NetScience Interview Mail 2001/09/27 Vol.160 |
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【中鉢淳(なかばち・あつし)@理化学研究所 微生物学研究室 基礎科学特別研究員】
研究:アブラムシの菌細胞内共生系
推薦図書:『昆虫を操るバクテリア』平凡社
『アブラムシの生物学』東京大学出版会
そのほか
○アブラムシの菌細胞内の共生系について研究しておられる、中鉢さんにお話を伺います。
アブラムシ(アリマキ)は身近な虫ですが、その体内には驚嘆すべき世界が広がっています。(編集部)
…前号から続く (第12回)
[32: アブラムシは個体密度によって寿命が変わる] |
■まあ、感情移入といえば一つ面白い話があるんですよ。
○え?
■アブラムシを飼っていると、次々と子供を産んで行きますよね。そうするとやがて植物上は、幼虫でいっぱいになっちゃうんです。
○はい。そりゃそうですね。
■そういうふうな状況だと、親の虫は、しばらくすると植物の下のほうに移動しちゃうんです。
○は? 下のほうに?
■ええ。混んでくると下の方に移るんですよ。
それに対して、次々に植物を変えてやるといいますか、要するに周囲に幼虫がいない状態、孤立した状態で飼ってやると。そうすると常に、状態のいいところ、つまり葉っぱの裏とかに居続けるんです。
○へえ〜。それはつまり……
■だから、混んでくると、若いものに道を譲るといいますか(笑)、そんなふうに見える現象があるんです。
○そんな習性があるんですか。アブラムシでも?
■ええ。
○へえ〜〜。
■それだけじゃないんですよ。寿命もですね、まわりが混んでると一月ちょいで死んじゃうんですけども、孤立した状態だと、2ヶ月3ヶ月と生きてるんです。
○ええ〜〜? 寿命も変化するんですか? それは、すごくヘンていうか、驚きですね。
■ええ。
もちろん一つには、混んでいると栄養状態が悪くなる、とか餌植物を変えないから衛生状態が悪化するということはあると思うんですが、それ以外にも何かあると思うんです。
○それはいったい、どういう仕組みなんでしょう。
■仕組みは分かりませんが、それこそ合目的的に考えると、まわりに子供がいない状態だともっと頑張らなくちゃいかんと。もっと子供を産まなくちゃいかんということで寿命が延びるということも考えられます。まあ実際は子供を生むのをやめてからもかなり長い間生きているんですが…。
逆に、混んでる場合は自分はもう必要ないと。生まれた子供が次々に育っていって、次の子供を産むわけですから。自分はもう用済みだと。そういうことなんでしょうね。
○うーん。老化やアポトーシスの研究している人はどう思うんでしょうね、その話。昆虫なんか、だいたい寿命は決まっているものかと思ってましたが。
■基本的に生殖活動がすめば、親は用済みですからね。しかもアブラムシの場合、子供はクローンですから。
○しかし、個体密度によって寿命が変わるなんて。混んでいるということがストレスタンパクか何かを作って、アポトーシスのスイッチを入れるといったことなんでしょうか。まあ、それは今後、誰かが研究してくれるんだと思いますが、不思議な話ですね。
[33: 有翅虫] |
■有翅虫っていうのは、混んでくると生まれて来るんです。ということは、個体群密度を感知する「何か」が存在することは確かです。
○それは、どの段階で「生える」ことになるんですか。発生の機序でいうと、どのへんで?
■種によって違うと言われてますが、エンドウヒゲナガアブラムシでいうと、生まれてから混んだ状態にしても、羽根は生えてこない。だから、親が混んだ状況を感知して、お腹のなかの胚に何らかのシグナルを送ってるんでしょうね。
○羽根を生やしなさいと。羽根の原基を作るようなものを用意しておきなさいと。
アブラムシは、もともと羽根があったんですか。祖先種みたいな奴には。
■昆虫には基本的に羽根がありますから。そういう意味ではもともと持っていたんでしょうが。ですが、明らかにアブラムシだという形態の種が羽根を恒常的に持っていたかどうかは分かりません。
○羽根を持っている奴と持ってない奴との遺伝子の発現状況の差って、手をつけている人はいないんですか。
■そうですね。成虫どうしで比べるのは簡単ですが、それじゃあ、意味がない。形態差があらわれる前の段階で比べなければいけないわけですが、それは非常に難しいんですよ。
○どうしてですか?
■何が難しいかと言いますと、3齢幼虫までは、羽根が生えてくるか生えてこないかは、見分けがつかないんです。4齢幼虫になると羽根の原基が見えて来るんですけど。
○なるほど。でも、羽根が生えてくる奴は、生まれたときから「将来羽根を生やす」と、決まっているわけですか。
■ええ、そのはずです。
もうひとつ難しいのは、有翅虫が出現するのも、確率の問題なんですよ。混んでる状況で飼っていると、有翅虫の出現頻度が高まると。そういうことは言えるんですが、こうしたら必ず羽根が生える、こうしたら絶対羽根は生えないということは言えないんです。
○ふむ。そうなると確かに研究の素材にはしにくそうですね…。
■ええ。
○でも、羽根が生えるってことは単に形が変わるだけではなくて、中身の筋肉や神経系とかも全部変わるわけですよね。そこって、昆虫の魅力のようにも思えますけど。
■ええ、その通りです。アブラムシの場合、単為生殖の結果、クローン集団が生まれるんですよね。持っている遺伝子は全て一緒。でも、ちょっとしたスイッチの入り方で、全く別の形態になってしまうわけですから。そういった意味でも魅力的な材料ですね。
○うーん、やっぱり変ですね。こいつらのほうが主流なのかもしれませんが。
■うまくできてますよね。混んできて、この植物はもう見捨てようとなったら新天地を求めて旅立つような個体を作ると。
[34: 変だと思ってるからこそ研究している] |
○今日はアブラムシが実に不思議な虫であることがよく分かりました。
■こんなのでちゃんと話が伝わればいいんですが。
○飲み会のときとか、一般の人に「何の研究してるんですか」って聞かれるでしょう?
■ええ、聞かれますね。で、一通り説明すると、最後は必ず「何の役に立つんですか」って聞かれます(笑)。
○なんてお答えになってるんですか(笑)?
■「直接は役に立たないよ」って答えちゃうこともあれば、真面目に答えることもあります。
「アブラムシはこの共生系を持っているから爆発的に殖えることができるわけだし、共生系は植物ウイルスの媒介にも関わっているらしい。つまりアブラムシが農業害虫なのは、この共生系のためだ。共生系のことが分かれば、アブラムシを駆除するうまい方法が見つかるかもしれないし、ウイルスによる農作物の被害を減らすことができるはず」というような(笑)。
○でも、それをやりたくてやってらっしゃるわけじゃないでしょ。
■ええ。でも、学会でも聞かれますよ。昆虫関係の国際学会で発表すると「これを使ってアブラムシの駆除をしたいんだね?」って、アメリカの農務省関係の人から言われたりしました(笑)。
でも、僕自身はそれをやりたいわけじゃない。二種類の生物がどうやってこれほど緊密な関係を築いているのかを知りたい、それが本当のところです。
○ま、確かに、アメリカの農務省関係の人たちなら、ESTデータベースができて、これがあるから共生系ができてるんだ、ということが分かれば、それだけを特異的に潰す何かを作れ、ということになるのかな。
■そうですね。もともとブフネラは代謝系のかなりの部分を失っちゃってるんで、宿主とのインタラクションによってかろうじて生きている。だからこの系に特異的な叩き方っていうのは必ず見つかるでしょう。宿主がこういうことやってるから生きていると分かれば、そこを断つようにしてやる。その薬剤は他の系には害がない、といったことは十分考えられますよね。
○なるほど。組み換え植物にブフネラを潰すようなものを作らせるとか、そういう発想も出てくるかもしれませんね。
■かもしれません。共生系を標的とすることでアブラムシの繁殖だけを止めて、人間や他の生物には無害なものを作れるでしょうからね。
○……ということも言えるけども、サイエンスとしては、どうやって共生しているかということのほうが遙かに面白いことだなと僕も思います。ていうか、単純に変ですもんね。
■ええ。
○やっぱり研究してても、変だと思いますか(笑)。
■思いますよ。変だからワクワクするというか(笑)。変だと思ってるからこそやってるんです。
○分かりました(笑)。 本日はどうも、ありがとうございました。
【2001/05/25 理化学研究所にて】
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