NetScience Interview Mail
2001/09/20 Vol.159
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【中鉢淳(なかばち・あつし)@理化学研究所 微生物学研究室 基礎科学特別研究員】

 研究:アブラムシの菌細胞内共生系
 推薦図書:『昆虫を操るバクテリア』平凡社
       『アブラムシの生物学』東京大学出版会
    そのほか

○アブラムシの菌細胞内の共生系について研究しておられる、中鉢さんにお話を伺います。
 アブラムシ(アリマキ)は身近な虫ですが、その体内には驚嘆すべき世界が広がっています。(編集部)



…前号から続く (第11回)

[29: 抗生物質でブフネラを叩いてやると……]

■先ほど枝葉のテーマといいましたけど…。

○はいはい。

■ポリアミンの測定をしていたときに偶然気が付いたんですけど、抗生物質でブフネラを叩いてやって、植物の上で虫を飼ってるとですね、体内にヒスタミンがたくさん溜まってくると。ヒスタミンの蓄積っていうのは、食品微生物学の分野ではバクテリアの繁殖の指標として使われるんです。

○へー。

■魚であるとか、ソーセージであるとかが腐敗したときにヒスタミンが溜まってくる わけです。高濃度のヒスタミンはそれ自身が食中毒の原因にもなります。

○ふむふむ。

■ま、そういったこともありまして、ブフネラを叩いたあと、他のバクテリアの繁殖が起こっているんじゃないかと考えたわけです。この可能性について検討するため、どんなバクテリアの16S rRNA遺伝子でも拾えるようなプライマーを用意してやって、アブラムシ体内のバクテリアの繁殖状況を定量PCRで調べてやったんです。そうするとやはり、かなりの数が増えている。しかも、虫の加齢に従って増えてくる。

○ははあ。

■おそらくそれがヒスタミンの蓄積に繋がったんだろうと。
 同時に、真菌類の18Sもターゲットにしてみてやったんですけど、真菌もある程度増えている。そのなかには冬虫夏草に近い物もいる。こうした微生物の極端な増殖は、ブフネラがいる正常な虫では起こらない。

○なるほど。

■ただ、先ほど言いましたように、ブフネラは、自然界でも飢餓条件であるとか、高温環境にさらされると結構簡単にいなくなっちゃうんです。そうなると他の微生物の感染、増殖が容易に起こる。アブラムシはブフネラがいないと困るわけですが、他の微生物でもアミノ酸やビタミンの合成はある程度できるのでいないよりはマシ、という側面もあるでしょう。

○ええ。

■そこから、先ほどの酵母様共生体みたいに、置き換わって、さらに発展・維持されるようなものも出てきたんだろうと、考えられるわけです。

○なるほど。

■で、どんな微生物が増えてくるのか。やはり16S rRNA、18S rRNA等の遺伝子をターゲットにしてPCRをかけてクローニング、その塩基配列を決定することで、分子系統解析も試みてみました。するとアブラムシの体内で一番多く増えたと考えられるのが、γプロテオバクテリアのグループ。次に多かったのがαプロテオバクテリア。そしてCFBグループ。

○どんなものなんですか。

■γプロテオバクテリアっていうのはブフネラ、大腸菌、そのほか腸内細菌科のバクテリアを含むものです。今までに知られている昆虫の細胞内共生バクテリアの大部分がこのグループに属します。で、αプロテオバクテリアっていうのはリケッチアやボルバキアなどの仲間です。CFBグループっていうのは、サイトファーガ・フラボバクテリウム・バクテロイデスグループの略なんですけども、これに属するバクテリアを細胞内共生体として持つ昆虫は少数派です。それがゴキブリとシロアリのグループです。先ほども言いましたけど、シロアリは一種類しか細胞内共生バクテリアを持ってませんけども。

○なるほど。

■というわけで、一番、昆虫で多く見られる細胞内共生バクテリアのグループはγ。次にボルバキアなどのα。そして少数派のCFB。
 という順番で、期せずしてなのか、実際に体腔内環境に適応しているのがこの順番なのか。そこは分かりませんが、少なくとも抗生物質でブフネラをたたいてやったアブラムシの体内で増えてきたバクテリアの勢力はこの順番と一致します。

○感染しやすいのか、それとももともと住み易い奴が住んでいたのか。

■ええ。そのへんのことも、シロアリの腸内細菌相なんかと比較しながら考えたいですね。
 ま、研究って、一つ博打を打ちながら、一つ必ず結果を出さないといけないじゃないですか(笑)。

○論文が書ける仕事もやりながら、博打も打つと。

■ええ。

○こっちは博打なんですか、それとも論文が書けるほうなんですか。

■こっちは論文書けるほうです。ヒスタミンが溜まってくるというデータはすでに持ってたんで、おそらくバクテリアが増えているんだろうと。どっちに転んでも、ま、たとえしょぼくても論文は書けるだろうということで。一方で、シロアリの腸内原生生物の共生バクテリアのゲノムの性状がどうなっているのか。これはかなり博打だと。

○ふむふむ。

■今年度以降は、EST解析が博打でもあり、何らかの結果は出るだろうから安全パイでもあり、というところでしょうか。
 博打の要素としては、ブフネラ由来であろう遺伝子が核にインテグレートされている、この可能性は、さほど高くない──むしろ可能性は低いわけです。これが取れるかどうかという部分はかなり博打です。ただ、宿主の側がどんな遺伝子を発現しているのかは、やれば必ず分かる。そういう意味では安全パイかなと思います。ま、それは同時に、僕の興味そのものでもありますしね。

○なるほど。ブフネラとアブラムシ、お互いが何をやっているのか──。そこが分かると、僕らも楽しくていいんですけどね。

■ええ。

[30: 害虫でもゲノム解析は進んでいない]

○しかし、アブラムシのゲノム解析が進められていないというのは、意外でした。

■そうですか。カイコですら、そんなに調子よく進んでいるわけじゃないんです。

○そうなんですか。じゃあゴキブリとかも?

■ゴキブリもやってないんじゃないでしょうか。聞かないですね。

○そうなんですねー。

■やっぱりゲノムサイズが大きいから。まとまったお金が必要なんですよ。

○害虫だとゲノム解析すすんでるかと思ったらぜんぜんそんなことないんですね。

■ええ。アブラムシに関して言えば、既存の農薬でたたいておけばいいっていうことなんでしょうね。

○でも、それこそ農薬耐性アブラムシっているんでしょ? そのへんのメカニズムが分かれば、商売にもなると思うんですけど。

■ええ、ただ農薬に耐性を持つ、つまり農薬を分解する虫はエステラーゼの活性が高いといったことは分かってますんでね。もちろん僕としてはやれば面白いと思いますけど、なかなか現実問題、そうはいきません。

○アブラムシそのものを強くしてやって、アブラムシに感染している植物ウイルスに対する耐性をつけてやって、それをいっぱい撒くとか、それはダメなんですか? あ、ダメか。

■ええ、師管液を吸うってこと自体ダメなんですよ。

[31: 昆虫は「考える」のだろうか]

○ところで、以前この<インタビュー・メール>で「昆虫は考えるのか」という話を伺ったことがあるんです。 http://www.moriyama.com/netscience/Kanzaki_Ryohei/Kanzaki-6.html#17
雑談ですが、先生はどう思われますか。

■たとえば、有翅虫が飛んでいったとき──いくつか選択肢があるわけじゃないですか。どの植物に止まるのか。そのとき、いかにも植物の師管液がうまそうな、というか(笑)、健康状態がよさそうな植物を選ぶわけですよ。ということは、そうした植物を選択する指標が何かしらあるということでしょう。うまいまずいに近いものを判断してるんじゃないですかね。

○そうでしょうね。単にシグナルに反応しているだけなのか、それとも何かしらの処理というか、考えているのか、どうなんでしょうね。

■まあ、考えるっていうのとは違う気がしますが…。
 同じ植物体のなかでも、どの部位を好むか、優先順位があるんですよ。若い芽、葉っぱの裏が好きで、茎は優先順位が低い。葉の表側もあまり好まない。やっぱり、うまいところから吸ってるように見えますね。

○やっぱり狙っているんでしょうかね。単に機械的にやってるのかもしれませんが。あるいは、もっと自然とインタラクションしているのか、それが考えているということなのかどうなのか、まあ、なんかよく分からない話なんですけどね(笑)。

■ごく単純な情報処理ルールに従って、高度な動きができるという話がありますね。例えばアリが適用していると思われるルールにしたがって複数のロボットを動かすと集団としてまるで知能行動しているように見えるとか…。
 そのへんは人間の側の勝手な感情移入がありますからね。

[32: 個体密度によって寿命が変わる]

■まあ、感情移入といえば一つ面白い話があるんですよ。

○え?

次号へ続く…。

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