NetScience Interview Mail 2001/07/05 Vol.149 |
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【中鉢淳(なかばち・あつし)@理化学研究所 微生物学研究室 基礎科学特別研究員】
研究:アブラムシの菌細胞内共生系
推薦図書:『昆虫を操るバクテリア』平凡社
『アブラムシの生物学』東京大学出版会
そのほか
○アブラムシの菌細胞内の共生系について研究しておられる、中鉢さんにお話を伺います。
アブラムシ(アリマキ)は身近な虫ですが、その体内には驚嘆すべき世界が広がっています。(編集部)
○いまやっている仕事について教えてもらえますか。
■いまはアブラムシを使って、細胞内共生系について研究しています。
アブラムシの共生系っていうと、アリとの関係を思い浮かべる方が多いと思いますが、僕がやっているのは微生物との共生関係です。
○はい。
■で、アブラムシの場合、この微生物を飼っている場所が変わってるんです。消化管の中に微生物を飼うタイプの共生系はどんな動物でもごく一般的に見られますが、アブラムシの場合は、体腔内に数十個、大きさ100マイクロメートルくらいの「菌細胞」っていう特殊な細胞を持ってまして、その細胞のなかに特定のバクテリアを詰め込んで飼ってるという状態なんです。
○特定のバクテリアとは?
■ブフネラ(Buchnera)と言いまして、大腸菌と近縁なバクテリアです。
○ブフネラはなにをしてるんですか? ブフネラとアブラムシの関係は?
■ブフネラは必須アミノ酸などを合成して、ホストであるアブラムシへ提供しています。ブフネラもアブラムシも、それぞれパートナーなしでは繁殖できない、完全な相利共生関係と言えます。
○アブラムシの菌細胞の顕微鏡写真を見ますと、ほんとうにぎゅうぎゅう詰めに入ってますね。菌細胞のなかで、まるで破裂寸前のように。
■そうですね。
○あれは、ああいう形に、勝手に増殖したりしないけれども、ぎゅうぎゅう詰めになっている状態を維持するように、宿主の側、つまりアブラムシ側の細胞が制御しているんですか?
■おそらくそうであろうとは考えられていますが、制御のメカニズム等については、一切分かっていません。
どういった形で説明していきましょうか(笑)。
[01: アブラムシとはどんな虫か 単為生殖] |
○じゃ、アブラムシがどういう虫か、ということから。
■はい。別名アリマキともいいますが、世界で4000種以上が知られています。体の大きさは種によりますが、だいたい数ミリくらい。僕がつかっているエンドウヒゲナガアブラムシは割と大型で、3,4ミリくらいあります。
体は卵形に膨れています。
口は針状になっていて、それで植物の汁、師管液を吸います。
羽は基本的に生えていませんが、混雑してくると羽を持つものが出てきます。
○ほう。それも面白いですが後回しにして、取りあえず体のなかのことを。
■ええ。アブラムシの模式図を描きますと、まあ、袋みたいになっているんです。で、その中を消化管が通ってます。
動物の体をごく単純に考えますと、ちくわみたいなもので、まん中の穴が消化管。ということで消化管は動物の体外であることが分かりますね。で、その消化管の周囲の、ちくわで言えば「身」の部分が袋状になっていて、昆虫の場合この空間を「血体腔」といいます。昆虫は開放血管系なんで、組織液、血液、リンパ液といった区別がなく、「血リンパ」と呼ばれる体液がこの袋の中につまっているわけです。
○はい。
■そのなかに、一個体あたり数十個、菌細胞は浮かんでいるような状態で存在しています。
○浮かんでいる? ある程度の分布は?
■いや、特にないですね。消化管の周りを中心に分布している、といった言い方もされますが、これは厳密なものではなく、血体腔中に散在しているといった方が妥当だと思います。
○そうなんですか。なんていい加減な…。
■で、アブラムシのもう一つの特徴としては、単為生殖をするということがあります。同時に卵胎生でもありますので、両性生殖をせずに、いきなり雌の幼虫を産むわけです。しかも単に交尾や受精の手間を省いているだけではなく、親の胎内の次世代の胚のなかにはもう三世代目がいて、発生の準備を進めています。それでどんどん増えるわけです。
○すごいですね。
■ええ。さっきの模式図で言うと、アブラムシの血体腔には「卵巣小管」という管が何本も走ってまして。ここに各発生段階の胚が順番に並んでいる。
○ふむふむ。
■そしてこの胚のなかにも菌細胞が既にあるんです。そのなかにブフネラを詰め込んで持っている。発生のごく初期の段階に、親から胚へブフネラが移行しているんです。そういう形で、常に「垂直感染」している。水平感染は、おそらく今まで一切なかったと考えられています。
○「今まで」とは?
■一番最初に、アブラムシの共通祖先にブフネラが感染したのが、おそらく2億年くらい前であろうと言われているんです。
○はい。
■その後はずっと、親から子へと垂直感染を繰り返して受け継がれてきたバクテリアだろうということです。
○2億年というと、中世代ジュラ紀くらいですね。大型竜脚類が歩き回っていた頃。2億年っていうのは、どこから出てきた数字ですか。
■まずいろいろなアブラムシからとってきたブフネラについて、特定の遺伝子の塩基配列を決めてやります。原核細胞の場合16S リボソーマルRNA(rRNA)遺伝子などが良く使われるのですが、ブフネラでもこの遺伝子が使われました。こうして得られた塩基配列情報をもとに系統関係が推定できるんですが、ブフネラはプロテオバクテリアのガンマ3亜族のバクテリアで、すべて単系統群に属することが分かりました。つまり起源はひとつ。さらにアブラムシの側でも系統樹を書いてやる。
○はい。
■そうするとですね、宿主の側とブフネラ側の系統関係がぴったり一致するんです。ということで、アブラムシの共通祖先に一度だけ感染が起こり、宿主の分化にともなってブフネラも分化してきたと推測される。
○ふむふむ。
■もう一つ、年代はどうして分かるかということですが、これは、アブラムシの化石記録からです。
アブラムシの場合、コハクから化石が見つかることが多いんですが、コハクの形成年代とその中のアブラムシの形態から、アブラムシの分岐年代はある程度推測できます。
このデータと各種のブフネラの16S rRNAの間の塩基配列の違いを突き合わせると、単位時間あたりの塩基置換速度を推定できます。
その値に基づいてさかのぼることでブフネラの共通祖先のいた年代、つまりアブラムシの共通祖先に感染が成立した年代が分かるということです。それがおそらくは1億数千万年から2億数千万年くらい前だろうと。そのときに、一度だけ感染が起こって、垂直感染しながら、宿主と運命を共にしてきたのが現在のブフネラだというわけです。
○なるほど。あのコハクのなかにいるアブラムシのなかにも、輪切りにしてみると、もうブフネラがいるわけですか。
■残念ながら、それは確認例がないんです。コハクの中の昆虫化石は一見きれいなようですが、内部構造まで状態よく保存されることはあまりないようです。
[02: 共生バクテリア・ブフネラ] |
○で、ブフネラですが、あれはいったい何をしてるんですか? 『アブラムシの生物学』(東京大学出版会)はいちおう全部読んだし、興味深いものだとは思ったんですが、いま一つ、肝心のところが書かれてないような気がしたんです。
■ああ(笑)。それは、書かれてないんじゃなくて分かってないんですよ。
一番大きいのはですね、必須アミノ酸を宿主に対して提供していると言われています。栄養学的な寄与ですね。
○うん。まあそうなんだろうという話は書かれてましたよね。アブラムシは師管液しか飲んでないんだから必須アミノ酸が足らない、だからブフネラが何かやってるんじゃないかと。要するにそういうことですね。
■そうです。
○じゃあ、その、ブフネラを飼ってる菌細胞から、アミノ酸はどういう形で運搬されていくんでしょうか。
アブラムシの体内に浮いているわけだから、そのまま細胞の外に出せばいい、ということなんでしょうか?
■そうですね、あんまり洗練された運搬システムは、おそらくないであろうと言われています。
○アブラムシは、混んでくるとハネが生えた奴が出てくると。その、ハネを持ったアブラムシでは菌細胞が縮むという現象もあるそうですね。
■ええ。
○おそらく栄養源として使われているのだろうと。でも、それが実際にどういう形で消化されていくのかとかが全く書かれていなかったんですが…。
■ええ、それは書かれていないだけではなくて、分かってないんです(笑)。というか突っ込んで調べられていない。
○あれ、そうなんですか? ほんとに?
■はい。
○菌細胞をどう栄養源に変えているのかとか、推測はあると思うんですが…。
■菌細胞を、というよりはブフネラを菌細胞がリソソームか何かで細胞内消化して、それを虫が栄養源にしていると考えるのが妥当だと思います。
○たとえばいったん消化管のなかに取り込まれるのか、それとも、そういう形は経ずに、そのままダイレクトに栄養源になるんでしょうか?
■すでに分解されているわけですから、消化管に入る必要はないわけです。
○ああ、そうかそうか。じゃあ、そのまま、どういう形かは分からないんだけど、直接使われているんだと?
■ええ。
○へー。昆虫ってやっぱりヘンですね。
○次号へ続く…。
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