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2004/06/24 Vol.280
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【柏野牧夫(かしの・まきお)@NTTコミュニケーション科学基礎研究所 人間情報研究部 感覚運動研究グループ】

 研究:聴覚を中心とした認知神経科学
 著書:『コミュニケーションを科学する チューリングテストを超えて』(共著/NTT出版)
    「日経サイエンス」連載「錯覚の情報学」(2000年2号〜2001年1号)
    月刊「言語」にて「知覚の認知脳科学」連載中

 ホームページ:http://www.brl.ntt.co.jp/people/kashino/index_j.html

○光と音、音と音。これら刺激のタイミングはどのように知覚されているのでしょうか。たとえばコップを落としてしまったとき、床で割れる音とその光景はぴったりシンクロしているように感じられます。ですが実際には音のほうが少しだけ感覚器までの到達時間は遅れているはずです。また、その後の脳内の処理はどのようになっているのでしょうか。これらの問題を考えていくと、私たちが知覚している心理的な「時間」は、物理的な時間と同じものではなく、環境での出来事を脳が解釈した結果であるということが明らかになってきます。
 聴覚を中心として研究を行っている柏野先生らによれば、同じようなことが空間に対しても言えるといいます。知覚している空間が伸びたり縮んだりするというのです。知覚の認知脳科学の世界を味わって頂ければと思います。(編集部)



前回から続く…… (第4回)

[05: 音色はコンテキストによって左右される]

■つまり音色というのは、それまでの研究、つまり音響工学的な話だとスペクトルの形だとか時間的な変化のパターンとか、そういうものによって規定されると。それはそうです。ピアノの音はピアノの音の格好をしているからピアノなのであって、だけど、それはそういう絶対的なものではなくて、極めてコンテキストによって左右されますよと。システマティックに左右されるありさまをやったということですね。

○そのコンテキストというのは? そのときはどういうコンテキストだったんですか。

■どんなのだったのかもう忘れましたけど、例えばいろいろな旋律とかね。
 当時は自分自身そんなに分析的ではなかったので、旋律の種類とか、その旋律に付与されるような、例えば西洋の調性音楽だとか、あるいは日本音階だとか、そんなような部分でもって、例えば琴の音なら琴の音がどういうふうに受容されるか。旋律的なコンテキストがスペクトルや時間変化みたいな物理的な特性でいえばどれくらいの違いに相当するかとか、そんなような話だったんじゃないかと思うんですけど。
 ただ、それは元を正せば物理的に絶対というものが先験的にあるわけじゃなくて、ある種、いろいろなコンテキストとかを踏まえて作っているんですよという意味においては今日まで通底するものがあると思います。

○ふーん。

■たとえば、「日経サイエンス」で書いた聴覚空間が伸び縮みするという話は、コンテキストによって伸び縮みしているわけですね。

○ああ、部分的に音の解像度が上がることで、それ以外の部分の音源定位がズレるという話ですね。あれは、音空間みたいなものが私たちのまわりにあって、それがしかも、まるでゴム風船みたいに伸びたり縮んだりするみたいな感じなのかなあと思って面白く読みました。

■だからほとんどの話というのはたどってみれば、単独でボーンと刺激を与えられたときにこうなりますという話じゃなくて、ある枠組みなりコンテキストなりを与えられたときに、その受容者の側の脳が変わることによって、その受容の仕方が変わってきますよという話ですよね。ある意味ではね、そういうくくりもできるわけで、卒論はそのはしりと言えばはしりでした。
 ただ、そのときというのは結局、指導者がいない。もちろん、心理実験のイロハみたいなことは一通り教わるわけですが。先生方はみんな、視覚の先生なわけですけど、具体的な中身に関しては好きにやりなさいと。道具もないけど好きにやって、みたいな。

○視覚に比べると、結構、先生方なんかからすると、何をやってもありみたいな感じだったんですか。

■そうです。なので良くも悪くも楽でした。
 こういう研究所にいると非常に海外の一流のところを経験して、そういうところでドクターをとって、ポスドクをやってとか、いろいろな経歴で来る人がいます。そういう人の方が確かに能率はいいと思うんですよ。
 ある意味−−、そういうところだと、「世の中の最先端はこうですよ」というのが分かっていて進めばいいし、こういうふうな方法でやればいいんだなというのがかなり見えている状況で仕事を始めるわけですね。だからそれは非常に羨ましいというか、基本的にはいいことなんですけど、逆にそれを自分が100%歓迎しただろうかというと、仮にそういう状況であったとして、たぶんそうでもないかもしれないだろうと思うんですね。

[06: 知覚は非線形]

■そういう意味では実際に1回、世界的に高名な先生のところに1年間いたことがあるんですよ。それは会社に入ってからなんですけど。

○何という先生ですか。

■それはリチャード・ウォレンという人です。聴覚の錯覚をやっているほとんど唯一の人かもしれないです。その人のところにいたときも、やっていたことといえば先生に逆らうことだけで。やっぱり世代がものすごく違うということもありまして、同じようなことに興味を持っていながらアプローチはたぶん正反対なんです。

○彼はどうでした?

■彼は極めて現象的、現象を記述してそれを法則化する、複雑な現象は現象として扱う、ある意味、全体論的な感じですよね。実験家ですから抽象的な人じゃなくて極めて実験ベースなんですが、それが脳内でどうとか、あるいはそれを情報処理という問題として見た場合どうとか、そういう視点はむしろ受け入れない。

○逆にでも僕らとかは−−たぶん世代だと思うんですけど、例えば「ボディイメージがあります」とか言われても、それは本当に実在するんですかというのが、どうしても気になりますよね。

■うん、そういう部分もあると思います。確かに世代の問題だし、慣れているものの違いなんだと思うんですけど。
 彼は化学の出身で、やっぱり独学で聴覚に入っていった人なんですけど、化学者らしくてね。有機化学なんですけど、要するに、早い話がそれぞれの原子を足してもそれとはまったく違うものができてくる。それはある意味、非線形ですよということですよね。
 生物の知覚なんてまさにそうで、この要素とこの要素が合わさっても、その合わさったもの以上のいろいろな見え方なり聞こえ方がすると。それを言いだしたのはゲシュタルト心理学でもう100年近く前の話だと思いますけど、そういうことの不思議さを細かい実験をやって体系化して法則化するということによって−−、法則化するというのは、予測可能な知見を、体系を得るということですけど、そういう意味では非常に尊敬すべき人物で、だからそういうのは非常に尊敬もしつつ、とは言いながら、いや、違うんじゃないですかみたいなことをずっと言っていて、それで1年間が終わったと。
 それが非常に有益というか、先生が偉いのはそれをずっと受容してくれたということですかね(笑)。

○それは確かに、いいボスですね(笑)。

■そういうことですね。自分も若いときはそういうときがあったと。ちょうど有機化学から人間の話、聴覚の分野に移ったころの1〜2年というのはそんなことをやっていたから今はそういうのでいいんじゃないのか、みたいな感じで非常に理解があったんですけど。ある意味、そこが非常によかったですね。

[07: 言語音の知覚 違う音が同じ音として表現される不思議]

○大学院のころはどんな研究をされていたんですか。

■大学院のころは人間の声の知覚、いわゆるスピーチ・パーセプションというやつです。

○スピーチ・パーセプション。

■人間の声を我々は聞いて、例えば「こんにちは」と言われたら「こんにちは」と聞き取れるわけなんですが、これは非常に難しいことです。
 例えば「こんにちは」というのは日本語で書けば、「こ」と「ん」と「に」と「ち」と「は」というふうに分節されますよね。でも、別に「こ」と「ん」と「に」と「ち」と「は」というような音響信号がそのまま切り出せるわけではない。

○あー、なるほどね。

■例えば極端な話、ある環境で「あ」と聞こえる音でも、周りが例えば「いあい」のときと「うあう」のときでは、その「あ」はもう全然、似ても似つかないこともあるわけです。

○ふむふむ。僕は何年か前に、音声認識や音声合成の先生方を取材して回ったことがあるんですけど、そのときに僕が一番不思議と感じたというか、ああ、そうなんだ〜、と思ったのが、「しんじゅく」と言ったときと「しんばし」と言ったときの「ん」の音が実は違うんだということを聞いたときだったんです。

■違います、そうですね。そういうような異音とか調音結合とかいろいろなことがあるんですけど、例えば「しんばし」だったら「n」じゃなくて「m」的になっていますよね。調音位置も違うんですよね。「しん」と唇が閉じているわけです。「しんじゅく」だったら唇は閉じていませんから全然違う音なんです。
 違う作り出し方をしているし、違う音響信号であるにもかかわらず、我々の頭の中では両方「ん」なわけじゃないですか。

○ええ。

■こういうふうに音響信号はいろいろあるけど、知覚としてはこうであると。逆に音響信号が例えばある「ん」なら「ん」という音を持ってきたとして、それを「しんじゅく」というコンテキストに置いたらぴったりくるけど、「しんばし」のコンテキスト「し」と「ばし」の間にそれを持ってきたら、ものすごく妙なことが起こるわけです。もはや「ん」には聞こえないわけですよ。これはまさにコンテキスト依存性ですね。そのものだけで知覚が決まるわけじゃなくて、前後一連の中で決まってくる。しかも音の場合はそれが「動き」なわけです。
 聴覚をやった理由の1つはそこで、空間的な配置ということは視覚では散々やられているんです。それは結構、もういいかなと。自分はもっと時間的な変化という移ろいの方が興味があったんですよ。

○「時間的な移ろい」ですか。

■確か卒論の書き出しが『方丈記』なんですけど。『方丈記』の一節ですね、「ゆく河のながれはたえずして」という、ああいう感じで時間的な流れで物理的な音は変化していく、その中で人間がそれをどう知覚として分節していくかみたいなところに興味があったわけです。

○ああ、なるほど。

■常にとらえどころなく変わっていくものを非常に確固たるものとしてバシッととらえるわけじゃないですか、人間は。今、「こんにちは」だったと。

○後から再構成しているのかもしれないけど、でも確かに確固たるものとして感じられると。

■そうそう。その時間の流れとして与えるものだという意味で聴覚に非常に興味を持ったのかもしれないですけど。さっきの話に戻れば、今、おっしゃったように「しんじゅく」と「しんばし」みたいに周りのコンテキストによって全然違うというのが1つの音声知覚の重要な問題なわけですね。

○ええ。

■だから、音響信号と音素、あるいは音素じゃなくても、要するに人間が知覚する言語学的なシンボルというものはもう1対1には全然対応しない、多対多の複雑な対応関係にあるように見えると。それから例えば「しんばし」と言ったとして、その「しんばし」の「ん」というのはどこからどこまでですか、波形の上で示してくださいと言われてもそれはできない相談で。テレビなんかで、声紋みせて、ここからここまでが「ん」ですよとかってやっていますけど、それは、まあ、その辺だと言っているだけに過ぎないんです。もう連続的に、「ん」と言うための情報はこの辺から、「しん」と口が動いていっているわけですから、入っているし、その後にもズラッと広がっている。

○はい。

■だからその動きですよね。連続的な変化なわけですよね。そういうものをどうして系列の「し・ん・ば・し」というものに落とせるのか、その辺がやっぱり音声知覚の非常に重要な問題としてここ50年、100年やられていることだと思うんですけれども、まだ完全な解決は見てないと思うんです。
 いずれにしてもそこに非常に興味を持ったというか。そもそも我々が知覚のときにとらえている音素の情報というのは、いったい正体は何なんだろうということですね。

○ええ。そこに僕も興味があります。

次号へ続く…。



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http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0617/nedo.htm

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〜ロボット、情報家電、組み込み機器に応用可能
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0616/rlinux.htm

▼PC Watch 第12回産業用バーチャルリアリティ展開催
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0616/ivr.htm

▼ファミ通 第12回産業用バーチャルリアリティー展が開催
http://www.famitsu.com/game/news/2004/06/16/103,1087375047,27532,0,0.html

▼産総研 触覚で重度視覚障害者のパソコンの世界が広がる
 −入出力可能な触覚ディスプレイの試作機を開発−
http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2004/pr20040617/pr20040617.html

◇科学技術者のための総合リソースガイド・NetScience
  http://www.netscience.ne.jp/

 *ここは、科学に関連するイベントの一行告知、URL紹介など、
  皆様からお寄せいただいた情報を掲示する欄です。情報をお待ちしております。
  基本的には一行告知ですが、情報が少ないときにはこういう形で掲示していきます。
  なおこの欄は無料です。






NetScience Interview Mail Vol.280 2004/06/24 発行 (配信数:20,295 部)
発行人:株式会社サイネックス ネットサイエンス事業部【科学技術ソフトウェアデータベース・ネットサイエンス】
編集人:森山和道【フリーライター】
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