NetScience Interview Mail
2001/09/13 Vol.158
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【中鉢淳(なかばち・あつし)@理化学研究所 微生物学研究室 基礎科学特別研究員】

 研究:アブラムシの菌細胞内共生系
 推薦図書:『昆虫を操るバクテリア』平凡社
       『アブラムシの生物学』東京大学出版会
    そのほか

○アブラムシの菌細胞内の共生系について研究しておられる、中鉢さんにお話を伺います。
 アブラムシ(アリマキ)は身近な虫ですが、その体内には驚嘆すべき世界が広がっています。(編集部)



…前号から続く (第10回)

[25: 脱皮したあと、菌細胞のサイズが大きくなる]

○アブラムシって脱皮するんでしたっけ。

■ええ、もちろん。

○寿命はどうなってるんですか。

■寿命? それは飼育状況によってかなり変動しますね。何度で飼って、あまり混んでない状況できちんと世話をしたら何日くらい生きる、っていうのはだいたい分かってますけど。

○どのくらいですか?

■2ヶ月くらいですかね。僕の飼ってる条件で、2ヶ月から3ヶ月くらい。

○その、寿命とか、脱皮する前後とか、昆虫の体内はいろいろ大変なことになると思うんですけども、そのときに菌細胞とかブフネラはどうなるんですか。

■えーっとですね…。さきほど、10日で成虫になると言いましたが、その10日の間に4回脱皮するんです。それで脱皮はおしまい。
 で、最後の脱皮と前と後を比べてやると、菌細胞の大きさがだいぶ違うということは知られています。

○サイズが変わるんですか? 脱皮してる間にですか?

■いえ、脱皮して、その後、短時間で菌細胞のサイズが大きくなるんです。

○じゃあ、脱皮したあとに、何事かが起こると。

■ええ。

○すると、菌細胞のサイズのコントロールも外からされてるんでしょうか?

■宿主の側が何かをしてるんでしょうね。具体的に何が起こっているかは分かっていません。

○ふーん。面白いですね。

■先ほどからもうお気づきでしょうが、ブフネラのゲノムは分かったけども、宿主の側で知られている遺伝子というのはごく限られているんです。ディファレンシャル・ディスプレイでとった数種類にプラスアルファ。

○ふむふむ。じゃあ、いまはブフネラのゲノムがわかって、ブフネラそのもののふるまいは大分分かってきたけど、それを制御しているものがいま一つ分からない、そういうことですか。

■そうですね。これからです。

[26: ボルバキア]

○このメールマガジンは、大学院生くらいの人がいっぱい読んでるんです。それで定番的に聞くことにしてるんですが、現在の大学院生に対して、何かメッセージでもあれば頂戴できますか。ガンバレでも職の見つけ方でも、なんでもいいですが(笑)。

■(笑)そうですね、自分のやりたいことをやるのが一番ですからね。それができるような環境を得るべく努力する。これが基本でしょうか。研究室の要求と自分の興味に食い違いが生じることは多いですが、もともと研究者っていうのは、自分のやりたいことがある人がそれを追求するためになる職業じゃないですか。だからなるべく妥協せずに、いいテーマを見つけてほしいと思います。

○中鉢さんご自身はどうですか。ご自身の環境にはご満足ですか。

■えー……。

○言いにくいかもしれませんが(笑)。

■僕はいま、基本的に自分のやりたいことをやらせてもらってますんで(笑)、かなり満足しています。

○先ほど、近々の課題については伺いましたが、将来的な、中期的あるいは長期的な課題についてはどうですか。

■それはなかなか難しいですね。自分のやりたいことっていうのはあっても、それができる環境っていうのはいつでもあるわけじゃないですから。僕もこのポスドクの任期が終わって次に何をやるかということに関しては、絶対にこれをやるとは言えないです。

○でも、やりたいことはおありでしょ?

■ええ。そうですね。まあ大雑把に言えばいまは細胞内共生に興味があるし、昆虫に興味がある。そういった意味では、他の材料にも面白い現象はいろいろありますね。

○注目されている現象、あるいは材料は?

■うーん、世間的に、と言いますか研究者の間でここのところ注目を集めているのは、ボルバキアが一番でしょうね。昆虫と微生物の共生、寄生関係で言えば。

○どういったものですか。

■ボルバキアは共生者とは言われてますが、ブフネラのように緊密なものではなく、言ってみればむしろ病原体に近いものです。
 具体的にどういったことをするかといえば、まずボルバキアに感染していない昆虫の雌雄からは感染していない子供がうまれるけど、ボルバキアに感染している雌雄の間では感染した子供がうまれる。これはいいですね。

○ええ。

■で、ボルバキアに感染しているメスと感染していないオスからも感染した子どもが産まれる。それに対して感染していないメスと、感染しているオスからは子どもそのものができない。これを「細胞質不和合」と言います。

○ふむふむ。

■ボルバキアっていうのは卵を介して感染していくわけです。ですから、いま言ったような生殖撹乱を引き起こすことで、ボルバキアに感染した昆虫の数がふえ、結果としてボルバキア自身が勢力を拡大することができるわけです。

○はい。

■この現象を用いて、応用的なことも考えられています。

○たとえば?

■たとえばですね、アフリカ睡眠病を媒介するツェツェバエっていますね。腸管上皮に共生している共生バクテリアの遺伝子操作をして、病原体であるトリパノソーマの媒介能をなくしたハエを作るという話を先ほどもちょっとお話ししましたね。

○ええ。

■今度はそのハエを環境中にばらまいて、集団中に広めなければいけないわけです。この時ボルバキアも同時に感染させておくと、それらが勢力を拡大しやすい。

○はい。

■睡眠病を媒介しない安全な個体群の勢力をボルバキアの力を借りて拡大させて、結果的に、病原体を媒介する個体を減らしてやろうと。

○なるほど。不妊虫放飼法の応用みたいな感じですね。

■そうです。
 まあ、僕自身は効果に懐疑的ですが。

○ふーん。
 というか、中鉢さんご自身は、ボルバキアの現象のうち、本当はどこのへんに興味がおありなんですか。

■僕自身というより、ボルバキアやってる人はみんなそうだと思うんですが、どうして生殖の撹乱のような現象が起こるのかということですね。感染したメスからは子どもができるけども、感染したオスと感染してないメスの間では子どもができないのはなぜか。そのへんは盛んに研究されていながら、まだ分かってないわけですが。

○なるほど。メカニズムが分かると面白いですね。

■ええ。

[27: アブラムシのバクテリアはアリに定着するのだろうか]

○じゃあ今後は、アブラムシだけではなくて、ボルバキアであるとか、ゴキブリであるとか、シロアリであるとかに研究対象が移るかもしれない?

■そうですね。でもアブラムシには実験系として優れた特徴が多いので、捨てがたい面がありますね。一つには菌細胞が比較的大型で、一個体あたりの数も多い。そのなかにふくまれているバクテリアも基本的にはたった一種類。しかもホストは2倍体性の単為生殖をする。生まれてくるものはみんなクローンで、卵胎生なので幼虫。繁殖スピードも早い。つまり遺伝的に均一なものを、常に大量に得ることができる。

○飼育も簡単ですもんね。

■ええ。だから実験材料として非常に扱いやすいんです。この研究室はシロアリも扱っていますけど、シロアリの共生系っていうのは腸管のなかの微生物相なんで、その中だけでも何百種類のバクテリアがいたり、何十種類かの原生動物がいたりするわけです。

○ふむ。

■そうなるとかなり扱いにくいということは、容易に想像できますよね。

○ええ。
 アブラムシの消化管のなかにも当然いろいろいるんですよね?

■ええ、いると思います。アブラムシの排泄物を培地にまくと、何種類かの腸内細菌が生えてきます。

○いま思いつきというか、ふと思ったんですけど。

■なんですか。

○アブラムシの排泄物──甘露をアリが食べますよね。ということは、アブラムシの体内にいたバクテリアが、アリの中にも移動するわけですよね。そういう種間関係ってあるんですか。

■ああ、どうでしょうね。そのへんのことは分からないですね。
 たぶん、アリのなかに入っていって、定着する場合もあるし、定着しない場合もあるでしょうね。
 たとえばアブラムシに大腸菌を与えてやっても定着しないということが知られています。

○消化管に定着しないんですか?

■ええ。

○でもブフネラは大腸菌に近縁なんでしょう?

■ええ。アブラムシの消化管内から、大腸菌にも近縁だけどブフネラにより近い腸内細菌が単離されています。

○ふーん。

■哺乳類の大腸菌そのものは定着しない。

○へえー。
 いろいろへんなことがいっぱいあるんですね。

■(笑)。

○今度からアブラムシを見たときは、注意深く観察してみようと思います(笑)。

[28: シロアリの腸管のなかの原生生物、さらにその細胞内の共生バクテリア]

■他にもちょこちょことやってます。

○どんなことですか。

■シロアリの腸管のなかには原生生物が住んでいますが、さらにその細胞内に共生バクテリアがいるんです。その共生バクテリアのゲノムがどうなっているのか。うまくすれば読めるんじゃないか。その予備実験として、こうしたバクテリアを集めて、ゲノムサイズやゲノムのコピー数を調べよう。そういうこともやっていたんですけどね。

○あまりうまくいかなかった?

■アブラムシのように均質なものがいっぱいとれるわけじゃないですから。なかなか難しかった。

○いわばアブラムシの場合は、最初からバクテリアを培養してくれてるわけですからね。

■しかも一つの細胞の中にゲノムが100コピーもある。ゲノム解析には非常に好都合な材料です(笑)。
 シロアリの腸内原生生物のなかに住んでいるバクテリアも極端な高倍数性のゲノムを持っている、といったことがもしあれば、ゲノム解析も可能だったかもしれないんですが。

○そういうことはないと。

■なさそうですね。

○しかし、なぜこんなのがずーっと安定して存在してるんでしょうか。それが不思議でしょうがない。

■シロアリの方は、微生物相が複雑なので、正常な状態はこう、ということすら簡単には言えないんですが、「どういう種の腸内にはどんな原生生物がいる」というくらいのことはかなりきっちり決まっているようです。これは確かに不思議な現象です。何しろ腸の内容物は脱皮のたびに失われるわけですから。ただ、アブラムシの菌細胞内共生系のように一見安定な共生系が崩れることもあるんですよ。

○あるんですか。

■ええ。アブラムシのなかにも例外的にブフネラを持っていない種がいまして。その場合には、ブフネラの共生系が存在しないかわりに、真核性の単細胞生物が体腔のなかに住んでいます。最初はそれ、見た目が酵母に似てたんで、酵母様共生体って言われてたんですが、系統的にはむしろ、酵母なんかよりは、麦角菌に近い。このグループのなかには冬虫夏草なんかが含まれているんです。だからブフネラの共生系を失ったかわりに、冬虫夏草のようなものが体腔のなかに入り込んで、置き換わったと、いうことが考えられます。

○じゃあ、その冬虫夏草のようなものが抗生物質みたいなものを出して、ブフネラを駆逐してしまったのかもしれない?

■かもしれません。

○仮説だけでも面白いですね。でも、そいつらは、宿主を殺すほどは大きくなったりはしない?

■ええ。置き換わったということは、おそらくアミノ酸やビタミンをアブラムシに与えるといった機能面も肩代わりをしてるんでしょうね。

○なんでそんなことができるんでしょうね。なんで人間もそんなことができないんだろ(笑)。

■まあ人間も、有る程度は腸内細菌に頼ってますからね。ビタミンの一部は腸内細菌からもらってるわけですし。

○人間も草食動物みたいに腸内細菌を食ってるんじゃないか、という話もありましたね。

[29: 抗生物質でブフネラを叩いてやると……]

■先ほど枝葉のテーマといいましたけど…。

○はいはい。

次号へ続く…。

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NetScience Interview Mail Vol.158 2001/09/13発行 (配信数:25,675 部)
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