NetScience Interview Mail 2000/05/25 Vol.100 |
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【玉置雅紀(たまおき・まさのり)@国立環境研究所 地域環境研究グループ】
研究:植物分子生物学
著書:『植物の形を決める分子機構』秀潤社
(共著、第1章3節<葉の形成に関与するホメオボックス遺伝子>
ホームページ: 「植物生理若い研究者の会のホームページ」
http://home.hiroshima-u.ac.jp/naka000/
○「植物生理若い研究者の会」などでご活躍でもある植物分子生物学の研究者、玉置雅紀さんにお話を伺います。何かと話題のバイオ研究の実際、お楽しみを。(編集部)
[13: 遺伝子組換え体のリスク評価 1] |
データベース |
○環境応答っていうのは、環境研にいらしたから始まった研究なんですか。
■そうですね。ただ、ここに来る過程が面白いのですが。実は、葉の形が変化した植物が縁になってここに来たんです。
○はあ。
■全く関係ないようにみえると思いますが、僕がここに来ることになった一つのきっかけとして、今話題になっているGMO、つまり遺伝子組換え植物−−僕らは作物じゃなくて植物と呼んでいます−−の安全性評価の研究がありました。
○はいはい。
■安全性というのは食べ物としての安全性ではなくて、環境に与える影響です。遺伝子資源の環境リークの危険性を評価しようじゃないかという研究がここ(国立環境研 究所)で立ち上がってまして。農水省でもやっていると思いますが。それで、人を取らなくてはいけないと。
○ええ。
■それでそのときの面接で、最近就職先があまりないので(笑)、いろいろ適当な事を言ったんです。僕の形に関する研究は、けっこう趣味的な研究だと思うんですよ。応用的というよりは。
○まあそうですね。理学的というか。
■ええ。親や親戚に「なにやってんの?」って聞かれて説明しても、「そんなことをやって何になるの!」って言われてしまう(笑)。
○ああ、なるほどねえ。確かに、ちょっと前はそう言われても仕方なかったかもしれ ない。でもEvo/Devo系の話が出てくるようになって、つまり形態の話が進化と発生を絡めて語られるようになる至って、だいぶ僕ら普通人にも分かりやすい──つまり面白さが分かりやすい研究になってきたと思いますけどね。
■うーん、そういうところはあるかもしれません。それらを語れるだけのデータが溜まってきたということかもしれません。
○人も入ってきたし。
■そうですね。
で、就職の時の話に戻しますと、葉の形の研究をやっていたのが結局キーになったということです。
○はいはい。で、どうキーになったんですか?
■組換え体の遺伝子が環境中にどうリークしていくのかっていうのを調べよう、ということで採ってもらってるんですが、どうやるのか。
○ええ。どうやるんですか。
■実は、方法論が世の中にあまりないんですね。一つは、遺伝子が環境中にリークす るとしても、非常にレアな確率なんだろうと思います。厳密な計算はされてないと思 いますが、とにかく滅多に起こらないことだと思うんですね。たとえばある種から別 の種に遺伝子が移るなんてことはゼロではないと思いますが、すごく低い。同種なら ば交雑がありますが、異種間の遺伝子移動の確率はゼロじゃないけど非常にレアだ と。それを計測する効率のいい方法というのはまだない。これに関して現在なされて いる実験として、例えば薬害耐性遺伝子が他の植物へ移ったかどうかなんてのを、い ちいちゲノムDNAを採ってPCRで調べてみたりとか、薬害耐性でみたりしてやって います。そして多くて数千個体でしかやってなくて、それでゼロでした、と言ってる わけですね。
○ええ。普通の研究だったらそれで良いんでしょうけどね。
■ですが、遺伝子の他の種への移動が一回でも起こっちゃいけない、という考え方も 存在しているわけです。それをどこまで突き詰めるかが大事なんです。そこで、絶対 に移っちゃいけないというところまで精度を上げるために、僕は葉の形を使ってやっ たら良いんじゃないかと考えたんです。
[14: 遺伝子組換え体のリスク評価 2] |
○形を? 遺伝子組換え体のリスク評価にですか? どういうことですか。
■ホメオボックス遺伝子を導入することによって葉の形が変わるということは、この時点でもう分かってました。いろいろな植物でこの遺伝子が導入されてましたので。 双子葉も単子葉も。ポプラみたいな樹木、キウイのような果樹でも。ですからホメオボックス遺伝子の導入が葉の形の変化を引き起こすというのはかなり普遍的なものだろうということです。
○NTH15みたいな遺伝子は、ということですか?
■いや、それに限らず、ホメオボックスのある種のものは。
○なるほど。
■ですからホメオボックス遺伝子を導入した植物を使ってですね、これをイメージと しては野原に持っていってポンと植えてやる。植えると怒られるんですけど、今は。 植えたと仮定します。もしこの組換え体から周囲の植物に導入した遺伝子が移ったと しますよね。そうすると周囲の植物の葉の形が変わるというわけです。これだった ら、根気は入りますけど、簡単に見ることはできますからね。
○それは最初から、遺伝子組換えに入れた遺伝子が、ホメオボックス遺伝子とセットにしておいた場合の話ですね? 違うんですか?
■えっと、それはですね。組換え遺伝子の環境へのリークっていうのは遺伝子導入をした部分が移るということが問題になると思うんですよ。入れてない最初からある遺 伝子が移ったところで、それは自然現象だろうと。だから葉の形を変える遺伝子のセットを最初から入れておくわけです。
○ああ、そうか。リスク評価のやり方の話なんですよね、今しているのは。
■そうです。
○だからもし遺伝子が移ったらそれが起こった事がすぐに分かりやすい遺伝子を最初から入れておけば良いじゃないか、そういうことなんですね。
■そうです。それによって労力も楽になるし、いくぶん効率を上げられるんじゃないかと思います。今は、タバコでもホメオボックス遺伝子を導入した組換え体を作って ますし、シロイヌナズナでも作ってます。この先は単子葉とか樹木とか、そういう植物の葉の形が違う奴をバンバン作ろうと考えています。なんかアブナイ人みたいですが(笑)、そういう変なものを作ってリスク評価をするということです。
○変な植物をぽつんと植えてやって、それをじーっと見てるわけですか(笑)。
■ええ(笑)、まあジーッと見てなくてもたまにチェックしてやれば良いわけですから。
○それ、けっこうキビシイ実験ですね。だって結果が出るかどうかも分からないんでしょ。
■キビシイですが、それくらいやらないと分からないですね。
[15: 組換え遺伝子のリークルート] |
■導入遺伝子の移り方ですが、実際にどう移るかは分からないんですが、同種間なら 交雑。異種間の場合は何が考えられるかというと、遺伝子組換えの方法に由来することがありますね。植物の遺伝子組換えは主にアグロバクテリアという細菌を使って行います。それが、組換え植物の中に残っている場合があるんですね。細胞と細胞の間などに。これが土壌を介してリークし他の植物を組換え体にすることも考えられるし、あとは枯れた場合ですね。野生の場合は植物が枯れることが前提ですので、遺伝 子組換え体が枯れた場合に──これも確率はよく分からないんですが──土壌のバクテリアが導入遺伝子を取り込んで移っちゃうと。そういう確率も低いでしょうが考えられないわけではない。
○なるほど。
■まあ導入遺伝子の移動経路は具体的にどんなものがあるかはまだ分からないんですが、とにかく移るかもしれないと。それなら、なるべく母集団を多くして実験したほうが良いんじゃないかと考えて…。という内容で自分の研究テーマと無理矢理繋げて提案をしたらウケちゃいまして(笑)。
○(笑)。でもそういう実験は、大規模にやれるところでやっておいたほうが良いですね。それこそ、進化の研究なんかにもインパクトあるでしょうし。
■そうですね。ホメオボックス遺伝子はそういうところにも使われてますからね。
ただ僕は、最初この提案をしたときは冗談に近い形だったんですよ。こんなんでいいのかいな?という形でプレゼンをしたんですが(笑)。
○でも、いまは結構本気なんでしょう?
■えっとですねえ…。
○えっとですねえって何ですか(笑)。
■入った経緯はそういうことなんですが、一方で全く違うこともやってるんです。大気汚染と植物の分子応答機構。
○そっちは非常に環境研っぽいですね。大気汚染ストレスに対して植物がどう応答するかという研究なんでしょ?
■そうです。
○いまはどっちを?
■半々ですね。いや、力のかけ具合からいうと半々じゃないですが。8:2で、組換え体の話が2ですね。大気汚染ガスの話がいまはメインになってますね。
というのは、やはりこちら(遺伝子組換え体のリスク評価)は、言い方は悪いんですが論文を書きにくい研究なんですよ。短期的に見るとね。できれば非常に良い研究だと思うんですが。
長い間、業績を上げられないですよね。たぶん一世代で何か出たとしても、そんなの偶然だろ、っていわれるでしょうから何世代もやらないといけない。
○かなりやらないと…。逆にかなり長い間やるからリスク評価になるんですよね。
■そうなんです。一方、大気汚染ガスの方はそんなことないですからね。
○なるほど。若者としては色々考えてしまうと。
■そうですね。やらないといけない研究なのでもちろんやっていますが、サイドワーク的にやってます。
○それでも良いんじゃないかと思いますけどね、そういう研究なら。
■ええ。組換え体のリスク評価は、10年20年の仕事になるんじゃないかと思いますし。下手したら、それでも結果は出ないかもしれない。
1本の遺伝子組換え体を植えて、周りに10万本植えて、毎日お祈りしてても10年間何も起こらない可能性もありますからね。
○起こらなかったら、ああよかったね、っていうことになる。
■ええ。でも10年間遺伝子が移らなくても、11年目に移るかもしれませんからね。限りがないんですよ、この研究は。終わりが描きにくい研究なんですよね。
○だって、それこそ進化するかしないか、観察で見てみましょうっていう感じですもんね。
■それに近いかもしれませんね(笑)。
なので、組換え体の実験だけしているわけにはね…。
○世代交代がもっと早いものでやるっていうわけには? 木とかでやったら大変だろうとは思いますが。
■でも木っていうのはコンスタントに導入した遺伝子を供与する可能性を持つという 利点もあると思うので…。ですが、植物の場合やっぱりそういう時はシロイヌナズナ がいいんです。だからこれでやっています。それでも大腸菌のようには行きませんか らね。タネを植えてまたタネが取れるようになるまで最低2,3ヶ月はかかりますか ら。
○たとえば土壌バクテリアの人と一緒にやるっていうのは? 土壌のバクテリアを経 由しして移ることがあるっていうなら、しばらくほっといてから土を取ってきて、バ クテリアに移っているかどうか調べるのもありでは?
■ええ。もしそうなるなら、何らかの薬剤マーカーを作っておいて、これを植物に導 入し、この植物の周囲の土壌中のバクテリアを薬剤マーカーで選抜してきて、コロニ ーができてきたらこれがどんなもので何を産性しているのかな、ということを調べる 実験系は組めると思うし、実際にそういう報告もあるみたいです。けれども、まだ信頼に足るようなデータはほとんどないので、無視されているんじゃないかな。
ただ、この遺伝子組換え体の話っていうのは、今後僕の中でも大きなテーマになるかなと思ってます。いま盛り上がっているから言うわけじゃないんですが。
もともとは葉の表裏がどうのこうの、っていう純粋な研究のために始めたものなん ですが…。そのときには、何も考えずに作ってたんですね、遺伝子組換え植物を (笑)。それが実際に口に入るというか、食べられるようになってきてますよね。そ ういう問題に関心を持ち始めているので、そちらもやりつつ、現実的な業績も上げて いきたいと思ってます。
○生態学的なことも考慮に入れたりして?
■そうですね。あと、この問題に関しては科学者としての目だけにとらわれないよう にして、色んな声を聞きたいなと思ってます。その活動の一環として僕が所属してい る植物生理若い研究者の会と育種若手の会など色々な所と協賛で遺伝子組換え作物に 関するシンポジウムを今度やります(編集註:既に終了)。
[16: オゾンストレスに対する植物の応答] |
○これ以外には?
■現在これ以外に何をやっているかと言いますと、大気汚染ガスの話ですね。
○おっと忘れるところでした。その話をお聞かせ下さい。
○次号へ続く…。
[◆Information Board:イベント、URL、etc.] |
■新刊書籍、雑誌:
◇雑誌『科学』5月号 小特集:7億年前に地球は全球凍結状態におちいったか
1300円 (送料100円)そのほか,ヒト知性の計算神経科学(第1回)など
http://www.iwanami.co.jp/kagaku/ 岩波書店
■イベント:
◇『「地球観測フェア2000」〜みつめよう、地球の「いま」を〜』開催概要
http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/Press/Press-j/200005/spaceday_000516_01_j.html
8月26日(土)、27日(日)の2日間 科学技術館(千代田区北の丸公園内)
◇平成12年度「宇宙の日」記念行事における作文・絵画コンテスト募集要項
http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/Press/Press-j/200005/contest_000512_1_j.html
■ U R L :
◇「NASDA NEWS」 No.222 2000年 5月号
http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/News/News-j/222index.htm
◇すばる望遠鏡 新ドメイン
http://www.subarutelescope.org/
◇地球観測衛星をもちいた有珠山周辺の観測 NASDA 地形の変化を抽出し画像化
http://www.eorc.nasda.go.jp/usu/info/20000516/press.htm
◇技術者向けの情報サイト @IT
http://www.atmarkit.co.jp/
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