本書のテーマは二つ。
まず一つ目は暗号の発展史の概観。暗号製作者と暗号解読者双方のせめぎ合いの中で暗号は進化を続けてきた。そして両者の闘いの結果は、歴史に大きな影響を与えてきた。
2つ目は現在なお暗号の需要が高まりつつあること、そして最先端の暗号研究の現状のレポート。主役は数学者である。この二つが前半後半でそれぞれ論じられている。
まず暗号は、メッセージの存在そのものを隠すことから始まった。これをステガノグラフィーという。だがこれでは、メッセージの存在が明らかになったら終わりだ。そこで、メッセージの内容そのものを隠すもの=暗号(クリプトグラフィー)が誕生したのである。
暗号の基本を確認しておく。まず発信者と受信者は予め暗号の規約をやりとりしておく。そして発信者はそれに従って暗号化を行う。受信者はそのプロトコルを逆にして解読する。これが基本である。
この基本に従って、種々の暗号が考案された。たとえばメッセージの文字を並べかえる転置式暗号。文字を別の文字に置き換える換字式暗号など。
個々の暗号は、「アルゴリズム」と「鍵」で指定される。暗号化の大まかな方針がアルゴリズム、具体的詳細が鍵。鍵とアルゴリズムを知らないものは暗号を入手しても解読できない。実際には、暗号解読者の多くはアルゴリズムの検討はつく。もし鍵の種類が少なければ、片っ端から試していけばやがては解読できる。だが鍵が無数にあると、暗号を解読することはできない。つまり暗号システムの安全性は鍵の秘密にかかっている。
換字式暗号は鍵の種類を簡単に増やすことができるし、鍵を作るのも簡単だ。そのためかなり長い間使われた。もちろん、解読者もボケーッとしていたわけではない。彼らが考え出したのは頻度分析という手法だった。文字の頻度をカウントして、それをベースに解読する手法だ。もちろん暗号製作者たちも抵抗した。「冗字」を使って頻度を誤魔化す、ある単語を別の単語や記号で置き換えるコードワードを束といった方法で。だが、もっと強力な暗号が求められていた。絶対に解読されない暗号が。
その声にこたえて新たな暗号が登場したのは16世紀になってからだった。ヴィジュネル暗号(多アルファベット換字式暗号、多表式暗号)である。ヴィジュネルは、先人達の研究を踏まえ、強力な暗号を作り出したのだ。ヴィジュネル暗号は、平文を構成する一文字一文字を違う暗号アルファベットで暗号化するのだ。受信者はキーワードを使ってヴィジュネル暗号の基本となる方陣のどの行で暗号化されたのかを解読を行う。
ヴィジュネル暗号は頻度分析に負けない。なぜなら、それぞれの文字は例え同じ文字でもそれぞれ別の文字を表すのだ。一文字一文字が違う方式で暗号化されているのである。そのため、ある文字の頻出頻度が分かっても、意味がない。ヴィジュネルはこの仕事の成果を『秘密の書記法について』という本にまとめた。1586年のことだった。
ヴィジュネル暗号を打ち破るのは、階差機関の発明者として有名なチャールズ・バベッジ卿である。バベッジは「あらゆる学問の中でもっとも魅力的なのは暗号解読だ」と言っていたそうだ。彼がヴィジュネル暗号の弱点を探すに到った理由がまたおかしな話で、彼は、ある素人から新しい暗号を発明したという挑戦を受けたのだという。その人物が発見したと主張しているのはビジュネル暗号そのものだったのだが、今も昔も、その手の人物は自分の間違いを認めようとせず、だったら自分の暗号を解いてみろとバベッジに挑戦したのだという。もちろん、彼が新しく発明したかどうかと解読できるかどうかは無関係なのだが、バベッジはそれをきっかけにトライを始めたのだ。
バベッジは、暗号文中に同じ文字列が現れること、それが暗号を破るとっかかりとなりうることに気がついた。文中の同じ文字列が、同じやり方が暗号化された場合である。つまりビジュネル暗号には周期的な性質を持つという、大きな弱点があったのだ。それをベースに、暗号化の鍵となるキーワードを見つけだすことができたのだ。まず、キーワードのだいたいの長さが分かる。それによって暗号文をキーワードの文字数分のパートに分ける。次にそれぞれの文字によって暗号化されている文字の頻度分布を調べ、キーワードを一個一個突き止めていくのだ。
バベッジはこの手法で、おそらく1854年頃、ヴィジュネル暗号を破った。だがバベッジはこの仕事を公表しなかった。そのため、この手法が再発見されたのは1863年、カシスキーの手によってだった。バベッジが破っていたことが分かったのは、20世紀になった研究者達がバベッジのノートを調べてからだったという。
この頃、暗号の世界そのものにもまた別の変化が起き始めていた。電信や無線の登場による通信需要そのものの高まり。そして暗号が一般大衆にも使用されるようになりはじめていたのだ。人々は文書のやりとりに暗号を用い、数多くのミステリ小説にも暗号が登場した。サイモン・シンが紹介するエピソードの一つは、宝のありかを示すとされる「ビール暗号」という謎の文書である。この話は素朴にわくわくする面白い話である。実際、幾多の人々がこの暗号と宝に魅入られて挑んだという。
そして世界大戦。暗号の安全性に対する認識の違いで、ドイツ軍は痛い目にあった。だが彼らはそのことにすら気がつかなかった。暗号の世界でもまた新しい闘いが始まった。ビジュネル暗号にランダム鍵を持ち込んだワンタイム・パッド暗号や暗号機械・エニグマ機の登場である。そして、もう一つ大きな出来事はエニグマを破るために新しい戦力として、数学者たちが採用されたことである。ここにきて数学者が暗号の闘いの表舞台に登場する。
だんだん疲れてきたので、内容紹介はこのへんで終わりにしよう。シンは上記のような暗号史を、読者自らが実際に試しながら暗号の仕組みを理解できるように構成している。最近の暗号世界を描く後半では、公開鍵暗号が生まれるまでの過程が面白い(なお、個人的には後半のほうがずっと面白かった)。最後は量子暗号や量子コンピュータの話題で終わる。
基本的には面白い読み物である本書だが、個人的には若干の不満が残った。私は「暗号とは何か」という話から、暗号と数学や論理学との関係の詳述、そして言語とはいったいなんだろうかという考察へ進むことを勝手に期待していたのだ。そのたま、やや期待外れの感があった。
だが、丹念な書き込みとずば抜けた構成力は健在。水準はじゅうぶん超えた秀作である。
文中には研究者たちの写真も挿入されており、この群像ドラマに興を添える。なかでも多世界解釈で有名なドイチュの異相にはびっくり。
時は1938年12月22日。場所はアフリカ南端にあるイースト・ロンドン。当時31歳だったイースト・ロンドン博物館の若き学芸員マージョリー・コートネイ−ラティマーに電話がかかってきた。アーヴィン&ジャクソン漁業会社の経営者ジャクソンからで、トロール船が港に入ってきたので標本用の魚を見繕わないかという。ラティマーは、そのとき恐竜の化石を組み立てるのに一生懸命で、思わず、いまは要らないと答えそうになったが、取りあえず挨拶だけでもと出かけていくことにした。
船員たちは既に下船していて、一人だけ残っていたスコットランド人の水夫が案内してくれた。魚の山を選り分けていた彼女は、山から飛び出した青いヒレを見つけた。魚の山の中から現れたのは「見たこともないきれいな青い魚」だった。体長1.5m、重さ57キロ。藤色がかった青の表皮には淡い白の斑点があった。全体は玉虫色にきらめいていた。
「……硬いウロコに覆われていて、足のようなヒレが四枚、小さな尾はまるで子犬のしっぽのような奇妙な形をしていました。ともかくきれいな魚で、魚というよりは中国の大きな磁器とでもいうのかしら。でもいったい何という魚かは分かりませんでした(15ページ)」彼女には、その魚がいったい何者なのか分からなかった。また博物館の理事長は「ただのハタだ」と言い捨てたそうだ。だが彼女は「なにかともてたいせつなものにはちがいない」と直感するのである。
そこで彼女はこの魚を何とか保存すべく悪戦苦闘する。なにせ1938年である、冷凍保存も大変だった。彼女は遺体保管所や、食料のための冷凍倉庫を回るが断られる。イーストロンドンには、この二つしか魚を保存しておける場所はなかった。そこで仕方なく、その魚は剥製になった。
もちろん、正体を突き止める努力もしていた。彼女は顔見知りで、イースト・ロンドンから西に百五〇キロほど名晴れたところにある街で化学の教鞭を執りながら独学で魚類学も研究していたジェームズ・レナード・ブリアリー・スミス博士に連絡を取ろうとした。化石魚にも興味を持っていたスミスは、実は最適の人物だった。歴史のいたずらか、それとも神の采配か。彼はいるべくしているべきところにいた人物だったのである。ところがシーラカンスが発見されたその日は大学にいなかった。ラティマーはスケッチ付きの手紙も書いたが、返事は来なかった。結局、彼女のところに返事が来たのは13日後だった。
実はスミス博士らは休暇を取っていたのである。彼が手紙を見たのは1939年、一月三日になってからだった。彼は説明文を読み、二枚目をめくり、粗雑なスケッチを見た。その瞬間、「頭のなかで爆弾がさく裂した」。彼の頭の中に浮かんだのは、7000万年前に絶滅したとされている化石魚だった。時間こそかかったが、まさに情報が辿りつくべきところに辿りついたのである。二月26日、スミスはシーラカンスの剥製と対面し、20日には新聞にも出、魚は博物館に展示された。町民は長蛇の列を作ったという。
スミスは「ネイチャー」にレターを送り、記事は掲載された。そしてこの魚に学名が付けられた。「ラティメリア・カルムナエ・JLBスミス」。この名前には、批判もあったらしい。内臓を捨ててしまうような愚行を犯した女性の名前を冠するとは何事かというものだ。だがそれにはスミスが真っ向から反論した。シーラカンスが世に現れたのにはラティマーの判断があってこそのことだというのである。
スミスは、この魚がサイエンスに与える影響については承知していたが、一般大衆やマスコミの反応は予測できなかった。ありとあらゆる新聞雑誌にシーラカンスの記事が踊ったという。なぜシーラカンスが現在もなお続くほどの人気を博したのか。たぶん、「生きている化石」というイメージに、あまりにもシーラカンスが合致する姿をしていたからだろう。
さて、ここまではいわばプロローグである。その後、物語は、二匹目はいったいどこにいるのかというフェイズに突入する。シーラカンスと出会ったことで文字通り人生が変わったスミス博士は、もともと学者人生に全身全霊を捧げていた情熱の男だった。スミスはその執念を、シーラカンス探しに注ぎ込んだ。
ここから先の内容は、本書を読んで頂きたい。スミス博士の数奇な運命(彼は最後は自殺してしまうのである)だけではなく、シーラカンスを奪いあう各国政府や、現代の最新技術すなわち潜水艇と人々の熱意の前に、ついに姿を現したシーラカンスの姿などが、情熱的な筆致で描かれる。そう、本書はシーラカンスの魅力にとりつかれた人々を描く本だが、著者本人もその一人なのだ。著者ワインバーグは、シーラカンスに人生を捧げた人々の情熱を描くことで、シーラカンスそのものの魅力を描き上げていく。
シーラカンスの不思議な生態も面白い。卵胎生は有名だが、その他にも彼らには逆立ち状態で数分間泳ぎ続けるという不思議な行動がある。最近の研究によって、海中に弱い電流を流すと逆立ち行動を取ることが観察されていることや、尾部に発電器官があることから、これは電場の変動を感知して餌を見つけやすくする行動ではないかという仮説が立てられているという。胎生であることは分かっているが、一回につきどの程度の子どもを産むかには諸説あり、よく分かっていない。
現在では南シナ海でもシーラカンスは見つかっている。それもたまたま新婚旅行でインドネシアに来ていた海洋生物学者がなんと魚市場で見つけたというのだから、なんともおかしい。もちろんこの顛末も、本書にはしっかり描かれている。
おそらくシーラカンスはもともとは浅海にいたのかもしれない。現在も残っているラティメリアらは、深海に暮らすことでニッチを獲得し、生き残った種だったのだろう。個体数がどの程度いるのかは分からないが、やたらめったらいるというわけでないことは確かだ。日本もシーラカンスの捕獲には無縁ではない。水族館が捕獲しようと船を繰り出したこともあるし、日本の漁船が底引き網でシーラカンスを引っかけたこともあるのだ。
この本は『暗号解読』の陰に隠れて目立ってないが、実に面白いノンフィクションである。是非お読み頂きたい。私は本書を通読して、なかで紹介されていた「dinofish.com」でシーラカンスTシャツを2枚購入した。
人目の届かぬ200mの海の底で暮らす彼らは、まさに「時に捉えられた魚(原題)」である。時の彼方から再び現れた魚が、知らない間にいなくなっていたということがないように願う。
おおざっぱにいえば、ごく普通に面白い本だ。ごく普通というのは、脳に関する本はかなりの数が刊行されているため、本書で紹介されている話も、科学書読みならばほとんど知っている話ばかりだからだ。もっともそれは本書だけに責任があるわけではないのだが。この本そのものは、もし他に脳や心に関する本を読んだことがないならば、比較的おすすめできる部類に入る。
イングラムが注目したのは、脳は情報が不足していても、物事を無理矢理説明するために勝手に正当化して自らを納得させるということだ。つまりどんなに無理してでも、脳は自らの意識経験を正常なものに保とうとするのである。だからたとえ半分が見えなかろうが、自分の左手を他人のものと思いこんでいようが、それはとにかく本人にとっては現実であり、正常であるように思いこんだ結果なのだ。
著者は地平線近くの月が大きく見える理由も、このような考え方の延長で捉えている。我々の知覚のなかで空は、半球状ではなく天井が低いドーム型になっている。つまり、地平線は頭上の空よりも遠くにあると感じている。このこと事態は、心理物理学的な実験で確かめられているらしい。
さてその結果、地平線上にあるものは頭上にあるものよりも遠くにあると感じることになる。すると実際の網膜に映っている像は同じ大きさなのに、地平線上の月は、頭上の月よりも遠くに見えるという矛盾が生じる。脳はこの矛盾を何とか解決しようと試みる。そのため、地平線に近づいた月は大きく見えるのだという。そのように解釈しないとどうしようもないからだ。
脳と心の関係にしても、必ずしも単純ではないことが感覚の認識の実験によって明らかになっている。開頭した患者の脳への直接刺激の実験から、単純に末梢から送られた刺激を認知して心の働きが起きるのではなく、心の働きが知覚や思考に影響を与えるのではないかという話もある。本書に収録された話題の半分くらいは、このことを感じさせるものである。
著者イングラムは、記憶の研究で有名な「H・M(てんかんの治療のため海馬の大部分と扁桃体を全部切除され、新しい記憶を形成できなくなった患者)」にインタビューしたことがあるそうで、本書にはそのときの模様も収録されている。何とも言えない気持ちになる。