NetScience Interview Mail
1999/12/09 Vol.080
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◆Person of This Week:

【松元健二(まつもと・けんじ)@理化学研究所 脳科学総合研究センター】
                認知機能表現研究チーム 研究員
 研究:認知脳科学
 著書:朝日文庫『脳の謎を解く1,2』共著ほか

研究室ホームページ:http://www.brain.riken.go.jp/labs/cbms/

○認知脳科学の研究者、松元健二さんにお話を伺います。
 8回連続予定。(編集部)



前号から続く (第6回/全8回)

[18: 刺激と反応と報酬のメカニズムは、脳の中でどう作られているのか]

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■もう一つattentionという問題もあって。この課題だとある視覚刺激が出て、それが報酬に結びついているか結びついていないかということが、運動と独立に操作されてますよね。報酬が美味しいときにはなめて、不味いときにはなめないという条件での実験を、ロールズっていう有名な人がやっているんですけど、それだと報酬に注意が向くのはある種必然だと。

○ふむ。

■報酬がないときにも注意が向くってことがあるかもしれないですけど、まあ報酬がついている視覚刺激のほうが、たぶん注意を引くだろうと。だから報酬のあるなしじゃなくて単なるジェネラルなアテンションに関係しているんじゃないかという可能性もロールズの実験では捨てきれないだろうと。

○(?)

■で、運動の条件も入れてふってやると、クリアーに見えて来るんじゃないかと。たとえば、GOとNO GO。少なくとも視覚刺激を見てGOかNO GOか決めなくちゃいけない条件で、それも含めてやって、しかもこれを報酬と独立に操作してやることによって、報酬がつくほうに必然的にattentionが向くことにはならないだろうと。

○(?)

■だからattentionっていうのを、報酬との結びつきや運動反応との結びつきでもっと細かくクリアにわけてやろうと。そういう見方もできるだろうと。

○分けられるものなんですか? なんだかよく分からないんですが。

■分けられるかもしれない。attentionというとなんでもかんでもattentionになっちゃうところがあるんで、もし、こういう、運動との結びつきや報酬との結びつきで分けられるとすれば、これで分け得るattentionに関係しているとは言えるかもしれない。

○ふむ…。でも、それで分けられるattentionというのは…、なんとも言い難いというか(笑)。じゃあそれで分けられるattentionというのはなんなんだということになって、話がまわってしまうんじゃないですか。

■えーと、そうですかね? はっきり言ってしまえば、attentionなんて言葉は使わなくてもいいんじゃないかということなんですが(笑)。

○それなら分かりますが。

■そうすると私の前の仕事はどうなるんだということになるんで、また困るんですが(笑)。あまりに曖昧なんで、attentionなんていうのは。
 前の研究からのつながりってこともあるんですが、刺激と反応と報酬、これが行動を考える上で──これは行動主義の範疇ということになるのかもしれませんが──この3つのイベントが極めてクリティカルで、この3つだけでいいんじゃないかという話もあるわけですよね。
 刺激から反応を決めるときに報酬が強化子として働いて、ある刺激に対してある反応を起こすなんていうことを強化すると。そういうことになるわけですよね。

○そうですね。

■このメカニズムが、脳の中でどういうふうに作られているんだろう。そこを知りたいんです。

[19: 情動をどう定義するか]

■で、あとそれと、最初の、私が最初に考えていた情動ということからすると、情動をどう定義するかという問題がありますね、これもロールズなんかが言っている情動っていうのは、報酬に関連して──たとえば報酬をもらったとき、もらわなかったとき、報酬がもらえると思っていたのにもらえなかったとき、もらえないと思っていたのにもらえたとき、とまあ、そういうふうな報酬に関連した変化だと。

○ふむ。

■情動という言葉を使わなくても報酬との関連だけでも説明できるという仮説を出しているんですけども、それはわりとリーズナブルかなあと私は思っていて。情動というのにアプローチするために、行動をうまく報酬と結びつけて調べていったら、その情動も見えて来るんじゃないか、ということもあるんですね。

○そこまではなんとなく分かります。

■はい。

○一方で、反応、表に出る反応の場合はいいんですけど、表に出ないリアクション、頭の中だけにわきあがってくる情動というのはどうなんですか。その定義づけでいくと。どうお考えになるんですか。
 普通、情動といったらスイッチを押してどうこうということより、純粋に頭の中だけの反応のことだと捉える人が多いように思うんですが。

■ああ、ヒトの場合だと、えー、やっぱり私は言語っていうのが頭の働きに影響を与えているんじゃないかなあと思ってまして(笑)。
 ふだんこう、なんやかんやと頭の中で考えちゃって、それで感情が動いたりするのは、やっぱり言葉の力が大きいんじゃないかなと。で、多分サルなんかだとあんまりそんなことやってるんじゃなくて、もっとこう、うーん、ダイレクトに外界とのインタラクションの中で情動の変化が起こってるんだと私は思ってるんですけども。
 ただ、そこはなんとも言えないですね(笑)。ただ、言語の影響がヒトではかなり大きいだろうと私は思ってます。だから内的な反応みたいなことでいえば、サルにそういうのが全然ないとは言い切れないですけども──もちろんいろんな記憶に関する能力とかあったりしますから──そういうのが全然ないとは言えないですが、ヒトと比べるとかなり違うんじゃないかな。

○ええ…。

■だからそういう非常に内的な脳のメカニズムを調べようと思ったら、やっぱりヒトでやらないとダメなんじゃないかなあと。

○どうやって実験するんですか?

■そうですね(笑)。

○ヒトに刺したりするわけいかないですもんね。じゃあ将来的に、非侵襲的な手法がもっと発達したら、ということですか。でもリアクションが取れない奴だとどうやって…。
 意識はどうやって生まれるのかといった疑問にも関係するんですが、やっぱり、外から刺激が入ってぴっと手を動かすといったことよりも、この、妙な感じ、わたしがいる、というこの感じ。これをどうやって測るんでしょう? そんなこと僕に聞かれても困るよ、って言われちゃうかもしれませんが(笑)。これからどういうことが考えられるんだろうかと。

■いえいえ(笑)。一つはですね、かなり内的な状態の変化、内的としか考えられない状態の変化というのは、内部環境の変化から来ていると私は思うんです。おなかが減ったとかのどが渇いたとかいうのは血中グルコースがどうなったとかそういうことで、説明つくわけですね。そういう情報が、視床下部から大脳皮質に送られていると。そういうのは外的な環境の変化じゃないんで、内的になんらかの理由で心の状態が変わるというのは、こうして起こりうるわけですよね。腹が減った、なんてことは分かっているわけですが、もっと分からないような変化が起こっているかもしれないですね。そういうのが大脳皮質に影響を与えてしまうと、よく分からない心の動きというのが起こってしまうんだと思うんです。
 まあ、それとは別に、ヒトの場合、言語というのが心にずいぶん影響を与えているんだろうというのが私の考えなんです。

○そういやそんな話が澤口さんの本にも書かれてましたね。

[20: 言語]

○じゃあやっぱり最近の、言語学から脳へアプローチしたり、脳から言語へアプローチしているっていうのは注目されているんですか? 横から見てどう思うか、ということでもかまいませんが。

■まあ、いまのところこれといったトピックが出てきているような印象は受けてないんですが。まあ、それについてはなんとも。

○では質問を変えます。言語が重要な役割を果たしているんじゃないかというその感覚は、どこから来ているんですか? 主観的な思いですか?

■主観的です。だから根拠はないんですけどね。まあ、ある種のシミュレーションなんだろうという気はしているんですけど、言語というのは。
 基本的に、脳の中でやっていることは「連合」だと私は思っているんです。たとえば目の動きとか舌の動きとか、もちろんそれによって発声された音声の聴覚からのフィードバック。それらが一つのループを作って、これに別の事象というのを連合してやると。こんな感じのことが言語で行われているのではないかと私は思っていて、そういうシミュレーション機構ができあがることによって、いろんな言語以外の脳の働きっていうのを言語によって、言語と関連した器官の動きと連合してやって、そこでシミュレートしていくと。それによって言語に基づいた、世界というとちょっと言い過ぎだと思いますが、そんなものが作られているんだろうという気はしているんですけどね。

○うーん。

■その点、サルではそういうことできてないような気がするんですよね。それはなぜかということは分からないですけど。

○世界をつくること。

■(笑)。というと、ちょっと大げさですけどね。別に言語がなければ、我々が持っているような認識がまったくなくなるというふうに考えているわけじゃないですよ。でも、言語があることで、認識の次元が変わるんじゃないかと。

○視覚とは世界を「作る」ことだ、見る、認識するというのは世界を「作る」ことだっていいますよね。

■はいはい。

○それからもう一段、言語はもうちょっと違うレベルで世界を作る、そんなイメージですか?

■そうですね、自分の意志で自由にシミュレートできる運動的なものに一旦変換しておいて、そのシミュレーションの結果を認識にフィードバックするといったイメージですね。言葉を使わないで、たとえば視覚イメージだけでシミュレートするのは難しいですよね?

○ああ、そうですね。

■だから、ある種の感覚と運動の両方を使ったような相互作用でないとダメなんじゃないかと。だからボディランゲージでもいいと思うんですよ。シミュレーションを起こすということに関していえば。

○うーん。

[21: 刺激と反応と報酬のイベントによる行動のコンテキスト]

○今後、どんなふうに実験を展開していくおつもりなんでしょうか?

■「刺激」と「反応」との連合に、強化子として「報酬」が加わると言いましたね。ただ脳の中を考えるときに、いきなりこれを考えてしまうとちょっと問題がある。私は、それぞれが等価のものとして表現されていると考えるところから始めていて−−基本的には神経細胞の発火ですから−−それらが、どういうふうに相互作用している、と考えを進めていくほうがいいだろうと考えている。だから、いきなり報酬系だけを独立させて考えてしまうのは、行動のメカニズムを考えるうえでよくないだろうと。

○ええ。

■刺激と反応と強化子。それらは私の実験だとそれぞれ、視覚刺激と運動反応と報酬としての水というふうになっているわけです。これらが前頭前野全体で、どういうふうにインタラクトしているのかということを調べてみたい。
 これらの相互作用の中からある種のコンテキストというのが生まれるだろうと考えているんです。それで私がやった実験というのは、視覚刺激に連合されている報酬が表現されていると。

○え? すいません、もう一度。

■視覚刺激に対する前頭眼窩皮質の神経細胞の応答には、その視覚刺激に連合されている報酬が表現されていると。順序として、視覚刺激を出して、運動を起こして、報酬を得る、こう思って下さい。最初に視覚刺激を出したタイミング、このときに、視覚刺激と報酬との連合が成立していると、あとでもらえる報酬の情報が送られて、それが表現されているんだと。私はここを調べたと思っているんです。

○ええ、前頭眼窩皮質の役割じゃないかと仰ってたやつですね。

■あと、lateralの前頭前野では、視覚刺激が出たときに、次に起こす運動の情報が送られてコードされているんじゃないか。
 Aだったら右にサッカード(目を動かす)、Bだったら左にサッカードさせるという実験をやって、逆にAだったら左に、Bだったら右にやらせたタスクだと、視覚刺激に対する応答には、遅延期──運動を決めるまでの時間──そのあとに起こす運動が表現されていると。視覚刺激そのものではなくて。応答の開始のタイミングは、最初は遅延期の後ろの方でようやく始まるんですが、徐々に早くなってきて、視覚刺激が出てすぐに応答が始まるまでになります。これは運動の情報が、視覚刺激に連合されて、視覚刺激に対して表現されていると考えられるわけです。これは前頭前野の外側。ただその研究は報酬に関しても検討された研究じゃないんで、その報酬の側面も加えて、現在、自分自身のデータで解析している途中です。

○なるほど。

■それからもう一つ注目している研究として、最近東北大学の嶋さんと丹治さんがやったのがあります。その実験ではサルにプッシュとターンという二つの運動をやらせるんですけども、取りあえず最初、プッシュかターン、どちらでもいいんですけどどちらかの運動、たとえばプッシュで報酬がもらえます。ターンではこのときは報酬は貰えません。で、サルがプッシュで報酬、プッシュで報酬とやっているうちに、報酬の量を減らしてやるんです。このときにはターンで、多くの報酬が出るように設定は変わっている。そうすると、「あ、減ってきた」と思うと、サルは運動をターンに切り替える。そうするとまた多くの報酬が貰えるようになって、サルはターン、ターンと続けます。そしてしばらくするとまた報酬が減ってくる。そしたらまた運動をプッシュに切り替える。そういうことをやらせるわけです。
 そうしたときに、ターンを続けてて報酬が減ってきたからプッシュに変える、そのときには何も起こらないんですけども、プッシュをしてて、そこからターンに変える、まさに変えるそのタイミングですね、これは連続したトライアルじゃないから、その、まさに運動をプッシュからターンに変えるトライアルだけで、報酬にガーンと応答する。そういうのが見つかっているんです。

○ふーん…。

■で、プッシュを続けているとき、あと、ターンを続けているとき。そのときには報酬に対する顕著な応答は現れてこないと。だからこれは報酬に対応する応答で、しかも、前後の運動ですね、報酬をもらうことによって、それを手がかりにして、新しいターンを運動をする、そのときに応答すると考えられるわけです。  これは、報酬に運動の情報が連合──連合という表現は適切ではないかもしれませんが、まあそんなようなことが起こっているんだと思うんです。ちなみに音でやったらそういう応答はないということも確認されています。

○ふーむふーむ。

■ということで私はこんなふうに考えているんです。
 前頭前野のventralでは、視覚刺激と報酬が連合されていて、lateralでは視覚刺激と運動が連合されていると。medialでは運動と報酬が連合されていると。前頭前野をぐるっと一回りして、全部がインタラクトすることによって、刺激と反応と報酬のイベントによる行動のコンテキストというのが作られているんじゃないかと考えています。これまでは報酬から刺激、運動から刺激、運動から報酬という向きに情報が送られているところが調べられてきたわけですが、これからは、逆向きの相互作用というのを調べていく必要があると思っています。

○ふーむ…。面白いですねー。

■いまそれで、lateralの前頭前野で、報酬に関連した結果が出てきているんですが、最初に期待した、刺激と運動との連合を支持する結果があんまり出ないんで(笑)、単純にこの図式だけではいけないみたいだなとは思っているんですけどね(笑)。いまのところは。

○単純にいかないとは?

■つまりそれぞれが、3つのイベントの連合がほとんど等価になされているということは言えないかもしれないということです。最初、3つのイベントが等価だと仮定して進めていってみたところ、やっぱり等価だというのは帰無仮説であって、ある種の階層性みたいなものが、なんかあるかもしれないなあと。
 もう少し言うと、単なる視覚刺激じゃなくて、報酬の連合された視覚刺激が運動と結びつけられるとか、そういう構造があるのかもしれないということです。まあでもこれはまだちょっと分からない。これからのデータがどう出てくるかですね。あとmedialのほうからもデータをもうすぐにでも採り始めようというところです。

[22: 意識やクオリアの部品]

○さっきから実は思っていたんですが。

■ええ。

○いや、「機械」みたいだな、と。

次号へ続く…。

[◆Information Board:イベント、URL、etc.]

■新刊書籍:
◇『たちまわるサル』(生態学ライブラリー7) 小川秀司 著 本体2100円+税
 京都大学学術出版会 中国に住むニホンザルに近縁なサル、チベットモンキーが、仲間とのつきあいで、どのようにうまく「たちまわって」いるかを描く。

 *ここは、科学に関連するイベントの一行告知、URL紹介など、
  皆様からお寄せいただいた情報を掲示する欄です。情報をお待ちしております。
  基本的には一行告知ですが、情報が少ないときにはこういう形で掲示していきます。
  なおこの欄は無料です。


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