NetScience Interview Mail
2001/07/12 Vol.150
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【中鉢淳(なかばち・あつし)@理化学研究所 微生物学研究室 基礎科学特別研究員】

 研究:アブラムシの菌細胞内共生系
 推薦図書:『昆虫を操るバクテリア』平凡社
       『アブラムシの生物学』東京大学出版会
    そのほか

○アブラムシの菌細胞内の共生系について研究しておられる、中鉢さんにお話を伺います。
 アブラムシ(アリマキ)は身近な虫ですが、その体内には驚嘆すべき世界が広がっています。(編集部)



…前号から続く (第2回)

[03: アブラムシの体は液体の袋同然]

■実際にアブラムシを解剖して頂くと分かるんですが、本当に、袋の中に液体が詰まっているような感じなんですね。実体顕微鏡の下で虫の体をピンセットで割いてやるんですけど。そうすると体液が流れ出してきて、そのなかに菌細胞が入っている。それをピペットマンで吸って集めるわけですが。

○はい。

■人間の場合は、体腔といえば組織が詰まっていて、液体の部分のほうが少ないじゃないですか。

○ええ。

■そういった感じではなくて、アブラムシの場合は液体の袋なんです。卵巣小管が通っていて、消化管が通っていて、あとは液体が詰まっている。

○ふ〜ん。
 じゃあ、栄養源の運搬は、拡散にまかされているような感じ?

■うーん。それに近いですね。もちろん昆虫の場合も開放血管系とはいっても心臓もあるし、一応体液の流れはあるんですが、あまり洗練された栄養運搬システムとは言えないでしょうね。それでも体が小さいから事足りるわけです。

○なるほど…。よく分からないけど。
 ところで菌細胞って、そんなにパッと見て分かるんですか。

■分かります。そもそも、お腹のなかに含まれているものが単純ですから。組織、器官の種類があんまり多くない。目立つものは卵巣小管と消化管、他には脂肪体。あとは菌細胞です。大型の細胞ですし、数も多いんです。ですから比較的容易に判別できます。

○なるほど。分かりました。
 ……ところで、このアブラムシ(実物)、葉っぱの裏に止まったまま、ぜんぜん動 きませんね。

■ええ。必要のない限り、ほとんど動きません。何しろ口を師管に差し込んでおけば餌はいつでも手に入るわけですから。

○羨ましい生活だなあ。

[04: 菌細胞とブフネラの間のインタラクション]

○で、中鉢さんがやっていらっしゃる仕事は具体的にはどのようなものなんでしょうか。

■宿主の菌細胞とブフネラの間にどういったインタラクションがあるのかということを調べています。
 菌細胞っていうのは直径100マイクロメートルくらいの大きな細胞でして、そのなかにブフネラが数万個入っていると。

○はい。

■ブフネラがホストに必須アミノ酸を渡しているだろうということは生理学的な実験から分かっていたんですが、ブフネラが実際にどういった遺伝子を発現しているかについては情報が乏しかったですし、宿主の側の遺伝子発現に至ってはまったく何も分かっていなかったんですね。

○ええ。

■で、一方でですね、この共生系、若いうちはうまくいってるんですが、年をとるとどうも、宿主の側からの影響力が低下して、ブフネラの遺伝子発現パターンが変わるんじゃないかという示唆があったんです。
 それに着目しまして、若い虫の菌細胞と、年をとった虫の菌細胞をとってきてやって、それぞれの遺伝子の発現パターンをmRNAのレベルで比べてやったんです。これは「ディファレンシャル・ディスプレイ」という手法なんですが、それによって、若い虫のほうで盛んに発現している遺伝子を拾ってやれば、この共生系においてどういった遺伝子がエッセンシャルで、どういったインタラクションがありうるのかが分かると思ったんです。

○なるほど。

■それで、大学院生のときはまず、ディファレンシャル・ディスプレイ法を使って、若い虫の菌細胞で高発現している遺伝子を拾ってきてやりました。
 実際に取れてきたものが宿主の側とブフネラの側、それぞれいくつかありまして。宿主の側では、一つには、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼという酵素をコードする遺伝子があります。先ほど言いましたように、アブラムシはブフネラに必須アミノ酸合成をさせるわけですが、宿主の側は材料となるアミノ酸、グルタミン酸をブフネラに渡す必要があります。この受け渡しの前処理に必要だろうと予測されていた酵素が、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼです。これは宿主の側で発現している、共生系の維持に関わる遺伝子として初めて得られたものです。

○はい。

■同時にブフネラの側でもアミノ酸合成に関わるいくつかの遺伝子が取れてきました。これは以前からの生理学的研究により得られていた知見 と一致するもので、リーズナブルな結果と言えます。
 他にブフネラの側で取れてきたもののなかにビタミン合成酵素の、リボフラビンシンターゼっていうのがありまして。

○リボフラビンシンターゼ?

■はい。リボフラビンっていうのはビタミンB2なんですね。ビタミンB2を合成する酵素の遺伝子が、若い虫で高発現していると。そこでブフネラは、アミノ酸だけではなくビタミンも宿主に対して供与しているのではないかと考えました。

○ふむ。

■ブフネラは、抗生物質処理をすることで、除いてやることができるんです。そういった虫を人工飼料上で飼うことによって、人工飼料にリボフラビンを与えた場合と与えない場合の生育を比較してやれます。
 すると、リボフラビンを与えた場合にはそこそこちゃんと育つんですが、与えない場合には育たない。ブフネラを持つ正常な虫は、餌にリボフラビンが入っていようが入っていまいが問題なく育つ。ということからやはり、ブフネラがビタミンを作って宿主に与えている、与えられるビタミンが宿主にとって必須である、ということを確認しました。

○なるほど。
 一方で、成虫の場合は、ブフネラを取り除いてもそんなに影響はないそうですね。

■そうですね。ブフネラを除くには原核細胞だけを標的とする抗生物質を使います。原核細胞と真核細胞ではRNA合成やタンパク合成のメカニズムなどが若干違うので、こうした違いをもとに、それぞれに対して特異的な抗生物質を用意することができるわけです。

○うん。

■僕らはよくリファンピシンという物質を使うのですが、これは原核性のRNAポリメラーゼを特異的に阻害するものです。このリファンピシンを親虫に注射して、生まれてきた子供を実験に使うわけですが、この注射は親虫自身に対しては目立ったダメージを与えません。これはすでにブフネラからもらっている物質の蓄積が親虫の体内にあることも原因のひとつでしょうし、親虫の菌細胞が大型で、中のブフネラの数も多く、完全に死滅するまでに時間がかかるといった要因もあると思います。

○ふむ。

■ですから現象面だけを見て一概に「成虫の場合は、ブフネラを取り除いても影響はない」と言い切ってしまうわけにはいきません。

○なるほど。

■ただ、こんな話もあります。親虫が全身で行っているタンパク合成の大部分が、体内で育ちつつある胚のためのものだと言われているんです。ブフネラを殺すためには原核生物を特異的に標的とする抗生物質を使いますが、逆に真核生物特異的な抗生物質も存在します。その例にシクロヘキシミドという物質があるのですが、これはホストであるアブラムシのタンパク合成を阻害します。こうした物質を虫に注射すると、幼虫はすぐに生まれなくなってしまうのに、親虫はそのあと数日間生存することが知られています。こうしたことから、もともと親自身の組織より胚での代謝が活発なんだろう、ということは想像できますね。

○ブフネラに頼ってる分も含めた親のエネルギー投資は、大部分お腹の中の胚の発生に振り向けられている、と言うことですね。

■ええ、成虫は文字どおりもう完成しているのに対して、胚はタンパクなどを合成しながらどんどん体を大きくして行かなければいけないわけですから、当然と言えば当然ですよね。

○うん。

■一般に発生段階が早ければ早いほど、薬物処理の影響が大きいという傾向はあると思います。抗生物質でブフネラを除く方法には2通りあります。さっき紹介しました方法のように親に注射して生まれてきた幼虫を使う方法がひとつ。

○はじめから無菌のアブラムシですね。

■そうです。これが一つ。
 もうひとつは生まれたあとの幼虫に抗生物質を混ぜた人工飼料を与える、という方法。僕らは余りやらないんですが、イギリスのグループはこの方法をよく使っています。

○はいはい。最初は──成虫の体内にいるときにはブフネラを持っていたんだけど、生まれたあとにはなし、というものですね。

■ええ。それでですね、生まれてきてから叩いたほうは、親の体のなかにいる段階から叩いたものに比べて、抗生物質処理の効果がはっきり現れにくいようです。

○それはやっぱり、ビタミンとかが、アブラムシがまだ親の胎内にいる段階のときに影響を与えているということですか。発生の過程なり、発達の過程において。具体的には、どんな影響を与えているんでしょうか。

■フラビン類に関して言えば、これはあらゆるビタミンの中で、関与する酵素反応の数がもっとも多いことが知られています。リボフラビンはフラビンモノヌクレオチド(FMN)やフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)というかたちに変換されて、酸化還元酵素の補酵素として働きます。つまりエネルギー産生の過程である呼吸に必須であるということができます。こういうものが不足すると、発生段階が早いほどダメージが大きいというのは想像できますよね。体の基本パーツを組み立てている途中なわけですから。

○なるほど。

■それに生まれてからブフネラを叩いたものだと、それ以前にもらってるリボフラビンの蓄積が多いので、ある程度は持つと言う面もあるでしょう。

○ふむ。

■あと、ビタミンだったら植物にいっぱい含まれてるんじゃないの?アブラムシの餌は植物なんだからブフネラにもらわなくてもいいはず、って思うひともいるんじゃないかと思いますが。

○ええ。思いますね。

■アブラムシの吸っている師管液には、このリボフラビンはほとんど含まれていないことが知られています。もちろん植物細胞の細胞質のほうには各種のビタミンが含まれていますが。ちなみにこの細胞質を直接吸うアブラムシも少数ながら存在するんですが、この連中はブフネラを持たないんです。

○この場合は餌の栄養バランスが良いから、ブフネラがいらないと。

■ええ。

○じゃあなんで他のアブラムシもそうしないんでしょうね。

■植物の細胞壁はなかなか手強い相手で、これを壊すのにエネルギーを使うくらいなら師管液でいいや、ということなんじゃないでしょうか。細胞壁はセルロースでできていて、機械的に頑丈だし、これを分解する酵素も、ふつう、動物は持っていない。細胞質を餌にしようと思ったらひとつひとつの細胞に対してこのバリアをクリアして行かないといけない。それに対して師管まで口を突っ込む時には表皮細胞のごく一部を破壊するだけですむ。あとは師管に口を突き刺したまま、じっとしてればいい。餌はどんどん流れてくるわけですし。

○なるほど。

■それに細胞を壊してしまうと植物側の2次代謝産物をどうやって処理するかという問題もでてくるでしょうね。師管液だと栄養は少ないけど、毒も少ないから安心だと。足りないものはブフネラが補ってくれるし。

○ふむ。

■まあいろんな食物資源があるから、それに対してとるべき戦略も多様になる、ということでしょう。

次号へ続く…。

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