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2001/08/30 Vol.156
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【中鉢淳(なかばち・あつし)@理化学研究所 微生物学研究室 基礎科学特別研究員】

 研究:アブラムシの菌細胞内共生系
 推薦図書:『昆虫を操るバクテリア』平凡社
       『アブラムシの生物学』東京大学出版会
    そのほか

○アブラムシの菌細胞内の共生系について研究しておられる、中鉢さんにお話を伺います。
 アブラムシ(アリマキ)は身近な虫ですが、その体内には驚嘆すべき世界が広がっています。(編集部)



…前号から続く (第8回)

[16: 共生の細胞生物学と昆虫への興味]

○中鉢さんご自身がやっていきたいことはどんなことなんですか。先ほど、共生系の生物は、なんでこんなに変なことやってるんだと思われたとのことしたが。

■ええ。

○そもそも共生の細胞生物学といいますか、その辺に興味をお持ちになった理由は?

■そうですね……。
 大学に入る前に生物の勉強をやっていたときに、一番感銘を受けたといいますか、驚いたのがミトコンドリアや葉緑体の起源を説明する細胞内共生説だったんですね。異なる種類の生物が、一つの機能体になることによって、まったく新しい別の生物としてふるまうようになる。

○ええ。

■これは真核生物の祖先に起こった革命的な出来事ではあるんですけども、実際に昆虫では現在進行形で起こりつつある。
 ……細胞内共生説が面白いということと、もともと昆虫に興味があったんです。 
 我々とは全く違ったストラテジーで、生きている。それでいて、地球上でもっとも繁栄している。

○うん。

■その、異なるストラテジーの一つとして、微生物との緊密な共生関係というのも含まれている。

○微生物との緊密な共生系ですか……。
 なんで、昆虫は、こうなんでしょう(笑)? まあ、それをこの研究室(理研の微生物学研究室)の人たちはみんなやってるんでしょうけど。

■ま、この研究室でも昆虫を扱っているのは一部のメンバーなんですが…。

○昆虫の話って、一般書をめくっても、どれを読んでも、ヘンなんですよね(笑)。

■へんな連中ですよね。

○先ほどの完全変態の話もそうだし、微生物との共生系の話もそうだし…。なんで昆虫はこうなんでしょう。そこがすごく不思議なんですよね。体のなかにしても、液体が入った袋みたいなものなんでしょ? それでもちゃんと動いている。なぜ、こうなんですか(笑)?

■(笑)。

○それがすごく不思議なんですよね。

■うん。

[17:菌細胞も倍数化していてサイズだけが大きくなる]

○ブフネラにしても、菌細胞以外のところには住んでないんでしょ?

■そうですね。体腔のなかにばらまかれているものが少数、いないことはない、と言われてますけどね。

○それは実際に観察例がある?

■ええ。

○そいつらは何をしてるんですか。たまたま外に出ちゃった?

■そうでしょうね。おそらく免疫系の細胞に捕まる前の状態なんでしょうね。

○菌細胞そのものは分裂するんですか?

■少なくとも生まれたあとは分裂しません。発生初期には当然分裂してるんでしょうが。かなり早い段階で大人と同じ細胞数になります。そしてサイズだけが大きくなると。そこから予想できるように、菌細胞も倍数化してるんですよ。

○だから、こんなにブクブク太った細胞になる。

■ええ。

○今後は、菌細胞の核から、ブフネラが預けたのか、核に収奪されたのか分かりませんが、そういった配列が見つかることが期待されると。

■そうですね。

[18: ブフネラの遺伝子にアデニンとチミンが多いのはなぜか]

■ヒトゲノムの解析結果が最近発表されましたけど、バクテリア由来じゃないかと言われている遺伝子が200以上あるんですよ。

○はい。だそうですね。

■だから他の生物から遺伝子を受け取ってゲノムのなかにインテグレートさせるというのは、必ずしも奇異なことではないというか、起こりうることだと思ってます。まあヒトの場合にはもちろん、それは、共生関係に基づいたものではないと思いますけども。

○感染のあととか?

■そうですね。

○昆虫のなかにも、もちろんそういうあとはあるんですよね? ウイルスとかバクテリアとか。

■ええ。ウイルスゲノムがホストのゲノムに入り込むという例は、古くから知られています。これは宿主がどんな生物であれ、ごく普通に起こることで、ゲノムのジャンク配列のかなりの部分はウイルス由来と言われています。ただ、ウイルスは生物と非生物の中間的な存在であるのに対し、生物としての体裁をきちんと持っているバクテリア由来の遺伝子が最近見つかりつつあるという状況ですね。カイコでもバクテリア由来ではないかといわれる遺伝子がいくつか見つかっています。

○それは、由来しているバクテリアに何か偏りはあるんですか。機能とか種類とか。

■機能も、オリジンの種の偏りもないようです。

○じゃあ、たとえば既存のDNAに入り込みやすい配列だったとか、そういった理由で残ってるんでしょうか。

■うーん。インテグレートされるメカニズムっていうのは分かってないし、見つかっている配列の数も限られているので、どういったものだと入りやすいのかといった傾向はまだ見えていないんじゃないかと思います。

○ブフネラの遺伝子は、アデニンとチミンがすごく多いそうですね。それはどうしてなんですか。

■それも分からないんですよ(苦笑)。

○アデニンとチミンが多いと、DNAが非常に不安定になりやすいそうじゃないですか、物理化学的に。

■ええ。

○そんなものがなぜ敢えて多いんでしょう。あるいは、単純に増えちゃっただけかもしれませんが。

■なぜそういう偏りが生じるのかということは分かってないんですが、一般に真核細胞に入り込んでいるような原核細胞のゲノムでは、アデニンとチミンが増加する傾向にあります。それは必ずしも共生体に限らず、寄生体の場合もそうです。

○ふーん…。
 じゃあ、そこには違う生物の体内で暮らす上で、何らかの適応的意義があるんですか。

■うん、そのへんも一切分かってないんです。
 が、あるいは宿主の側からの働きかけがあるのかもしれません。

○あ、宿主が潰しにかかってるってことですか?

■わかりませんが。

○どうなんでしょう、普通の考え方からすると、生き物のなかに別の生き物が入り込んでくるということは、やっぱり厄介者がいるという感覚じゃないですか、どちらかというと。

■ええ。

○でも、必ずしもそうではない、ということがあるんでしょうか。
 共生とか寄生とか、そういったものが普遍的だとすると、そういうことも当たり前の物として折り込み済みなんだろうか、と。
 それとも、一番最初はやっぱり厄介者なんでしょうか。

■少なくともブフネラの場合には、アブラムシからしてみれば、足りてないアミノ酸ももらえるし、ビタミンももらえるし、悪いことは何もないでしょうね。起源は腸内細菌だったんでしょうけど、その段階でも厄介者ではない。役に立つものを体の中に取り込んでいるわけです。

○人間が乳酸菌を飼ってるようなもんですか(笑)。

■まあそうでしょうね(笑)。でもそれよりも、もっとエッセンシャルなものでしょうね。

○ビタミン生成バクテリアですもんね。もしそういう乳酸菌ができたらヨーグルトが爆発的に売れそうですねー(笑)。

■(笑)。まあ、ふつうの乳酸菌もビタミンくらい合成できるはずですよ、ブフネラほどじゃないかも知れませんが。

○そう考えると、やっぱり我々も別の生き物を積極的に取り込んでいるわけですね。そのへんが、なんか理解に苦しむんですよね。まあ、だからこそ逆に面白いわけですけども。別の生き物と別の生き物とが組み合わさって、新しいシステムへとシフトアップする。それがなんだかよく分からない、というか不思議な感じがするんです。

■ヒトの場合は雑食性ですから何でも食べられる。ビタミンを含んでいるものを食べればいいし、アミノ酸を含んでいるものを食べればいいわけです。でもアブラムシの場合は、餌を植物の師管液に特化してしまってるわけです。植物の師管液っていうのは基本的に砂糖水です。そんなものに頼っているのにあれだけ爆発的な増殖ができるのは、ひとえにこの、ブフネラに頼っているからです。

○そうしてアブラムシも増え、ブフネラも増えると。

■ええ。

[19: アブラムシに住んでいるウイルス]

○アブラムシに住んでいるウイルスの話も伺って良いですか? 植物病原性のウイルス。
 あれは植物を枯らしてしまうわけですよね。それはアブラムシにしてみれば損なことばかりで、何ら得はないような気がするんですけど。そんな関係がずーっと残っているのはどうしてなんでしょう。誰も得をしない関係のような気がするんですが。

■いや、少なくともウイルスは得してますよ。アブラムシに入り込んでしまえば、アブラムシは有翅虫になって他の植物個体にいって、そこでまた自分をばらまいてくれますから。

○なるほど。それはあるのか。

■それにある種の植物ウイルスを持つアブラムシは、寄生蜂の寄生を受けにくいんじゃないか、とも言われています。

○ふーん。

■これはあくまで可能性が指摘されている段階ですが。

○ところでアブラムシのなかで「虫こぶ」を作る奴がいますね。あれはウイルスを使っているんですか、それとも別?

■別のメカニズムがメインだと思います。ただ、ウイルスが関わっている可能性もありますね。そこはあまり深く研究されていないはずですが、僕の個人的感覚からいうと、あってもおかしくないかな、という気がします。

○なるほど。今後の研究で面白いことが分かるといいなあ。

[20: アリとアリマキ]

○共生の生態学は面白いですね。アブラムシは植物そのものや植物ウイルスとの関係もあるし、いっぽうで、アブラムシといえば「アリとアリマキ」の関係がありますよね。あれはアリがアブラムシを飼ってるような関係だと思って良いんですか。

■それは、アブラムシの種類と、アリの種類によってだいぶ違います。

○ほう。それはまた。いくつも組み合わせがあるわけですか。

■そうです。

○それによって、アリとアブラムシの関係も違うと。

■ええ、共生関係の強弱も違います。

○ふーん。

■基本的にはですね、先ほども言いましたように師管液は砂糖水であると。糖分は非常に多く含まれているのに対してアミノ酸などの有機窒素分は乏しい。だからアブラムシは、少ないアミノ酸を掻き集めるために大量の汁を吸わなければならない。けど糖分はいらないから排出する。その排出物が欲しくてアリがやってくる。

○うん。

■と、いうことに基づいているんで、動機としては単純です。

○基本的にはそうですね。僕もそれだけだと思いこんでいたところがあって。だから『アブラムシの生物学』を読んだときに、アリがアブラムシの数を調節するために、バクバク食べてしまうことがあるという話に驚いたんです。

■ええ。だからそれもアリの側の勝手といいますか(笑)。

○アリの都合なんですよねー。しかも、アリは「使った」ことがあるかどうかを確認して、捕食するそうで、いやはや。

■(笑)。ええ、アブラムシの排出する液を甘露と言うのですが、甘露を採取されたことのあるアブラムシは攻撃せず、されたことのないアブラムシは食べてしまう。おそらく、甘露を採取する時に仲間が認識できるなんらかの標識を残しておくんでしょうね。

○ええ。

■この単純なルールだけでもアリにとってアブラムシの利用効率はあがります。アリあたりのアブラムシの数が多い時には、甘露の供給量は過剰なわけです。アリにとっていらないアブラムシが出てくる。すると必然的に甘露を採取された痕跡のないアブラムシが増え、こういうものは食べられて行く。で、逆にアブラムシの数が少なくなってくると多くのアブラムシが「利用」されることになって、アリに食べられなくなる。甘露は糖分のかたまり、それに対して、アブラムシ本体はタンパク源、と言うことでアリの側で餌資源を利用し分けているフシもあります。

○そういう面でもアブラムシはずいぶん変わった存在だなあと。共生関係というものを考える上で、実に面白い生き物ですね。体内にもいろんなものが住んでいるし、外の環境とも面白い関係にある。非常に面白い素材だなあと思いました。

次号へ続く…。

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