NetScience Interview Mail 2001/09/06 Vol.157 |
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【中鉢淳(なかばち・あつし)@理化学研究所 微生物学研究室 基礎科学特別研究員】
研究:アブラムシの菌細胞内共生系
推薦図書:『昆虫を操るバクテリア』平凡社
『アブラムシの生物学』東京大学出版会
そのほか
○アブラムシの菌細胞内の共生系について研究しておられる、中鉢さんにお話を伺います。
アブラムシ(アリマキ)は身近な虫ですが、その体内には驚嘆すべき世界が広がっています。(編集部)
…前号から続く (第9回)
[21: アブラムシに美味の感覚はあるのか] |
○中鉢さんご自身が飼っていらっしゃるアブラムシは、人工飼料で飼ってるんですか。
■いえ、基本的には植物上です。
○それはやっぱり、何か違うんですか。人工飼料で飼ったときと植物上で飼ったときとで、アブラムシやブフネラに違いがあるんですか。
■えーっとですね。基本的に人工飼料で飼ったほうが、虫自体も元気がなくなっちゃいますし、ブフネラも数が減ってしまうようです。
○何が違うんですか。
■うーん、摂食する量が減るって言われてますね。人工飼料だと。
たぶん、おいしくないんでしょうね(笑)。
○はあ(笑)。
アブラムシは、何を感知して師管を見分けてるんですか。
■何回か口吻を刺して、探り当てるんです。
○あれは毛細管現象でつーっと上がって来るんですか。
■そうです。だからアブラムシが吸っているときに、口吻の根元を切ってやると、そこから師管液が流れ出してきます。
○しかし、アブラムシにとっても「おいしい」とか「おいしくない」とかあるんですか。そんな、好む好まないの感覚あるんでしょうか。
■あると思いますね。
○え、それはアブラムシのどんなところをご覧になってそう思われるんですか。やっぱり、人工飼料だとあまり摂食しないというのが日常感覚としてあるからですか。
■実際に測ってみても人工飼料の摂食量は植物の場合より少なかったという報告もあります。で、体重増加率も低い。成虫に達してからの体重も植物上で育てた場合より軽い。一般的に昆虫の場合、人工飼料で飼うと、摂食量が落ちるという話があります。本来の餌には、食欲を刺激するような物質が含まれているんじゃないかと言われてるんです。
○昆虫の食欲刺激物質が?
■ええ。そういうものを加えてやれば、摂食量が改善するというような話もあるんです。アブラムシの場合、それがなんなのかについては知られていませんが、おそらく同様のことがあるんじゃないかと思います。
○知られている昆虫もあるんですか? たとえばどんな?
■カイコは基本的にクワの葉っぱしか食べないと言うのは有名な話ですが。
○はい。
■クワにはカイコの摂食行動を引き起こす物質が含まれていることが知られていて、すでに具体的な化合物として同定されているはずです。詳しいことはちょっと思い出せないですけど(笑)。で、カイコの人工飼料には今でも少量クワの葉を加えてるんです。
○でも、昆虫にも食欲刺激物質があるとはびっくりですね。当然といえば当然かもしれませんが。それはやっぱり昆虫に必須な栄養素とか、特定の植物とかに随伴している物質だったりするんでしょうか。それともダイレクトに餌そのもののシグナルなんでしょうか。
■どうなんでしょうね。昆虫の場合、特に植物本体を食べるものの場合、「この種を食べる」ということがある程度決まってます。これには2つの要因が関係していると思います。植物は動物に摂食されないように、二次代謝産物を蓄積していることが多いんですが、特定の昆虫にそうした毒物を分解する能力がある。それが一つ。
○はい。
■もう一つには、特定の昆虫の食欲を刺激するような物質を植物が含んでいる。その二つだと思います。
○なるほど。
そのへんの化学生態学的なところには分からないところがいっぱいあるんですね。
■そうですね。分かっているところもいくつかあると思いますが、僕はそのへんあまり詳しくないので。
[22: 無害な家畜バクテリア・ブフネラ] |
○ブフネラの話に戻して、ブフネラがアブラムシの行動に何か影響を与えているということはないんですか。石川統先生にも『昆虫を操るバクテリア』(平凡社)という本があったかと思うんですけども。
■ええ。ブフネラの場合には、積極的に「操る」といったことはないんじゃないですかね。たとえば、ボルバキアという細胞内共生バクテリアがいるんですが、これは昆虫の生殖を撹乱する。その場合は、昆虫を操っているとも言えますけども、ブフネラがなにをやってるかというと基本的に昆虫の栄養要求を満たしているだけですから。
○非常に無害な奴ですよね。なんでこいつはここまで無害なんでしょうね。増えようとも思ってないみたいだし。
■まさに家畜というか、オルガネラ化しつつあるわけです。なぜかと言われると難しいですが(笑)。
○ま、この「なぜ」には答えられないとは思うんですけども。科学は「なぜ」に答えるものじゃないという人もいますし。「いかにして」にはみんな一生懸命やってるけど。
[23: なぜブフネラはオルガネラになりきらないのか] |
○ブフネラはいかにしてこのように無害な生き物になってしまったのか、というのもすごく不思議ではあるんですけども。
■ええ。ブフネラは、アブラムシ4000種のなかのごく一部を除いて、ほとんどすべてのアブラムシにいます。そのうちいくつかのゲノムサイズをみてやると、どれもけっこう似通っているということが分かったんですね。
ということは、ブフネラのゲノムの縮小は、実は共生関係が確立してから、割と日が浅いうちに、一気に起こったんじゃないかという説があります。
○ほほう。
■少しずつ、それぞれのアブラムシの系統のなかで、それぞれのブフネラが、徐々に不必要な遺伝子を失っていったのではなくて、あるとき一気に起こったと。
○いまのシナリオを伺って、二つ疑問なことがあるんですけど。
まず一つ目は、だいたいどのアブラムシも同じようにブフネラを持っていると。じゃあ感染は一度だけあったのか。じゃあ祖先種は一種だけなのか。
もう一つは、やっぱり先ほども伺ったことなんですけども、なんでこいつはオルガネラになってしまわないのか。オルガネラになりきらないのか。感染してほどなくゲノムのかなりの部分を失ったとしますよね。でも、オルガネラに似ているけどもオルガネラになってない。人間が線引きをしているだけかもしれませんが。でも一億数千万年もずーっと共生微生物のままというのどうしてなんでしょう。アブラムシにしても、成虫から子、胚にブフネラを与えるときもかなり無理矢理なやり方じゃないですか。より簡単な方向にはなぜいかなかったのか。まあ、不都合はなかったから二億年もこのままなのかもしれませんが。
■まず一つ目ですけども。先ほども言いましたが、ブフネラの系統樹とアブラムシの系統樹を描いてやると両者の関係がぴったり合うと。それにブフネラは単系統群を形成する。そのことからやはり、共通祖先に一度だけ感染が起こって、それが受け継がれてきたと考えられます。
○ふむ。
■二つ目。なぜオルガネラになりきらないのか。じゃあ、「なりきったオルガネラ」っていうのはどういうふうに定義されますか。
○なるほど(笑)。そこが問題になるわけですね。
僕の単純な感覚だと、生殖系列の細胞のなかに、ゲノムがまるごとが入っていると。あとから押し込むのではなく。そして親から子へ伝わっていくと。そういったものだと思いますけども。
■うん、なるほど。特定の細胞にだけ隔離されているというのではなくてね。
うーん、そうならなかったのは、なんでなんでしょうね(笑)。今後生殖系列に入り込んで、すべての細胞にブフネラがいるという状態になる可能性もなくはないでしょうが。
○でも、二億年くらい起こらなかったわけですよね。
■ええ。
○そこがやっぱり不思議です。生殖細胞質が変わる場合と変わらない場合。そこには何が関わってるんだろう……。
まあ、真核細胞の場合の共生──ミトコンドリアや葉緑体の場合は、多細胞じゃなくて単細胞だったときに入り込んじゃったからということなのかもしれませんけど。
■ええ。生殖細胞と体細胞を分けている多細胞生物にとっては、何か乗り越えがたい壁があるのかも知れませんね。
○アブラムシ−ブフネラのような形で共生関係になってしまったら、生殖細胞質に入り込んで、僕がいうところの完全なオルガネラになるってことは、ないんでしょうか。
■うーん……。少なくとも、現生の多細胞生物でそういったものはないと。だからといって今後もないかというと、そうは限らない。
○そうですね。
■ウイルスだったら自由に出入りしてますけどね。多細胞生物のゲノムのジャンクのうち、かなりのものはウイルス由来なわけですし。
[24: ブフネラのタンパク質合成の変化] |
○一番最初のディファレンシャル・ディスプレイの話をもうちょっと聞いていいですか。
年をとったアブラムシと若いものをいろいろ比べてみたということでしたが、結局、年をとってくると、ブフネラに対する制御がだんだん効かなくなるということなんですか。現象を見ると。
■ええ、というか、そうであろうという示唆から出発したんです。
具体的にどんな現象かといいますと、若い虫の菌細胞のなかではブフネラが非常に大量のシンビオニンを合成していると。これはアブラムシにホストのタンパク合成阻害剤を与え、同時にアイソトープでラベルしたアミノ酸を与えるという実験なんですが、こうしてやることでブフネラの合成しているタンパクだけを見ることができる。
で、アブラムシを潰し、タンパクの二次元電気泳動をしてアイソトープのシグナルを検出すると、シンビオニンのスポットが非常に目立つ。僕の大学院時代の指導教官の石川先生は当初、他のタンパクは全く合成されていないと思われたほどです。
○ふむ。
■それに対して虫が老化していくとシンビオニンの合成量が減ってきて、他の遺伝子の相対的な発現量が増加してくる。二次元電気泳動のパターンとしては、シンビオニンのスポットが薄くなって、そのかわり他のスポットが見られるようになるということです。
○はい。
■で、老齢虫で見られたスポットのパターンは、ブフネラをアブラムシの体外に出してきた時のタンパク合成パターンと似ていると。ということは、本来、菌細胞のなかで何らかの制御を受けていたものが、その制御がゆるんだために、老齢虫ではこういう現象が起きているんじゃないか。そう考えられたわけです。
○ふむ。
■それに基づいて、じゃあ宿主の側はどう制御を行っているのか。ブフネラの側ではシンビオニンをコードするものの他に、どんな遺伝子が働いているのか。それらを同時に見るために、ディファレンシャル・ディスプレイを行ったわけです。
○じゃあ、やっぱり若いうちには、ブフネラのゲノムの上のあちこちに、ブロックしているものがあるんですか。
■あるのかもしれない。
○やっぱりそこが分からない。仮に、本当にタンパク合成を阻害しているとして、それはやっぱり、アブラムシからすると、阻害する必要があるから阻害しているわけですよね? それだったら、そのゲノムを取っちゃったらいいじゃないかと思うんですけども。
■ただ、これがですね。若いうちにはシンビオニンが多い。年を取るとそれが減って、他のタンパクの合成が見えてくる。この変化を見て、何らかのコントロールがあるんじゃないかと言ってるだけであって、実際にブフネラは宿主に対してアミノ酸も合成してやってるしビタミンも合成してやってる。ということは、それに関わる遺伝子も当然若いうちからたくさん発現しているわけです。
○ああ……。
■そしてディファレンシャル・ディスプレイでは、実際そういったものが取れてきましたし。つまり、タンパクレベルで見てやると、シンビオニンしか見えないということがあり得るくらい、その合成の相対量が他のタンパク質に比べて非常に多いというだけであって、必ずしも他の遺伝子の発現がブロックされているわけではないのではないか。
○なるほど。年をとってくるとシンビオニンの合成量が下がってきて、相対的に他のものも見えてくる。
■うん。そういうことだと思います。もともと必須アミノ酸やビタミンだとかも作ってるわけですから。しかも宿主の都合で。絶対に遺伝子は働いているわけです。それがたまたま、タンパクの動きでみてやると目立たなくなっていると。
○そういう意味ですか。なるほど。
■ええ。
ただ、シンビオニンも単にGroELと同じ機能しかもっていないんだとすると、そんなに大量に必要じゃないはずなんですよね(笑)。
○うん。
■先ほども少し言いましたが、GroELホモログのはたらきとしては、ホストにもらったポリペプチドの折り畳みと言うことがあります。膜を通して入ってきたタンパクを、機能ある形に折り畳まなくちゃいけない。そのときにGroELが必要なんじゃないかということですね。
○もともとシャペロンなんですよね、GroELって。
■そうです。シンビオニンについては大腸菌のGroELにはない性質も知られてはいるんですが、「だからこういうシャペロン以外の機能を担っているんだ」、という決定打は、まだ得られていないというところです。
○そうなんですかー……。
[25: 脱皮したあと、菌細胞のサイズが大きくなる] |
○アブラムシって脱皮するんでしたっけ。
○次号へ続く…。
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◇環境省。インターネット自然研究所
http://www.sizenken.biodic.go.jp/
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http://www.watch.impress.co.jp/internet/www/article/2001/0901/bousai.htm
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http://www.mainichi.co.jp/digital/computing/archive/200108/31/2.html
◇毎日新聞。カーボンナノチューブを使った燃料電池 NECなど
http://www.mainichi.co.jp/digital/computing/archive/200108/30/1.html
オフィシャルリリース
http://www.nec.co.jp/japanese/today/newsrel/0108/3002.html
◇japan.internet.com。所詮ロボットはロボット?会話ロボットに求めるものとは
http://japan.internet.com/research/20010829/1.html
◇ASCII24。第10回“ロボットサロン”開催――ロボットは苦労して作るもの
http://ascii24.com/news/i/topi/article/2001/08/29/629148-000.html
◇団藤保晴の「インターネットで読み解く!」 第108回「ナノテクノロジーは新産業たるか」
http://dandoweb.com/backno/20010830.htm
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