NetScience Interview Mail 2001/07/19 Vol.151 |
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【中鉢淳(なかばち・あつし)@理化学研究所 微生物学研究室 基礎科学特別研究員】
研究:アブラムシの菌細胞内共生系
推薦図書:『昆虫を操るバクテリア』平凡社
『アブラムシの生物学』東京大学出版会
そのほか
○アブラムシの菌細胞内の共生系について研究しておられる、中鉢さんにお話を伺います。
アブラムシ(アリマキ)は身近な虫ですが、その体内には驚嘆すべき世界が広がっています。(編集部)
…前号から続く (第3回)
[05:DNAを安定化させる物質・ポリアミンに見る菌細胞とブフネラの共生関係の実際] |
■他に宿主の側で取れた遺伝子のなかに、「S-アデノシルメチオニン・デカルボキシラーゼ(SAMDC)」っていうのがありまして、これはポリアミン合成のキーエンザイムなんですね。ポリアミンというのは、アミノ基を複数持った一群の物質で、ポジティブ・チャージを持っている。そしてネガティブ・チャージを持った物質とインタラクトすることによって様々な効果を発揮するということが知られています。
○様々な効果というと、実際には?
■ええ、で、ネガティブチャージを持った物質とは何かというと、細胞内では核酸が一番大きいわけです。リン酸基部分にネガティブ・チャージを持っていますから。ですから、ポリアミンはDNAやRNAの構造安定化に大きく寄与していると。
あまり耳なじみないと思うんですけども、実はあらゆる細胞に必須の物質であると言われています。
○なるほど。
■原核生物の場合は、含んでいるポリアミンとして、「プトレスシン」という物質と、「スペルミジン」というものが主に知られていまして。先ほども言いましたように、ブフネラっていうのは大腸菌に近縁なガンマプロテオバクテリアなんですが、こういったバクテリアには、特にプトレスシンが多く含まれているのが普通です。
○はい。
■一方、真核細胞では、プトレスシンはわずかで、スペルミジンと、スペルミンの二つがメジャーなものなんです。で、
プトレスシン → スペルミジン → スペルミン、
この順番でチャージの数が大きくなりますし、DNAを安定化させる活性も飛躍的に高まって行くんですね。
○へー。
■で、菌細胞では実際にどんなポリアミン組成をしているのか、測ってみました。すると菌細胞まるごとで測ってやっても、ブフネラだけを単離して測ってやっても、あるいはアブラムシ全体を潰して測ってやってもですね、どの場合でも、スペルミジンのみが高濃度で含まれていて、ほとんど他のものは検出されないという結果になりました。
○というと?
■一つにはこの一番活性の高いスペルミンっていうのは、原核生物にとっては、むしろ生育にネガティブというか、生育を阻害するような働きを持つんです。ですから原核細胞であるブフネラとの共生関係を良好に保つために、虫の側がスペルミンの合成を、要は我慢してしまっていると。そんな風にも考えられます。
○ふーん。
■ところがこうやってスペルミンを使うのを諦めると言うことは、真核細胞として本来持っているべきものを切り捨てることを意味します。
○はい。
■そこで、より活性の低いものを使って補償してやらなくてはいけない。ということで、宿主はスペルミジンを使うわけですが、活性が低いわけですから当然高濃度を要求することになるわけです。
○なるほど。
■一方のブフネラには、非常に大きい特徴があります。大腸菌と近縁ではあるんですけども、まずゲノムサイズが、64万、すなわち0.6メガベースしかない。大腸菌は4.6メガくらいありますから、それに比べるとゲノムサイズが1/7くらいに縮小してる。さらに、この小型のゲノムが一つの細胞のなかに、100コピー以上あるんです。
○ヒトだと2nですが、ブフネラは100nということですね。
■そうです。非常に特殊なゲノム構造をしてます。こういったゲノムを細胞のなかで安定に保持するためには、おそらく、何か特殊なことをやらなくてはいけない。ということで、プトレスシンよりもDNAを安定化させる活性が高いスペルミジンを使わなくてはいけない。
○なるほど。
■──のではないか、と僕は考えています。ディファレンシャル・ディスプレイでとれたのは宿主の側のSAMDCでしたが、ブフネラのSAMDCやスペルミジン合成酵素の発現も調べると、虫が若いうちにこれらの発現がさかんで、徐々に低下して行くことが分かりました。これと呼応するようにブフネラ細胞内のスペルミジン濃度は低下して行くのですが、DNAの細胞内分布を見てやると、若いうちは均一なのに徐々に不均一な分布になります。やはりスペルミジンとDNA構造との間になんらかの関係があることが示唆されるわけです。
○うん。
■というわけで共生系を維持するのに都合の良い組成ではあるのですが、宿主は宿主、ブフネラはブフネラで独立にこのスペルミジンを合成しているようですし、大量合成の理由もそれぞれの都合によるものと思われます。
[06: ブフネラは自分自身の細胞膜を作れない] |
■他に枝葉の研究はあるんですが、それは取りあえず端折ることにしまして、ブフネラのゲノムの話をしましょう。ブフネラゲノムは、その全塩基配列が最近、決定されたんですが、いくつかの面白い事実が明らかになりました。必須アミノ酸を合成するための遺伝子は持っている。まあこれは当然ですね。
○はい。
■一方で、可欠アミノ酸っていうのがありますね。後生動物は自分で合成できるというものです。ふつう自由生活性のバクテリアは必須アミノ酸も可欠アミノ酸もどちらも合成できるのですが、この可欠アミノ酸を合成する代謝経路を、ブフネラはほとんど持っていない。だから可欠アミノ酸は虫からもらって、必須アミノ酸だけを合成して虫に与えている。宿主とブフネラの間で、代謝系が完全に相補する関係にある。
○ふむ。
■というわけで、まさに共生の関係にあることがゲノムレベルからも言えたわけです。
○なるほど。
■あと、リボフラビンを合成する代謝経路も当然もっている。こういう、ビタミンだとか必須アミノ酸だとか、宿主の栄養要求を満たすのに必要な代謝経路は残しておきながら、非常に奇妙なことに、リン脂質を合成する経路をほとんど欠いている。
○ふーむ。
■ということは、ブフネラは、自分自身の細胞膜を合成することができない。じゃあ、どうやってまかなっているのか。
普通に考えれば宿主の側からもらっていると考えるしかない。実際、共生バクテリア由来であると言われているミトコンドリアなんかもリン脂質を合成する経路はほとんど持ってないんですね。ミトコンドリアの外で作られたものをもらって、それをモディファイして使っている。こういうことが、ブフネラと宿主の間にないかと。というわけで、宿主とブフネラのインタラクションにさらに興味が湧いたわけです。
○はい。
■大学院の頃はディファレンシャル・ディスプレイを用いて、宿主の側とブフネラの側の遺伝子発現を同時に見ていたわけですが、こうしてブフネラのゲノム情報が明らかになったのなら、宿主の側に集中してやろう。ということで今度は、宿主の発現している遺伝子、mRNAを標的にして、EST解析するべく、現在ライブラリを作成中です。まあ個人レベルの実験で予算も乏しいんで「EST解析」と言うほど本格的なものは難しいんですが、とりあえず発現している遺伝子を拾って行こうということです。
○なるほど。ブフネラが分裂するときに、宿主の側で何が発現しているかをもっと細かく見ていくということですか。
■そうですね、最終的にはそういったことも目標のひとつに入ってくると思います。
ただ、ブフネラが分裂しているところというのは、なかなか捕まえにくいんです。菌細胞内のブフネラを電顕なんかで見てやっても、分裂像はめったに見つからない。分裂頻度が非常に低いんです。
○非常に低いって……。どのくらい低いんですか? そもそも、菌細胞一個のなかに、ものすごい数のブフネラがいるわけでしょ。それでなおかつほとんど分裂しているものが見つからないとなると、ほとんどゼロに近いんじゃないかってことは?
■ゼロってことはないと思います。
○でも、たとえば、卵巣小管のなかで成長中の胚の中では分裂するけども、その後はほとんど分裂しないってことはあり得るのでは?
■うーん……。発生が進むにつれて分裂頻度が低下する傾向があることは確かでしょうね。ただ胚の中だけでなく生まれたあとにも虫の中のブフネラの数は増えているはずです。
○あ、そうなんですか。
■生まれてから成虫に達するまで、幼虫の段階がありますね。幼虫の段階で、ある程度は増えているんです。
○ふーん。
■ただ、菌細胞内のブフネラが同調してどんどん分裂する、というような時期はないので、ブフネラを分裂させるために宿主がどんな遺伝子を発現しているのか、を厳密に調べるのは容易じゃないと思います。
[07: ブフネラのゲノムはアブラムシにとってのプラスミドか] |
○なんでブフネラは、こんなので生きていられるんですか(笑)?
○次号へ続く…。
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