NetScience Interview Mail 1999/08/19 Vol.066 |
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【井田茂(いだ・しげる)@東京工業大学 理工学研究科 地球惑星科学専攻 助教授】
研究:惑星系形成理論
著書:岩波講座 地球惑星科学12『比較惑星学』共著ほか
研究室ホームページ:http://www.geo.titech.ac.jp/nakazawalab/ida/ida.html
○惑星系形成理論の研究者、井田茂氏にお伺いします。現在、観測・理論両面で大きく進歩を遂げつつある惑星系の科学の現在をお楽しみ下さい。
6回連続予定。(編集部)
[14: シミュレーションは仮想実験ではない] |
■それはまさに、実験なんです。この薬とこの薬を混ぜてやるとどうなるか、というのと同じです。我々が扱っているようなシステムはそういう形で実験できないので、コンピュータの中で実験してやると。
○仮想実験ですよね。
■でも重力系で言えば、方程式はニュートンの方程式だし、それは正しいということが分かってますから、それがきちんと入っていれば、それは実際にやっているのと同じことなんです。ただ物事によってはもっと複雑な系で、モデル化しないといけないとかそういう場合は、やる人の考えとかが入ってしまって、実験という意味合いからはずれてしまうかもしれないんですけど、なるべく変な仮定を入れないで、物理法則だけに基づいたプログラムを作って、調べています。
○でも、たとえばN体シミュレーションでも、1000体なら1000体、という限定した形でやらないといけないじゃないですか。その辺に関してはどうなんですか。
■1000体でやったとしても、少なくとも1000体ではそれは正しいことなんですね。ただ問題は、考えないといけない系はもっと粒子数があって、その現実の系に近くするため、どんどん数が多くなったときどうなるかということなんですけども、そこからは理論化が必要です。じゃあ千体で起こった現象をどう説明するべきかということを考えないといけない。そしたら、実はこれこれこういうことが起こっているんだということが分かってきますよね。
それが分かってきたら、粒子数が多くなってきたらどういう効果があるかということが予想つくわけです。そしたら「これはこれ以上変えても変わらない現象だな」とか「これは粒子数を変えたらどんどん変わるな」とか言えるようになるでしょ。じゃあ増やして行くならそれはどういうふうに粒子数に依存しているのかとか、そういうところを調べていくんです。
○なるほど。
■で、いきなり粒子数を100倍にすることはできないから、取りあえず10倍くらいにして合ってるかどうかを検証してみるんですね。で、粒子数がこう変化したらこうなるべきだと思ったとおりになったとすると、じゃあ確証はまだないけど100倍1000倍にしたらこういうふうになっていくはずであって、重力の影響はこうなっていくであろうということになる。あとは切り分けを作っていくわけですね。
○切り分け?
■1000体使って作ったこの結果は、限られた系による実験結果なんだけど、これは非常に一般的な結果であると考えたり主張したりするわけです。で、いずれはコンピュータが進んでいけば、立証されていくだろうと。
○粒子数に依存するかしないかの問題を見極めてしまえば、あとは問題ない、と。
■ええ、そうです。
ただ、そう予想していても違う結果が出たりすることは、あります。それが科学の発展というものですからね(笑)。
○そこらへんもいま一つよく分からないところなんですが、どうしてそういうことが起こるんでしょう。すごく単純な、分かり切っている原理に基づいている運動なわけじゃないですか。それがなんで、数が増えただけで、よく分からない多種多様なことが起こるんですか。繰り返しになっちゃいますが。
■ええ。こう言ったらいいですかね。物理法則はニュートンの方程式一本なんですが、重力場を伴う粒子集団になってしまうと、いろんな空間スケールが絡む物理が必要になるんです。いろんな時間スケールが混在する物理過程になっちゃうんです。
たとえば、分子間力といったら特定のスケールでしか働かないんで、そのスケールでしか物事は起きないんですが、重力系になると、典型的な長さというのがなくなってしまうんです。これくらいの範囲の粒子数で起こる運動、それよりさらに大きな粒子数で起こる運動、そういうのがどんどん出てきてしまうわけです。階層構造がでてきてしまう。
○でもそれでも、かくかくしかじかの理由によって階層なり粒子数には依存しません、と言ってたものが、あとになって、すいません違いました、ってことがあるわけですよね。それはどうしてなんでしょう。
■ありますね。それは、我々が想像しなかった階層構造が出てきてしまうことが多いんですね。これくらいの粒子量で起こること、また別の粒子量で起こることはそれぞれ分かったとして、じゃあこれでイケルだろうと思ったのが、今度は違う粒子量で出てきてしまうんです。
そうするとこのプロセス、このプロセス、このプロセスそれぞれのプロセスの強さの度合いが、粒子数の数を変えると、その大小関係が変わったりするんです。
○ふーん。
■この粒子数だとこっちのほうが強かったのに、こっちだと別のプロセスの方が強くきいてきたりするんです。粒子数依存性が違うんです。なので、この効果と効果だとこれでいいだろうと思っていたのが、ある閾値を超えたとたんに予期しない結果が出てきたりするんです。そこが面白いところでもあり、難しいところでもあるんです。
○素人からするとひたすら面白いですけどね。
■ええ。粒子数を変えても全く予想がつかないということはないんです。起こったことを分析すると、かなりのことは言えるんです。おおざっぱにはね。だから「ああ、この範囲までは説明できた」となることが喜びだし、そこで自分たちが考えてなかった結果が出てくると、それはまた新しい発見ですから考えることが増えるから、まあ楽しさとつらさは裏腹ですけどね。
○ふむふむ。
■だから科学者は、あっさり自分で言ったことを覆しますから。よく言うんですけどね、「人に否定されると悔しいんだけど、自分で否定する分には良い」と(笑)。
○ああ、それは分かりますね(笑)。
■自分が数年前に書いた論文を否定するというのは、ぜんぜん臆面もなくやります ね。
○それは楽しいんでしょうね。新しいことが分かって初めてそういうことができるわけですし。
[15: コンピュータ・シミュレーションの教育的価値] |
○コンピュータ・シミュレーションの教育的価値といったことについてもお伺いしたいな、と思うんですが。たとえば小久保先生らがお作りになった『The Origin of the Moon』、あれをお作りになっても、研究成果としては認められないんでしょう?
■研究者としては、認める風潮はまだあまりないですね。今までは紙の雑誌しかなくて、研究論文というのは基本的にそこに発表するものですから。
○その割には、ああいうビデオなどを学会などでみんなの前で見せると、研究者の人でもへえ、っていう顔して見てるじゃないですか(笑)。あれはどうしてなんでしょう?
■単純に実験結果なんでね。たとえば、この薬とこの薬混ぜると色が変わる、っていうのを見せられるとみんなおお、って思うんですよね。
そういうもんでもあるし、あと、方程式を解いて頭の中で分かったとしても、実際に映像化されると、自分が理解していたよりも、もっとリアルに分かったりするんですよ。
○「思考の外化」みたいなもんでしょうか。
■ええ。頭の中で分かっていても、なんかイメージが非常に「クリア」になるっていうか。
○先生もそうですか。シミュレーションも頭の中でできてしまう、って仰ってましたけど、映像を見て新しい発見みたいなものはありますか。発見というより確認なのかもしれませんが。
■ええ、そうですね。本質的なことはその前に自分が理解していることではあるんですけど、なんて言ったらいいんでしょうね…、なんか非常にクリアになるんですよ。たとえば論文書いていても、方程式でその物理のエッセンスみたいなものはもちろん書けますよね。それはもちろん書けるんだけど、ある種の描写をしなくちゃいけないときがあるんです。「こういうことが起こっている」ということを人に描写しないといけないときがあって、そういうときは映像を見たあとのほうがうまく書けますね。
○まさに「見てきたようにものを言い」っていうわけですね。
■ええ。でも今は科学的業績としてはあまり認められていないですね。僕は重要なことだと思いますが。
○じゃあやっぱり時間の無駄、というふうに言われることもあるんじゃないですか。言い過ぎだと思いますが…。
■ええ、でも違う効果があって、数式ばかりの難しい論文書いても、「そこで書いてあることは結局こうなんですよ」というふうに映像で見せると、その書いた論文を、改めて評価してもらえる、ということがあるわけです。
○ああ、なるほど。
■厳密に紙に書くとこうなんだけど、こんなすごいことをやっているんですよ、ということをわかりやすい形で見せることができるわけです。だから直接は評価されないんだけど、副次的に効果があるんですね。
○なるほどなるほど。
■映像だけ映しても評価される、ってことはないと思うんですけど。あ、こうなるんだ、それがこのpaperに書いてあるんだ、と思われるわけです。小久保君や僕らの論文は、自分達ではすごいことやっていると思っていても、それをきちんとアピールしないと、世間には伝わらない。ああいう映像を作ったことで、もとのシミュレーションや論文を評価してもらえたんだと思っています。
保守的な分野だと、論文とはこういうもので、発表とはこういうものだ、というスタイルが染まっている保守的な人がたくさんいて、色んなことを言われるのかもしれないけど、我々の分野では、小久保君みたいな形で学会発表やると、評価されますよ。
○最近はビデオでの発表というのも各分野で増えてきたようですね。
■ただ、僕は保守的な人が言うことも多少は理解できるんです。計算しました、こういう結果が出ました、どうです、綺麗でしょ? で終わったら、それは科学じゃない。じゃああなたの見せた綺麗なデータは何を意味するんですか、そこから何が言えるんですか、それは学問においてどういう位置づけなんですか、ということが言えないと、意味がないと思います。そのバランスが難しいですね。
[16: ダストから微惑星への過程では不明な部分が多い] |
○ちょっと話を戻したいと思います。惑星ができる上で、ダストから微惑星への過程では不明な部分が多い、と『比較惑星学』でもお書きになってますね。これはどういう意味なんですか。
■ええ、それは実は一番大きな問題かもしれなくて、70年代、80年代の枠組みでは、とにかく埃、ダストみたいなのが原始惑星系円盤にいっぱい浮いていて、それが集まって微惑星ができるんですが、ダストから微惑星へは大きさの面でかなりギャップがあるんですね。
○ええ…。
■埃がある程度の大きさ──小惑星くらいの数キロくらいになる部分が抜けているんです。ミクロンサイズから巨視的なサイズへ行くところに非常に危険な大きさがあるんです。1mくらいなんですけど。そのくらいの大きさというのは、ガス星雲からの抵抗を一番大きく受けるんです。その結果、角運動量をどんどんどんどん失って、太陽に落っこちちゃうんですね。そしたら固体成分は全部なくなっちゃうんですよ。
○なくなっちゃ困りますよね。これまではどんな風に考えられていたんですか。
■かつてはどう考えていたかというと、ダストの成分がだんだん円盤の赤道面に沈殿してきて、ある程度薄くなってくると自分たちの重力で潰れてしまうんだと。で、一気に1センチ程度だった奴が1キロくらいになっちゃうんだと。そうして一番の危険領域をパッと飛び越えちゃうと。それで良いだろうと言ってたんですけど。
問題は、1980年代90年代になってきて、実際のガス星雲の観測がどんどんされるようになってきた。生まれたばっかりの星の。そうするとガス星雲は、そんなに「落ち着いて」ないというか、結構ゆらいでいるということが分かってきたんです。
○揺らいでいる、とは?
■要するにガスがゆっくりと回っているだけではなかった。その中であぶくがたっていたりとか。
○乱流が起こっているとか?
■ええ。乱流自信が見えているわけじゃないんですけど、乱流が起こっているんじゃないかという観測結果が出てきたんです。なんでかというと、ガス星雲からけっこう強い熱輻射が出ているんです。そうするとかなり強い粘性がなきゃいけない。その粘性を生むのは乱流粘性しかないと。そこから逆にどのくらいの強さの乱流が起こっているかということを見積もってやることができるんです。
○なるほど。
■そうするとかなり強い乱流で、そんな乱流が起こっているところで埃が沈めるのかということになっちゃったんですね(笑)。とにかく埃が沈んで、円盤がある程度薄くならないと重力で潰れないんですよ。ある程度薄くならないとというのは、レコード盤みたいに薄っぺらい奴が重力的に不安定で粉々になるんだけども、そこまで薄くなれないんじゃないかということになったんですね。
だとするとミクロンサイズの奴を一個一個くっつけていって少しずつ大きくなっていくしかない。そうするとどうしても1mというサイズを通らなくちゃいけない。でも1mっていうサイズを超えたら全部落っこっちゃうじゃないかという問題が起こってきたんです。そこがだからまだ、解決されていないんです。
○でも、できないわけないし。
■ええ。でもちゃんと惑星があるんだから、なんとか通り抜けて、微惑星サイズまで行ったんだろうと(笑)。まあ、そう考えるしかないとは思っているんだけど。
とにかく、これは一番大きな問題かもしれない。乱流が起きているといっても、どういう乱流が起きているか分からないんですよね。ただ熱輻射が来ているから乱流粘性があるだろうと思っているだけで。どういう乱流か分からないからそこで本当に埃が沈めないのかとか、どういうふうにくっついていくのか、1mくらいになったとしてもそこから落ち込んでいくことはないのかということが、全然分かってない。
○全然分かってない…。
■だからこういう人もいますよ。とにかく落ちてしまうんだ、それは認めましょうと。だから我々の太陽系を作った原材料の埃というのはうーんと遠方でできた奴が落ちてきて、それが成長して、で、さらに落ちるんだけど太陽に落ちきる前になんとか生き残った奴が惑星を作るんだ、と考えている人もいるんです。
○なるほど。1mくらいになるのはずっと遠くで起こると。
■ええ。で、1mを超えるとあんまり抵抗が効かなくなって来るんで、また落ちなくなるんですよ。だからびゅんびゅんびゅんびゅんいっているときに危険サイズがあって、その時には落ちている。でもそれを通過すると止まっていると。そういうことにしてしまえば良いんじゃないか、という人もいるんですが、私はまだ何とも言えないというか…。
○先生はモデルで処理するときは、そこはどういう風に?
■そこは難しいんで、一気にすっ飛ばして小天体ができたとこから始めることが多いです。それはもう別の問題であるということで。
○微惑星が形成された、ってところから…
■ええ、そこから始めて物事を考えると。
だからその辺も、いま大がかりなシミュレーションをやってやろうと今思っているんですけどね。ガスの状態を乱れさせた場を作ってやって、そこに埃を落としてやる。その場合、本当に中心、赤道面に集まれないのか。集まってきたとしても乱流が起こっていると潰れることができないのかっていうのをN体計算でできないかな、と思っているんです。埃といってもみんな重力エネルギーでくっつくわけですから。
○埃もN体であらわすんですか。確率的な分布、って形じゃなくて。
■ええ。多分ここでいうのは自己重力不安定、協働的現象っていうのがもろに効いて来るんで、それを確率化した方程式に直すと、そこにどうしてもモデルが入り込んでしまう。そうすると物理が消えてしまう。だからなるべくそういうのを取り除いてやれないかなと思っているんですけど。そこらへん、ちょっと2相の非線形物理みたいなのが絡んでくるんだと思うんですけど。色んなことが絡まっているみたいなんでね…。
○普通の状態でも大変なのに…
■ええ、そこに重力が絡んで来るんです。どういう乱流なのかも分からない(笑)。シミュレーションやっても、どういう結果が出てきて、どういう意味を持つのか分からないですね。
○分かっているのは結局、結論だけなわけですよね。こういう惑星系ができましたっていう。
■そうです。他の恒星を見ても惑星はいっぱいできているみたいなんで、やっぱりそれで固体成分が落っこちちゃって惑星は出来ない、ということはどうもないみたいだ、ていうことは分かっているんですけど、じゃあ「なぜそれでいいのか」ということは分かってないんです。
だからあんまり分かってない、って言い過ぎると良くないんで(笑)、本とかでも誤魔化してあるんですね。でも一番問題になってくるところだと思いますね。
○でも面白そうですね。
■観測とも絡んでくるところですからね。観測の精度が上がってくるとどんどん細かいところが分かって来るんで。観測の情報と理論を合わせてやっていける場所だし。観測っていうのは、できあがった星を見るのはけっこう難しいんです。でも埃の状態は見やすいんです。埃の状態だと放射しやすいんで。だからいま観測で見ているのも、ほとんど埃を見ているんですよ。埃の状態っていうのは逆に観測でどんどん分かってくるでしょう。だからどんどん新しい情報が入って来るんで、それをもとにしてこれから理論化していくというのはこれからできることだし、やっていかなくちゃいけないことだと思います。
今は出来なくても、だんだんできるようになってくるはずです。
[17: 観測に期待するもの 大型サブミリ波干渉計] |
○じゃあ先生方はやっぱり、<すばる>だとかに期待することっていうのは大きいんですか。
○次号へ続く…。
[◆Information Board:イベント、URL、etc.] |
■イベント:
◇「21世紀の科学技術と理科教育」公開シンポジウム 8/26、大阪国際交流センター
http://adw3.aist-nara.ac.jp/EVENT/mssympo/1.html
■URL:
◇平成10年度「2000年代の科学技術系人材育成事業に関する調査」報告書
http://jhfsp.jsf.or.jp/shinko/pro/2000/contents.htm
◇土星探査機カッシーニ、地球フライバイに成功。
Where is Cassini Now?
http://www.jpl.nasa.gov/cassini/today/
*ここは、科学に関連するイベントの一行告知、URL紹介など、
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