NetScience Interview Mail 2000/05/18 Vol.099 |
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【玉置雅紀(たまおき・まさのり)@国立環境研究所 地域環境研究グループ】
研究:植物分子生物学
著書:『植物の形を決める分子機構』秀潤社
(共著、第1章3節<葉の形成に関与するホメオボックス遺伝子>
ホームページ: 「植物生理若い研究者の会のホームページ」
http://home.hiroshima-u.ac.jp/naka000/
○「植物生理若い研究者の会」などでご活躍でもある植物分子生物学の研究者、玉置雅紀さんにお話を伺います。何かと話題のバイオ研究の実際、お楽しみを。(編集部)
[09: 両方裏の性質を持つタバコ葉] |
データベース |
○実際にできたものは? 形はえらくいびつですね。
■ええ。NTH15の機能を抑えたタバコでは葉脈に特徴が出ました。この植物の葉を表から見ると、葉脈が表側にも出っ張っているように見えます。これを確かめるため に、この葉を輪切りにして観察しました。こうすると、普通のタバコの葉では、葉脈は表側にはあんまり突出せず、表側の組織が横に伸びているのがわかります。この表 側での横への伸長は、遺伝子組換え体でも抑制できませんでした。ですが葉脈に関し ては、普通の葉では見られない表側での細胞の肥大成長が観察されたので、これは多 分半分成功、半分失敗かなと思いました。
つまりどういうことかといいますと、葉脈に関しては両方とも裏的な特徴を持った ことは成功ですが、残念ながら葉身、葉のひらひらの部分は普通に伸びてしまったの で、半分うまくいって半分うまくいかなかったということです。
○ふむふむ。
■だから僕の推測は半分くらいは合ってるのかな?と思いますが手放しでは喜べない結果になりました。
○NTH15っていうのは、葉の軸になる部分の表側の成長を抑える?
■かもしれない。でも抑えることがどういう意味を持っているのかいまひとつよく分からないんです。結果的には横に伸びることは抑えられなかった。
○形がいびつに変わってしまうのはどうしてですか。
■これは推測ですが、おそらく、遺伝子組換え体では葉が横に伸びるのも抑えられて はいるんだと思いますね。それが左右不均衡に起こった結果だと思います。つまり、 葉の横への伸長がある時は抑えられたがある時は抑えられなかった。このように入れ た遺伝子が働いてしまったのではないかと思います。普通の葉では横への伸長を司る ものが左右対称で働いていきますので左右対称形になるんですが、無理矢理、表側を なくそうとする遺伝子を入れたばっかりに何か左右の横への伸びのバランスが崩れた んじゃないかなと考えています。が、はっきりした証拠は得られていません。
○なるほど。
[10: 両方表の特徴を示す葉を作る遺伝子組換え体と葉の表裏形成の仕組み] |
■じゃあさっきの逆ですね。この遺伝子を葉の裏側にもたくさん作る遺伝子組換え体を作ったら、両方表っていう葉ができるかなということですね。両方表っていうのが できたら楽しいなと思うんですが、ここでまず、両方表とはいったいなんなんだろう かと。あまり葉脈が目立たないようなものなのかなと…、よくわかりませんね。
○ああ。
■まあとにかく作ってみたんですが、はっきりしない結果になりました。一見して分かるんですがこの遺伝子組換えタバコの葉の形はグチャグチャになってます。普通の タバコの葉は卵形で先の鋭い形をしているんですが、遺伝子組換え体の葉はシワシワ で、かつ縦に伸びなくなってしまった。これが特徴です。横への伸びはあまり変わら ないんですが、縦の伸長が抑制されるということが、一つの特徴として現れてきまし た。
○ふむ。
■まずシワシワの原因なんですが、僕は単純に、普通の状態の葉が縦方向にぎゅっと 縮められているんだと考えています。というのは葉脈を見るとですね、やっぱりそう いう形(一部分から放射状にすべての葉脈が出ているようにみえる)になっているん です。ところが、葉脈と葉脈の間の部分の葉の成長は抑制されないので、そこの部分 が余ってシワシワになってしまうんじゃないかと。
○なるほど。
■じゃあこれが成功かどうかということなんですが、この解釈には表裏の定義がちょっと変わりまして。最初に申し上げましたが、葉の表側の特徴っていうのは横に伸び ることだといいましたよね。
○ええ。
■じゃあ葉の裏側は葉の成長にどう働くのかというと、縦方向(茎から葉の先端に向かう軸の方向)の伸長に関わっているんです。つまり、2次元平面の葉が形成される過程で、横方向には表側が、縦方向には裏側が大きく関与しているんです。
○なるほど。表が横で、裏が縦の方向の成長をそれぞれ司る。
■そうです。そういう特徴があります。そうなるとこの組換え体を解釈することができます。つまり、遺伝子組換え体の葉の縦への伸長が見られなくなるということは裏側の性質が消えたのだと。すなわち、表の性質が裏側に持ち込まれたかどうかは見ら れないが、確実に裏側の性質は消えたのだと考えることができるわけです。
これを遺伝子発現と置き換えるとこうなります。普段葉の横方向への伸長を司っている遺伝子−−この場合NTH15ですが−−が将来表になる部分に発現し、そして縦方 向の伸長に関係する裏になる部分には未知の遺伝子Xが発現するとします。その二つ の遺伝子が鍔迫り合いする形で拮抗して葉のそれぞれの領域(NTH15は葉の表側、遺 伝子Xは葉の裏側)で発現していると。そして、拮抗する相手がいなくなるとそれぞれの領域に進入しているのではないかと考えたんです。
○なるほど。
■で、今回の場合何が起こっていたかというと、NTH15遺伝子(表側の性質を決めて いる?)を裏側にもたくさん作らせるようにしたことにより裏側の性質を決める遺伝 子の機能が抑えられ、結果的に葉の裏側の性質がなくなったのではないかと。モデル としてはこう解釈できる。
○なるほどね。
素朴な疑問なんですけど、組織を顕微鏡で見てみるとどうなってるんですか。
■両方表の遺伝子組換え体はシワシワで切るのも大変なので見てません。ですが、も う一つの両方葉の裏側の特徴を持つ組換え体は見てみました。表側の気孔と裏側の気 孔を観察してみたんです。予想としては気孔の数が両方で増えているだろうと思った んですが、残念ながら気孔の数は全体的に減っちゃってたんです。表とか裏とかそう いうレベルじゃなくて。
○へえー。
■全体的に減ってたんです。だから全く別のことが起こっているんじゃないかと。
○異様な植物になっちゃってるんですね。
■ええ。また他に言えるのは、葉身の中の組織にも表裏があるんですね。
○さく状組織とか海綿状組織とかいう奴でしょ。
■ええ、そうです。
葉の表のほうには通常、縦長の細胞で構成されたさく状組織が多くて、裏側には丸 い細胞からできた海綿状組織が多いんですね。
これが普通なんですが、葉が両方裏になるように遺伝子組換えしたタバコでは、全 部が裏側、海綿状組織になってるんです。ただし入れ子になってまして、ところどこ ろさく状組織が混ざっています。葉身の中でも表裏の対称性が崩れているわけで、そ ういう面でもこの遺伝子の機能が支持されたと思っています。
○さく状組織ができているところと、できていないところの差はなんですか。
■それはなんでしょうね。僕は、そこは神秘的な力と呼んでいるんですが。
[11: 遺伝子を越えた植物の「復元力」1] |
■僕の研究じゃなくて恐縮なんですが、花の話が非常に分かりやすいと思うんです。 花の場合はホメオティック変異体というのがありまして。例えば雄しべのできるべき所に花弁ができるといった変異が起こるんです。
○花器官のアイデンティティー決定が崩れると。A、B、C3タイプの遺伝子があるル ールに従って発現することによって区分けをするという、いわゆる「ABCモデル」で説明されているような奴ですね。
■そうです。論文には非常に綺麗な花の変異体の写真が出ていますが、実際、花は一つの植物にいっぱい咲きますよね。その全部の花がこのように明らかな変異体の形質 を示すわけではありません。こういう顕著な変異形質は、形成初期にできる花に見られやすいんですよ。後の方にできる花にはあまり見られない。見られても形質が弱いんですよ。不完全。
○ふーむ?
■不完全な形質とは、つまり変異の形質の一部は出るけど後は出ないとか。そういう ものが花の形成過程の後期に見られるので…、そこを僕は…、「復元力」とか (笑)、まだ全く謎なんですが、何らかの元の形に復元するような力が植物に働いて いるんじゃないかと。ということで、納得しようとしていますが、その辺は非常に興 味あるところですね。
○復元する力?
■つまり、きちんと変異形質が出てしまうと受粉できないくらい形態変化した変異体でも、後の方にできる花っていうのは、もうちょっとましな花に戻るんですよ。
○後期にできる花は、つまり成長していくに従って修復されていく?
■ええ。つまり、はじめの方に出来た花はなんかおかしいぞ、というシグナルを出すのかもしれないです。もちろんそんなものがあるのかは分からないですけど…。
○そうか、植物は動物と違ってつねに生長しているから…。
■そうですね。花の中にも古い花から新しい花まであるので。最初の頃にできた花だと遺伝子の変異に正直な変な形態の花を咲かせるけれども、後の方になるとまともな形態へ変わっていくことが多いです。
○ふーむ、それは非常に面白いですね。
■でも、非常にアプローチしにくいので難しいと思います。こんな研究をやっている方がどこかにいらっしゃると思いますが、僕はよく知りません。
[12: 遺伝子を越えた植物の「復元力」2] |
○しかし面白い。植物が遺伝子導入する研究者の思惑を超えて、修復しちゃったりするんですか(笑)。
■そうですね。実際に僕は花の研究には関わっていないんですが、ABCモデルみたい なものがなかなかできなかったのは、復元力のせいなんじゃないでしょうか? つまり、 変異体ならば全部同じ花が咲くだろうと考えていたばっかりに、このモデルは なかなかできなかったのではないでしょうか?
ジョン・ボウマンっていう人がこのモデルを考えたんですが、彼はモデルに合わない花を一切切り捨てるということをやったんですね。そこが偉いところだと思います。復元力みたいなものに惑わされなかったところというか…。正直に全部の花の形質を説明しようとした人には、ABCモデルは作れなかったんじゃないかと思います。
○時として枝葉末節を切ることも必要だということですね。
■ええ。けれども最終的にはバサッと切り落とされたところが謎として残ったわけです。一番楽しく難しい部分、これが最後には研究テーマとして残るだろうと思いますね。
○ふむふむ。いろいろな面でそうでしょうね。明らかにされたら実用的な面でも大きそうです。
■ええ。そうですね。ただこの分野は植物研究の世界における宗教みたいになるのではないでしょうか(笑)。
○え、そうなんですか? なんで?
■今のところ科学的に手のつけようがないので。
○それこそ、成長初期と後期とで何がどう発現しているのかとか、調べられないんですか。
■それは見られるかもしれないですね。ただ、いつ花が咲くか分からないので。
○ああ、どこの段階でどう、というのが分からないと…。
■そうです。遺伝子の発現を見る場合というのは切ってしまって成長を止めてしまうので、この花が次にどうなるのかなんて予測がつかない。
○なるほど。少なくとも学生にはやりづらそうですね。
■ただ、いま期待されている方法に、生物を生かしたまま遺伝子発現を見ようという試みがあるので。それができるようになれば、こういった研究も可能になるかな、という気がしますね。
○面白そうですね。
[13: 遺伝子組換え体のリスク評価 1] |
■こんな感じで、タバコの形の研究でちょろちょろと業績を稼がせてもらいました(笑)。
で、今やっている研究になります。これは始めて一年くらいなんですが、植物の環境応答をやっています。
○次号へ続く…。
[◆Information Board:イベント、URL、etc.] |
■新刊書籍、雑誌:
◇「干潟の実験生態学」著:K. ライゼ 訳:倉田 博
B5版/200頁/本体価 3,800 円 + 税/株式会社生物研究社
http://www.bonanet.or.jp/~aquabiol/aquabiol.html
■イベント:
◇東京大学大学院医学系研究科 認知言語医学講座コロキウム「脳とクオリアと音声言語」
演者:茂木健一郎(ソニーコンピュータサイエンス研究所)
日時:2000年5月29日18:30 - 20: 00 場所:東京大学医学部3号館1階N101
◇第5回根津化学研究所理科教育セミナー: 森林と環境--化学と生物の接点を求めて
日時: 平成12年5月27日(土)14時--17時
場所: 武蔵大学科学情報センター棟2階AVホール (東京都練馬区豊玉上1-26-1)
参加申込締切: 5月26日(金)
■ U R L :
◇SUNマイクロシステムズとダブルツイスト社、ヒトゲノム解析情報を販売へ
http://www.doubletwist.com/info/pressarticle.jsp?id=art120
◇学習参考書の専門サイト<gakusan.com> 仮オープン
http://www.gakusan.com/
◇若田宇宙飛行士訓練レポート 第2回
http://jem.tksc.nasda.go.jp/iss/3a/wakata_train02.html
◇すばる望遠鏡の共同利用開始予定について
http://www.naoj.org/Latestnews/200005/OpenUse/j_index.html
◇宇宙についてのQuickTimeストリーミング放送、5月18日から開始 SpaceTV!
http://www.spacesociety.org/spacetv/
◇国立教育会館・教材画像データベース(試行版)
http://www.naec.go.jp/gazou/index.htm
*ここは、科学に関連するイベントの一行告知、URL紹介など、
皆様からお寄せいただいた情報を掲示する欄です。情報をお待ちしております。
基本的には一行告知ですが、情報が少ないときにはこういう形で掲示していきます。
なおこの欄は無料です。
発行人:田崎利雄【(株)サイネックス:科学技術ソフトウェアデータベース・ネットサイエンス事業部】 編集人:森山和道【フリーライター】 |
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