NetScience Interview Mail 2001/07/26 Vol.152 |
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【中鉢淳(なかばち・あつし)@理化学研究所 微生物学研究室 基礎科学特別研究員】
研究:アブラムシの菌細胞内共生系
推薦図書:『昆虫を操るバクテリア』平凡社
『アブラムシの生物学』東京大学出版会
そのほか
○アブラムシの菌細胞内の共生系について研究しておられる、中鉢さんにお話を伺います。
アブラムシ(アリマキ)は身近な虫ですが、その体内には驚嘆すべき世界が広がっています。(編集部)
…前号から続く (第4回)
[07: ブフネラのゲノムはアブラムシにとってのプラスミドか] |
○なんで、ブフネラは、こんなので生きていられるんですか(笑)?
そもそも、ゲノムのコピーが100もある、なかには200コピーを超えているものもあると本には書かれていましたが、そういう状態でも、平気なものなんですか?
ブフネラ本体には、どういった影響があるんでしょう?
■ええっと、コピー数が多いことがですか?
○ええ。分裂が少ないからコピー数が多いんだという考え方もあるそうですが。
■まあ、それはどういう見方で見るかですよね。少なくとも、分裂をしないままDNA合成、DNAの複製を続けているのは確かなんです。そうやってコピー数をどんどん増やしているわけですね。それがブフネラにとってどういう意味を持つか。
非常に難しいんですが(笑)、ブフネラ本体というよりはですね、一つ一つのゲノムが、既に、アブラムシにとって都合のいいプラスミドであると。
○なるほど。
■プラスミドを増幅させることによって、プラスミド上にのっている遺伝子を使って、必須アミノ酸合成とかビタミン合成を、より効率よく行おうとしている。むしろそういう見方をするほうが妥当なんじゃないかと僕は思います。
○なるほど。じゃあもう、ブフネラは、共生バクテリアではあるんだけども、ほとんどバクテリアではなく、細胞内小器官になろうとしていると?
■ええ、そう思います。
○じゃあ、ブフネラ本体の増殖なんかも、宿主がコントロールをしている?
■そうですね。具体的なメカニズムがどうなっているのか、についてはこれからですけどね。
○実際には、増減はどんなときに起こるんですか。さきほどの、飛ぶ虫ができるときには云々、という話もありましたが、それ以外には?
■少なくとも飢餓状態においておくと減ります。ハネを持ってないやつだと、飢餓条件下でブフネラの数が減ってしまうと、もう一度良い栄養状態に戻してやっても、それは元へ戻らない。
○え、なんで? 増えればいいじゃないかと思うんですけど。なんで戻らないんですか。
■ええ。そのへんが、だから……。なんでなんでしょうね(笑)。
○菌細胞そのものが減るんですか、ブフネラの数が減るんですか?
■両方です。それに対して、有翅虫の場合は一度飢餓状態に陥って、ブフネラの数が減っても、栄養状態がよくなれば、元に戻ります。
○ふーん。それは、何が違うんですか。
■こういう違いを生み出すメカニズムについては分からないんですが、合目的的に考えますと(笑)、無翅虫のすんでいる環境において、栄養状態が悪くなるということはおうおうにしてあるわけです。そしてその場合、栄養状態が後から好転するということはまずあり得ない。なぜならば、すでに虫がいっぱい増えちゃってるわけですから。
○はい。
■それに対して、有翅虫の場合には事情が違います。有翅虫は、混んだ状態になると現れる虫なんです。新天地を目指して、一旦飢餓状態を体験する。しかし飢餓状態のあとには、新しい植物にたどりついて、栄養状態が好転するだろうと。いうことが、いちおう期待されるわけです。
○ふむふむ。
■となると、一旦ブフネラを消化してでも飛翔筋を発達させるために必要なエネルギーを振り向ける。で、ハネをつかって、移動する。移動がすんだら飛翔筋を退縮させる。退縮によって得られたアミノ酸を使ってまたブフネラを復活させてやると。こういうストラテジーをとることが可能なわけです。
[08: ブフネラの遺伝子] |
○アブラムシの場合、混んできたら羽根が生えたものが出て来るんですよね? それって、混んできたことによってストレスタンパクとかが出来て、それで何事かが起こるんですか?
■いえ、そのへんのことは一切分かってません。共生系だけではなくて、どうして混んできたら羽根が生えた個体が現れるのかというのも、アブラムシを使った非常に面白い研究テーマだと思います。
○アブラムシって変わってますねー。
■ええ。
だいたい、後生動物で単為生殖でがんがん増えるっていうのはあんまりないですよね。
○それは、アブラムシだけですか。
■えーっと、ミジンコなんかもそうですね。
○あ、そうかそうか。
■でも、極めて例外的だと言えます。アリやハチなんかの膜翅目昆虫も単為生殖をしますが、これは雄を出す時に染色体数の半減がすんでいる卵細胞が単独で発生するというものです。社会集団の中で圧倒的多数を占める働きアリ、働きバチはみんな雌で、これは卵が普通に受精して発生したものです。
これに対してアブラムシの単為生殖の場合はどうやら減数分裂すらしない。倍数性を保った卵がそのまま発生する。しかも卵胎生で親の体の中で胚が発生し、幼虫の姿で生まれてくる。僕の飼ってるエンドウヒゲナガアブラムシだと、生まれた幼虫は10日前後で成虫になるんです。その成虫が、一日に4,5匹ずつ子どもを産む。それがまた10日で育って次の子どもを産む。そういうふうにして爆発的に増えていくわけです。
○マトリョーシカ人形みたいに、ずーっと入れ子になって、子どもが入ってるわけですね。子どものなかに子どもが、そのなかにまた子どもが…。
■概念的に言えば、そうです。
○そして、子どものなかの子ども、くらいの段階、ごく初期の発生段階から、ブフネラも一緒にいるわけですね。
■ええ。
○『アブラムシの生物学』東大出版会によると、かなり初期の段階で親から挿入されると。図を見るとかなり大きな塊が挿入されるような感じで書かれていましたが、本当にあんな感じで?
■うーん、観察例が少ないので、必ずしもあれがコンセンサスというわけでもないと思うんです。まあ、ああいった像が見えたということでしょう。
○その段階では、ブフネラの塊のなかに、将来、菌細胞の核になる細胞がちらほら浮いているという形に描かれていますが、その核は、親からもらうんでしょうか、それとも子どもの側から?
■子どもの側です。
○じゃあ将来菌細胞になるよと細胞運命が決まっていて、入ってきたブフネラの塊とタイミングを合わせるように、菌細胞の核へなっていくと?
■そうですね。
○核は、ブフネラをだいたい何個くらい取り込むとか決まってるんでしょうか。どういった形で細胞膜を形成して菌細胞になっていくのか? 適当に指示を出していくんでしょうか。
■うーん。そうなんでしょうね。そうなんでしょうね、としか云えません。
○このあと、ブフネラも分裂していくわけですよね。でも細胞膜を作れない。となるとやっぱり、宿主のほうから分裂の命令が出ているんでしょうか。
■そうでしょうね。
○実際にはどういうかたちなんでしょうか、細胞膜が形成されているときは。
■うーん。リン脂質が集まっていく様子が見えるわけじゃないですからね……。
ま、一つにはミトコンドリアと同じようにリン脂質そのものが受け渡されるような可能性があります。もう一つには、リン脂質合成に必要な酵素・タンパクを宿主の側からもらうと。その移入されたタンパクが働くことによって、ブフネラのなかで合成される。そういう可能性があります。
○ブフネラのゲノムはもう解析されているんですよね。じゃあ、膜上にある蛋白の遺伝子なんかも、もう見つかってるんですか。
■いくつかは。
○今後、解析が進んでいくと、そのへんの見当もだいぶついてくる?
■そうですね。どういったタンパクが宿主の側から渡されるのかとかは分かってくると思います。
○どういう膜輸送タンパクがあるのかなどは、あまり分かってないんですか。
■ええっとですね。たとえば、原核細胞でよく知られているABCトランスポーター。これはATP-binding cassetteを持つことから名付けられたんですが、ATPの加水分解エネルギーを利用して糖やアミノ酸、ペプチドなどを輸送するもので、大きなファミリーを形成します。そういったものはブフネラにはほとんど存在していない。
○それはどうしてですか。
■どうしてというと?
○なぜなくなっていったのか。なくなるにしても、能動的に削られていったのか、それともなんとなくなくなっていったのか…。
■ま、必要がないから、受動的に、と考えるのが自然だとは思うんですが、逆に何が肩代わりしているのかが問題ですよね。この共生系では宿主とブフネラの間で物質のやりとりが盛んに行われているはずなので、何かが肩代わりしているはずです。一つ、アイデアがあるのはですね、ブフネラは、他のバクテリアだと鞭毛の部品になるようなタンパクをコードするような遺伝子をいくつか持っている。
○ふむ。
■だけど、鞭毛の鞭の部分をコードするような遺伝子は持っていない。
○フラジェリンは持ってないと。
■ええ。鞭毛の基部構造にあたるようなものだけ持っている。ひょっとすると、それがトランスポーターとして働いている可能性もあると。
○なるほど。バクテリアの毒素の運搬とか、鞭毛モーターとかは、起源がみんな一緒なんじゃないかという話を、帝京大の相澤先生らが仰っていたような。
■ええ。現在知られているバクテリアの分泌系には4つのタイプがあるのですが、このうちタイプIIIと呼ばれるものの構造が鞭毛の基部構造と似ているんです。
○次号へ続く…。
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