NetScience Interview Mail 1999/06/24 Vol.058 |
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【神崎亮平(かんざき・りょうへい)@筑波大学 生物科学系 神経行動学研究室】
研究:昆虫の微小脳、バイオマイクロマシン
著書:『匂いの科学』所収「昆虫の嗅覚中枢の情報処理」
朝倉書店『昆虫の脳を探る』所収「定位行動を制御する脳神経情報」
共立出版『図解行動生物学』共著
朝倉書店『昆虫産業』共著、農林水産技術情報協会
農文協『昆虫ロボットの夢』ほか
研究室ホームページ:http://bombyx.kyodo-a.tsukuba.ac.jp/
○昆虫の脳の研究者、神崎亮平氏にお伺いします。
7回連続。(編集部)
[10: 昆虫の脳の光学計測] |
■昆虫の脳を、感覚入力があってその処理があって、出力があるという形で捉えると、いま話していたのは脳からの最終情報を出力する前運動中枢の話です。当然ここには他の匂い情報であるとか、他の感覚情報(モダリティ)とか、記憶とかの影響もあるわけです。
今までは、匂いによって解発される典型的な固定化された本能行動を取り上げてきました。この固定的な行動を、他のモダリティや、記憶・学習によって、ある程度の柔軟性を持たせること、つまり固定化したネットワークを修飾し、行動パターンを変容させることが可能であると考えています。
○行動パターンを変容させる、昆虫が。 それは面白い。
■ええ、それでね、われわれは今昆虫の感覚中枢における情報処理についても再検討を始めたんです。この研究のために新しい計測システムを改良・開発しています。光学的計測法は知ってますよね。
○はい。昆虫でもやってるんですか?
■膜電位感受性色素をつかった、本格的な研究というのでは僕らが世界で初めてです。ドイツのグループも計測を試みたんですが、結局うまくいかず、Caイメージングしかできませんでした。時間分解能がよくないと膜電位感受性色素をつかった実験は意味がないですから。これは昆虫ではけっこう難しいです。というのは神経細胞数が少ないというのは、single cellのレベルでネットワークを追うぶんには凄くいいわけなんだけど、数が少ないと光学計測では逆にネックになってしまいます。
○そうでしょうね。
■神経の膜電位変化を膜電位感受性色素の蛍光変化として表してあげるわけです。そして触角神経への電気刺激に対する嗅覚系1次中枢の嗅葉での時空間応答パターンの記録に成功したんです。
この嗅葉というのは脊椎動物の嗅覚系1次中枢の嗅球と同じような匂い情報処理機構があることが、最近注目されてます。とくにオッシレーションとかシンクロニゼーションなどのセルアセンブリーに代表されるダイナミックコーディングと匂いの識別機構が議論の的になってるんです。
○どんな風に…。
■嗅葉では、嗅覚受容細胞と2次ニューロンがシナプスを形成するんですが、Caフリーのコンディションでは、化学シナプスの伝達がブロックされるのはご存知でしょう。コントロール下では嗅覚受容細胞も2次ニューロン以下の応答も含まれるので、両者の応答の差分を求めることによって、嗅覚受容細胞の応答と2次ニューロン以下の応答を時空間的に分離することができるんです。
○なるほど。
■しかも2次ニューロン以降の応答パターンが嗅葉で空間的にどのように分布しているかが分かります。あるところでは抑制が強かったり、興奮が強かったりするのを空間的に捉えることができるんです。そすうると、触角からの情報がどういうふうに処理されているか、 つまりこの辺では興奮性が強いよとか、抑制性だよといったことが分かるわけですよ。
○なるほどなるほど。
■その手法を使うと、何ができるか。僕らは多種感覚情報処理とか記憶学習というところに興味があるわけで。シナプスのdensity、流れやすさというか、流れる状態が多種感覚情報や記憶・学習によってどう変化するかということがこの手法を使って何か分からないかな、ということを考えているんです。つまりある領域のニューロン群のアクティビティが、たとえば学習前にはこういうふうに空間的に分布していたのが、学習後にはこんな風に変わりましたとか、こういう風に活動パターンが変わってこう出力が変わりましたよということを、計測できないかということを期待してるわけ です。
○ほう。それもまた面白そうですね。
■また、例えば伝達物質の機能をブロッカーで阻害してやるとか、さっき抑制性の伝達物質(GABA)のアクティビティがあるといったけど、GABA作動性ニューロンの興奮を阻害したときに生じた時空間的な応答とコントロール下での応答を比較することで、抑制性の応答だけをちゃんと空間マッピングできるんです。もちろん、興奮性応答のマッピングもできちゃうんです。 僕らはこれってけっこうスゴイと思ってます。
○いや確かに。
■匂いの識別の神経機構とかね、こういう手法を使って、時空間マッピングからなんとかならないかと研究を進めています。こういう研究から、ダイナミックなレベルで、多数のニューロンの活動の相互作用でいったいどんなことが起こるんだろうかという話ができる。
実際やってみると、同時にいろんなニューロンが多数発火することによって、振動現象がみられることがわかってきたんです。
○振動現象?
■ある領域の活動をFFT、フーリエ解析すると、 匂い刺激をしている間、ある周波数のところにパワーのピークが立ったりするんです。同じ事がね、脊椎動物の嗅覚系1次中枢の嗅球でも、電気生理学的実験から報告されているんです。僕らの結果では、ある匂い刺激で20数Hzにパワーのピークが立つのを確認してます。それに、光学的計測法をつかっているので、20Hzの振動をもつ空間マッピングにも成功しました。匂いの刺激を変えてやるとね、振動のピークはどうなるかとか、空間マップはどうなるかということを調べれることができる。匂いの識別についてどういう処理、コーディングが行われているか、ということの分析への一つ有効なアプローチと考えているんです。
○なるほど。そんなことができるんですね。
■そういうレベルまで踏み込んで、さらに嗅覚中枢で識別された刺激が最終的にジグザグプログラムを引き起こすところまでを完璧に掴むというところまで計画しています。
○ふーむ。
…実は率直な感想なんですが、脊椎動物でやっている光学計測って、でも、最初のふれ込みほどの成果は上がってないですよね。ああ、こうなってるんだなあ、ここが働いているんだなあということは分かっても、そこから先に今ひとつ進んでないというか…。
■ああ(笑)。でもね、昆虫の場合はね、single cellでネッ トワークがある程度きっちり追えるわけですよね。それとの併用ができることが大きいんですよう。逆にいうと、脊椎動物を扱ってる彼らは、single cellで分からないから光学計測でやっているわけでしょ。
○ああ、なるほど…。
■single cellでできるんなら、そのほうが良いに決まってるもの。S/Nも高いしね。情報としてはかなり質がたかいでしょ。僕らはsingle cellのレベルでも分かるんだけど、全体的にそれがどう関わってくるかを知りたいんでやってる。そのあたりがだいぶ脊椎動物と違う感じがする。
○そこが違うと。
■そう思ってます。脳内領域の正確な把握と、その領域を結ぶニューロンの正確な形態、応答特性くらまでなら問題ないでしょう。しかも入力出力が押さえられるんだもん。行動のモニターをしながら、single cellのレベルと、ダイナミカルなレベルの計測が同時にできるんだから、それはやっぱり、かなりの事が言えてくると思います
よ。脊椎動物とはそこがだいぶ違うんじゃないですか。
[11: 感覚入力から出力までをすべて捉える] |
○なるほど。今後は?
■定型的な行動を解発する固定化したプログラム、神経ネットワークに関しては、だいぶ明らかになってきた。系をきっちり押さえてきていますから。今度は、それぞれのモダリティーがどんなふうにこの固定化されたネットワークにコ ンバージェンスされてくるのかということに移りつつあります。固定化された神経回路に+αの情報が加わったときにどういうふうに影響されるのかということまでを含めて、この脳と
いうものの機能を見極めていきたいですね。
感覚入力から出力までを全部、ひっくるめて扱えるというのがわれわれの強みなんですよ。しかもネットワークでも追えるわ、ネットワーク+いろんなニューロンがいっぱいあってもそのダイナミクスを追うこともできる。シングルセル、神経回路網、さらにシステムレベル、そして行動レベルといろんな階層での分析、違う階層をとにかく色々なやり方で調べられる。我々独自のやり方かもしれませんね。このような分析の結果を統合してやって、最終的にはロボティックスで評価できると嬉しいわけでね。
[12: 昆虫の脳を回路で置き換えたい] |
○先生は将来的には、昆虫の脳をまるごと回路で置き換える…
■置き換えられるんなら置き換えたいよね。
○置き換えられる、と思って研究なさっていらっしゃるんですよね?
■もちろんそう思ってやってます。
僕は、昆虫の頭を取ってやって、頭の代わりにチップだけを埋め込んでやって、どう動くかという検証実験をやりたいなあ。まあ、匂いセンサーを現状で作るのは不可能なんでそれは実際のもの、たとえば触角を使ってやってね。
○要するに脳が何をやっているか分かれば、それができるはずじゃないか、というお考えなんですよね? でも、人工的な回路から生体への出力はどうするんですか?
■昆虫の頭部と腹部を切除して、胸部だけを残したpreparationは簡単にできるでしょう。この胸部にある神経節を電気刺激するんですよ。ガーンと。そうすると、羽をバタバタさせたりするんです。そのなかでもとくに大事なニューロン群があって、それを刺激してやると翅をばたばたと動かします。今後、しっかりした研究にするには、電極と神経とのインターフェイスをどうするかを考えないといけないけど、仮に一分だけ持てばいい、というレベルだったらそれなりにできるわけよ。
○取りあえずバタバタ動けばいい、というレベルだったらですか。
■そう。
○しかし先生、ずいぶんサラサラと仰いますが、それ自体もの凄いことですよね (笑)。
■そうですね。簡単に言ってるけど、これってけっこう大変な苦労の結果わかってきた研究成果の賜物なんですよ。だって僕らは20年これをやってるわけだから(笑)。凄い時間かかってるんですよ。でも実現はまだ先ですね。そう簡単じゃない。でも楽しんでますよ。
[13: 脳を完全に機械で置き換えることは可能か] |
○昆虫の脳の機能を全て回路で置き換えられたいということは、脳はやっぱりコンピュータだ、という立場なんですか。
■少なくとも分析するにはそういう立場でやる必要があるでしょう。問題はね、脳だけを調べてもすべてはわからない、環境と脳は一体化したものだからです。僕らが刺激をコントロールできる範囲ではそれなりに脳の機能を理解することはできると思うんですが、環境というのはどれくらい変化しているかは僕らには分からないから、全てを分かるというのは無理でしょうね。でも、すこしでも多くのことを理解したいのは当然です。
○どの程度、脳に機能の幅があるか分からない、ということですか?
■そうです。環境の変化に対してどれくらいのフレキシビリティが出てくるかどうかということは、僕らには何とも言えないけども、ジグザグ行動とかprogrammed behaviorのような固定化された行動が基となって、多様な行動変化、変容が現れると思ってます。すべては分からないけども、僕らが実験で与えたくらいの変化に対応する、脳の機能というのは組み込めるかもしれません。
○いま知っている環境の中での行動くらいは…。
■そう、できるかもしれないけど、それ以上の何かがあるかもしれないよね。それ以上のことは分からないけども。
[14: 変態と神経系] |
○全然ベクトルが違う質問で恐縮なんですが、カイコは完全変態昆虫ですね。幼虫から成虫になるときに神経系も大幅に組み換えられると思うんですが、その辺について教えていただけますか。
○次号へ続く…。
[◆Information Board:イベント、URL、etc.] |
■新刊書籍:
◇『マダガスカルの動物 ―その華麗なる適応放散―』 山岸 哲 編
本体4200円+税 裳華房 http://www02.so-net.ne.jp/~shokabo/book_news.html#6.0
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◇雑誌『生物の科学 遺伝』7月号 本体1400円+税 裳華房
http://www02.so-net.ne.jp/~shokabo/iden.html
特集1:クローン動物―その意義と展望 特集2:マリモの生物学
■イベント:
◇電波望遠鏡の製作と太陽電波観測(国立天文台、8月4日(水)〜6日(金))
http://www.nao.ac.jp/pio/starweek/sw99/nro.html
◇生化学若い研究者の会恒例 第39回夏の学校 7/31〜8/2 愛知県労働者研修センター
生命科学の最先端を担う講師22名の分科会、シンポジウム、研究交流会
http://www.seikawakate.com/natu/natu.html
■URL:
◇技術試験衛星VII型(ETS-VII)「おりひめ・ひこぼし」の定常段階実験運用の成果について
http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/Press/Press-j/199906/ets7_990616_a_j.html
◇JEMの開発試験状況
http://jem.tksc.nasda.go.jp/iss_jem/jem/develop_status.html
◇運輸多目的衛星(MTSAT)/H-IIロケット8号機の打上げ延期について
http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/Press/Press-j/199906/h28_990623_j.html
◇運輸多目的衛星愛称募集、締め切り迫る(6/30まで)
http://www.motnet.go.jp/koho99/mtsat/mtapplication.htm
◇MiC環境レター「環(かん)」第5号 地球温暖化特集 ますます熱くなる環境行政
http://www.mictokyo.co.jp/mic/kan/5/index.html
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