NetScience Interview Mail 2001/08/23 Vol.155 |
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【中鉢淳(なかばち・あつし)@理化学研究所 微生物学研究室 基礎科学特別研究員】
研究:アブラムシの菌細胞内共生系
推薦図書:『昆虫を操るバクテリア』平凡社
『アブラムシの生物学』東京大学出版会
そのほか
○アブラムシの菌細胞内の共生系について研究しておられる、中鉢さんにお話を伺います。
アブラムシ(アリマキ)は身近な虫ですが、その体内には驚嘆すべき世界が広がっています。(編集部)
…前号から続く (第7回)
[12: 共生への歩み] |
○最初はこいつも、病原菌とかそれらと同じ様な侵入者だったわけですよね。
共生が始まるときっていうのは、どういう感じなんでしょう。ブフネラ−アブラムシの系を例に、そういうことを考えていくことはできないんでしょうか。
■昆虫の共生系で、一番原初的というか、一番関係が浅いものはなにかというと、腸管のなかのものなんです。こうした消化管内共生系は我々ヒトを含めた哺乳類でもごく一般的に見られるものですね。
○ええ。
■同じ腸管のなかでも、特にバクテリアなど微生物を飼うために「盲嚢」とよばれる構造を作る場合もあります。これは、もう一歩進んだ段階ですね。
○なるほど。
■さらに腸管の上皮部分に、バクテリアを飼っておくための細胞が現れる。これが次の段階です。
○ふーん、なるほどなるほど。
■さらにこれが進むと、腸管から独立した、体腔内の菌細胞へ移行すると考えられています。菌細胞を持つものには、アブラムシのほかキジラミ、コナジラミ、セミ、ゴキブリなどが知られています。
○ふーむ。それって、イニシアチブはどっちが取るんですか。
■うーん……。
○どうしても人間なんで、人間を基準にして考えちゃうと、寄生してきたほうがイニシアチブを取るのかなと思っちゃうんですけど。人間の寄生虫の適応の巧みさを考えると、ということですが。
■そうですね……。ただ、少なくとも、ブフネラなんかの場合を見ると、免疫系をかいくぐるようなシステムは持っていませんし。どうなんでしょうね。
○昆虫の免疫系って、たしか、白血球みたいな奴がうにょうにょ動いて、侵入者を食べるっていう方法しかないんでしたよね。
■そうですね。抗菌物質やレクチンによる液性免疫もあるにはありますが、免疫グロブリンなどを用いた哺乳類の免疫系のような洗練されたものではないですね。
○じゃあ、菌細胞をプチッと潰してやって、ブフネラを撒き散らすと、全部食われちゃうんですか。
■まあ、基本的にはそうだと思います。
○話は戻りますが盲嚢とか腸管の上皮細胞に、バクテリアを飼っている昆虫って具体的にどんなのがいるんですか。
■盲嚢にバクテリアを飼っているものとしては、カメムシが挙げられます。腸管上皮に共生バクテリアを持っている例としては、アフリカ睡眠病の媒介昆虫であるツェツェバエやシャガス病を媒介するオオサシガメがあります。
○その共生バクテリアは病原性と関係があるんですか?
■病原体となるのはそれぞれトリパノソーマ・ブルセイ、トリパノソーマ・クルジイという原生生物で、直接関係はありません。
ただツェツェバエにいろんな微生物が共生、あるいは寄生していることを利用して睡眠病の撲滅を目指そう、というようなことを提唱している人はいます。
○というのは?
■ツェツェバエは本来、中腸の細胞からトリパノソーマに対して殺傷能力を持つ物質を分泌しているんですが、腸管上皮細胞内の共生バクテリアの生産する物質がこの殺傷能力を低下させるんです。実際、ツェツェバエはこの共生バクテリアを多量に持つものほどトリパノソーマの宿主になりやすいことが知られています。
○じゃあ間接的には病原体の媒介に関わっている?
■ええ。で、逆にこの共生バクテリアが細胞外で培養できることを利用して形質転換させ、宿主に戻すことでトリパノソーマを積極的に排除するような、つまり睡眠病を媒介しないハエを作ろうという試みがあるわけです。
[13: ブフネラの遺伝子組成] |
○ブフネラの話に戻りますが、中間というか、始まりというか。どっちが何をして、こんな不思議な関係が生まれるのか。それは遺伝子を見て、分かったりしないんですか。
■少なくともブフネラのゲノムを見ると、共生するために非常に適した遺伝子組成になってますね。
○具体的にはどういう意味ですか。
■たとえば、必須アミノ酸を合成するための代謝系は残しながら、可欠アミノ酸に関しては宿主に頼るといった、相補の関係があること。だけども、免疫系をかいくぐるようなシステムは持ってない。
一方で寄生体であるマイコプラズマの場合は、多くの代謝を宿主に頼りながら免疫系をかいくぐるようなシステムを発達させています。同じようにゲノムサイズは縮小しているんですが。
○ふむ。
■そこの、ゲノムの遺伝子組成といいますか、何が必要で何が必要でないかという取捨選択の仕方が、寄生体と共生体では、少なくとも現在のゲノムを見ている限りでは異なっているということがあるんですね。
○じゃあ、寄生という戦略と共生という戦略は、意外と違うんじゃないかと。
■そうですね。
最初は寄生して、それがだんだんソティスフィケートされていくと共生になるかというと、どうも、そういう単純なことではなさそうだ。そんなふうに思えます。
○ふーん。
ブフネラを体内に飼い始める前は、アブラムシはどうやって必須アミノ酸の足りない分を補っていたんでしょう。
■おそらくは、腸管内のバクテリアからもらってたんでしょうね。
○草食動物みたいですね。
■基本的に自由生活性のバクテリアは代謝系をひとそろい持っているわけですから。
[14: ブフネラの遺伝子が菌細胞核に移行していないか] |
○いま、近々にやっていらっしゃる仕事はどういったものになるんですか。
■宿主である菌細胞がどういった遺伝子を発現しているかを調べるため…
○ライブラリを作っていると。宿主の側がどういった遺伝子を発現しているのか、というのはどういった意味合いなんでしょうか。たとえば時間的な変化を追っていらっしゃるのか、それとも違う意味なのか。
■取りあえずは、時間軸を動かす以前に、特定の時間的一点を取ってやって、発現遺伝子を見ると。
○なるほど。ブフネラを飼うために菌細胞は何をしているのかということですね。
■ええ。一つには、ブフネラ自身が必要なのに持っていない代謝系を補うために何らかの措置をしているでしょうし。
もう一つ期待しているのは、ブフネラがこれだけゲノムサイズを縮小しているのであれば、他のオルガネラと同じように、核のゲノムのほうに、遺伝子を移行させている可能性もある。
○ああ…。
■こういった遺伝子が宿主のmRNAとして取れてこないか。それも期待してます。
○菌細胞のなかのシグナル伝達の様子は面白そうですね。ほとんどオルガネラと化した共生バクテリアと、どんなやりとりをしているのか。そのイニシアチブはどちらが握っているのか。そういったことも分かって来るんでしょうか。
[15: 体制の複雑さと遺伝子の数の不一致] |
○中鉢さんは、最初からアブラムシをやろうと思ってらしたんですか。
■えーっと、少なくとも修士からはそうですね。
○大学生のころは?
■大学4年のときはマウスを扱ってました。
○マウスから、なんでアブラムシに(笑)?
■うちの学科(東京大学・理学部・生物学科)が卒研と、大学院は別の研究室へ行くのが望ましいっていう方針だったんです。いろんな材料でいろんな現象を見ておけと。で、まずは医学ともリンクする哺乳類から見ておこう。次に子供の頃から興味のあった昆虫をやってみようと。
○ふーん。じゃあなかでもアブラムシを選んだ理由は何ですか。
■基本的に細胞内共生っていう現象に興味がありまして。「なんでこんな変なことをやってるんだろうか」と。まあバクテリアはいろんな代謝系を持っているのが当たり前だけど、宿主はなんで特別な細胞まで用意してバクテリアを囲い込んでいるんだろうか。この細胞の由来は何か。囲い込むメカニズムは何か。そこらへんのことに非常に興味があったんです。
○ええ。
■それで、まずディファレンシャル・ディスプレイをやってみたわけです。ま、それでそこそこ、結果は出たわけですが、その後ブフネラの全ゲノムが分かった。であれば、もう今度は宿主の側に集中できるぞと。そういうわけです。
○アブラムシの全ゲノム解析っていうのは進んでるんですか。
■いや、それは一切ないです。
○そうなんですか。逆に、一般人からすると、アブラムシのほうが害虫だから何とかしろってことで、農林水産省からお金が落ちてそうな気がしたんですけども。たとえばそういう形で騙してお金を持ってくるとかね(笑)。
■(笑)。ただ、ゲノムサイズがまったく違いますよね。ブフネラが0.6メガ。一般に原核生物のゲノムは数メガのオーダーなんですね。それに対してショウジョウバエなんかは180メガくらいありますし。ショウジョウバエの180メガっていうのは昆虫の中でもかなり小さいほうだと言われてまして、カイコなんかでは500メガくらいあります。
○へー。
■じゃあアブラムシはどのくらいかというと、まだ分かってないんですよ。少なくとも数百メガはある。ていうと、ブフネラに比べると数百倍、数千倍の手間とお金がかかるわけです。
○話はアブラムシから外れちゃいますが、なんでカイコとショウジョウバエでそんなに違いがあるんですか。
■持ってる遺伝子の数は、そんなに大きく違わないと思うんです。何が違うかというとジャンクの配列が、カイコでは圧倒的に多いんでしょう。実際にカイコのゲノムには繰り返し配列が非常に多いということが報告されています。
○どちらも完全変態する昆虫なのに、そんなに違うんですか。
■そうですね。ですから遺伝子の数自体ははゲノムサイズほどには違わないはずですけどね。
ただショウジョウバエゲノムに含まれている遺伝子は、実は線虫よりも少ないんです。
○線虫はもっと多いんでしたっけ?
■ええ。ゲノムサイズそのものは線虫のほうが小さいんですが、持っている遺伝子の数は線虫のほうが多いんです。具体的には線虫のゲノムサイズが100メガで持ってる遺伝子数が18000くらい。ハエの方はゲノムサイズが180メガで、遺伝子の数は13600。線虫のゲノム解析が先にすんでいたんですが、昨年ショウジョウバエのゲノム解析が終わった時に、意外だ、という反応を引き起こしました。
○それはやっぱり、本職の人から見ても意外なことだったんですか。
■ええ。
○どうしてショウジョウバエのほうが少ないんでしょう?
■どうしてなんでしょうね(苦笑)。
○どうしてどうしてばっかりですみません(笑)。
ゲノムサイズと遺伝子の数はまったく比例しないんですか。
■普通は、ある程度比例すると言われていますし、そういう傾向はあると思いますが、先ほども言いましたように、直接遺伝子として働かないがらくた、ジャンクの配列が多ければゲノムサイズは大きくなるんです。ですから意外というのはゲノムサイズと遺伝子の数云々と言うよりは体制の複雑さと遺伝子の数の不一致の方です、むしろ。
○はい。昆虫なんかは、完全変態するときには、神経や筋肉なんかもバラバラにして、もう一回組み直すんでしょ。当然、そのときにはいろんな遺伝子が動くから、どう考えてもショウジョウバエのほうが線虫よりは多そうな気がするんですけど、そうでもないと。
■ええ。
○すごく理解に苦しむんですけど。
■ええ、そのとおりです。線虫の方は細胞の数はたった1000個程度。変態もなし。そのくせ発生や神経細胞のシグナリングに関わる受容体の遺伝子が1100種類もある。ハエではこの手の遺伝子が160種類。おかしいですよね。
○うん…。
■話はちょっと変わりますが、ヒトのゲノムサイズが3ギガ。メガで表すと3000メガですね。
○ヒトの場合はいらないものもいっぱいありそうですけど。そういうことなのかなあ。
■で、ヒトの遺伝子数も以前は10万と言われていましたが、実は3万くらいだという結果になりましたね。
○でも同じ遺伝子から違うタンパクになることもいっぱいあるわけでしょ。
■ええ、そうです。ですからヒトの場合は、ゲノム上にのっかっている遺伝子が3万から4万で、そこからオルタナティブ・スプライシングで何種類かのmRNAができると。で、結局、タンパク質としては10万くらいあるだろうと。
○タンパク質になってからも、またスプライシングされて違う種類のものができることもあるそうですね?
■ええ、ありますね。
○そうなるとどんどんタンパク質の種類は増えることになりますね。
やっぱり、遺伝子の数が多いからどうだこうだということはあまり言えないんですね。研究の手間は別として、体制の複雑さとかは。
■そうですね。単純には言えないですね。
○次号へ続く…。
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