにかく薄いのだ。どの章も「えっ、これで終わりですか」っていう感じ。この道何十年の人なら、もうちょっとましなことを言って欲しい。


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  • 理系志望のための高校生活ガイド 理系をめざしたら何をすればいいのか?
    (鍵本聡(かぎもと・さとし) 著 講談社(ブルーバックス) 880円)
  • 要するにただの受験勉強ガイドブック。

    完全に高校生対象の本を俺がつまらない面白いといっても始まらないのだが、本書冒頭で紹介されている理学部の暮らしがかなり偏った見方であることは指摘できる。本書で著者が言っている理学部の様子は、少なくとも俺の場合とはまったく合致しない。人間はやっぱり自分の経験を過度に普遍化してしまう動物なのだ。

    また勉強法に関しても異論アリ。著者はいろいろ練習問題をやったあとで教科書を「まとめ」、あるいは頭の整理的なものとして使えばいいと思っているようだが、私に言わせればそれは違う。実際、僕はほとんど練習問題を解かない怠け者で、教科書の、しかも例題しかやらなかった。それだけでも、80点は十分採れるようになる。塾なんか行くな。時間の無駄だ。

    …まあ最終的には「いかに楽しい正月を過ごすか」ということを目標にし、共通試験を受けずに推薦で入れるところを探したりしていたので、あまり参考にはならないと思うけど。

    このサイトを読んでくれている高校生がいるのかどうか知らないが、まあ後悔しないように適当にやって下さい。受験なんてそんなもんだ。


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  • ファイトケミカルで病気を防ぐ
    (蒲原聖可(かもはら・せいか) 著 マキノ出版(ビタミン文庫) 1300円)
  • 表紙に「ベータカロチン、リコピン、ポリフェノールなど話題の成分の薬効を解説」とある。そのままの本。ありがちな本とちょっと違うのは、いろいろな疫学調査の話が、類書よりは詳細に書かれていること。否定的な面や、生だと効果があったがサプリメントだと効果がなかったといった話も出ているので、取りあえず現状を見ることはできる。なおファイトケミカルとは植物が持つ色素成分などのことである。最近話題のポリフェノールやフラボノイドなどもファイトケミカルだ。

    でもまあ結論は野菜を取ろうだからなあ。著者も言っているように、ある一つの成分だけ見ていてもしょうがないのだ。ま、野菜食べましょ。


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  • 血栓の話 出血から心筋梗塞まで
    (青木延雄(あおき・のぶお) 著 中央公論新社(中公新書) 800円)
  • 日本人の死亡原因第一位はガンだが、第2位は脳血管障害(脳梗塞など)、第3位は心疾患(心筋梗塞など)である。つまり、2位と3位は血栓が原因なのだ。三人に一人が血栓で死ぬのだ。

    血栓とは簡単にいえば血がかたまって詰まるというものだ。血は、外へ出すとすぐ固まる。ではなぜ血管のなかでは基本的に固まらないのか。血管内腔が血管内皮細胞で覆われているからである。これを「抗血栓性」という。ではその実体はなにか。アンチトロンビン、ヘパリンといった物質の作用によることが現在では分かっている。

    血栓形成は主に血小板と血液凝固の活性化によって起こる。通常は、それらはちゃんと制御されている。またできた血栓を溶かす、血栓溶解と呼ばれる機構も生体には備わっている。

    本書では、これらの発見を歴史をおいながら、淡々と紹介していく。内容は、著者はさかんに一般向けを強調するのだが、そもそもの文章が硬いため、ちょっととっつきにくい。だが血栓について知りたいのであれば、読む価値はある。

    中には、血液凝固が亢進することいよって逆に血が止まらなくなるという、いっけん奇妙な症例なども紹介されている。だがメカニズムが分かればなるほど納得。生体にとって不可欠な血液凝固の機能をとおして、生体の複雑な制御機能を知ることができる一冊。


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  • 脳・心・遺伝子VS.サムシンググレート ミニレアムサイエンス──人間とは何か
    (養老孟司(ようろう・たけし) 村上和雄(むらかみ・かずお) 茂木健一郎(もぎ・けんいちろう) 竹内薫(たけうち・かおる) 著 徳間書店 1700円)
  • 徳間ホールで行われたシンポジウムのテープ起こし+そこで喋った三人へ竹内薫がインタビューしたもの。「サムシンググレート」は村上氏の言葉。意味不明だが、読んでもやっぱり意味不明だ。年を取るとこういうこと言いたくなるのだろうか。でもまあ、こういうことを言いたくなる気持ちはわからんでもない。

    本書後半、インタビューで面白かったのはやっぱり養老氏の話。彼独特の断定口調でずばずば言い放つ模様が、そのまま収録されている。現在の我々の生活に関わるのは科学と経済の二つだという意見には全く同感。またいわゆる学級崩壊は、昔の学園紛争してたころのような騒ぎを起こす年齢が下がったんだと思うという話は面白い。

    なお本書に出てくる、いまの生物学は遺伝子と脳という二つの情報系で捉えれば簡単だという話は、彼が名前を売ることになった『唯脳論』の前に書いた『形を読む』培風館に出てくる。『形を読む』は『唯脳論』序説みたいな内容だが、個人的には『形を読む』のほうが好き。

    と、これだけ言えば分かるだろうが、基本的に科学書とかじゃなくて、科学者が思想を語るといった毛色の濃い本。講演のほうは、茂木氏の話が、彼の主張がコンパクトにまとまっていて分かりやすいかな。ただ、テープ起こしは、全般的にもうちょっと手を入れるべき。まるで原稿みたい。
    また<おわりに>で本書ライターである竹内薫が

    「話し言葉」のほうが「書き言葉」よりも凝縮度が減って、読みやすく、わかりやすいことに気がついた。
    と言っているのだが、これは僕に言わせれば違う。「話し言葉」のほうが読みやすく分かりやすいのはいいとして、だからといって「話し言葉」のほうが凝縮度が減っているとは僕は思わない。むしろ逆だろう。「話し言葉」から「書き言葉」に変換するときに、多くの人は、情報量を減らしてしまうのだ。だが「話し言葉」そのままだと、その抜け落ちた情報は行間にそのまま残る。だから分かりやすいのである。

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  • 不老不死は夢か 老化の謎に迫る
    (瀬川茂子(せがわ・しげこ) 著 講談社 1600円)
  • 読み始めて、そのまま本を置くことなく、一挙に読了してしまった。ごく薄い本だし、一つ一つのトピックスが短いせいでもあるだろうが、読みやすいのは確か。

    著者は新聞記者。老化研究の模様を、主としてアメリカと日本で、丹念に取材していたものをまとめた、というところなのだろう、たぶん。
    実際、かなりの分量の取材がこの本の影にはあるはずだと思うのだが、それは本書には隠されている、というか現れていない。僕に言わせれば新聞記者の悪いところだ。さくっとまとめすぎなのである。もったいない。この本は、できればこの倍の分量くらいにして、もっときっちりした本にしてもらいたかった。

    もっともこれは、老化研究に関して、ある程度以上の知識があるからそう思うのだろう。多分、その筋の人(『実験医学』とか『PNE』とか読んでる人)には本書はまったくもって食い足りない。それでも知らなかった話とかも含まれているので、それなりに面白くはあるのだが、いかんせん、さらさらと描かれすぎている。だが逆に老化研究にありさまについて全く知らなかった人には、このくらいの分量の本で、興味をもってもらうにはちょうどいいのかもしれない。

    あと、老化に関する番組とか作りたいって人にも、取材先を探すには大いに役に立つんじゃないかな(笑)。

    でもやっぱ、もったいないなあ…。これだけの取材力と構成力、内容把握力があれば、日本発の本格科学ドキュメンタリーにすることもできたろうに。ううむ。

    というわけで、この本に対する僕の評価は微妙。誉めたいんだけど誉められない、誉められないんだけど誉めたい。そんな感じ。
    内容に関しては、あとで加筆するかも。


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  • 桜の来た道 ネパールの桜と日本の桜
    (染郷正孝(そめごう・まさたか) 著 信山社 2000円)
  • 桜のルーツはネパールにある、と言われているそうである。また、秋咲きの品種がいくつか知られているが、これは「狂い咲き」の類ではなく、桜はもともと秋に開花していたのではないかという。もともとブータンやネパールをその出自とし、北上進化する過程で少しずつ変化していった。特に四季の変化が著しい日本では、秋咲きを休眠に変えて適応したのではないかという。ネパールでも、標高1400mくらいのところには秋咲きのヒマラヤザクラが、もっと高い標高2800mのところには休眠を獲得し、春咲きとなった桜2種が知られているそうだ。サクラの仲間はネパールから北海道まで弧を描くように分布しているが、種間の関係はまだよく分かっていないそうである。

    毎年桜を見ておきながら、そんな話があるとはまったく知らなかった。桜はごくごく身近な樹木だが、いろいろと謎多き植物なのだそうである。オオシマザクラとエドヒガシの雑種といわれているソメイヨシノも、雑種ではないのではないかと著者はいう。

    本書は、農林水産省森林総研にいた研究者が、自らのサクラ観と研究史を語るといった体裁の本である。内容は重複が多く、本としての出来はいま一つである。最近の流れであれば、やはり遺伝子はどうなってるのと聞きたくなるが、そういう話もない。だが「桜は日本固有」という概念をうち砕いてもらったことで、個人的には満足してしまい、そのまま何となくと通読してしまった。だからまあよし。あくまで個人的には、だが。


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  • 毒草を食べてみた
    (植松黎(うえまつ・れい) 著 文藝春秋(文春新書) 690円)
  • 植松黎は『ポケット・ジョーク』の著者でもあるが、植物、中でも毒に関するコラムの名手としても、よく知られている。本書も同じ様な内容だが、やっぱり面白い。44の毒草、麻薬作用を持つ植物と、それに関するエッセイが収録されている。ごくごく軽いものもあれば、中にはずっしり重い話もある。

    個人的にはキョウチクトウの話やヒガンバナの話が好きだ。またフクジュソウやドクゼリの話は非常に問題だと思う。またアサの話は日本の他国との麻薬文化の違いを表していて面白い。ポインセチアに発がんプロモーションを促進する物質が含まれているという話はびっくりだった。

    だがここでは、チョウセンアサガオ(曼陀羅華)による華岡清州の手術(1805)の話を紹介する。彼は曼陀羅華を使い「通仙散」と呼ばれる麻酔薬を作った。そして妻と母を実験台にし、乳癌手術をやったことでよく知られている。度重なる調合・服薬の結果、母は死亡、妻は失明に至った。だが彼は「通仙散」を使い、多くの患者に術を施したという。

    ところが、この麻酔術は発展しなかった。華岡清州でとだえてしまったのである。なぜか。著者は「チョウセンアサガオには麻酔作用があるとはいえ、エーテルや笑気のような眠りをもたらすことができないからではないか」という。成分から考えると、それは「大量のドラッグと酒を一緒に飲ませるにもひとしい」行為であったと考えられるという。著者は推測により、こう続ける。

    意識は混濁し、痛覚もマヒしてくる。大量に飲めば昏睡状態に陥り、ちょっとやそっと傷つけられても感じないだろう。しかし、胸をばっさりえぐられたら、はたして無事ですんだだろうか。最愛の妻と母は、激痛と幻覚の恐怖におののき、地獄さながらの狂乱状態に陥ったのではないか。(192ページ)
    つまり曼陀羅華は、麻酔薬とはいっても今日考えられるようなものとは全く違っていたのだ。これが、その後の医師達が曼陀羅華を用いなかった理由ではないかという。実際、曼陀羅華の幻覚作用はよく知られていたらしい。

    だが、清州は多くの患者に施術したといわれているのである。「清州はこの幻覚をどう思っていたのだろうか」。


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  • マメな豆の話 世界の豆食文化をたずねて
    (吉田よし子(よしだ・よしこ) 著 平凡社(平凡社新書) 760円)
  • タイトルそのままである。世界中の豆食文化を紹介する本。個人的にはミャンマーやネパールに納豆があるということに驚いた。ミャンマーでも納豆は「臭い豆」を意味する言葉で、ペポと呼ばれているそうだ。

    そのほか科学系の話としては下半身がマヒするラチルス症の話(136ページ)とラッカセイに生えるアスペルギルス・フラバスというカビの話(178ページ)など。基本的には、やっぱ世界の食文化に興味がある人向け。


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  • われ思うゆえに思考実験あり 最新科学理論がもたらす究極の知的冒険
    (橋元淳一郎(はしもと・じゅんいちろう) 著 早川書房 1600円)
  • 『SFマガジン』で1993年〜1998年にわたって連載されていた「疑似科学思考実験」の一部を加筆修正してまとめたもの。『SFマガジン』連載時では一回一回が短すぎ、すぐに「あとは次号」とやられていたのでほとんど読む気がしなかったのだが、こうして本に改めてまとめられたものを読むと、なるほどいかにも思考実験で、なかなか面白い。

    扱われているテーマについては目次をご紹介。

    1. 葉緑体人間は可能か
    2. 人工生命は自己意識を持てるか
    3. 自己意識とは何か
    4. 時間とエントロピー ─生命はいかにして誕生しえたのか─
    5. 時間はなぜ過去から未来へと流れるのか ─カオスと量子論─
    6. 真の実在を求めて

    ちょっと見出しのつけかたが抽象的なので分かりづらいだろうが、まあこんな感じで、挑むテーマは極めてオーソドックスで大上段。謎のコンピュータ・ドクターψとのかけあい漫才形式で、科学的SF的な妄想を膨らませつつ、現代科学が正面きって捉えにくい難問に挑む。捉えにくいというのは、なかなかその手段が既存の科学的スタイルにのらないから。だからこそ、タイトルにある「思考実験」であり「疑似科学」なのだ。実際に実験できるのであればやってしまえばいいのだから。なお「疑似科学」とは著者が<プロローグ>でことわっているとおり、エセ科学やニセ科学のことではない。僕の言葉でいえば科学的妄想とでも言うべきもので、まあ、ちょっといいかげんに、でも「理性と知性を失わず」に思考の翼を広げるものである。

    と、こう書くとなんだか難しそうに思われてしまうかもしれない。そういう堅苦しい本ではないのでご安心を。読者は、ことさらに構える必要はない。頭は働かせておいたほうがいいけどね。とにかく一度ページを繰り始めたら、自然と「ドクターψ」との疑似やりとりのなかで「疑似科学」的思考を展開させながら、難しく大きな問題について思いをめぐらせることができるようになっている。これは著者があまり文章を急がずに、ゆっくり丁寧に「ドクターψ」に思考の道筋を辿らせているからだ。これができる著者は意外と少ないので貴重。

    内容に関しては、いささか納得できないところもあるし、これはちょっと苦しいなと思ってしまうところもある。自己意識のところなんか、まさにその一例だろう。また僕が面白かったのは後半の時間非可逆性のところなのだが、やっぱりナットクできたわけでもない。第6章に至っては、ちょっとついていけない。ただ、これは僕の知識が足らないせいでもある。以前も書いたけど、可逆と非可逆の話は生命現象とも深く関係している(当たり前だけど、たぶん「当たり前」っていう以上に関係している)。そのうち、もうちょっと思考力がついたらマジメに考えたい。

    でもその辺は、極論するとどうでもいいのだ。本書の一番の価値は、あるスタイルで思いをめぐらせ、議論することそのものの楽しさを見せてくれているところにあるのだと思うのだが、いかがだろうか。

    菊池誠氏の書評へ(SFオンライン)


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  • 宇宙環境利用のサイエンス
    (井口洋夫(いのくち・ひろお) 監修 岡田益吉・朽津耕三・小林俊一 編集 裳華房 2000円)
  • 「宇宙実験」と呼ばれるものが行われていることは、多少ニュースを見る人ならばご存じだろう。では、実際にどんなことが行われているのかご存じだろうか。おそらく、ほとんどの人が知らないのではないか。宇宙実験については、研究者と一般人の間に深くて大きな溝がある。本書は、そのギャップを埋めてくれる(かもしれない)貴重な本である。

    宇宙環境には無重力(微少重力)以外にも、いろいろな特徴がある。高真空、宇宙放射線、特異的な大気組成などだ。
    たとえば、建設が進められている国際宇宙ステーションの軌道(高度約400キロ)は、いわゆる真空の世界である。だがまったく空気がないかというとそうではない。薄くはあるが、まだ大気があるのだ。組成は、実に85%が強い紫外線によって分解された原子状の酸素。これが宇宙空間に暴露された物体にバンバン衝突する。その結果、様々な材料が酸化・浸食を受けてしまう。つまり宇宙に暴露される材料の多くは、何らかの対策を施さなければ長期の使用には耐えないということだ。また潤滑剤などにも劣化を引き起こす。将来の長期滞在を視野に入れ、このような影響を調べるために宇宙環境暴露の影響が研究されている。

    また、微少重力環境では表面張力が大きく働いてくる。「マランゴニ対流」と呼ばれる温度勾配による表面張力の違いに伴って生じる対流現象や、溶融試料がるつぼ全面を濡らしてしまったり、試料が容器の外へ漏れてしまうといった現象が知られている。いままで重力の影に隠れていた力による思わぬ影響が顕在化することがあるのだ。いっぽう半導体製造などにおいては、微少重力によって(地上では生じる)対流の擾乱を取り除き、自己組織化成長による超格子を作るといった可能性が考えられているという。

    また地上では原子といえども重力に引かれて落下しているが、微少重力環境ではその影響を少なくすることができる。そのためボース−アインシュタイン凝縮の観測など基礎物理分野での研究応用や、高エネルギー物理や素粒子物理の進展によって必要とされてきた超高精度な原子時計の開発実験なども期待されているようだ。

    また、生物分野での研究もすすめられている。生命は誕生以来、重力のあるところで生きてきた。ではその重力は、どんな影響を生物にもたらしているのだろうか、という研究である。

    微少重力環境下ではアフリカツメガエルの卵が等割した(ふつうは不等割)という話はやはり面白い。なお高重力をかけるとより動物極側によって卵割したという。ではこいつらはどの後どうなったか。
    普通に考えると、微少重力環境下で卵割したものは脊索や神経をつくる材料が多くなるから頭が大きくなり、高重力環境下で生まれたものはその逆で、頭が小さくなるのではないかと思われる。たしかに、初期胚はそうなる。そして約半数はそのまま大きくなっていく。

    ところが、残りの半数は、正常に発生するのである。最初の異常は調整されてしまうのである。胚が持つ調整能力は非常に強いのだ。たぶんこれは、胚発生のカスケードは単なる一本道ではなく、いくつか予備あるいは保障用の道筋が用意されているということなのだろう。どこかがおかしくても、別の道をたどってちゃんと目的地まで着こうとする、それが発生過程なのではないか、ということだ。

    個体レベルでもいろいろな影響がある。有名な宇宙酔いなどがそれだ。このへんは『宇宙とからだ 無重力への挑戦』(南山堂)を合わせて読むといいだろうが、宇宙飛行士の免疫性の低下の分子レベルでの考察が本書では展開されていて、実に興味深い。Tリンパ球活性化には3つのフェーズがあるのだが、その最後のフェーズでのシグナルタンパクが微少重力下ではうまく発現していないのだという。もうこんなところまで分かっているとは知らなかった。また微少重力下では細胞周期全体が遅れるそうだ。このへんの話も面白い。

    最後に目次を紹介しておく。

    1. 宇宙環境利用 研究序説
    2. 有人宇宙飛行と科学・技術
    3. 微小重力下の物質科学
    4. 微小重力と基礎物理学
    5. 重力と生物学
    6. 高層大気の科学
    7. 宇宙放射線
    8. 生命物質と宇宙環境利用
    9. 短時間の微小重力実験手段

    <宇宙開発関係機関リスト>つき。著者によって原稿の質がバラバラでいかがなものかと思うところもあるし、明らかに一般人向けではないのだが、これだけの内容を一冊に詰め込んだことを評価したい。


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  • 長寿学 老化を防ぐ科学知識
    (藤本大三郎(ふじもと・だいさぶろう) 著 筑摩書房(ちくま新書) 660円)
  • 老化のありよう、老化をめぐる各説、現時点で考えられているメカニズム、活性酸素、そして老化抑制にきくと言われているものの検証、最後は死を迎え入れる心境などについて。ごく普通の本。とくに可もなく不可もなく。まあ、「真面目」な本である。ホルモン療法についても、いかにも科学者らしくなんとも言えないという態度。当たり前だが。

    マウスは実験動物としてよく使われているが、老化研究でも大きな役割を果たしている。「SAM」と呼ばれる一群の老化促進マウス、クロトーという遺伝子が欠損した早老症みたいな症状が出るマウスもある。もっとも、クロトー欠損マウスの老化兆候は普通のハツカネズミが示す老化兆候とは違うようで、まだよく分かってない。

    老化に関与する遺伝子はある計算によると約7000あると言われているそうである。まあ、だから難しいわけだが、いっぽうで線虫などでは一個の遺伝子のオン・オフでいきなり寿命が倍になったりしているのもある。なんだかよくわからん、というのが老化研究の実際のところなのかもしれない。だが、かなり進んできているような気もするのだが。


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  • おもしろ科学モノ情報200選
    (後藤富治(ごとう・とみじ) 村上聡(むらかみ・さとし) 著 日本書籍 1600円)
  • 水割りの入ったグラスに入れるとアルコール濃度を教えてくれるマドラー。水を8分目以上いれると底から一気に抜けてしまう湯飲み。どんぐり銀行。そのほか自然放射線を測るお馴染み「はかるくん」など、科学を楽しむためのいろいろなモノをカタログ的に紹介。本としての体裁はいま一つで、どうも魅力は感じられないのだが、まあこんなもんかな。衛星画像一年分をまとめたビデオが売られているとは知らなかった。でも一本25,000円は高い。

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