NetScience Interview Mail
2000/11/30 Vol.123
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【隅藏康一(すみくら・こういち)@東京大学 先端科学技術研究センター 知的財産権大部門・科学技術財産法分野】

 研究:知的財産政策・知的財産法
 著書:蛋白質核酸酵素・9月増刊号『再生医学と生命科学---生殖工学・幹細胞工学・組織工学』(共著、発行:共立出版)
    『ゲノム創薬の新潮流』(共著、発行:シーエムシー)

ホームページ: http://www.bio.rcast.u-tokyo.ac.jp/~sumikura/

○知的財産政策・知的財産法の研究者、隅藏康一さんのお話をお届けします。
テーマは「科学技術と特許」。
ゲノム・プロジェクトやバイオ産業の進展とともに、いま科学領域内外から注目を浴びているジャンルです。(編集部)



前号から続く (第4回)

[11: 「特許の2000年問題」]

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■さて、これで物質特許の話はいいとして。
 途上国のなかで、つまりそんなに産業が発達していない国の中で開発が行われる場合は、たとえば遺伝子には特許を与えないというシステムのもとで開発を行うこともできるわけです。そういうふうにしておけば、少なくともその国のなかでは開発を行えるというわけです。もっとも、多くの途上国の場合は問題はその前のレベルで、国内で開発を行うこともできず、外国から薬を買わざるを得ない、という国が多いわけです。

○ええ。

■そうなるとアメリカの市場の中で生み出された薬の特許のライセンスを受けなければいけなくなる。するとアメリカの市場の中で既に値が高くなったものを購入しないといけなくなる。そういう問題については、各国の特許制度を変えておいたからといって解決される問題ではないわけです。
 それが本当に必要な薬である場合には、国際的になんらかの援助をするとかしないといけないと思いますね。

○はい。

■国際的な制度の調和については、いま、WTOの協定(TRIPS協定)がどの国にも適応されるようになりましてね。特許の2000年問題と言われているんですけど。各国制度や事情が違うとはいっても、最低限の保護のラインは一緒にしましょうという話なんです。

○なるほど。

■途上国の場合は95年から何年間か猶予されていたんですが、今年から全部の国でですね、最低限の水準を守らなくちゃいけないと。そうしないと、途上国が先進国から訴えられることもある、というわけです。今後そのような実例も出てくるでしょう。

○ふ〜ん…。

■そういう国際的な事情もあるんです。
 私は、最低限の水準は国際的な貿易もありますから必要だと思いますが、──うん、最近日経新聞などにも時々記事が載りますが、世界共通特許みたいなものを望む声もあるんですよ。

○世界共通特許?

■うん、極端な話をすれば、いまは各国でバラバラなんですが、一つの機関に出願さえすれば、世界中で権利が取れる、といったようなものです。審査も一元化して行われると。同じ技術なのに、各国でバラバラにマンパワーを使って審査するのは無駄じゃないかと。審査する側も先行文献とか調べるわけですからね。

○なるほど。

■出願する側はもちろん、そのほうがいいわけですよね。あちこちの国に出願する必要がなくなりますから。ただ、あまりにそれを進めるのもね。それぞれの国の発展段階によって「何を保護したらいいか」ということは違うんですよね。だからそういうことをやるんだったら、いくつかに段階分けをしてやるんだったら良いと思うんですけども…。

○つまり、国のランク付けをするってことですか。それはそれで…。

■そうそう。そういう問題があるわけですよ。でも、世界共通にするくらいだったら、ランクわけのほうが良いと思いますよ。
 全部一律の基準っていうのは、実はあまりよくないんですよね。ボーダーレスだったら何でもいいのかというと、実はそんなことはない。ボーダーレスにしたからこそ逆に不平等が生じることもあるんです。

○新植民地主義みたいな感じですね。
 平等だからいいだろうと言って押し切るわけには行かないだろうと。

■うん。しかしまあ、実際的に考えて、世界共通特許なんかそんなに簡単には実現しないと思いますよ。もちろん、日本と欧州とアメリカのなかで、できるだけ制度を共通化していこうといったことは、今後どんどん進めてゆくべきだと思いますけどね。

○ふむ。

[12: 特許が出願できる期間 〜「発表」定義の各国の違い〜]

■とは言っても日米欧の間でも違いは大きいんです。もちろん第一にアメリカの先発明主義と他の国の先願主義という違いがありますね。先発明主義はもうアメリカだけなんです。フィリピンも以前は先発明主義でしたが、1998年には先発明から先願に変わって、先発明主義はアメリカだけになりました。
 あと、「グレース・ピリオド」というのがあります。

○「グレース・ピリオド」? なんですか、それ。

■特許取るには「進歩性」と「新規性」と「有用性」というのが必要ですよね。発明者自身が学会とか、論文を発表するといった行為も、特許出願の前に行われると、新規性を失わせる行為ということになっちゃうわけです。アメリカでは発表から一年は猶予期間があります。その猶予期間がグレース・ピリオドです。
 これもアメリカでは先発明主義なんだから、先に発明してればいいわけですね。だからいつ出願してもいいような気がするかもしれません。

○ええ。

■でもアメリカでも、いくら先に発明していればいいと言っても、無条件に先発明ではないんです。発表後一年間の枠が決められているというのは、一つの制約ではあります。
 日本やヨーロッパの制度は、アメリカとは違います。ヨーロッパはいちおう、発表してから半年ということになっているんですが、その猶予の対象になる「発表」というのは、国際博覧会だけなんですね。そんなの今はないでしょ(笑)。

○そうですね。

■日本はですね、特許庁長官が定めた学会とか、決められたところで発表した場合のみ、半年以内に出願すれば、新規性を喪失しないということになってるんです。

○なるほど。

■では発表したものと出願したものでは何が同じと見なされるかですね、ここに問題があるわけです。
 一部だけ同じであればいいのかとか、そんなふうにするとかなり範囲が広くなりますよね。ちょっと改良したものはダメなのかとか。
 そういうことを考えるとですね、本当に特許のことを分かっている人は、安全を考えて、やっぱり発表しないでおいて、特許を出願してから発表すると。そういうふうにしてますね。

○ふむ。

■あるいは、論文とかだと送ったあとに査読期間ってありますよね。査読期間のなかで特許を出すとかね。

○なるほどね。

■そうすると論文として公表される前に特許は出願されているということになるわけですね。
 こういうふうに、国によってグレース・ピリオドの制度がぜんぜん違うわけです。そして先発明主義と先願主義とか、進歩性についての考え方がぜんぜん違うとか、いろいろ違いがあります。
 ですから、世界共通特許というのは、私が心配するまでもなく、そんなに簡単には成立しないことだと思われます。

[13: さらに開発されていくべきものを特許にせよ 〜特許のマネージメント〜]

■また特許は、研究者の間での自由な情報流通を阻害するとも言われることがあります。先ほども申し上げたように、日本では発表しちゃうと新規性が失われたということになって特許が取れなくなるリスクがあるわけですから、研究発表を控えたり、仲間内の他の研究者には言わない、ということが起こるのではないかという話ですね。

○はい。

■ですが、先ほど申したような「特許の機能」があるということも否定できないわけです。
 だから、二つにわけて考えるべきじゃないかと思うんです。

○ふたつ?

■ええ、基礎から製品へという上流から下流の流れのなかで、技術自体が何段階か経て開発されていくものもありますよね。
 たとえば遺伝子なんかは、配列を解析しただけでは全く意味がないんですから、創薬を目指して研究を続けていくことになる。あと、ソフトウェアや装置など、どんどん開発されて発展していくものもありますしね。

○はい。

■そういうものと、もう一つは、広く使われるべきものです。たとえばコーエン・ボイヤーの遺伝子組み換え特許などがそうです。あれはDNAを制限酵素で切ってベクターと繋いで細胞の中に入れてしまえばいいわけで、一度技術自体が確立してしまえば、それ自体が今後どんどん発展するといったものではないわけです。単に使われるだけです。もちろんマイナーチェンジはありますけど、大幅に変わることはない。
 そういうものと区別して考えるべきなんじゃないかなと。だから、特許にすべきものとパブリックにすべきものがあるんです。やはり基本からいうと、クリントンとブレアが言うように、単に配列を解析しただけの生データは、それがどういう機能を持っているかは分からないようなものは、特許にはしないほうがよいでしょう。

○つまりさらに開発されていくべきもののほうを特許にせよということですよね。そのほうが開発研究のインセンティブが高まるから。

■そうです。コーエン・ボイヤーの遺伝子組み換え技術にしても、あれは特許になりはしましたが、独占的に一つの会社にライセンスされたわけじゃなくて、たくさんの人に安い値段で非独占的にライセンスされたわけです。そういうことによって成功した事例なのです。

○では、PCRの場合はどうなんですか?

■そうなんですよ。PCRの場合は広く使われるべきリサーチ・ツールであるにも関わらず、独占的にライセンスされて、ロシュが売っているわけで。あれは、特許が研究開発を阻害する例としてサンプルに出されることが多いものの一つですね(苦笑)。

○ええ(笑)。

■あれはPCRを使って診断装置とかを作ろうとすると、必ずその特許がネックになるんですね。法外な値段を取られるので作れないと。それで最近の栄研化学の手法など、いくつかの独自の方法が考え出されているですね。
 ま、もちろん、そういう独自の方法を編み出させるインセンティブになるという面もあるんですけどね(笑)。

○なるほどねー(笑)。でも詭弁に近いものがありますね。

■詭弁ですね。ただ別に、特許制度が悪いわけじゃないんですよ。特許権者の、特許のマネージメントの方法が悪いんですよ。科学技術の発展に貢献しないようなやりかたをとるほうが悪い。

○目先の利益にとらわれて…。

■ええ。だから、そういうストラテジーを取ると当然、ロシュの例のように、訴訟を起こされるリスクがあるわけです。訴訟の存在っていうのはですね、特許権者が特許を、科学技術の発展に沿うような形でマネージメントする一つのインセンティブを形成するのに役立っていると思うんですよ。

○なるほど。

■あまりにひどいやり方を取ると、特許が無効であるとして、日本だと無効審判を請求されたり、特許付与後に異議申立てをされたりします。

[14: 特許裁判のながれ]

○特許の裁判っていうのはどういうしくみになってるんですか。

■まず、特許が無効かどうかを争う場合ですが、日本では第一審にあたる判断はまず特許庁の中で行われます。特許庁には「審査部」の他に「審判部」というのがあって、審判部っていうのが、審査が妥当であったかどうか判断するわけです。

○ふむふむ。

■審判部の決定が不満な場合には審決取り消し訴訟を東京高等裁判所に提起することになります。そのさきは最高裁ですね。だから三審制の第一審は特許庁のなかで行われるということです。

○ふむ。

■特許が無効であるという請求とは別に、特許をとった人自身が、別の特許を侵害しているといった形で訴えられることもあります。特許をとったからといって、安閑とはしていられないわけです。

○ふーん…

■競合する企業はもう、ありとあらゆる手段を使って特許を潰そうとしてきますから。フリーで使いたいと思ったらね。でもそれにはそれだけの理由があるわけですよ。さっきのコーエン・ボイヤーの技術は、一回だけ訴訟の火種になりそうなケースがありましたが、結局一個も訴訟が起きなかったんですよ。それはリーズナブルな値段で、使いたい人は使えるような値段だったからです。

○マーケットが受け入れられるような値段だったわけですね。 ■そうです。そういうわけで、特許保有者の特許マネジメントの戦略も、市場原理にさらされているのです。

○コーエン・ボイヤーの場合は、スタンフォード大がライセンスをしたんですよね。では先ほど出たレプチンの場合は、ロックフェラー大学がライセンスをしたんでしょうか?

■そうです。コーエン・ボイヤー特許の場合、スタンフォード大は特許権が切れるまでに450以上の企業に非独占的にライセンスをして、結果的に合計2億ドル(200億円)以上の収入を得たんですが、レプチンの場合はロックフェラー大学が独占的にアムジェン社にライセンスしたんです。ライセンスが非独占的に供与される場合、一社から受けるライセンス収入は独占的にライセンスを供与する場合に比べて少ないですが、その技術が広く使われるようになれば、結果として、巨額のライセンス収入を得ることができます。コーエン・ボイヤー特許は、米国の大学から生まれた発明で最も大きなライセンス収入に結びついたものであるといわれています。

○ふーん。

次号へ続く…。

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◇日経サイエンス12月号・詳報:ノーベル化学賞受賞 白川英樹氏 独創の軌跡
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◇javaで台風作成
http://www.discovery.com/stories/science/hurricanes/create.html

◇MITの恐竜型2足歩行ロボット「Troody」
http://www.ai.mit.edu/people/chunks/Videos/

◇ARG リンク集 - 専門図書館【自然科学】
http://www.ne.jp/asahi/coffee/house/ARG/library3.html

◇すばる望遠鏡 Suprime-Cam による広視野カラーイメージ
http://subarutelescope.org/Science/press_release/0011/Wimage_j.html

◇成層圏プラットフォーム飛行船システム特別研究チーム 垂直姿勢浮揚試験
http://www.nal.go.jp/www-j/res/nalnews/y2000/m10/6/6.htm

◇若田宇宙飛行士帰国報告会 開催について NASDA
http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/Press/j/200011/sts92_001120_2_j.html

◇わが国で安全性未審査の遺伝子組換えトウモロコシ(商品名:スターリンク)に関する対応について 厚生省生活衛生局
http://www.mhw.go.jp/houdou/1211/h1107-1_13.html

◇弊誌編集人による"ROBODEX"内覧会「適当レポート」
http://www.moriyama.com/diary/2000/robodex/robodex001123.htm

◇丸善 理工書の全文公開開始
http://pub.maruzen.co.jp/book_magazine/bm_top_nakamise.html

◇宇宙飛行士の基礎訓練レポート 2000年10月
http://jem.tksc.nasda.go.jp/astro/ascan/ascan_rep0010.html

◇hotwired 赤池学の「千年持続学」の世紀へ――第四回 養蚕・養蜂を革新する昆虫資源の機能開発
http://www.hotwired.co.jp/ecowire/akaike/001121/

◇Women of Space
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NetScience Interview Mail Vol.123 2000/11/30発行 (配信数:23,801 部)
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