NetScience Interview Mail 2000/02/03 Vol.086 |
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【寺薗淳也(てらぞの・じゅんや)@財団法人 日本宇宙フォーラム
調査研究部 月利用・探査担当グループ
宇宙デブリ担当グループ 研究員】
研究:月震、月の内部構造、画像処理
ホームページ:http://www.t3.rim.or.jp/~terakin/
○月震、月の内部構造の研究者、寺薗淳也さんにお話を伺います。
5回連続予定。(編集部)
[10: 月の内部構造 〜月の「地殻」] |
○では話をコアから上のほうに戻して、月の地殻っていうのはどんなものだと考えられているんですか。
■そうですね、あの…。
地殻というのがどういうものかというのが月の場合そもそも難しいんですね。そうですね、深さがだいたい5,60キロくらい。あるいは高地が多い裏側によっては100キロくらい深さがあるにしても。まず表層に薄いレゴリスから、まあそれがだんだん大きくなるような層があって、その下にもうちょっと固くなっている層があって、その下にはのぺっと固まった玄武岩からなる層があると。
そういうところまではだいたい共通だと思うんですが、その下に、たとえば月の高地を構成する斜長岩質の岩石があったりだとか、そういう、不均一構造があるという説を唱えていらっしゃる方もいますね。
○確認なんですが、月の海になっている部分は、基本的には大きな隕石がぶつかって、下にある玄武岩質がだーっと流れたものだということで今も正しいんですか。
■ええ、基本的にそういうことになってます。
○なるほど。で、その下はさらにどうなっていると考えられているんですか?
■だいたいこうじゃないかというのはあるんですね。深さ数キロくらいまで海になっていて、まあ溶岩を供給したような層はあるにしても、どこかに、まあマグマ溜まりというのかどうか知りませんが、そういうものがあって、根っこは地下に伸びていると。で、そういうところの別のところには高地を構成するような岩石を溜めているところがあって、また根っこが続いているかもしれない。そんな感じのイメージです ね。
○うーん…。でもこの描像っていうのは、地球のものとかと比べると、だいぶ違和感がありますよね。いわばプレートテクトニクスが現れる以前の、なんていうんでしょうか統一的な観点がない時の地球の像みたいというか。なんかよく分からないけど固まってて、下からときどき何か出て来るんじゃない、といった感じじゃないですか。
■はい。でもそうなんですよ。プレートテクトニクスに関しては、月はたぶんそこへいくまでに冷えたと考えられますから、そういうのがない。つまり、たとえばプレートっていうようなものを大量に生産してくれるものがあって、どんどん動いてますから、ある意味「不純物」を押し流すようなものがないと、ずーっとこういう不均一な構造が残っちゃうんではないかと。そういうのが一つのポイントだと思うんですね。
○がちっと固まったまんまということですよね。それはそれで分かるようではあるんですが、一方で非常にイメージしにくいんですけど。いくら小さいからといって、ほとんど何の対流もないまま冷えて固まるもんなんでしょうか。まあ仮に素早く冷えちゃったとして、ところどころにあったかいところが残っていて、そういうのがときどき動くんだ、というのが、だいたい今の月の姿ということでいいんでしょうか。
■そうですね。あったかいところから冷えていくというのはどこの天体でもあったことですが、月の場合はそれがちょっと早かったと。
もう一つややこしいのは、隕石の重爆撃期というのがあったんですね。月の海を作ったような、大きな衝突が何回も起こったと。
○ああ、はい。
■そうするとそこでまた話がややこしくなるんです。ぶつかって溶けたのがどこまで影響があったのかとか。結構内部のほうまで影響があって、部分的にマグマオーシャンができて、そこでまた分離が起こったこともあるでしょうしね。
○そうでしょうね…。
■たとえば表側だけにあれだけ海があるというのもおかしいわけですよね。均等に起こったんだとすれば表だけではなく裏だって、ぼこぼこに海があっておかしくないわけですから。
○いまのところ、どうして表側だけに海があることになってるんですか?
■そこも、よく分かってないんですよ。そもそも──「表側の海、裏側の高地」という言い方をしますけども、月に二分性があるということ自体、大きな問題なんですよ。表側に海があるのは、表側に海を作る物質、鉄なんかを含む玄武岩とかが集まって、地球の引力でそっちを向いちゃったからじゃないかと言われているんですが、それもねえ…。
○ええ、小学校の頃に読んだ本にはそんなことが書いてあったような気がします。
■うん、ちょっと粗っぽいですよね。海をつくるような衝突っていうのが、地球側に偏っていたのかもしれないんですよね。それはなぜかというとみんな口ごもっちゃうという状況なんです。
○そういう形で最初からロッキングが起こって…という可能性もあるんですよね。
■ええ。もっとおそろしいのは、それが表面だけの違いだったら良いんですけど、表側の地殻の厚さと、裏側の高地の地殻の厚さが全然違っていたりだとか、かなり深いところまで違うということがだんだん分かってきたんです。
そうなるとじゃあ二つに別れているのは、かなり根の深い原因に違いないと思われるわけです。
[11: 二つに別れている天体] |
■さらに話を広げていくと、二つに別れている天体というのは月だけじゃないんですね。たとえば火星もよく見ますと北半球と南半球で古い領域と新しい領域に別れている。もっと一番簡単な話をしますと地球がそうですね。たとえば海と陸って比べると地殻の構造がまるっきり違います。今までは海っていうのはそういうもんで、地殻っていうのはそういうもんだと言われていたんですが、よく考えてみるとなんで大陸地殻っていうものが存在しているのかっていうことは、あんまり説明がなかったような気がするんですね。
○地球についてのお話がよく分からないんですが、地球の場合はまずプレートが移動する…
■ええ、移動するのは移動するんですけど、なんで大陸地殻と海洋地殻というモノが別れてきたのかということになると、あんまりよく分かってない。
○丸山茂徳さんらが言っている、水の沈み込みによる花崗岩の生成っていう話だけではまだダメだということですか(<ネットサイエンス・インタビュー・メール> Vol.006〜009、 http://www.moriyama.com/netscience/Maruyama_Shigenori/ 参照)。
■まだ量が圧倒的に足りないという問題があったはずです。
○大陸地殻を作るだけの水はしみこんでないんじゃないかということですか。
■そうですね。
大陸の成長という過程で、たとえば30数億前に大量に大陸が成長したモデルと、だんだん増えてきたという定常型のモデルっていうのがあったりするんですが、まあ実際のところ、30数億年前に大陸がどうなってましたか、って言われても誰も分かりませんからね。
○そうでしょうね。
■本当にどういう形で二分化が起こってきたのか分からないんです。月の場合っていうのは割と早い時期に二つにバシッと別れてしまったのだとすれば…。
○ああ。最初に初期状態に別れていたという状況が、地球にもあったかもしれないということですか。
■そうなんですね。だから月は極端で、火星は地球と月の中間で、地球っていうのはもっと穏やかな形で今もそういう分離プロセスが起こっているのかもしれないんですね。
○月がそれに何か影響があるのかどうかも分からないですね。
■そうですね。
なんで月に海と高地があるんですか、っていうのは基本的な質問なんですが、分からないんですよ。二分性だとか言ってますけども、実はかなり深い問題で、月の成因論に直結している一番基本的なところが全然分かってないんです。
○ええ。
■そういう学問って比較惑星学っていうんですが、割と細かいところ──たとえば月震だとか月の地質だとかを見ていくと割となんとなく海と高地はなんで違うのかというところに、やっと結びついてきたような気がするんです。
今まで僕は教科書とか、お偉い先生の話とかも聞いていたんですが、自分でやってみて、ぐるっと一回りした感じですね。ようやく自分の中で納得しはじめたって感じです。
[12: 月の「マントル」] |
○地殻の下の「マントル」はどんなものだと捉えられているんですか?
■対流はしてないかもしれないけど、だから多分なんか固い岩みたいなのがあって、地球のマントルと似たような物質がつまっているんじゃないかと考えられています。
○それだと地殻とマントルの境は?
■ええ、ちょっとした物質の違いだけで、差はあまりないっていう感じもするんですが、アポロの月震のデータを見ると結構出ているんです。
○層になってみえるんですか、ちゃんと。
■ええ。
…ただ、それがどのくらいはっきりした層なのかというところが問題かもしれません。
一つ言えるのは、さっき地殻の厚さが60−100キロと言いましたが、これはクレメンタインの重力軌道解析から出てきたんですが、もともとのモデルがそういう値を仮定してしまっているがために、あるところで、地殻を計算値として60キロと見なす、って出ているのかもしれないですね。実際にはわずかながら物質が移り変わっていってるのかもしれないですね。
特に月みたいな小さい天体というのは地球みたいな大規模加熱を受けたことがないんで、そうなると集積のときにそんなに溶けなくて、中のほうは割とあったまったかもしれないですが、上のほうになってくると成層構造っていうのはあんまりはっきりしないかもしれない。
○そんな時間もないほど早く固まるものなんですか。
■そうですね、そういうこともあったかもしれない。あるいは隕石重爆撃で少し加熱されて、表層数キロ〜数十キロくらいのとこは少しあったまったかもしれない。ただマントルくらいの、数百キロくらいのところになると、けっこうのぺっとしたまま残っちゃってると。
○熱かったままの構造でバシッと固まっちゃったままになっているということですか。
■そうですね。ひょっとしたらそういうことがあるかもしれないですね。
○ほとんど動けないまま…。そういうのを調べる学問は何になるんでしょう。
■鉱物学でしょうね。
[13: 月の地震解析の困難さ] |
○今後、どういう形でアプローチしていくことになるんでしょうか。月探査全般にひろげっちゃってもいいですが。
■一番、内部のことを知るのに確実なのはやっぱり地震計ですよね。ですからルナーAとか、あるいは将来もっとあるかもしれませんが、地震波のデータをもうちょっと解析してみたいなと思っています。
もう一つは、アポロ。基本に立ち返るわけですが、アポロのデータというのは完全には解析されていないんです。だいたい3割くらいかな…。イベントと呼ばれる地震の数が7年間で1万2千何百件かあるんです。ところがそのうちで、これは深発月震だとか隕石の衝突だとか同定できたものが、だいたい3000くらいなんです。だから3割弱くらいしか、どういうものだか同定されていないんですね。
○へー…。
■残りの7割っていうのは、ノイズがいっぱい入っているとか、短すぎるとか小さすぎるとか、色んな理由で同定不能となって蹴飛ばされたものなんですが、その中にもまだ、ひょっとしたら何かあるかもしれないと。最新のデジタル技術でノイズを取り除いたら波形が見えるかもしれないし。そういうことを考えると、まだまだ宝の山が眠っているかもしれないと思ってます。
○アポロのデータふたたびですか。ふーん…。
■ただまあ、残りは9000件くらいあるわけですから、宝の山といっても、土日の科学だけではなかなか難しいなと(笑)。そういう問題点もありますけどね。
○研究者の方はそこらへんはあまり目をつけていないんですか?
■少ないですね…。地震に関して言えば少ないです。月の地質をやろうという人は増えてきているんですが、セレーネの春山さん( http://www.moriyama.com/netscience/Haruyama_Junichi/ 参照)の周りの人たちでやろうと言っているひとたちもいますし。地震はあんまりいないんです。
理由は、見当がついてて、どうしても地球の地震学のほうが面白いんですよ(笑)。
○そうでしょうね。データもいっぱいあるわけだし。
■ええ、いくらでも高性能のデータが手に入りますから。
○そりゃそうでしょうけど、地球の話はみんなやってるわけでしょ。みんながやってることをやっててもしょうがないんじゃないかと思うんですが(笑)、そういう考え方はダメなんでしょうか(笑)。
■ま、ある程度、定常的に仕事している人っていうのは、それなりに論文が定期的に稼げれば、それでいいということなのかもしれません。そうすると地震が起こった、解析した、ここでの地震はこうだった、って言っていれば、ある程度学会発表もできますから自分の存在価値というのはその中に見いだせると思うんですが、ただ、全く別の業界、地震を扱っているけども、地震学とは言えないのかもしれない…。
○「学」っていうにはデータが少なすぎるということですか。
■ええ、アポロのデータなんか凄まじくて、ノイズが入りまくっているようなものばかりなんですね。僕ももう、解析を始めたときに、このデータはダメ、このデータもダメって切っていったら全然データが残らなかったことがありますから(笑)。
○(笑)。S/N比がずいぶん低いんですね。
■そういうところありますね。先ほどの話のA1というデータにしても地震計のフルスケールというのは1024あるんですが、せいぜい、4,50なんですね。
○どういう意味ですか?
■地震計の最大のスケールは0〜1024という形で取れるんですね。たとえばでっかい地震が起きたら振り切れちゃうけども、小さい地震だったらそれなりにちゃんと捉えられると。
○はいはい。
■月の地震の場合どんなに大きい奴を捉えたといっても、振幅が40とか、そのくらいですよ。
○ああ、なるほど。解像度が非常に悪いわけですか。
■そうなんですよ。ひどい奴になると最大振幅が5とか3とかで、こんなもんで良くグループ分けしたなあと思うものがいっぱいあります。
[14: けっきょく、月の構造は] |
○もう一度復習しておきたいんですが、マクロに月の構造を見るとどんな感じになりますか。表面に地殻があって、中心部にはコアがあったとして、どんなふうに理解すればいいんでしょうか。
○次号へ続く…。
[◆Information Board:イベント、URL、etc.] |
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