98年1月Science Book Review


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  • 昆虫と花 共生と共進化
    (F・G・バルト(Friedrich G. Barth)著 渋谷達明監訳 八坂書房、4800円 原題:Biologie einer Begegnung, Die Partnerschaft der Insektenund Blumen, 1982)
  • 教科書。内容がちょっと古いのが気になる。あまり、タイトルから連想されるような話は含まれていない。各種昆虫の驚異的メカニズムに関する具体的数字が記されているのは有り難いけど…。
    特にこの分野に強く惹きつけられる人だけ読めば良いのでは。値も張るし。

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  • 栄養学の窓から眺めた生物の世界
    (高橋英一(たかはし・えいいち)著 研成社、1400円)
  • 要するに食物連鎖の本です。タイトルそのまんまの本でした。ちょっとがっかりしつつも安心、というところか。学校の先生の自習用、あるいは好奇心旺盛な高校生以上用の生物の本。もうちょっと、視点の変換の感覚を伝えてくれれば、凄く面白くなるネタだと思うんだけど、多分この本は学校の先生達が授業のネタ本として読むんだろう。そう思うとこのままでも良いのかも、と思ってしまった。
    この手のネタはいっぱい入っているから、そういう人は損はしないでしょう。

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  • 赤ちゃんは知っている 認知科学のフロンティア
    (ジャック・メレール(Jacques Mehler) E・デュプー(Emmanuel Dupoux)著 加藤晴久・増茂和男訳 藤原書店、3800円 原題:Naitre Humain, 1990)
  • 価格から見ると一般科学書としてはちょっとなあ、と言わざるを得ない。残念ながらそれほど「フロンティア」感がないのだ。学生、初学者向き?そんな印象。

    本書の主張は、人間は生まれたときから、ある程度プリセットされた能力を持って生まれてくる、ということ。まあ、ある意味それは当然で、でないと周囲の空間をそもそも認知できないし、危険を避けることもできない。空間把握の能力、認知の仕方、言語の獲得のための基本的能力、そういうことが、如何にして科学的に確かめられてきたか、それらについては具体的・教科書的に学ぶことができる。

    ふむふむー、と思ったのは、人間は予め同類(つまり人間)を認知できるらしい、ということ。これは結構驚くべき事だと思うのだが。

    認知科学という学問は、その方法論を巡ってずいぶん紆余曲折がある。実際それはまだ続いているわけだが、その辺の議論も、なんとなく見える。認知科学プロパーの人にとっては多分旧聞に属する話ばかりだと思うのだが、人工知能の人たちには面白いかもしれない。


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  • 死はなぜ進化したか 人の死と生命科学
    (ウイリアム・クラーク(William R. Clark)著 岡田益吉訳 三田出版会、2000円 原題:Sex & The Origins of Death, 1996)
  • よく書けた科学啓蒙書。「性」が生まれ、生物が多細胞化して体細胞と生殖細胞が生まれ、「死」が生まれた過程とその意義から、社会的な問題である脳死に至るまで、(時として過剰に感じるほどの)ウィットに満ちた文体で表現。普通の人でも飽きないように章立て・構成してある。楽しく、興味深い性と死の問題について読むことができるだろう。面白く読めた。

    不死の細胞として有名な「HeLa細胞」の話は何度読んでも興味深い。「1951年に培養を開始された個々のHeLa細胞は、理論上はそれぞれ2の1万5000乗個以上の子孫細胞を生産した結果になる」。つまり彼女のDNAはそれだけ増えて大成功しているわけで、我々が地球上にいる意義は何なのかとふと思ってしまう。もちろんDNAはDNAに過ぎないし、細胞は細胞でしかないのだが、DNAにしてみれば自分たちが増えれば良いわけで…。こういうものの見方をしてしまうのがダメなところだ。

    そのほか、凍結したアルテミア被嚢の話や脳死状態から出産した女性の話などは、何度聞いても不思議というか驚くというか、「生物であること」の不思議さをつくづく感じさせてくれる。「生命」なるもの、その状態、その本質はどこにあるのか、あるいは一体なんなのか、軽妙な語り口ながら考えさせてくれる一冊。


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  • 生物のからだはどう複雑化したか
    (団まりな(だん・まりな)著 岩波書店、1600円)
  • <ゲノムから進化を考える>3巻。そろそろこのシリーズ名は考えないようにしよう(笑)。
    本書では団氏の、階層性を持つものとしての生物の捉え方が簡潔にまとめられている。同じ著者による「生物の複雑さを読む 階層性の生物学」よりはずっと分かりやすく書かれているが、分かりやすく書きすぎで、ちょっと意味がぼやけているような気がする。ただ、「どのように」の物語部分は、本書の方が分かりやすいかも。

    「包含関係」と「新機能の付加」、この二つの関係を見いだしつつ生物の階層性に注目すると、生物進化の過程が、より理解しやすくなるのではないか。これが著者の基本的考え方にあるのだと思う。この視点は確かに非常に重要で、一見似たように見える生物間に潜む階層性を発見していく作業は、科学としての基本的方法論でもあり、もっともっと一般的にも認知されて良い生物の見方だと思う。

    細胞共生に関しては、著者の新説──本体細胞が原ミトコンドリア細胞を酸素のはけ口にするために、それと接着していたというもの──が紹介されている。こうして、徐々に共生に至ったのではないか、というものだ。これも細胞間の接着などを階層性の視点から見ていて考えついたことなのだろうと推察する。実際のところ、どうなのかは分からないが。

    本書一冊だけだと「で、実際ところはどうなの?」という気持ちが、フラストレーションとして溜まってしまいそうな気がする。分かりやすいのは良いのだが、ちょっと物語的にすぎるような気がするのだ。


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  • 女の由来 もう一つの人類進化論
    (エレイン・モーガン(Elaine Morgan)著 望月弘子訳 どうぶつ社、2500円 原題:The Descent of Woman, 1985)
  • タイトル「女の由来」とは、ダーウィンの"The descent of man(1871)"、つまり「人間の由来」と対になった言葉。本書の主張は2つ。「これまでの人類進化論は男性中心主義的世界観にとらわれている」、「人類は一度水中に戻って進化した」、この二つだ。

    内容はところどころ大きく飛躍して、ほとんどトンデモに近くなるが、本書の指摘そのものには、重要な真実がある。なぜ、人間には皮下脂肪がありながら体毛がないのか、なぜ人間には髪の毛などという特殊な毛があるのか、唇や耳たぶはなぜあるのか、これらの疑問に満足できる答えを与えてくれる説はないのである。筆者らが主張する「アクア説」は時々浮上してくるが、これも物的な根拠がないという致命的な弱点がある。だが、謎ははっきりと存在しているのだ。

    人類進化論の物語に無意識の内に女性の視点が欠けており男性側に偏っていた、というのもある程度本当だろう。manという言葉に「人間」以外の意味、つまり「男」という意味にかなりのウェイトが置かれていたことは、時代背景を考えても、真実に近いと思う。

    筆者の語る新しい物語は突飛すぎ、時として非論理的で、全くついていけないところも多い。だが、これらの指摘にまで目をつぶることはない。


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  • 東京湾をつないだ男たち 巨大事業を支えた技術者の記録
    (日経コンストラクション編 日経BP、1800円)
  • 東京湾アクアライン」。言わずと知れた昨年完成した<東京湾横断道路>である。本書は「東京湾アクアライン完成までの実録人間ドキュメント(帯より)」。日経コンストラクション誌に時々掲載されたものをまとめたらしい。そのため、時間的に大きな空白があったりするのが残念だが、他に類書がないだけに(これから刊行されるのかもしれないが)なかなか読ませる。

    とはいうものの、内容というか描き方は、あんまり一般向けではない。別に難しい言葉が使ってあるわけではないのだが、いま一つ、業界のことを知らない一般人が読むには演出不足かなあ、と。まあ、そこそこのできではあるのだが。一般書としては今ひとつ、ということだ。

    しかしながら、1960年代から始まった計画の紆余曲折、セグメント自動組立ロボット開発物語、「マヨネーズ層」と呼ばれた軟弱層掘削、突如起こった湧水事件などがやっぱり読ませることには変わりない。もうちょっと時間をかけて本にしてくれれば良かったと思うんだけど。その点だけが残念。


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  • ドードーの歌 美しい世界からの警鐘 上・下
    (デイヴィッド・クォメン(David Quammen)著 鈴木主税訳 河出書房新社、各2800円 原題:The Song of the DODO, Island Biogeography in an Age of Extinction, 1996)
  • ようやく読んだ。分厚い本だった。実際に上下巻本で分厚いのだが、それだけではなくて、内容が入り交じっているのだ。一言で言ってしまえば島の生物地理学の本であり、それをもって、現在世界各地で起きている生物種の多様性の減少(絶滅)に警鐘をならそう、という本である。

    入り交じっている、というのは、本書の内容がそれだけではないからだ。アルフレッド・ウォーレスの足跡を追いかける科学史の本でもあり、実際にあちこちを歩き回った著者自身によるネイチャー・ライティングでもあり(文章スタイルは完全にこれ)、生物地理学や生態学という学問がどのようにできあがったかをインタビューを交えて語っている本でもあるからだ。

    これらの内容が、網の目のように複雑に入り組んで相互作用しあっているのが本書である。もちろん、普通の本の著者も、これらのことから発想して本を書いているのだろう。だが本書の著者は、その結果をカテゴライズせずに、そのまま出してしまったのだ。まるで分割を拒むかのように。

    そのせいで、読中、どこへ連れていかれるのか思わず不安になってしまうこともあった。これは本書の欠点だ。だが一方で、ウォーレスの「マレー群島」を片手に、コモドドラゴンを追いかけたり、E・O・ウィルソンと談笑したり、アボリジニーの歴史を追ったりと、世界中を駆けめぐる著者の記憶を追体験できる、というメリットもある。不可分の、綴れ織りの編み目のような生態系を巡る物語。

    著者の、「島の生物地理学」からの自然保護への主張はこうだ。
    現在、世界各地で自然が分断され、人工の「島」が生まれつつある。島と同じ状況が大陸上でも起きているのだ。生息地が分断された種は絶滅する可能性が非常に高くなる。切り刻まれた自然保護区、孤立した小規模の自然保護区、人工の陸橋しか持たないような自然保護区は、生物種にとって極めて危険だ。生物の多様性保護のためには、ある程度の「面積」が根本的に重要である。「箱庭」を維持することは不可能なのだ。

    個体群最小限界規模はどのくらいか?それはまだまだ分からないことが多い。だが、島の生物地理学が端的に示している結果を無視した自然保護は成立しない。著者らは、各自然保護区を緩衝地帯で結ぶことを提案している(これと似た観点は、ずっと小規模なものだが「ぼくの東京昆虫記 高層ビルの空の下で」にも記されていた)。
    「種」を保全することの難しさを感じる。


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  • 量子力学の奇妙なところが思ったほど奇妙でないわけ
    (デヴィッド・リンドリー(David Lindley)著 松浦俊輔訳 青土社、2600円 原題:Where Does the Weirdness Go? : Why quantum mechanics is strange, but not as strange as you think, 1996)
  • いや、やっぱり奇妙だよ〜、と思ってしまう。量子力学は理論だ。なのにコペンハーゲンだの多世界だのと「解釈」がある。なぜそういうことが起こるのか。観測問題の「観測」とはいったいなんだろう。巨視的な現象と量子レベルの現象の境目はどこにあるのか。こういったことに関する大学教養レベル集中講義といった雰囲気の一冊。EPR相関など一つ一つの説明は意外と丁寧だから、ゆっくり読んでいけば話を見失うことはない。ただ、いきなりこの本から読むのはちょっと無理かも。

    コヒーレントな状態を乱してインコヒーレントにすること。これが「観測」の本質であり、そのことを念頭におけば、シュレディンガーの猫は半死半生になったまま箱詰めにされているわけではないこと、月は誰も見てなくてもそこにあることなど、巨視的な事象に量子の重ね合わせ状態が出現しないことは理解できるはずだ、と著者は語る。つまり、宇宙全体の全ての成分が相関しあい、影響を及ぼしあって絶えず脱コヒーレンスな状態を保っている、それがこの現在の宇宙の有様である、というのである。当然のことながらそこには人間の存在も意識も必要とされていない。なるほど、これそのものは分かりやすい説明だ。

    でもねえ、やっぱり不思議でしょうがないんです。重ね合わせとは何かと問うことに意味はないといわれても、どうして我々は実在を実在として感じているのか、やっぱり不思議でしょうがない。
    本書の解説も一つの解釈。これで納得できる人はそれで良いのだろうけど、どうやら私には、量子論は「実在」とはなんぞや、という問題をこれからも投げかけ続けてくれそうだ。ボーアには怒られてしまうだろうけど。


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  • 別冊宝島362 科学謎?なぜ?読本
    (別冊宝島 宝島社、743円)
  • Q&A本。内容紹介は以上。
    こういう本がどのくらい売れているのか?ということが一番知りたい。どうなんだろうか。堅めの本に比べると、売り上げは伸びているのだろうか?科学離れが非常に心配されている昨今だが、どうなんだろうか。

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  • 生命と地球の歴史
    (丸山茂徳(まるやま・しげのり)、磯崎行雄(いそざき・ゆきお)著 岩波新書、660円)
  • 「全地球史解読」。プルームテクトニクスによって、固体地球の進化と生命の進化を統一的に理解しようとする試みを続ける著者らの最新刊。久々の著作だけに待望の1冊だった。トータルな印象は「生命・地球共進化序説・固体地球編」といったところ。基本的な内容は、今までの論文や著作と変わらないのだが、やはりどのページも非常に面白い。何度も読み返してしまう。

    マグマオーシャンとして生まれた固体地球46億年は基本的に冷却による分化過程の歴史だが、一直線にただただ冷えていたわけではない。熱いコーヒーにミルクを入れると実に様々な動きを見せる。あるいはみそ汁を観察してもいい。最初複雑だった対流はやがてゆるやかになり、まとまってくる。だんだん大きな対流が形作られてくることが分かる。地球でも基本的にはこれと同じ事が現在進行中である。

    著者らは、マントル対流は当初2層であり、27億年前に、上部マントル最下部に蓄積された低温物質の崩落によって起こったマントルオーバーターンをきっかけとして全マントル対流へと変化したと考えている。そして崩落物質は外核表面をスポット的に冷却、外核の対流は激しくなった。その結果、地球磁場が強くなった、という。

    大陸地殻があるのは地球だけである。原始海洋が形成されたのは約40億年前だが、それによって大気中の二酸化炭素は吸収され、地球表面温度は急激に低下し、プレートテクトニクスが始まった。玄武岩質のプレートは海水中で含水鉱物を形成して沈み込むときに溶融、上昇し花崗岩を作るのである。当初小さかった大陸地殻はだんだん成長する。それに伴い塩類が海洋に溶け込んだ。

    19億年前には最初の超大陸ヌーナが出現した。その後も大陸は離合集散を繰り返しロディニア、ゴンドワナ、パンゲアという超大陸を作っては離れ、作っては離れた。超大陸が生まれる度にその下では、落ち込んだプレートのスラブによってスーパーコールドプルームが生まれた。巨大な下降流はマントルを攪拌し、巨大な上昇流を生む。そして再び大陸は割れ、プレートは動きを早めるのだ。

    生物は海ができたあと、すぐに誕生した。そのメカニズムは未解明だが、生物の硬組織の獲得、大量絶滅などには、それぞれ対応する地質現象があったことが分かっている。生物は、大陸の離合集散に伴って右往左往しつつも、環境の変化に対応し、ときには環境そのものにも影響を与えつつ、今日に至っている。本書の著者らはこれを「生命と地球の共進化」と呼んでいる。この表現そのものは、正直どうかと思うのだが、生命と地球の歴史の統一的理解への試みは実に魅力的だ。

    なお、著者らのグループの仕事や観点の理解には、岩波「地球を丸ごと考える」シリーズや同「地球惑星科学」シリーズなどが役に立つ。川上紳一「縞縞学(東京大学出版会)」などもめくってみると、より面白いだろう。なお著者らの考え方には異論も提出されており、今後の議論の進展を見守りたい。

    地球科学は、この惑星のありとあらゆるものが歴史性を持っており、それらが相互に関連し合っていることを教えてくれる研究分野だ。実に濃い内容のこの本を一読して、その事を感じて欲しい。


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