で、内容なのだが。
うーむ。正直言って、何が何だか、良く分からなかったぞ。
今回の舞台は全て「エスティ」の迷路の中。だが、わけ分からないのはその辺じゃなくって、全体のストーリーそのものが、僕にはなんだか良く分からなかった。まるで、ベンフォードの思想の書き付け断片の集積を小説状にしたものを読まされたみたい、と言えばいいのか。いや、ちゃんと小説になってるんだったら、まだ良いんだけど…。今回のは、小説にもなってないのではなかろうか。
これが、あのシリーズの完結編とは、悲しすぎる。全然、感動できなかったぞ。
一部の人々の間で熱狂的に支持されている(らしい)本書。
氷河期が再開、科学技術が忌避され、SFも科学の同類として政府から迫害されている世の中に、「天使」と呼ばれる宇宙飛行士の残存者が墜落してくる。それを助けるSFファン、というより、SFオタク達の大活躍!というストーリー。
この本を面白いと思えるかどうかは、SFオタクにどれだけ感情移入できるかによると思うのだが、ちょっと厳しいかなー、というのが僕の実感。「ああ、いるいる、こういう奴」って思っちゃって、嫌気が先走ってしまった。ついていけない、っていうか。
そこのところをクリアすれば、あとはタダのドタバタだから、そこそこ楽しく読める。登場人物の設定の問題はあるが、やっぱりSFファンとしては、SFネタが出てくるとニヤニヤしてしまう。シマックとかね。その辺、やっぱり乗せられてしまう楽しみがある。
そして、全編に溢れる宇宙開発への夢。「われわれの夢はきみらとともにある」。思わずじーんとしてしまった。「降伏の儀式」を読んだときにも思ったのだが、ニーヴン&パーネルは、この辺で人を感動させるのが、本当にうまい。いま現在のテクノロジーで、本来我々がどの程度のことを実現できるのか、その辺を表現するためのストーリー設定や描写力が、他をぶっちぎっているのだ。あのラストシーンと言い、この本のラストといい、思わず感動してしまう。凄く映像的だし。
未来はこそこそした時間で、一日づつ忍びよってくる。明日はどれも今日とわずかにちがっているに過ぎない。そしてある日、人は自分が旅してきた道のりをふりかえり、生まれた場所からはるか遠くまできてしまったことに気づく。安全で、危険はない。ところが夢は腐食してしまっている。(下巻p.138)そんなことでいいのか?という、SFなりの檄文である(そんなに堅いもんじゃないけど)。
未来を嘆くのではなく、未来をつくっていく。まもなく、われわれみんなが未来に生きることになる。おれたちの仲間はそのさがしだすのが好きなんだ。(上巻p.168)
なぜなら、そうすることで、すべてのものが驚きに満ちてくるからだ。(上巻p.240)SENSE OF WONDER。
おまけ。
読後、デルタクリッパーのページを探したのだが、昔知っていたページはなくなっていた。どこか面白いページをご存じの方、教えて下さい。
「宇宙観光がビジネスになる日」は本書に出てくるSSTOの話。SFファン必読かも。