98年9月Science Book Review


CONTENTS


  • 磯焼けを海中林へ 岩礁生態系の世界
    (谷口和也(たにぐち・かずや)著 裳華房(ポピュラー・サイエンス)、1600円)
  • 本書を読んで、「磯焼け」についての正しい理解を得ることができた。
    磯焼けは不毛な海底との印象を与えるが、実はそうではない。その究極の海底はサンゴモ平原と呼ばれ、炭酸カルシウム(石灰)を多量に沈着する石のような紅藻(サンゴモ類)が海底面を覆っている。そこには海中林とはまったく異なった固有の生物が数多く棲息していることが最近明らかになってきた。不毛な海底というのは、一見何もなく、また人間にとって有用な生物が少ない生物群集で構成されているためであって、人間の勝手な印象・判断にすぎない。サンゴモ平原は、岩礁生態系のなかでは欠かせない要素であり、じつは人間にとっても重要な役割をはたしているのである。
    つまり「磯焼け」とは「産業的な現象を示す用語として理解すべき」だというわけである。本書は磯焼けとは何か、どうして起こるのか、そして産業的には不毛な磯焼けを海中林に変えるにはどうすれば良いのかを扱った本である。

    サイエンスとして面白かったのはどうして磯焼けが起こるのかといった部分である。磯焼けは海況変動、主に水温の上昇によって起こるらしい。もともと漸深帯では海中林からサンゴモ平原と帯状に変化している。そして磯焼けは海中林とサンゴモ平原が相互に拡大縮小することによって起こり、もともと「岩礁生態系の変動の一過程」として捉えるべきだと著者は語る。

    水温が上昇すると海中林は相対的に減少する。いっぽう、サンゴモ平原は拡大する。すると、ウニなどの植食動物が大量に発生する。ウニは海中林を形成するはずの若芽を食べて、結果として、磯焼けを持続させる。面白いのはここである。なぜそんなことが起こるのか。理由はおどろきだ。サンゴモそのものが、ウニ幼生の着底・変態を促すジブロモメタンという化学物質を放出しているというのである。

    このように、化学生態学的な考え方を持ち込んで磯焼けを説明していく。まだまだ分からないことも多いようだが、面白かった。ただ、書き方にはもうちょっと工夫があっても良かったと思う。もっと取っつきやすくすることもできるし、話をもっと整理することもできたはずだ。

    なお著者は、ウニの駆除によって海中林を造成することに成功しており、「森が消えれば海も死ぬ」、つまり森林伐採による鉄分不足が磯焼けを招く、という考え方には反論している。もっとも、陸上森林の重要性は「海陸一体」として認めて、であるが。


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  • 生殖革命
    (石原理(いしはら・おさむ)著 筑摩書房(ちくま新書)、660円)
  • センセーショナルを気取る帯は勘弁して欲しい。
    著者は不妊症治療の専門医。前半で妊娠のサイエンスや現在の生殖技術を、後半で新たな生殖技術が起こす社会的な波紋を考察し、一般の認知の低さを嘆く。最後は生殖技術の未来や、今後日本人がどのような倫理的基盤をもつべきか、論が展開する。

    前半の説明は、あまり知らない人には分かりにくいのではないか。もっと図表を入れてまとめるとかすれば、ずっと分かりやすくなったはずだ。これは著者はもちろん、編集者の責任でもあろう。

    生殖技術そのものについての僕個人の考えは何度も当ホームページ上で書いてきたので、あまり繰り返さない。書き出すときりがないからでもある。一言で言えば、産みたいけど産めない人々の権利を重視すべきだ、ということである。技術は、そしてそれ以上に「医療」は、基本的には人間の幸福のためにあるはずだ。

    本書にもあるように、10%の夫婦が不妊症に悩んでいる。子供が欲しいという気持ちに、理屈は関係ない。だから悩むのである。そのために生殖技術は開発されてきた。IVF(体外受精)が始まって20年。だが未だに世間の認知度は低く、誤解も多く、情報も流通していない。著者は「客観的な情報」──具体的には、はっきりした治療統計──をきっちり公開すべきだと主張している。

    現在、IVFの妊娠率は20-40%だという。ヒトの生殖に関してある程度解明されているのは、実際に顕微鏡下で確認できる受精しかないからだ。それ以外の過程については、まだまだ不明な点が多い。だが卵の細胞質の移植が試みられ、性腺刺激ホルモンが合成される昨今、将来は明るいのではないかと著者は言う。

    生殖技術はこれからも議論を呼ぶだろう。その議論は、少しでも前向きな、価値あるものであって欲しい。そして、技術を施される人間のことを忘れないように…。


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  • タンパク質の反乱 病気の陰にタンパク質の異常あり!
    (石浦章一(いしうら・しょういち)著 講談社(ブルーバックス)、820円)
  • 表題から予想されるよりもずっと面白い。タンパク質の分解を意味する「プロテオリシス」をキーワードに、タンパク質生化学の研究の前線を紹介。タンパクはどう作られ、どう機能を発現するのか。そしてどのように分解されていくのか。一筋縄ではいかない世界を研究現場の視点から描いてくれる。

    筋ジストロフィーはもちろん、プリオンやアルツハイマーについても扱われている。最後はタンパク質の寿命の改変といった、思わず驚きの話まで扱われる。ちょっととっつきにくいかもしれないが、引用したいトピックスも多く、面白いので一読をオススメする。ほほう、と思わされることうけあい。
    うーん、バカみたいな感想文ですいません。


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  • コラーゲンの秘密に迫る 食品・化粧品からバイオマテリアルまで
    (藤本大三郎(ふじもと・だいさぶろう)著 裳華房(ポピュラー・サイエンス)、1500円)
  • コラーゲンの利用は「飲む、塗る、埋め込む」らしい。うまいこという。
    さて、本書についてだ。面白いかどうかなんてことは、きっとこのシリーズに問うてはいけないのだ。情報、どんな情報が盛り込まれているかを重視すべきなんだね、きっと。思わずそう思ってしまったのでした(笑)。一冊丸ごとが一種のパンフレットみたいなものなのだ、そう思ったほうがいい。

    で、肝心の内容は、コラーゲンの基礎から始まって、飲む=食品としての利用、塗る=化粧品としての利用、埋め込む=バイオマテリアルとしての利用の3つが解説される。

    CMでやたらと耳にするコラーゲンとはなんぞや、一体何がどうなって体に良いのかな、と思っている人は買って下さい。必ずしも面白くはありませんが、あなたの疑問にはそこそこ答えてくれます。そのことは保証します。例えば、酸素透過型のコンタクトレンズはコラーゲンでできています。食べてもそのまま体に効くわけではないのですが、なぜか体に良い作用をもたらすことは確かなようです。バイオマテリアルとしての利用には、大きな期待がかけられています。コラーゲンそのものを化学的に修飾して使用することも研究されています。こういうことは分かります。

    でもね、パンフレットならパンフレットらしく、もうちょっと工夫すれば、たとえば表でまとめるとかすれば、ずっと分かりやすくなると思うんだけどなあ。残念。


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  • 水族館のはなし
    (堀由紀子(ほり・ゆきこ)著 岩波書店(岩波新書)、660円)
  • 何が書きたいのかさっぱり分からない本だったなあ。なんとか通読したけど…。話が散漫で、まるで焦点が絞られていないのである。水族館の歴史が書きたいのか、現在が書きたいのか、未来が書きたいのかさっぱり分からない。編集者は本当にこれでOKだと思ったのだろうか。不思議だ。ちゃんとした編集者が手を入れれば、元はこれでもよめるものになったと思うのだが、今のこれが、なぜ岩波新書から出たのか不思議でしょうがない。

    それでも、そこそこは売れちゃうんだろうな。こんな本出していいのか>岩波。


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  • いのちの遺伝子 北海道大学遺伝子治療2000日
    (中部博(なかべ・ひろし)著 集英社、1500円)
  • 読まなくちゃ、と思っていた本を、ようやく読んだ。この本は、もっと広く読まれるべき本だ。

    というわけで、都合により取りあえずここまで。あとで加筆しますが、必読の一冊であると断言します。「科学書」ではありませんが。
    なお念のため申し上げておくと、日本初の遺伝子治療を行った人々の物語です。帯にあるとおり、ヒューマン・ドキュメントです。

     →『技術と経済』誌に掲載された書評原稿へ


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  • 生命倫理学講義 医学・医療に何が問われているか
    (斎藤隆雄監修 神山有史編集 日本評論社、2500円)
  • 徳島大学医学部での講義をまとめたもの。著者というか講演者に関しては、目次を引き写すことにしよう。

    1. 社会的存在としての人間から医療行為を見る 高瀬昭治
    2. 医療過誤と患者の権利 加藤良夫
    3. インフォームド・コンセント 金川琢雄
    4. 臓器移植とヒト革命 栗屋剛
    5. 遺伝子改変動物と生態系 杉村和久
    6. 産まない権利と産む権利 服部篤美
    7. 臨床試験はどうあるべきか 光石忠敬
    8. 医学と戦争 常石敬一
    9. 在宅医療 佐藤智
    10. 死と医療 波平恵美子

    当然ながら僕の考え方とは違うものもあったが、どれも結構それなりのものだった。講義そのものは医学・医療に携わる人に向けて行われたものだが、「倫理」問題に部外者はいないし、一般人にとっても興味深いものだ。個人的に特に興味深かったのは在宅医療。
    これまた都合により取りあえずここまで。


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  • 哺乳類型爬虫類 ヒトの知られざる祖先
    (金子隆一著 朝日新聞社、1500円)
  • 哺乳類型爬虫類を扱った本は非常に少なく、扱われていてもほんのちょっとだったりする。だから本書の刊行は非常に嬉しい。最新情報を交えて一種一種について詳細に解説されているし、索引もついているし、資料としても重宝しそうだ。

    だが、本書の構成には疑問を抱かざるを得ない。哺乳類型爬虫類はあまり知られていないのは、著者も本書の中で嘆いている通りだ。となると、まずはイメージを伝えることが重要だろう。
    ところが本書は、哺乳類型爬虫類がどういうものか知らない人には、たぶん読めない。当時の地球環境も含めて、哺乳類型爬虫類がどういうものか、もっとざっくりと解説し、その後で「辞典編」みたいな形にしてまとめていった方がよかったのではないか。でないと、いつまでたってもマニアや学者だけの知識に留まってしまう。

    哺乳類型爬虫類とは、ペルム紀後半から三畳紀の前半、恐竜が現れる前に栄えた生き物である。我々哺乳類の直径の祖先だ。恐竜が現れる前に、哺乳類(の祖先)は優勢な種であったのだ。ところが地球環境変動のため、哺乳類型爬虫類は絶滅、いわゆる恐竜時代が到来した。そこから進化した哺乳類だけが生き残り、長い間、恐竜の足下でちょろちょろしていたのは周知の通りである。

    哺乳類型爬虫類、あるいは哺乳類様爬虫類と言われるが、「哺乳類型」なのは、外見ではなく代謝機能のほうである(もちろん骨格は他の爬虫類とは違う)。少々昔は、がに股の中腰のような格好をした、どこか冴えない爬虫類のような外見で復元されていた。
    ところが最近、その復元がずいぶん変わってきた。がに股、中腰は変わらないのだが、化石を詳細に調べることにより、毛を生やしていたのではないかとか、授乳をしたのではないかとか、言われるようになってきたのである。そうなるとずいぶんイメージも変わってくる。

    体毛、授乳、子育て、そして能動的な恒温性など、哺乳類の哺乳類たる特徴は、いつごろどのようにして産まれたのか。これは大きな謎だし、興味の的である。これを解き明かすカギは、祖先である哺乳類型爬虫類にあることは言うまでもない。というわけで、哺乳類型爬虫類好きの僕としては、本書はそういう興味関心の下、読んで頂きたいと思うのである。

    なおこのジャンルで個人的に僕がおすすめする本は、『恐竜 地球環境からみた恐竜の進化と絶滅(河出書房新社)』である。この本、「恐竜」とタイトルについているが、哺乳類型爬虫類にもしっかりと触れられている。本書と違って骨学的な記載はあまりなく、情報もちょっと古いのだが、地球環境変動からみた哺乳類や恐竜の進化の物語を、生態系をも描き込んだ豊富なイラストとともに解説してくれている本だ。まだ手にはいると思うのだが…。

    そうそう、それで一つ思い出した。本書をはじめとした古生物の本を企画する人々に提案、というか要望がある。イラストを入れるのは大いに結構だ。だが、そのイラストに、古生物だけをポンと描くのはやめた方がいい。大きささえなんだかさっぱり分からないし、生物は環境と一体だ。当時の植生なども描き込んで、初めて古生物のイラストと言えると思うのだが、いかがか。

    もっとも「言うは易く行うは難し」は僕も承知している。僕も一度、哺乳類型爬虫類を紹介する番組を作ったことがあるのだが、イラストを発注するとき苦労したこと苦労したこと…。


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  • 町工場・スーパーなものづくり
    (小関智弘(こせき・ともひろ)著 筑摩書房(ちくまプリマーブックス)、1100円)
  • 「町工場」は「まちこうば」と読む。「絞り」など、町工場の職人たちの技術が今の先端技術を支えていることは、多くのTVドキュメンタリーなどで周知のとおり。本書はそれら職人の技と心を紹介する本の一冊だが、独自の大きな特徴は、著者自身が旋盤工であるということだ。

    著者は「消費は見えても、生産が見えない社会は子どもたちにとって不幸な社会である」と語る。「ものを作る技というものは、言葉や文字だけでは伝えられない。どうしても手や体をとおして、実際に体験しないと伝わらない」。

    百万分の1ミリを削る職人の技には確かに驚く。だがそれだけで終わってしまってはあまりに寂しい。技術・技能には歴史がある。町工場を見ることは、歴史を覗くことだ。


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  • フォン・ノイマンの生涯
    (ノーマン・マクレイ(Norman Macrae)著 渡辺正・芦田みどり訳 朝日新聞社(朝日選書)、1900円 原題:John von Neumann, 1992)
  • フォン・ノイマンの伝記。
    正直言って、つまらなかった。本来もっと面白いはずなのに、なぜこんなにつまらないのか、不思議に思いながら読んでいた。著者がどこか言い訳がましく、だが手放しでノイマンを礼賛、いや崇拝しているところが気になったのかもしれないし、どこか一般読者を忘れているかのような書き方が気になったのかもしれない。理由は分からないが、つまらなかった。

    というわけで、僕はこの本をすすめない。フォン・ノイマンの伝記ならば、他にももっと面白い本があるのではなかろうか。僕には、本書の妙に馴れ馴れしくベタベタした筆致はなじまなかった。

    ついでに。伝記の本にはとにかく年表をつけて欲しい。それも、出来事の下にページ数が付けられているような索引年表が欲しい。でないと、資料としても役に立たない。


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  • 99匹の跳ぶ、這う、かじる仲間 昆虫たちの変わった履歴書
    (メイ・R・ベーレンバウム(May R. Berenbaum)著 長野敬・赤松眞紀訳 青土社、2400円 原題:Ninety-nine Gnats, Nits, and Nibblers, 1989)
  • 元々はTV番組の放送台本。一つ一つは、駄洒落というか言葉遊びが炸裂した、枕とオチのある3ページくらいの小エッセイだ。それを99集めたもの。こういうのって、意外と大変だと思うよ、本当に。著者がとにかく博識じゃないと、まず書けない。昆虫──というより無脊椎動物の研究者全般に言えることだけど、彼らには研究対象を「愛して」いる人が多いから、こういう本がちょいちょい出てくるのだろう。

    例によって、いくつか紹介しよう。
    ケラチンを代謝できるカツオブシムシ、ニコチン中毒にならないスズメガ、グリセロールを蓄積して氷漬けに耐えるアワノメイガ、変装するカゲロウの幼虫、クチクラの水分量を変えて色を変えるカメノコノハムシ、ペクチナーゼを分泌し、木をだまして未熟な果実を落果させるゾウムシ、人間の手ほどの温度で死んでしまうコオロギモドキ、気温によって鳴き声の回数の変わるカンタン、高温、高塩分に適応したミギワバエ、そしてヒトの体に住み着く虫ども。「人間の体はまさに動物園なのだ」。

    文章もウィットに富んでおり、一つ一つは本当に短いので、気分転換や気晴らしには最適。なお同じ著者による本としては、他に『昆虫大全』などがある。


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  • 遺伝子がつくりだす世界 不思議な生命の糸
    (スーザン・オルドリッジ(Susan Aldridge)著 木村定訳 青土社、2400円 原題:The Thread of Life : the story of genes and genetic engineering, 1996)
  • ちょっと、もの足りない本だったなあ。要するにこの本は入門書だ。遺伝子にまつわる話を広く薄く(とはいっても普通の範囲は十分押さえている)扱った一冊。決して悪い本ではなく、どちらかというと良い本の部類に入る。普通に面白い、とでもいえば良いのだろうか。でもそれ以上ではない。

    青土社の本は、外見だけだとどれも難く見える。でも中には柔らかい、とっつきやすい本もある。この本もその仲間だ。訳文もなんだか難いけど、この本なら、例えば「です・ます」で訳しても良かったのではないか。科学を広めるにはそういう努力も必要だ。
    どうも訳者や発行者の側に妙な思いこみがあるような気がする。


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  • 食品汚染がヒトを襲う O157からスーパーサルモネラまで
    (ニコルズ・フォックス(Nicols Fox)著 高橋健次訳 草思社、1900円 原題:Spoiled, 1997)
  • この本の書評は、ComTrackBOOKSに掲載されました。以下。

    現代は「前例のないほどの食品安全の時代」である。だが店頭に並べられた食物はすべて安全だと思いこんでいることにこそ、相次ぐ食中毒や食品汚染被害の原因があるのではないかと著者は指摘する。

    本書はO-157やサルモネラなど、米国での食中毒事件を中心としたドキュメント。読後、何も食べられないのではないかと思われるほど、危険に満ち満ちた食卓状況を暴き出していく。その過程は、読み止められないほど面白い。

    もちろん「食」は我々自身の体をめぐる問題であり、「面白い」ではすまないことは言うまでもない。本書は、我々を取り巻く食品と、我々自身の関係の変化を巡る、優れた文明論でもある。単なるヒステリックな食品危険の本だと思うと損をする。 読むべし。


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  • 数の悪魔 算数・数学が楽しくなる12夜
    (ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガー(Hans Magnus Enzensberger)著 丘沢静也訳 晶文社、2982円 原題:Der Zahlenteufel, 1997)
  • この本の書評は、『SPA!』に掲載されました。少しだけ書き直して掲載。

    数学なんて大嫌い! 世の中、そんな人がやっぱり多い。ま、普通そうだよね。学校の授業はつまらないしさ。小学校の時は好きでも、だんだん嫌いになっていく、それが数学だ。

    本書は、数がサーカスを見せる12夜。1、0、素数、累乗、無限、数列などの不思議を見せてくれる一冊だ。ここには2次方程式の類は全く登場しない。なにせ「10才以上向け」なのだから当たり前だ。計算もない。だが、これほど鮮やかに数の世界を披露してくれる本はあまりない。こういう授業をしてくれる先生に出会った人もあまりいないだろう。なにせ教室は夢の中で、先生は数の悪魔、チョークは魔法のステッキなのだから。

    つまらない授業のせいで「算数」って聞くだけでじんましんが出る少年・ロバート。ある夜、彼の夢の中に小柄な年輩の紳士が現れた。「数の悪魔だ!」と名乗る、怒りっぽくもユーモラスな彼に誘われるまま、ロバートは数の不思議の世界へと徐々に踏み込んでいく…。いわば「数学版・ソフィーの世界」的な本である。

    算数、数学というと計算のことだと思うかもしれない。本書ではのっけかから計算を否定してしまう。「計算するんだったら計算機があるじゃないか」というわけだ。そして図解を多用し、まさに目からうろこが落ちるような鮮やかさで、難解な概念を解説していく。あまりの見事さに、いかに数学が「きちんとしている」かが、つくづく身に染みて分かってくる。逆にこのせいで「脳が筋肉痛に」なったり、居心地が悪くなったりする人もいるわけだが、ここにあるのは、まさに神秘なき神秘である。不思議のない、誤魔化しようのないルールから産まれてくる不思議なのだ。これが数学の世界の魅力である。

    例えば、1,1,2,3,5,8…と続く、フィボナッチ数と呼ばれるものがある。前の数字2つを足して次の数を出す、というだけのものだ。ところがこれ、実に不思議な数なのだ。近所の木の中には、この数字のとおりに枝分かれしているものがあるはずだ。また、隣り合う項の比を取ると、黄金比と呼ばれる不思議な数になる。この数字は、貝の模様など自然のあちこちに登場し、昔から美を表現する数として珍重されてきた。

    頭の中だけで考え出した数学が、なぜか自然の中に見いだされるのだ。数は、単にミカンやリンゴを数えるためのものではない。自然は数で表現されている。不思議である。

    数の世界をもう一度勉強したい人、子供から何か聞かれたときに、ちょっといいところを見せたい人、そんな人たちにおすすめする。経理の表や、給料明細ばっかりじゃなく、たまには気軽に数の世界に遊んでみてはいかが?

    こんな一節があった。

    「数学というのは、まさに、はてしない物語なのさ。考えれば考えるほど、つぎからつぎへと新しい発見がある」。

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  • ケンブリッジ・クインテット
    (ジョン・L・キャスティ(John L. Casti)著 藤原正彦・美子訳 新潮社、1900円 原題:The Cambridge Quintet, 1998)
  • 「機械は考えられるか?」というテーマを小説スタイルで論ずる。登場人物はスノウ、ヴィトゲンシュタイン、ホールデイン、シュレディンガー、チューリング。彼らがディナーテーブルを囲んで機械の可能性、思考とは何かについて議論する。
    『マインズ・アイ』みたいな感じ、といえばお分かり頂けるかな? あれよりももっと、というか小説パートしかないわけだが。なお設定はもちろん、小説スタイルのため色々と操作されている。この本をベースにして、1999/2/13日、NHK教育『未来潮流』でも<仮想討論・コンピュータは思考できるか>として放映された。

    内容は、この手のものの定石を踏んでいる。中国語の部屋(本書では絵文字部屋と呼称されている) そして言語と思考。
    そして、やはり結論はぼかされている。それどころかやや脱線気味。これには不満が残る。著者自身のキャスティは人工知能は実現できる、という立場である。その辺をもっと書き込んだほうが良かったのではないか。

    だがこの主の問題を気楽に読めるスタイルで表現したことは評価できる。気晴らしになった。
    また、巻末の<その後>はブックガイドにもなっている。それぞれの本の日本語版がどこから出版されているかちゃんと調べた訳者と編集者は偉い!

    知性はルールに従うシンボル処理なのか否か。キャスティはYesの立場であるらしい。要するに昔ながらのAIの考え方だが、いまの人々も、基本的には同じ立場で研究開発を行っている。だが、まだAIは出てこない。

    以下余談。ヴィトゲンシュタインが頭が悪いように描かれているのが不満だと黒崎政男氏は先にあげた番組で言っていた。どうなんでしょ>哲学の人。


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