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2000/05/11 Vol.098
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【玉置雅紀(たまおき・まさのり)@国立環境研究所 地域環境研究グループ】

 研究:植物分子生物学
 著書:『植物の形を決める分子機構』秀潤社
     (共著、第1章3節<葉の形成に関与するホメオボックス遺伝子>

ホームページ: 「植物生理若い研究者の会のホームページ」
http://home.hiroshima-u.ac.jp/naka000/

○「植物生理若い研究者の会」などでご活躍でもある植物分子生物学の研究者、玉置雅紀さんにお話を伺います。何かと話題のバイオ研究の実際、お楽しみを。(編集部)



[05: 根粒から植物の形態形成へ]

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○そこから次に植物の形態形成に移ったわけですか。それはまた一体どういう…。

■それはですね、単純に僕の出身校に博士課程がなかったことが原因なんですよ。これまでお話しした根粒の研究の大部分は農水省の研究機関でやってたので、進学先と して選んだ大学によってはそのままこの研究を続ける道もあったかも知れませんでした。ただ、そこの違う研究室に植物の形の研究をやっている人がいまして。その人に、「なんか良く知らんけどよく働く奴がいるぞ」みたいな感じで(笑)。

○ありがちな(笑)。

■ありがちな形で話が来たんです。たまたま学生を募集してたみたいで。僕も、「行き場所ないけどどうしようかな」と考えていた時だったので最終的には行くことにしました。

○(笑)。

■その研究室はもともと形の研究をやっていたところではなくて、光合成ですね、C3とかC4とか効率が違う光合成がありますね、それがなぜ起こるのかというのをやっ ていたところでした。形を始めたのは僕が行く1年位前からで…。まあその時点の研 究のトレンドだったんです。

○そうでしょうね。

■ええ。それをやりはじめたばかりの時だったので人手が欲しかったみたいです。という訳でこの研究室に行くことになりました。僕のほうも本当はずっと同じ研究をやりたいと−−研究者としてはよくあるんですが−−思っていたんですが、まあいいや、ということで変えてしまいました(笑)。

○でもその研究室も、どうして代謝経路から形になったんですか。研究素材が同じトウモロコシやイネだから良いだろう、っていうわけじゃないんでしょ?

■それは上の人たちの話なのでよく分かりませんが…、いろいろあったんじゃないですか(笑)。
 もともと農水省ですので食糧増産とかそういうことを目標にしないといけないです。でも形の研究っていうのは、それにどう繋がるか説明しにくいですよね。半分趣味みたいな研究ですから。

○そうですね。科学としては面白いですけどね。

■うん。でも上の人は嫌がりますよね。やっぱり国の研究機関、しかも農水省となると、イネの研究、食糧増産に繋がるような研究をしろということになりますから。

○根粒なんかだと、倍にしてしまえとか…。

■ああ、根粒の場合は非常に分かりやすいですね。窒素肥料をあげなくても植物が育つ、そういうものを目指すと。いま根粒ができることが分かっているのはマメ科、あるいは一部の非マメ科しかないので、たとえばイネに根粒を作らせて食糧増産を目指すという非常に分かりやすい目標を立てることができます。が、形の研究にはそうい うのはありません。

○で、どうして形の研究にシフトできたんですか?

■えっと、僕はその時は学生だったので(笑)。

○ああ、分かりました。言いにくい話ならば結構です(笑)。伺いたい気もしますが。

[06: 植物にもホメオボックス遺伝子がある]

○じゃあ研究の話をお願いします。

■そうですね。形の研究は筑波大学と名古屋大学で4年間やってました。キーワード は「ホメオボックス遺伝子」です。
 これはどういうものかというと、単に配列の名前で す。似たような遺伝子を並べて塩基配列の似てるところを囲む、それをボックスと呼びます。じゃあホメオっていうのは何かといいますと、これはショウジョウバエから来ています。アンテナペディアっていう触角が足の一部に置き変わってしまう変異体があるんですが、これに代表されるような、ある器官が別の器官に置き換わる変異体 を「ホメオティック変異体」といいます。ショウジョウバエのホメオティック変異体 っていうのが80年代にたくさん見つかりまして、それらの原因遺伝子を網羅的に単 離していきますと、非常に似たような配列があると。その部分をボックスで囲んでホ メオボックスと称したわけです。これらの遺伝子は他の動物、マウスやヒトなどでも 見つかっています。

○原稿を書いててときどき困るんですが、「ホメオティック」っていう言葉って、日本語で言うとどうなるんでしょうね。非常に幅広い意味を持った言葉じゃないですか。

■うーん、僕には今の説明以上に短くすることはできないですね。無理やり日本語にはできないんじゃないでしょうか。

○「ホメオティック」っていう言葉として覚えるしかないということですかね。雑談になっちゃいました。話を元に戻しましょう。

■ホメオボックスっていうのは配列が似ているものを総称してこう呼んでいるだけだということでしたが、それが何で植物にあるのか、という研究は僕らの研究室が最初ではなくて、アメリカの研究グループが最初です。
 日本ではイネですけど、アメリカでは伝統的にトウモロコシの研究が盛んでして、 トウモロコシの変異体を集めまくっているところがあります。そういうところから出 てきた変異体にKnotted-1というのがあります。Knotっていうのは結び目っていう意 味です。通常のトウモロコシ葉の葉脈はまっすぐにのびますが、この変異体は葉脈が こぶ、結び目みたいになるのでKnotted-1と呼ばれていました。で、この変異体の原 因遺伝子を取ってみますと、たまたま植物で初めてのホメオボックス遺伝子だったと いうことです。しかもその遺伝子の発現が変化すると形が変わっている。それで植物 にもホメオボックス遺伝子があって、動物のように形態形成に関わっているんじゃな いかということになったんです。

○はい。

■この研究から遅れて一年くらいしまして、僕が移った研究室でもホメオボックス遺伝子をやりだしたんです。世界的に見ても早かったみたいです。僕が始めたわけではありませんが。で、日本なのでイネでやろうと。

○なるほど。で、Kn-1のカウンターパート遺伝子であるOSH1というホメオボックス遺 伝子を見つけたということですか(『植物の形を決める分子機構』秀潤社(別冊細胞 工学 植物細胞工学シリーズ1)、第1章3節<葉の形成に関与するホメオボックス 遺伝子>参照)。

■ところが、私は植物のホメオボックス遺伝子のレビューも書きましたが、イネのホメオボックス遺伝子の研究はほとんどやってません。半分はアルバイト、半分は勉強、ということで書かされた、いや書きました(笑)。

○まあそうでしょうね。学生に教授が書かせるときはだいたい、そういうつもりで書かせるわけでしょ。

■そうですね。これ(上記レビュー)、研究室を移って2ヶ月の時に書いたので、そもそもデータが出ていないんです。だからいろいろ論文を漁って書きました。  まあ、もともとこの研究はイネの方から始めたんですが、私が主にやっていたのは タバコなので、タバコの話をしたいと思います。

○はい。お願いします。

[07: タバコのホメオボックス遺伝子:NTH15]

■まず何故タバコなのかという話ですが、植物は発芽後の葉の出方によって大きく二つ、単子葉と双子葉に分かれます。イネやトウモロコシは単子葉の代表的な植物ですが、うちの研究室では片方では単子葉をやって、双子葉も別にやろうじゃないかとい う話になったんです。で、たまたま別の研究グループがタバコをやっていたので、そこで栽培もできるから、じゃあタバコにしようと。そういう単純な理由でタバコのホメオボックスの研究をやることになりました。

○はい。

■そこで、タバコのホメオボックス遺伝子を取ったわけですが、たくさん取れました。完全なタンパクをちゃんと作る能力がある奴だけでも、今現在6種類取れていま す。これらはそれぞれ機能が違うと考えられ、しかもその機能は形に関するものだろ うと思います。
取った遺伝子のうち一つに「NTH15」という名前のものがあります。この名前は単純 でして、NTっていうのは「ニコチアーナ・タバカム(Nicotiana Tabacum)」という タバコの学名の頭文字を、HはホメオボックスのH、で15っていうのは、単に15 番目に取れたっていうだけのことです。合せてNTH15です。最終的には、1から200位までの数を付けることができるほどホメオボックス遺伝子を取っていましたが1 から14まではスカだったんですね。15番目に良いのが取れたんです。

○スカっていうのは?

■短くて機能を持ってないと予想されるものですね。

○じゃあ単なるサンプルナンバーなんですね。

■そうですね。意味があるかのように書かれていますが、意味はないんです(笑)。 ただし、国際的にきちんとした命名法はあります。はじめに学名をつけて、遺伝子の名前を付けると。だからこれはある程度までは従っているんだけど、厳密には従って ないわけです。でもこういう名前で論文書いちゃいました。

○(笑)。はい。それで?

■はい。それで形に関与しているだろうと考えられる遺伝子を研究するときに何を見れば良いのかという問題があります。一つはですね、この遺伝子がどこにどんなふう に発現しているのかを見れば、ある程度機能の推測ができるんじゃないかと考えられます。

○どう見るんですか。

■発現する場所をどう見るかということについては色々方法があるんですが、一つは 発現を司っているプロモーターという制御領域がありまして、これの下に目印となる タンパクを作る遺伝子を繋いでやるんです。この場合はよく使われる、GUS遺伝子というβ−グルクロニターゼタンパク質を作る遺伝子をNTH15のプロモーターの下に繋いでやりました。そうすると、このプロモーターが組織の中で働いている部分で GUSタンパクが作られます。GUSタンパクっていうのは酵素でして、ある基質を加えると青く染まるんです。つまり染めることによって発現する場所が分かる、っていう方 法を使いました。

○なるほど。

■そこでこの遺伝子の発現場所を、組織を輪切りにしたり縦に切ったりしてGUSによる染色で調べました。植物の茎の先端には頂端分裂組織、あるいは茎頂分裂組織と言いまして、まだ何にもなってない細胞組織があるんです。花を作る段階になったら花 を作りますが、葉や茎もここから作られます。NTH15はこの部分で発現する遺伝子で した。特にこの遺伝子が発現している部分というのは、将来、葉になる部分の内側、 つまり将来は葉の表になる部分で発現していたんです。

○ふむ。葉は成長に従って茎から開いていくから、本来内側にあった部分が表になるわけですね。それで?

■ではこれはどういうことかと。形態形成遺伝子の研究というのは、その遺伝子の発現を見ることで機能を想像するわけです。ここでどう想像したかというと、この場所 でNTH15遺伝子が発現しているということは、NTH15は葉の表側を決めるのに必要に遺伝子なのではないかと。そう予測しました。この段階では仮説です。

○はい。

[08: 葉の表と裏は何が違うのか]

■ここでちょっと葉の裏表の話をしたいのですが。つまり、葉の表側と裏側は何がどう違うのかということですが。

○お願いします。

■基本的に葉の裏側で目立つのは葉脈ですね。タバコの場合、葉脈の見え方が表と裏で全く違うんです。表からはあまりはっきり見えないですが、裏側からははっきり盛 り上がって見える。これが一つの特徴です。もう一つは気孔ですね。これは種によっ て違うんですが、たいていの場合、裏側には気孔が多い。まれに表に多いものもある んですが。

○はい。

■次にもうちょっと細かい事を言います。発生学的に葉ができる過程ですが、葉の基 となる組織は茎頂分裂組織からドーム状に盛り上がってきます。つまり葉の原形は棒 状なんです。裏表が無い。それがやがて内側、将来表になる部分で組織が横に盛り上 がって来るんです。つまり横方向(茎から葉の先端に向かう軸に垂直の方向)に伸び る。そしてその後、どんどん横へ広がってくる。そして外側、すなわち裏になる部分 はそのまま残るんです。

○表側に将来なる部分が横に伸びて広がるんだと。

■そうです。裏側の部分は多少肥大成長はしますがほとんどそのまま残ります。
 つまり、裏側に葉脈が目立つというのは裏があんまり横に伸びないからなんですね。実際にそういう論文がありまして、横への細胞分裂は将来表になる部分でしか起 こらないということが調べられています。
 したがって、葉のひらひらの部分、葉身といいますが、あれはほとんど表側の部分 からできていると考えられます。

○なるほど。

■ここは、この先の話において非常に重要なので覚えておいて下さい。

○はいはい。ひらひらの部分は、ほとんど「表」だと。

■予測としては僕は、NTH15が葉の表側に出ているので、葉の表側を特徴づける遺伝 子の一つではないかと考えたんです。

○なるほど。

■そこで今度は遺伝子組換え体(遺伝子組換えタバコ)を作りました。なぜなら、 NTH15の機能を抑えるような遺伝子を導入した場合は、あわよくば裏だけの葉ができ るんじゃないか。逆に遺伝子組換えで、裏側になるはずの部分にもこの遺伝子を発現 させた場合は「両方表」の特徴を持った葉を作る植物ができるんじゃないか。そう考 えたんです。

○ふむふむ。

[09: 両方裏の性質を持つタバコ葉]

■で、実際にやってみたんです。予想ではNTH15の機能を抑えた組換え体では両方が 裏、つまり棒状の葉ができるのではないかと考えられました。

次号へ続く…。

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