NetScience Interview Mail
1998/08/20 Vol.017
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◆This Week Person:

◆This Week Person:
【木下一彦(きのした・かずひこ)@慶應義塾大学 理工学部 物理学科 教授】
 研究:一分子生理学(分子モーター他)、生体エネルギー変換の分子機構、
    細胞変形ダイナミクス、受精の分子機構、電場と生体系の相互作用
 著書:「蛍光測定−生物科学への応用」
      木下一彦・御橋廣眞編、学会出版センター、東京、1983。
    「限界を超える生物顕微鏡−見えないものを見る」
      宝谷紘一・木下一彦編、学会出版センター、東京、1991。
    ほか

○木下一彦氏へのインタビュー、今回はこれからの課題について。5回連続。(編集部)



前号から続く (第4回/全5回)

[12: 何が起こっているのか 〜とにかく実際に見てみる]

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○他にはどんな目標を立てていらっしゃるんですか。

■リニアモーターの方もやってみたいですね。ミオシンが首を振るっていうんだったら、実際に首を振るところを見てみたい。キネシンは歩くっていうんだったら歩くところを見てみたい。
 いまは大概の話が漫画なんですよ。「こうだろう」といったモノでしかない。実際のところを見てみたい。
 それに回転モーターの話も、回転するって分かっても、どうやって回っているかは分かってませんからね。「何事かが起こって回る」。我々がやったこともそのレベルでしかないですね。私はタンパク質がどこかの構造を変えることで回ると思ってるんですね。それを具体的に、ここがこういう風に変わったから何十度回るとか、そういうことを見てやりたい。

○先日、回転する構造のCGをお作りになってたじゃないですか。あれは?

■あれは、X線構造解析で分かっている構造、取りうる構造を並べてみて、回転させてみただけのものです。推測でしかないですよね。

○それを実際に見ようということですか。

■そうですね。βが腰を曲げた状態と伸ばした状態があるんですが、曲がるところに何か標識をつけてやれば見えるんじゃないかなと思ってるんですけどね。

○タンパクはかなり柔らかいんじゃないかという考え方もありますね。あの辺については先生はどうお考えですか。

■歴史的にはですね、私が育ったころは西洋ではタンパク質は硬い硬いと言われてまして、大沢文夫先生たちは日本で柔らかい柔らかいと言っていたんですね。で、あんまり柔らかい柔らかいというんで、ちょっと言い過ぎじゃないかなと思ってます(笑)。もうちょっと硬いイメージを持った方が良いんじゃないの、といいますかね(笑)。

○もうちょっとカチカチと動くものじゃないかと?

■私にとっては、柔らかいのはあまりにも当たり前なんですね(笑)。柔らかいということをあまり強調しすぎることはないんじゃないかと。そういうと先人に申し訳ないんですが、先人は西洋の硬いというイメージと闘ってきたわけですよね。その先人達に育てられた私としては柔らかいというのは当たり前になってきちゃって、もうちょっとカチッと構造が決められているものというイメージを持った方が良いんじゃないかと。

[13: 細胞の変形とアクチンの重合]

○動きというものにこだわってやってらっしゃるわけですか?

■動きというか、大きく言っちゃえばタンパク質は全て構造変化によって機能を発現するわけですね。だから構造変化が見たいんだ、って言っちゃうとなんでもありですね。ただ、あんまり小さいと構造変化は見えませんから、どうせだったら大きく動くものを見てやろうというだけのことです。

○細胞変形のダイナミクスなどもやっていらっしゃるんですよね。

■いや、いまちょっとお休みかなーと思ってるんですけどね。分子の方が忙しくなってきちゃったんで。でも分子ばっかりやっててもしょうがいないですから。
 例えば、細胞が這っていく、と。這っていくというのは、「足」を伸ばしてぺたっとくっついて、ずるずると行くわけですが、その仕掛けがどうなっているのか知りたい、と。
 その場合には分子の集団がどう振る舞うかという話ですよね。いろんな説はあるんですが、どれもピンと来ない。分かったような気がしない。

○超分子とかの話ですね。

■ええ。その場合、やっぱりできるだけ簡単な系にしてみたいと思うんですよね。たとえば突起を出すんだったら突起を出す部分だけ取り出してみる。私にとってはその方が分かりやすいんですね。例えば膜だけ持ってきてやって、その中にアクチンを入れておいて、突起を出すときにアクチンが重合するんだったらどうやって重合するのか見てみる。そんなのは生物じゃないという人もいるんですが。

○受精のメカニズムなどもご研究なさってますね。

■ええ、受精のメカニズムといっても受精そのものをやっているわけではなくて、精子が卵子の近くに行くと、先体反応といって、ぴゅーと突起が出てきますね。その先が卵子の細胞膜に結合するんですが、その中ではアクチンが重合している。で、受精した卵を見ると、微絨毛という突起が出ていて、これまた、中でアクチンが重合している。どうも似たようなところがあって、いろんな話は共通している。じゃあアクチンが重合す れば良いのかということで、膜の中でアクチンを重合させてみると、それらしきものは段々できてくるようになりました。そこでその研究はちょっとお休みになってしまったんですが。

[14: 「なぜ動くのか」を探り求める]

○いまはモーターの研究が中心なんですか。

■ここ3年は、モーターの話が中心になりますね。
 モーターと一言で言ってもですね、ミオシンやアクチンは動くことが目的じゃないですか。でもATP合成酵素は動くことが目的じゃないですよね。つまり、本来の役目はモーターじゃないですよね。いま次にやりたいことは、DNA上を動くモーターを探したい。あるいはRNA上を動いてタンパク質を作るモーターを見てやりたい。
 これらは動くから「モーター」と言えばモーターなんですが、それが知りたい機能ではなくて、たまたま動いてるんで、知りたい機能の解析にそれが利用できるだろう、そういう話ですよね。

○でも、動く必要があるから動いているんじゃないんですか?

■必要だからというか…。そりゃ動かなきゃ仕事できないですからね。でも、力まで出す必要があるかということです。DNAが染色体状になるときにクロマチンにからみますが、それをあとで引き離さなきゃいけないから力がいるとか言いますけど、そういう理由じゃないと思うんですよね…。

○そういう理由じゃないというのは?

■情報は端からひもの上に書いてあって、その上を動いて読んでいかなくちゃいけない。そのときに、一方向に読む必然性は、本来ないはずじゃないですか。でも一方向にいっちゃう。それは一方向にいかせる仕掛けがあるからですね。だから力が出ちゃうんだろうということです。結果として力が出てしまうと。
 例えば左から右へ読むときに、なんらかのエネルギーの入力があって、右へ動くにしたがってエネルギーが少なくなっていくと。そうなっているから動くわけですよね。
 だから「力が出ちゃうのは何故か」ということと、「一方向に読ませるものは何か」ということは一体の質問ですよね。…抽象的で分かりにくいですね。

○…ええ…。

■もともと、熱運動というのは右も左も全く同じように起こるわけですよね。それを、右のほうにだけ偏るようにしてやる。そうすると結果として力が出てしまう、ということです。

○その、方向を制御しているものというのは、細胞の中のものだと、タンパクの構造の中にあるわけですよね…。

■そうだと思いますけどね。でもそれが、ここがこうなっているからだ、とはっきり分 かった例というのはないと思いますね。
 ATP合成酵素にしても、なぜ反時計回りで回るのか、が分かった訳じゃあありません。仕掛けが「本当に分かった」という例はまだないと思いますね。なぜある反応が一方向に進むのかというメカニズムを知りたい、ということでこのCREST(戦略的基礎研究推進事業)でもやっているんですけどね。

○こういう形をしているからこっち側へ回る、ということでは駄目なんですか?

■うん、そういう単純な答えで良ければ、それはそれで良いんですけどね。
 構造変化の場合は、例えば2種類の構造があるとすると、これがこっちへ変化する、ということを言わないといけないですよね。DNAに取りついている酵素があるとしますね。その場合、DNAの構造や酵素の構造をいくら見てもどっちへ回るかは分からないじゃないですか。右へ読んでも左へ読んでも良いんですから。原理的にはどっちでもやれるはずです。
 DNAだけを持ってきたときには右と左というのはないはずですね。にも関わらず、どちらか一方へ進むわけですね。それは読むためのタンパク質分子機械の方に、頭としっぽ、つまり前進方向と後退方向があって、たまたまある向きにとりつくと右へ、逆へ取りつくと左へ行く、そういうことだと思うんですよ。
 DNAの方は、読む方が方向を決めているんだと思うんです。アクチンとか微小管だとか、いまリニアモーターだと既に分かっている奴の動く向きは、レールの方が決めているんですけどね。アクチンだとか微小管も、らせんはらせんなんですが、鎖を逆さまにすると向きが変わるんです。

○ふむふむ。

■まあとにかく、タンパク質分子機械に前進方向と後退方向があるのは間違いなくて、形も違うんですが、じゃあどうしてこっちが前なんだ、ということは、見ただけじゃ分からないんです。

○それは構造がそうなっているからなんだ、では駄目なんですか?

■それで満足できるなら良いんですよ。でも、どうやって動いているんだ、という仕掛けが知りたいんですよ、我々は。なんで後戻りしないのか、ということも分からないんですよ。

○制御しているものは何か、ということでしょうか?

■そういっても良いかもしれない。
 いま我々がやっているATP合成酵素ではたまに後戻りするのが見えている。でも人間の機械だと後戻りは絶対にしないですよね。「たまに間違える」ような機械って、人間は作れないですよね。作ってくれと言われても。でも生物の作る機械はそうじゃない。たまに間違える。でもそれが、どうしてフィフティフィフティにならないのかが分からない。どうしてほとんどはうまく行くのかが分からないんです。この問いは、なぜ回るのか、という質問するのと同じ意味ですね。

○なぜ一方向に制御されているのか。それが分からないということですか。随分いろいろなことが分かっているようにも思えましたが、そうじゃないんですね。

■ええ。どんな例でも良いんですが、タンパク質分子機械というものがどのような仕組みで動いているのか、そのしかけが知りたいんです。しかし、今までに「ああ、分かったなあ」と実感したことはないんです。なんとなくだんだん、例えば20年前に比べるといろいろ分かっては来ているんですが、動きのあるものは分からないですね…。
 動きのないもの、例えば抗原抗体反応などの「じっと捕まえておく」ものの仕組みは、物語じゃなくて確かに分かってきた、って感じがするんですけど、構造変化して機能が出るものとなると、いま例を挙げろと言われても困ってしまいますね。

○時間軸を持った連続的な変化はまだ分からないということですか。

■そうですね。本当に、タンパク質でできた分子機械のことは隔靴掻痒の状態だったんですよ。
 もっともそれが最近はですね、なんとなくリニアモーターだとかの話は授業でもできるようになってきたかなあ、と思うんですね。

○例えば…。

■例えば自分がやっている話ではありませんが、「キネシン」ていう2本足で微小管の上を歩く分子モーターがありますね。最近また混沌としつつあるようですが、あれが歩く仕組みはだいぶ分かってきたんです。

○どんな仕組みですか。

■キネシンは足を交互に動かして進むんですが、片っぽの足をつくと、もう片っぽの足がふらふらふらふらしますね、で、その足が地面につくと進むという仕組みになってます。ちゃんと8ナノメートルおきに進んでいるんですが、それだけじゃ前に進むか、後ろに進むか分かりませんね。
 ところが、その頭が「前に傾く」というんですよ。そうすると、前に足をつく可能性の方が高いですね。そうして、足をついたことを感じると、後ろの足をぱっと離す。そうすると、また上げた足がぶらぶらして前へ引っ張られていく。そういう話がありましてね。そんなんで良いかなと思いますね。でもそれだけだと物語じゃないですか。

○ええ。

■ところが面白いことにキネシンの親戚でNcdというのがあって、こいつは後ろに行くことになってるんですね。で、こいつの電子顕微鏡写真を見ると、キネシンは前へ傾いているのに対して、後ろへ傾いているんですよ。で、後ろへ進むんじゃないかと。

○へえー。面白いですね。

■その話は、まあもしかしたらウソかもしれませんが(笑)、結構良いんじゃないかと思うんですよ。証拠写真もありますし、私の好きなブラウン運動も入ってますし、いま言った以外にもいろんな結果が出されているんですが、私の気持ちとフィットするんですよ。フィットするということと正しいということは全く関係ないんですけどね。でも結構、もっともらしい。証明されればそれで満足ですね。そうすると私は「キネシンは もう分かったな」と満足すると思うんですね。

○なるほど。

■それと対応するものが例えばミオシンであるかというと、ないんですね。ATP合成酵素でも、こちらはまだちょっと分からない。結構もっともらしいかな、というモデルは出てますけどね。ATPが分解されることがどうして回転に結びつくのか、それが分からない。

[15: ATP合成酵素はなぜ回る?]

○あれだけ分子構造が分かっていても?

■あのビデオでお見せした構造変化というのは、ある瞬間の構造が分かっていて、それを単に120度ごとに回しただけなんですね。多分こうじゃないかというだけなんです。しかも120度の途中経過がない。
 ただ、前にもいいましたように、あの瞬間構造は3つのβのうち2つににそれぞれATPとADPが結合していて、1つが空っぽになっている。ATPは次にADPになり、ADPは離れていき、空っぽの所には新たにATPが結合する、というのが予想される出来事ですね。真ん中のγが、たとえばATPを結合したβの方を向いていたいとしたら、120度回ることになります。瞬間構造(X線で分かった構造)の中では、ATP、ADP、空っぽが時計回りに配置されていたので、よく考えると、γは反時計回りに回るだろうと言うことが分かります。
 でも、もっと深く考えると、なんでATPがあらかじめ空いていたところにだけつくのか分からないですよね。どうしてか分からないんですよ。というのはですね、我々の実験条件だと、ほとんどの時間はですね、空っぽのところが二つあるんですよ。それでもちゃんと回ってるんですよ。ですから、空いている席のうちの特定の一つに、なぜかATPはくっつき易いんですね。それで一方向に回ってるんです。

○ふーむ…。

■で、時々逆方向についちゃうんですね。その時に逆回転するんだと思うんです。

○なぜ特定のほうにATPは付き易いんですか。

■中心の回転子であるγが、正三角形じゃないからだろうと思うんです。それによってαやβが構造変化を受けて、ATPが付きやすくなるんだろうと。それは、どうしてそう思うかというと、ロジカルにそのように考えるしか理由がないから、そう考えているだけなんですね。
 じゃあ実際はどこがどうなって、影響を与えているんだろうか。何らかの仕掛けでやっているということは確かなんですが、じゃあその何らかの仕掛けって何なのか。それを実際に確かめないと。
 途中を省略してしまって分かったところだけ繋げると、分かったような感じになってしまうかもしれませんが、物事は順番に起きるわけです。途中で必ずどっちへ行ったら良いのか分からなくなる瞬間がある。その時に何が起こっているかを知りたいんですね。

○時間の分解能を上げないといけないということですか。γの形もα、βの形も分かっているんですよね。それでも分からないものなんですか。

■分からないです。γがあって、βのうち二つが空っぽだっていう結晶構造が出てくれば見当がつくかもしれません。そのデータがないんで。タンパク質の構造がもっと出てこないと。

○ふーむ。

■いまは一分子が見えますからね。たとえば全部空っぽの段階から始めて、ここに一個ATPがくっついた、いま離れた、またくっついたっていうのを、見るための実験ができるんですよ。いまそれを準備しつつあるところです。そうすると、あ、間違えたところにくっついた、そうするとバックした、そういうのを実際に見られるはずだし、見たいんですね。我々はATPが付いてバックしているんだと考えているんですが、熱運動で間違えている可能性もあるんですよ。実際にはどうだか確かめたいんです。
 ついこないだまでは、一つの分子のどこにATPがついたか、それを実際に見るなんてことは夢物語だったんです。でも今は夢物語ではない。

○しかも実際に動くもので確かめられる。

■「られる」、と言い切っちゃ駄目なんですけどね。少なくとも、若い人が実験を計画していても「何をバカなことを」と言われることはないですね。そこまでできる技術的バックグラウンドはもうありますから。だから「一分子生理学をやろう」と言っているわけです。できる可能性はあるようになったんですから。

○一分子一分子の挙動を、その原因となる構造変化を実際に確かめながら見る学問、というわけですね。

次号へ続く…。

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NetScience Interview Mail Vol.017 1998/08/20発行 (配信数:06,477部)
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編集人:森山和道【フリーライター】
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