遺伝子によって伝えられている、個体個体が持っている「本来の」性格や行動が、動物の中には存在する。いわゆる本能行動なども、その中に含まれる。その学習は、いったいどこで行われているのか。記憶は、繰り返し繰り返し行動を行うことで「焼き付け」られる。その「焼き付け」が行われるのが夢なのだ、と著者は言うのである。夢見ている間に、生来持っている性格や行動パターンが焼き付けられるのだ、と。
著者によれば、夢は「プログラマー」である。訳者は言う、「ひとは夢をみるのではなくて、夢にみられているのである」、と。
著者は本書を読む限り、まっとうな研究者のようだ。動物を使った臨床実験を通じて、上記の説に至るまでの道のりが語られている。極めて面白い。なるほど、そういう考え方もあるかもしれないな、と思わされる。これまで刊行された睡眠の本は内容が結構かたよっていたんだな、と思う。それだけに著者の説は凄く新鮮で、面白い。エキサイティングである。
もちろん、普通の睡眠研究に関する知識は十分得られる。夢がそもそも存在することそのものが、如何におかしなことなのか、感じさせてくれる。そもそも、(薬などで抑えて)夢を見なくても身体には何の影響もないのだという。
本書は著者の講演などを繋ぎあわせたもので、文章も内容もお世辞にも分かりやすいとは言えない。はっきりいって難解だ。実際、本書の説明よりも図解を見た方が分かりやすいくらい。せめて索引と用語解説一覧くらいつけて欲しかった。
が、そういう欠点はあるものの、十分に面白い本であった。最後に、著者はこう締め括っている。
このような脳が進化の結果できあがったのはなぜでしょう、さっぱり理由がわかりません。われわれの知っていることをもとにして言えば、「どのように夢が発生するのですか」という質問に答えるのが精一杯で、「なぜ、なんのために夢をみるのでしょう」という質問に答えるどころではないのです。
おそらく、自分自身の症状が「病気」であると認識していない人も大勢いるのだろう。日本では精神科にはいきにくいし。これまで、この手の病気はカウンセリングなどで治療が試みられていたそうだが、生まれつきレセプターの感度が鈍かったり鋭かったりするのは、カウンセリングでは治しようがない。
本書では、ノルアドレナリン、セロトニン、GABA、炭酸ガス、乳酸、カフェイン、コレチストキニン、女性ホルモンなどが原因物質として挙げられている。コーヒーを飲んで不安感が巻き上がる人もいるということらしい。まさに人それぞれだ。
読んでいて気になったことがある。本書では、様々なパニック障害と薬物との関連の実験がいくつも示されている。書き方の問題だと思いたいのだが、なんだか、患者がモルモットみたいで、気になった。どうも「お医者さん」の書く本にはそういうものが多いように思う。彼らの無意識の現れみたいで、気持ち悪い。
免疫力が、実際に精神状態の影響を受けることはよく知られるようになった。それと同じ事が、歯にも言える、というわけだ。しゃかりきに「歯を磨かなくては!」と思うより、気を楽に持っていたほうが歯に良いこともある、というのが著者の主張である。歯も生きている、というわけだ。実際、歯から送られるホルモンもあれば、歯へ送られてくるホルモンもあるという。
まあ、そういうことも多分あるだろうなあ、と思う。私自身、あまり熱心に歯を磨くほうではないが、歯は至って丈夫である、というのがそう思ってしまう理由の一つだとは思うが。歯は磨いた方がいい、だが、何のために磨くのか、ということを忘れると本末転倒である。
著者は、これまでの歯科を、全否定こそはしないが痛烈な批判を加えている。そして「人間歯科学」を提唱する。要するに、個別の原因ばかり見るのではなく、患者を診よ、と。そういうことだ。
この著者の(現在の)本業は、古代の遺伝子を取り出して解析することなのである。そして、生物進化の謎──例えば生物の形態について──を実験的に解こう、というのが著者の試み。コハク中のハエ化石から、ホメオボックスを取り出した人物と言えば新聞記事を覚えている人もいるだろう。
本書はその著者による、大学でいえば教養部の講義録のような本である。内容は平易で、短い章立てで多彩な話題が展開されている。恐竜の遺伝子、4000万年前のバクテリア、クローン羊、マンモスの復活、朱鷺、モア、縄文人と弥生人と、とにかく分子古生物学・古代DNA学の枠の中に括られる話を、全部つめこんだような本。
それらの話題を展開しつつ、無理のない文脈で生物学の成果を解説している。読んでいて飽きない構成であるのは確かだ。授業案としても使えるのではなかろうか。
上記以外にも本書には印象的な話が折り込まれている。例えばハワイの話である。ハワイは「絶滅の島」なのだという。ハワイの固有種は、どんどん絶滅に瀕していきつつあるのだそうだ。原因はやはり人間にある。いまさら、持ち込んだものを追い出すわけにもいかない。いかに共生していくか、これが今後のポイントになる。
著者は、研究者のことを、「どうして病」にかかった人々、と呼んでいる。そうあって欲しいものだ、全ての研究者は。そんなことを、ふと思った。
84年、マーシャルという医師が自分自身の身体で実験して、この細菌が胃潰瘍の原因の一つであることを確かめた。こいつらが、粘液細胞の粘液顆粒を溶解・摂取すると、粘液細胞は死んでしまうのだ。粘液細胞は粘液を出して胃酸から胃壁を守っている。それがなくなるとどうなるか。胃潰瘍になる。
もちろん、ピロリ菌だけが原因、というわけではないが(本書でもピロリ菌以外の原因によると思われる潰瘍についても触れられている)、大きな原因の一つであることは確かだ。しかもこちは、胃ガンの発生に関与している可能性も高いという。駆除するにこしたことはない。が、こいつらは抗生物質に対して抵抗力を持ちやすい。やっかいな連中だ。
一方、ピロリ菌の生態を通じて、我々の身体の不思議を学ぶこともできる。精妙な仕組みのプロトンポンプと、HClの製産。腸の中に胃の細胞が現れる胃上皮化生、その逆に胃の中に腸の細胞が現れる腸上皮化生。身体はもともと無理をしているのだろうか?特殊環境としての消化器官の摩訶不思議さ。そしてその環境を利用して住み着く細菌。
このピロリ菌、経済先進国では一般に感染率が低いのだが、日本はどういうわけかずば抜けて高い。著者は戦後の混乱期がその一因としているが、それだけではないような気もするのだが…。何が原因なのだろうか?
本書は、単段式宇宙往還機・SSTOの開発ストーリーである。ただし、技術面についての記述はほとんどない。紙幅の大半は、NASAの官僚組織やロビイストがSSTO開発計画に対して如何に反対したか、対して賛成派が如何に闘ったか、そして、SSTOが如何に「実用的」──技術的に可能であり、民間で製造でき、利益を上げることができる──宇宙船であるかについて、割かれている。つまりこの本は、我々が宇宙へ進出していないのは「政府まかせ」にしていたせいであり、行きたければ自分たちで行く方法を考えなければならない、と熱っぽく説いた本である。
著者スタインは、官僚化したNASAを真っ向から批判する。スタインに言わせれば、スペースシャトルは官僚組織を維持する為だけに存在する巨大プロジェクトであり、今すぐ廃棄してしまうべきものである。そして宇宙を、「政府」から「起業家」の手に取り戻すべきだ、と主張する。宇宙は全ての人に開放されたフロンティアであり、そこへ出ていくことは民間レベルで十分できる、という。技術的な障壁は何もない。あるのは官僚組織の障壁だけだ。企業でやれることを政府がやる必要はない。つまり宇宙の民活計画である。そして宇宙進出の為のベストな手段が、安価で安全な再使用型SSTOなのである。
本書によれば、SSTOを作るには何の技術的問題もないし、コストはこれまでの使い捨て型宇宙船の100分の1である。例えば冒頭に挙げた実験機DC-Xは、既存の戦闘機や旅客機の機材を改修して「ありもの」の流用で製造された。飛行管制センターは、商業用パソコンと3人のオペレーターを積んだ18輪トレーラーだった。最高の部品を使う必要はない、使えればそれでよし。可能な限り単純であれ。SSTOは、その精神を具現化したロケットなのだ。
スタインの文章スタイルと主張は、SFファンなら誰でもピンと来るだろう。「お前は宇宙に行きたいか?そうか、じゃあ政府をあてにするな。やりたければ自分たちでやることだ。宇宙はお前を待っている、あそこにはフロンティアがある。新しい市場がある。成功したければ宇宙へ行くことだ」
そう、ハインラインである。この本は、ハインライン的チャレンジ精神、独立独歩の精神に満ち溢れている。やれるんだからやろうじゃないか、だから邪魔をするな、投資してくれ、うまくやろうぜ、そうすれば宇宙に行って、なおかつ儲けることができるぞ、というのが本書の主張なのだ。
事業としてうまくいかなければ先は続かない。スタインは、商売としても十分やっていけると計算している。うまく行けば100分の1のコストで衛星が打ち上げられるようになるのだから当然だ。この方式でうまくいくのかどうか、それは分からない。だが、やりたくなってくる。宇宙を、遠い世界からぐっと近くへ、引き寄せることが可能なのかもしれない、そんな気にさせてくれる。宇宙は、マニアや一握りの技術者達のものではないのだ。もっとずっと、我々に近いものなのかもしれない。そう思わせてくれる。
日本でもSSTOを考えている人々がいる。日本ロケット協会は「観光丸」と呼ばれる50人乗りのSSTOを提案している。その名の通り、観光用の宇宙船である。宇宙ビジネスの要の一つ、宇宙旅行用の宇宙船なのだ。普通の人が宇宙へ行ける時代を作り出すことはできるのかもしれない。「宇宙観光がビジネスになる日」、宇宙が私たちのものになる時代は、近いのかもしれない。そんなことを、久々に感じさせてくれた本だった。
余談だが聞くところによると、無重量状態で排便するのは(特に「大」は)、大変らしい。その「大変さ」を普通の人も体験できるようになるかもしれない。また、「スリー・ドルフィン・クラブ」──宇宙で性行為をしたことのある者──は、現時点で数名いるという。「これは、多くの人が宇宙に行きたがる大きな動機」の一つになる、と茶目っ気たっぷりに著者は語る。しかし、宇宙観光のターゲットの目玉が新婚夫婦であるのならば、これは資本家を説得する材料の一つになるのかもしれない。
今では大抵の人が聞いたことがあるだろう太陽電波の発見も、偶然のたまものだった。その成果は、第二次大戦終了後、電波天文学として花開いた。偶然が生んだ大発見だったが、発見者はもちろんそんなことを考えて観測をしていたわけではなかった。
本書には、このような電波天文学・宇宙物理学上の偶然の発見の数々が収められている。ただ、偶然とは言っても、それは純粋な意味での偶然ではない。鋭い観察力と、これまで関連づけられていなかったことを結びつけるだけの知識量と優れた洞察力によって発見されているのである。
しかし、本当にうまい時にうまい人がいないと発見されないものなのだな。例えば、木星からの電波が発見された時の話。発見者のバーナード・バークが、1日前にチャンドラセカールに木星から電波が放射されることがありうるだろうか?と聞いた。あのチャンドラセカールは「No, no. Absolutely not」と答えたそうだ。ほんと、今更だが、誰でも間違いをしでかしてしまうものである。
太陽のニュートリノ生成数が予測値の3分の1しか観測されない、いわゆる太陽ニュートリノ問題をはじめとして、この世界にはまだまだ謎がある。その解答は、意外と簡単なところにあるのかもしれない。
本書に収められている話題は上記に挙げた他に、太陽風や過去の超新星爆発、マウンダー極小期と氷河期、地磁気など、バラエティーに富んでいて、結構面白い。
金属についての総論から始まり、基本性質からそれぞれの金属個別の性質と利用、アモルファスや超伝導体、制振合金など先端的な話、産業利用、生体での金属の話など。ざっとした知識を仕入れるのには良いのだが、いかんせん面白くはない。
それはさておき。
金属は、様々なところで使われている。例えば、抗菌靴下には銅が微量含まれている。これは、微量で殺菌作用を持つ銅の性質を利用したものである。
最近のアモルファスから生まれた新材料に、「ナノ結晶」と呼ばれるものがあるそうだ。アモルファスを徐々に加熱すると、ナノレベルの結晶が析出する。これは、アモルファスと結晶の中間的な性質を持っているんだそうな。優れた軟磁性の材料であり、しかも、合金にすると強度を増す。現在実用化に向けて開発中とのこと。
私は寡聞にして知らないのだが、「香りのする金属」っていうのがあるんだって?これは、粉末冶金で作るそうだ。焼結させるときに、粉末の隙間に香料を一緒に封じ込めて作るそうだ。一度見てみたいな、どんなものなんだろう。
ステンレスで出来ている注射針の先端には、シリコンが焼き付けてあるそうだ。肉との滑りを良くして痛みを軽減する工夫なのだが、刺すのが下手だとどうしようもないんだよね(いるじゃない、下手な看護婦が)。
具体的じゃないのだ、内容が。工学から見るんだから、一つ一つ具体的な話をして欲しい、と思う。
本書の後半3分の1は、藻類の話に割かれている。これは著者らの専門らしいのだが(それだけに面白いかと思って期待した)、ここも面白くない。また、本書には一般の読者の誤解を招くような表現がある。例えば、原生生物の持つ鞭毛と、バクテリアのべん毛を全く同列で論じている。こういうことをすると、一般の人は両者は同じようなものなのか、と思ってしまうしまうじゃないか。だめだ、だめだ、だめだ。
あちこちに、「面白さの目」はある。しかし、それを全く生かしていない。この手の自然科学ものは、具体的な話の中にこそ面白さがあるのに、全体的な話をされても困るのだ。一般の読者が何を面白がるのか分かっていない。一般科学書の書き方が分かっていない。こういうところは、編集者が注文をつける所だと思うのだが。私なら書き直しを依頼する。
このように、呆れるくらい、わけが分からないくらいの内容が詰め込まれている。それぞれ違う著者が書いており、文体も違う。一般読者を対象にして書いてある人もいれば、そうでない人もいる。だから内容はあんまり良いとは言えないのだが、どんな人が何を研究しているのかは分かる。
「ノーベル賞科学者ブライアン・ジョセフソン」の、心霊現象にまつわる論文、音楽のクオリアに関する論文、プラトン的世界観(っていうのかな、いわゆる実在論的な)論文を集めたもの。ジョセフソンはもちろん、73年にトンネル効果(ジョセフソン効果)に関する研究でノーベル賞を受賞した、あのジョセフソン。最近彼は「超」な科学にはまっているらしい。
なんか、これを読むとジョセフソンが「困った人」に思えて来るなあ、やっぱり。確かに、心霊現象や超自然現象と呼ばれているものを頭ごなしに否定する連中は、僕もおかしいと思うけど。
ジョセフソンの論文そのものより、前後にある訳者二人の解説を読んだ方が、この本が何をいわんとしているのかは分かる。というより、その解説を書きたいが為に編纂した論文集、という印象がやっぱりあるな。
この本に関しては、訳者の茂木氏からメールを頂いている。この本は要するに、ジョセフソンが最近何を考えているか、その為の本である、とのこと。一種の資料としての刊行、ということだろう。