NetScience Interview Mail 1999/07/01 Vol.059 |
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【神崎亮平(かんざき・りょうへい)@筑波大学 生物科学系 神経行動学研究室】
研究:昆虫の微小脳、バイオマイクロマシン
著書:『匂いの科学』所収「昆虫の嗅覚中枢の情報処理」
朝倉書店『昆虫の脳を探る』所収「定位行動を制御する脳神経情報」
共立出版『図解行動生物学』共著
朝倉書店『昆虫産業』共著、農林水産技術情報協会
農文協『昆虫ロボットの夢』ほか
研究室ホームページ:http://bombyx.kyodo-a.tsukuba.ac.jp/
○昆虫の脳の研究者、神崎亮平氏にお伺いします。
7回連続。(編集部)
[14: 変態と神経系] |
○全然ベクトルが違う質問で恐縮なんですが、カイコは完全変態昆虫ですね。幼虫から 成虫になるときに、神経系も大幅に組み換えられると思うんですが、その辺について教えていただけますか。
■運動系はもう完全に変わります。幼虫時の匍匐前進みたいな運動から、6脚歩行とか飛翔に変わりますからね。ガラッと入れ替わるわけね。脳内のキノコ体という記憶学習に関与する部分とかは残るみたいですね。触角なんかも、あれは完全に新しいニューロンから出てくるんです。イマジナル・ディスクという触角の原基があるんです。
○ああ、はい。
■オスの触角になるイマジナル・ディスクをメスのものを交換移植してやるんです。また、雌のを雄に移植するんです。そうすると、フェロモンというのは通常オスの触角しか感じないし、受容細胞もオスしか持ってないんだけども、メスのにオスのを移植してやると、メスにもフェロモンを感知することのできる受容細胞ができるんです。そうするとフェロモン刺激によって、彼女は産卵行動をするんですよ。それと同時に、彼女たちは、フェロモンに対して、ジグザグに飛翔するわけ。ジグザグに飛翔して産卵行動するんです。
○ふーん。
■要はね、何を言いたいかというと、受容してから最終的にジグザグ行動をするわけね。レセプターが何であろうと、オスの触角を持った限りは、たとえメスであってもフェロモンの刺激でジグザグするし、逆にオスでも、メスの触角を持っていると、寄主植物の匂いを嗅がせてやると、そこへジグザグに飛んでいくんです。
○ほほう。
■だから、入力のレベルから一次中枢レベルでは、オスとメスとでは確かに形態的な差、二形性はあるんだけども、それ以後、前運動系のレベルまでいっちゃうと、同一の運動形成機構を持ってるわけです。
○うーん、面白いですねぇ。
■幼虫から蛹になると運動系、それと触角なんかはけっこう入れ替わるみたいだけど、内部のほうではあまり入れ替わってないんじゃないか な。
○内部というのは…?
■高次中枢です。そういうところはあまり変化してないと思うよ、多分ね。あまり実験されてないからよく分からないけど。 ミツバチでは、キノコ体を構成するケニヨン細胞というのがありますが、その幼虫から蛹期での新生の研究は研究されてますね。
ミツバチはご存じのように女王蜂、ワーカー、雄蜂というカーストがありますが、それぞれで、ケニヨン細胞の新生のパターンが違うみたいで、運動機能に反映される可能性が示唆されています。
○ふむふむ。このジグザグ行動の回路などは、蛹のときに組まれるんですか?
■分からない、それは。そういう実験を僕らはまだしていないから。ただひょっとしたら、そういう可能性はあるかもしれないよ。
○まあ、幼虫がジグザグに動くというのも、あまり考えにくい話ではありますね。そういう回路を最初から組んであるというのも。
■移動スピードがあまりに遅すぎるから、幼虫にとって適応的な戦略とはあまり思えないですね。ただ、幼虫も匂い源探索行動をもちろんします。わたしの研究室の轟洋一郎君が修士論文にまとめたものですが、餌の匂いで幼虫を刺激すると、頭を、ジグザグに振りながら定位するんです。どうも匂いを見失うとこの行動を示すようです。そういった現象は確認できるんですが、その神経機構は不明です。ひょっとしたら、この行動がフリップ・フロップ的な信号によって指令されているかもしれませんね。
[15: なぜ線虫ではなく昆虫なのか] |
○こういう形で、一個一個神経細胞を追っていく、という話だとよく線虫が出てくるじゃないですか。線虫ではなく昆虫を使うのは、計測が容易だからですか?
■やはり昆虫のダイナミックな動きというか行動機能の方が興味あります。昆虫は飛んだり6脚歩行したりするけど、くねくねというような動きだけだと、僕はあまり興味ないっていうか(笑)。
まあ僕は線虫についてはなんとも言えないけどね、確かに数も場所も一個一個分かっていて、という系も良いかもしれないけどね。やっぱりね、定型的行動、モダリティの問題さらに、記憶学習機能も扱いたいので、そのへんのものを一式持ってて、しかもダイナミックな行動機能も持ってる昆虫のほうに惹かれますね。
○なるほど。
■初めにお話ししたように常に高等脊椎動物の脳っていうのが頭にあるんですが、昆虫には昆虫独自の情報処理システムがあるかもしれないし、また脊椎動物と共通した普遍的なものがあるかもしれない。もちろんその普遍的なものは線虫にもあるかもしれないけどね。
○昆虫ならではのものがあるかもしれないと仰るのは、回路の組み方が昆虫ならではのものではないかということですね?
■フリップフロップ一つとってもそうじゃないですか。
○そういうのは脊椎動物には?
■例えば、マウスナー細胞というのがあって、金魚を驚かすと逃げ出すんだけど、そのとき指令情報的な役割を果たしている。だからこの神経が興奮するとぱっと逃げるわけです。でもこういうのは単に反射みたいなもんでしょ? 刺激がなくなるともう行動は起こらない、止めてしまう。僕が興味を持ってるのは、programmed behaviorなんです。膝外腱反射みたいなものじゃなくてね、刺激によってあるシークエンスを持った行動パターンが立ち上がるようなものに興味があるわけでね。刺激がなくなってもいったんプログラムがスタートすると神経回路が動きだして、行動のシークエンスが起動されるものです。
○昆虫の場合、それがはっきり見えているだけかもしれないということは?
■それはあるかもしれないね。でもはっきりと現象も見えないような材料は使うのは困難だし、おもしろくもない。
○産卵繁殖行動なんかはきっとそうだと思うんですが、コオロギなんかは…。
■そうですね。感覚系の入力を完全に遮断した状態でも、あるシークエンスの行動パターンがちゃんと続くかどうかをきちんと判断しないといけないんです。ある刺激によってある反射がおこり、どこかの器官が動いて感覚器官に入力が加わり、それによりまた違う反射が起こり…、というような反射の連鎖によって起こるような行動はおもしろくない。もちろんセントラルパターンジェネレータのようなオシレーターがあって何かリズミックな運動、たとえば羽ばたきは歩行が起こるというのも良いんだけども、それだけでも物足りない。
○物足りない、ですか。
■もちろん一つのリズムをつくる系というのは大事だけども、そこにどういう風な信号がくるかによって、そのリズムがどうmodulationを受けて、行動が変容されていくかに興味があります。
○ふむ…。変容させていく…。
■そして、それがいかに環境に対して適応的かということになるわけですね。
[16: 「知」は昆虫にもあるのか] |
■ついに「知」がでましたね。僕はいま科学技術振興事業団の「さきがけ研究21」という研究プロジェクトをやらせてもらってるんですけど、属している領域の名前が「知と構成」というんです.金沢工業大学の鈴木良次先生が総括をやっておられるところなんだけど、そこではやっぱり「知」という ものが昆虫にもあるのか? と問われるんです。もちろん「ある」と言ってるんだけど。
○どういうことでしょう?
■例えば匂いの情報が一律であって、単に濃度が濃いところから薄いところがあってそれを見つける、というだけだったら、そんなのは知でもなんでもないし、知があるとも思えないんだけど、例えば、自然環境では風が吹いて分布パターンがしょっちゅう変わるわけですよね.そんな中にポンと置かれた虫でもちゃんと飛んでくるというのみてると、そこには知的なものがあるように思えるんですよ。
○知的なもの? それがですか? うーん?
■状態が常に変わる中で非常に適応的なことをしているわけだから、それは僕の定義では「知」と言っていいんじゃないかなと。
○でもそれは、プログラムされた結果の行動なわけでしょう? それも「知」だと?良く分からないんですが。
■プログラムされた行動のことだけを考えてしまうと、それは知でも何でもない。でもそれは長い自然環境変化の歴史との相互作用の中で導き出された結果なわけでしょ。自然環境との相互作用という形で、意味を持ってくる知である、と考えたいんです。そういう意味では、形そのもの、たとえば翅の形にも知があるといっていいんじゃないかと。
リチャード・グレゴリー(プリストル大学)は、「知」を二つに分けてます。
一つは蓄積された知識と言う意味での知でこれをスタティックな知、静的知と呼んでいる。もう一つは問題解決のための知で、ダイナミックな知、動的知といっているようです.これは僕の考えをよく表してくれてると思ってます.
○うーん。でも、一つの個体として見た場合は…?
■環境が変化してもその変化に適応してやっていけること、それは一つの知であると僕は考えたいわけなんです。その一つの例として、匂い源への定位行動があると思っている んですよ。時々刻々と匂いの分布パターンが変わる中で課題をクリアするということを彼らはやっているわけだから、たとえベースは本能的行動であったとしても、それは知といって も良いんじゃないかな、と僕は言ってるんだけどね(笑)、もちろん定義の問題がでてきますけどね.
○伺っている限りだと、それは機械じゃないかというふうにしか思えないんですけど。まあそれは「機械は考えるのか」という不毛な議論になるかもしれないんですが。
■「知」ということをどう考えるかということそのものが定義論なわけで、そこは省いたとしても、常に変化していく環境というものに対して適応できる 仕組みというものに、凄さを感じているわけなんですよ。 今は、それを昆虫の「知」ということにしておこうと思ってます.
○なるほど。それは分かります。では「知」は取りあえずおいといて、「知覚」に関してはどう考えておられますか? 複数のモダリティを統合して、結果として出力が出てくる、というその過程の中に、知覚、あるいは認識、心みたいなものはあるのだろうか、どうなのだろうかと。先生の雑感で構いませんので。
■今ね、「微小脳システム」という文部省特定領域研究が走りはじめたんだけどね。僕もそこのメンバーに入れてもらってるんですけど、そのグループのお一人の酒井正樹先生(岡山大学)は、昆虫も意識というのは持っている、昆虫の意識に関わる神経機構というテーマで研究されておられますが、どういう話に展開するか楽しみにしてるんです。
○先生ご自身は?
■心をどうやって定義するのかが問題だよね、難しいなあ。なんかせめて、「これを意識というんですよ」というものがあればね、「あ、じゃあこういう構造がありますよ」とか言えるんだけどね。
ただ、コオロギは雄がラブソングを歌って雌に求愛するし、雄同士をはちあわせると、けんかをしますね。この行動そのものはいわゆる本能的行動ですが、相手によって求愛行動、闘争行動と切り替えが必要です。でも、同じ環境でもその行動が出たり出なかったりするんです。
○ほほう、それは…。
■気分によってかわる。その気分というのは、体内のホルモン、この場合オクトパミンとセロトニンという生体アミンのバランスによって決まるという研究があります。
[17: 視運動反射のパラドックス 昆虫に意識はあるのか] |
■「ハエは自分の意志で回転(internal turning)しているのか」 という話があってね。
○次号へ続く…。
[◆Information Board:イベント、URL、etc.] |
■イベント:
◇山梨リニア実験線試乗会のお知らせ(鉄道総研)
http://www.rtri.or.jp/rd/maglev/html/maglev_info_J.html
■URL:
◇第50回国際宇宙航行会議(IAF大会)学生参加者募集について (NASDA)
http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/Press/Press-j/199906/iaf_990628_j.html
◇宇宙飛行士候補者の基礎訓練 月間基礎訓練レポート6月号 (NASDA)
http://jem.tksc.nasda.go.jp/astro/ascan/ascan_rep9906.html
◇トキウェブ資料館(毎日新聞)
http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/details/toki/index.html
◇エンジニアをスカウトするヘッドハンターの実態(リクルート)
http://job.rnet.or.jp/DB/ZD/zd-arti1.html
◇恐竜クイズ(恐竜パンテオン、7/15日締め切り)
http://www.netlaputa.ne.jp/~pantheon/dinoquiz/dinoquiz.html
◇通信白書フォーキッズ (郵政省)
http://www.kids.mpt.go.jp
◇ホンダ・ヒューマノイドロボット取材記録(Popular Science Node)
http://www.moriyama.com/popular_science_node/backnumber/1999/PSN990622.html
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