NetScience Interview Mail 1998/11/12 Vol.028 |
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【中澤港(なかざわ・みなと)@東京大学 大学院医学系研究科 国際保健学専攻 人類生態学研究室 助手】
研究:人類生態学
著書:大塚柳太郎,片山一道,印東道子(編)『オセアニア(1)島嶼に生きる』
東京大学出版会, 東京, pp. 211-226(分担執筆)
ほか
ホームページ:http://www.humeco.m.u-tokyo.ac.jp/~minato/index-j.htm
○今回も生態人類学の応用について伺います。また、シミュレーションに対する考え方、理解に対する考え方もお伺いします。
6回連続予定。(編集部)
[06: 遺伝子の影響を考慮にいれる] |
データベース |
○え、どういうことですか?
■夫婦のHLAの型を調べたら、有意に、HLAの型が違う人と結婚していることが多かったという発表があったんですよ。
○本当なんですかね?
■マウスの実験では、HLAの型の違いによって尿中に出てくるアミノ酸組成が違って、それが匂いとして感知されているらしい、と。
で、日本人で調査してみたらしいんですよ。そうすると、ランダムからずれてなかったという結果だったらしいです。でも、もしマウスと同じことがヒトにも起きていたら、カップリングのモデルでも遺伝子を考慮に入れていかないといけないんで…。
○まさに問題はどんどんややこしくなるわけですね。最近は、行動や性格になんらかの形で関与するのではないかという遺伝子群も見つかってきているようですし。
■そうですね。レセプターなどに関するものは、何らかの影響はあるんでしょうし、人類学会でもそういう発表がありましたよ。ただ、決定的ではないでしょうけど。決定論っていうのはね…。
○そうですね。
■人類生態学は初期に、「環境決定論」の影響をかなり受けたんですね。雨量がある程度あると、文化があまり進まないとか、そういうものです。そのあとにスチュワードの文化進化論とかにとって変わられたんですけど。環境決定論は、少なくとも人類生態学では否定しています。環境の影響を「受ける」のは最初から当たり前なんですけどね。逆にみれば、ある程度環境の影響を受けているのは当たり前なんで、遺伝子決定論も否定するわけです。
[07: 理解のためのモデル、モデルを作るということは] |
○昔、文化人類学の講義を聴いていて思ったことが一つあるんです。これは文明論と何が違うんだろうか、と。もちろん、いろいろとインターフィンガーしているのは分かるんですけど…。
■うん、僕が、なんでモデルをつくろうとしているかというと、記載だけだと「このように適応しています」って言われても、よく分かんないじゃないですか。それで、なんです。
○記載だけだと、「ああそうですか、そうですねえ」としか言いようがないですね。ルールは見えても、原理は見えないですね。
■ええ。だから僕にとっては、シミュレーションのプログラムを作る、というのが理解の仕方なんです。
○このように理解したから、このようにプログラムを書きました、適用したらうまくいったから、これが原理かもしれません、ということですか?
■うーん、もの凄く頭のいい人がいたら、データを見るだけで、プログラム書かなくても判断できるかもしれないんですけど。モデルを作るのは、ひとつの認識の方法論なんです。複雑なことほどモデル化しなくては認識できないと思います。
○なるほど。でもまだまだデータそのものも足らない、というのが現状なんですか。
■そうです。まだまだ足りません。
ギデラについては、今年データをまとめて、報告書を書かないといけないんですけどね。書かなきゃいけないとなると、あんまり面白くないですね(笑)。
[08: ヒトの行動のシミュレーション] |
■またギデラを例にして、具体的な話をしましょう。
ギデラは、マラリアが多いと言ってもそれほど多いわけではなくて、せいぜい、年に一回かかるとかそのくらいですけど、ソロモン諸島には、みんな毎月一回かかるというくらい凄いところがあります。で、そこでは、また別の種類のデータを取ったんです。
○と、仰いますと?
■マラリア研究やっている人は、割とミクロなところに目が行くじゃないですか。蚊が原虫を体内に入れるところから、人はどうやって体内で防御しているかとか、どうして発熱するかとか、どういうときに原虫が脳に行くかとか。でも、実際にどのくらいかかるかというのは、そこで決まるんじゃないんです。蚊がどのくらい刺すかで決まるんですよ。
○ああ、体内の免疫がどうかということより、まず「蚊が刺す」ということが問題なんだ、ということですか。
■ええ。で、蚊が刺すのは蚊だけ見ても駄目で、刺されるヒトの側の行動も見なくちゃわからないわけです。ですが、蚊の行動を調べている人っていうのは昆虫学者に結構いるんですけど、ヒトの行動を調べた人って言うのはほとんどいないんです。10年くらい前にミズーリ大のLisa Sattenspielという人が、感染症の研究では人間の行動を調べることが大事だ、と書いているんですね。それに触発されたわけでもないんですけど、僕は行動の研究をしたんです。
○なるほど。それで?
■ソロモン諸島ではわりと蚊の行動が特異的で、特に日没後2時間くらいの間にヒトの血を良く吸うそうなんです。それは昆虫学者が調べたんですが。吸う場所も、ヒトのくるぶしから下だけだと。だから実際にその時間にくるぶしを出しているヒトと、出していないヒトではマラリアのかかりやすさに差があるだろうかと思って調べたら、たしかに、長ズボンのヒトと半ズボンのヒトでは差があったんです。正確に言えば、2週間観察して、2週間後に血液検査をしてマラリアにかかっているヒトと罹ってないヒトを見て、それまでの2週間の行動に差があったかどうかを見たんですけど。
今度は逆に、長ズボン履く、っていうことで防御ができるのかどうか、シミュレーションしてみたんですよ。
○それは、どんな?
■いまの状態では、だいたい12%くらいのヒトが長ズボンをはいていて、もし長ズボンをはいたことで感染が30%下がるとしたら──実際そのくらいの効果があったんで、その長ズボンをはいているヒト12%を90%にしてみたらどうなるか、というシミュレーションをしたんです。もちろんズボンを履くのは確率的なんで、ある日履いても次の日履かないかもしれませんから、二項分布を使って。
そうすると、90%のヒトが長ズボンをはくくらいでは感染率そのものには影響しなかったんです。ほんのちょっと下がるくらいで。95%以上のヒトが防御したところで、ようやく効果があって、マラリアは根絶できる可能性がある、という結果が出たんです。
○95%以上のヒトが蚊に刺されないようにすると、マラリア原虫の生活環が絶たれる、ということですか?
■ええ、そうです。ヒトの行動での防御の問題点っていうのは、さっきも言いましたが日によって長ズボンはいたりはかなったりするように、意志決定の問題になっちゃうんですよね。これまではDDTを撒くとかいった、せーのでやるマクロな対策が多かったんで、そういうことは扱われなかったんですけどね。
で、やってみたら95%のヒトが──それも30%有効ではダメで、75%以上有効なものじゃないとダメなんですけど──防御すれば、根絶できると。
だから逆に言えば、長ズボンだけじゃダメだということなんですね。何かもっと有効なものと組み合わせないと。蚊帳なんかは、WHOの方針ではマラリア対策として一番に薦められてますが、ソロモンではただ配ってもほとんど効果がないんです。蚊帳に入るときっていうのは眠るときですから、日没後2時間に血を吸う蚊には無力なわけです。そういうことがわかるのも大事なことなんです。
いまは、マラリアにかかったらすぐクロロキンをもらえるんです。みんな年中クロロキンを飲んでいるせいで、子供でも死ぬヒトはあまりいないんですけど、「死なないけど、根絶はなかなかできない」ということになっているんです。
○ふーむ、なるほど。
■そこでWHOなんかの人たちは、殺虫剤処理した蚊帳をばらまこうとか、凄いのは予防薬を毎週全員に飲ませようとかするわけですけど、そんなことをして効果があるのか、というのは、予測してからやらなくちゃいけないと僕は思っているんです。
○ふむふむ。
蚊が発生するところを、護岸工事して全部埋めてしまえ、というのはないんですか?
■それはお金の問題もありますし…。
○環境汚染ですか。
■そうですね。
ボウフラを食べる魚を放すという案が出たこともあるんですが、ソロモン政府はそれさえ許さなかったそうです。生態系の攪乱ということでね。
○なるほどね。マラリアを撲滅する上で、どこをどれだけどうすれば、一体どうなるかという予測が、シミュレーションすればある程度分かるわけですね。
■そうですね。
○次号へ続く…。
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