NetScience Interview Mail
2001/08/02 Vol.153
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【中鉢淳(なかばち・あつし)@理化学研究所 微生物学研究室 基礎科学特別研究員】

 研究:アブラムシの菌細胞内共生系
 推薦図書:『昆虫を操るバクテリア』平凡社
       『アブラムシの生物学』東京大学出版会
    そのほか

○アブラムシの菌細胞内の共生系について研究しておられる、中鉢さんにお話を伺います。
 アブラムシ(アリマキ)は身近な虫ですが、その体内には驚嘆すべき世界が広がっています。(編集部)



…前号から続く (第5回)

[09: シンビオニン]

○ところで、ブフネラが大量に作っている物質として「シンビオニン」というのがあるそうですが、あの物質はいったい何なんですか。

■タンパク質の一種で、大腸菌のGroELというタンパクのホモログです。

○GroEL?

■ええ、細胞に高温などのストレスを与えてやると合成量が増加する一群のタンパクがあって、ヒートショックタンパクとかストレスタンパクと言うんですが、その代表的なものです。他のポリペプチドの3次構造への折り畳みや、機能的な4次構造への集合の時に介添え役となる、分子シャペロンとして働きます。シャペロンというのは本来、若い女性が社交界にデビューする時にそれに付き添って世話をするひとのことだそうで、これらのタンパクが他のポリペプチドの面倒を見るっていうところから「分子シャペロン」という言葉が使われるようになったようです。

○では、シンビオニンも分子シャペロンなんですか?

■少なくともin vitroで分子シャペロンとしての活性を持つことは確認されています。ミトコンドリアや葉緑体などのオルガネラにもこのGroELやシンビオニンのホモログがあって分子シャペロンとして働いています。というのはこうしたオルガネラの中で働かなければいけないタンパクはたくさんあるのに、オルガネラゲノムはごく少数の遺伝子しかもっていないんです。残りは核ゲノムにコードされている。

○うん。

■で、オルガネラの外で合成されたポリペプチドはミトコンドリアや葉緑体の膜を通って中に入り、正しいかたちに折畳まれなければならない。そこでこのシャペロンが必要になるわけです。

○なるほど。

■ブフネラもゲノムサイズは小さくて、必要なはずの遺伝子がなくなっているので、ホストから遺伝子産物をもらっている可能性があります。
 であればこれらのポリペプチドを正しく折畳んでやるのにシンビオニンが必要になるというのは、まあ、うなずける話ですよね。

○ホストからポリペプチドが渡されているという証拠はあるんですか?

■残念ながら、まだ直接的な証拠は得られていません。

○けど、なんであんなにいっぱい作ってるんですか。

■ええ(笑)。まだ、決定打はないんです。なんのためにこんなにいっぱい合成されるのかは分かってません。例えば先ほどディファレンシャル・ディスプレイでポリアミン合成のキーエンザイムをコードする遺伝子がとれたから、共生系のポリアミン濃度を測ったという話をしましたが、あれもひとつにはシンビオニンの大量合成と関係あるんじゃないか、と思ってやってみたんです。

○というのは?

■ポリアミンはDNAとインタラクトすることで、ある場合には構造の安定化に働きますが、条件によってはDNA構造を歪ませたりするわけです。

○ふむふむ。

■一方でストレス反応を起こす引き金のひとつにDNA構造の変化があると言われています。DNAに無理な力が加わるとその構造変化がシグナルとなってストレスタンパクの合成が始まる。またポリアミンは一般に細胞周期の制御に関わっていると言われています。ディファレンシャル・ディスプレイで取れたのは宿主のSAMDCだったので、じゃあ宿主がポリアミンを使ってブフネラの細胞増殖を制御しているんじゃないか。それがブフネラのDNAに負荷をかけ、結果シンビオニンの大量合成が起こるのではないか、こう考えたわけです。

○なるほど。

■しかも真核細胞に普遍的に含まれるスペルミンは、原核細胞には含まれず、むしろその増殖を抑制する。ブフネラの系に限らず、真核細胞に入り込んだ原核細胞ではこのGroELホモログの合成量が多くなる傾向があるのですが、これは真核細胞のスペルミンが原核細胞にストレス反応を引き起こしているからではないかと。

○うん。

■でも実際にこの共生系のポリアミン濃度を測ってやると、スペルミンは検出されない。むしろ宿主とブフネラがうまく妥協点を見つけた、と言う感じの組成でした。先ほど言ったようにスペルミジンのみを高濃度で含むと言うものですね。またブフネラを単離して、いろいろなポリアミン類を与えてみましたが、生理条件を逸脱するような極端な高濃度の場合にしか影響は現れませんでした。

○はあ。

■と言うわけで作業仮説はどうやらネガティブ、話はそう単純じゃないぞと言う結果です。で、結局シンビオニンがなんであんなにいっぱい作られているのか分からない、と言うのが現状です。

○ブフネラの外に運搬されているわけではないんですか?

■そこもですね、コンセンサスが得られているわけではないんです。

○説はある?

■ええ。アブラムシの体腔のなかにシンビオニンが放出される。植物ウイルスがこれとインタラクトすることによって、アブラムシの免疫系を逃れるのに使っているという説があります。

○シンビオニンを使って? じゃあ、アブラムシにとって得があるわけじゃなくて、アブラムシに感染しているウイルスに得があるということですか。

■ええ。

○うーん、共生しているバクテリアをさらに利用するウイルスですか。

■ええ、でも植物ウイルスですからアブラムシにとって害があるかというとそうでもないんです。まあ、いてもいなくてもいいと。そういう存在です。

○なるほど。それが一つの説ですか。

■はい。ただ、それは二次的なものといいますか、ブフネラがわざわざこんなに合成している積極的な理由にはなり得ないと思うんです。ですから、こういうはなしもあるよ、というだけで、大量にシンビオニンを合成している理由は、いまのことろ分からないと。

○うーん。分からないことがいっぱいあるんですね。そこらへんにいっぱいいる虫なのに。

[10: 害虫としてのアブラムシとブフネラの関係]

○普通の人にとってアブラムシっていうと、やっぱり、害虫っていうイメージが強いと思うんです。

■でしょうね。

次号へ続く…。

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