NetScience Interview Mail
1998/10/01 Vol.023
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◆This Week Person:

◆This Week Person:
【田口善弘(たぐち・よしひろ)@中央大学 理学部 物理学科 助教授】
 研究:粉粒体動力学、非線形物理
 著書:「砂時計の七不思議」中公新書
    ほか

ホームページ:http://www.granular.com/tag/index-j.html

○田口善弘さんへのインタビュー、第5回です。今回は生物学へのアプローチについて伺います。6回連続予定。(編集部)



前号から続く (第5回/全6回)

[10: 生物学へのアプローチ]

○生物をやりたいと仰っていた話に戻しますが、それは一体どういう動機で?

■いや、特に深い動機があったわけじゃないですよ。昔からやってみたいとは思っていたけど。ただ、いろいろ考えていたんだけど、コンピュータがこのまま進んでいったら、残っている問題は生物一般しかないかな、と思ったんですよね。あとは物理でできることは、計算すれば出るようになっちゃったわけだから。

○でも一方で粉粒体の問題みたいなものは残っているじゃないですか(笑)。

■これをずっとやるのは厳しいからね(笑)。要するにコンピュータがこのまま進んでいっちゃって、カオスだフラクタルだといってもみんな分かっちゃうと、コンピュータで何かを再現しても全然「驚き」がなくなっちゃでしょう。なんでも出るから。だから、基礎法則みたいなものがあんまり分かっていないものをやるしかない。生物は一番、基礎方程式が分かってないでしょう(笑)。基礎方程式が分かっていて、それを計算すれば出るというものじゃないからね、生物は。

○ええ。今はどんなことをなさってらっしゃるんですか?

■いや、だからまだ、なかなかスタートしていないんだけどね。粉粒体の研究も、やっぱり続けちゃってるし(笑)。
 ただ、前にも言ったように基本的には系統みたいな話をやろうと思っています。生物みたいなのが何で多様性を持っているのか。そもそも「多様性」って一体なんなんだということとか。

○…? どういう意味ですか?

■みんな「種」とかなんだとか、そういうことを言っているわけですよね。例えば、ある系統樹をパッと書いて、こういう風になったのは偶然だとか言っているんだけど、そういう風に分布したのは、本当は「偶然」だけじゃないんじゃないかな、と物理屋としては思いたいんですよ。
 進化論屋さんは「全てが偶然の積み重ねだ」というんだけど、物理屋さんはそうは思ってないわけですよ。金子邦彦さん(東大、インタビュー・メール第一回を参照)らも、そうは思っていないわけですよ。「全てが偶然」ではなくて、自己組織化的な意味があってああなっているんじゃないかという発想があるわけですよ。だから共生だとか、要素の関係性だとか、因果関係だとかを作ろうとするわけですよね。
 生物はいろいろいるわけですけど、「こういう状態がなぜ作られたのか」ということを知りたいわけですよ。まだ自分でもはっきり分かってないからうまく言えないけども。

○例えば?

■例えば、絶滅の数がどうこう、という話がありますよね。大きい絶滅はたまにしか来ないんだけど、小さい絶滅はしょっちゅうやってくるとか。絶滅のサイズ分布を取ると結構綺麗に見えたりするんだけど、そういうのが宇宙から来た星の隕石の落下頻度のせいだとか、そもそも進化のメカニズムの中にそういうのがあるんだとか、いろいろな話がありますよね。そういうのが、まだ全然分からないわけですよね。

○今は単に歴史を追っている段階かもしれませんね。

■それで数値計算をやってみて、こうなりました、現実と似てますか似てませんか、といった禅問答みたいなことをやっているわけです。
 それは結局、測るものが分からないからですね。何が出たら合った、合わないというのが分かんないのに、数値計算してどうこうやっているから、禅問答になっちゃうわけですよ。だからもうちょっと、現実の方の本質を把握したい。

○具体的には?

■いまは本当に大したことやってないんだけど、多次元尺度構成法という手法を使ってやろうとしています。これはもともと社会心理学の方法なんだけど、いろんな人にアンケートを取って、その傾向を取ったりする時に使うんですよね。そうすると、その集団の持つ特徴を表す軸が出て来るんですよ。
 で、生物というモノも一様に分布しているわけではなくて形質を持っているわけだから、処理すると何かでるかもしれない。そうやって出てきたモノが系統と関係があるかないかといったことをやろうとしているんです。ちょっと最近全然仕事していないんですけどね(笑)。

○(笑)。そこをなんとか。

■例えば「種」っていうものを一個一個の要素として、もの凄くいっぱいある種の関係や多様性を記述して、そこにどういう意味があるのかを探ってみたいんですよ。
 僕はこれまでもずっと多体問題をやっていたわけだけど、今度は一個一個の粒じゃなくて、種とか個体が一個の粒になったときに、関係性がどうなっているかということを理解したいんですよね。

○…。

■だからね、生物屋さんていうのは、まず「個々のものがある」という発想でしょ。そして関係は二の次じゃないですか。僕らは関係の方が大切だという立場をとりたいんですね。関係のほうに本質があるんじゃないかとね。でもいまのところ記述する枠があんまりないから、で、いま金子さんをはじめ、みんな色々やっているわけですよ。
 あれは「信じるものは救われる」じゃないけれど、自分がやっている実験と同じだと思えば思うこともできるし、違うと思えばいくらでもそう思うこともできるようなものだけどね。あれを見たときに「生物だ」と思うか思わないかは、その人の気分なんですよ。生物だと思うことはできます。これとこれがこのように関係しているんだな、と思うこともできます。だけど、俺は絶対信じないという人がいたら、ここも違う、そこも違うと無限に言えてしまうんですよ。だから結局それはですね、何を再現すればいいのか分かってないからですよ。

○ふむ…。

■金子邦彦さんらは、むしろこういうものを計算することによって本質が見えるはずだと思っているわけ。僕はもうちょっとモノよりだから、現実の方をもうちょっと見た方がなんかあるんじゃないかなと思っちゃう。

○「現実」とは?

■実際の生物ですよ。実際の生物の関係性を見た方がなんかあるんじゃないかと思っちゃうんですよ。

○純粋なシミュレーションではなくて、現実の生物から関係性を拾い出して、どの軸が有意か調べるというころですか?

■どの軸が有意かなんてことはまだ全然分からないけどね。そういうやり方を取りたいんですね。

○複雑系の本を読むと、あれは結局自分で計算機回さないと意味がない、というか、結局わからないんじゃないだろうか、という気がするんですけど。

■イメージがないでしょ。

○ええ。そうなんですよ。自分で計算しないからイメージがないんだろうと思うんですよ。なんとなく、分からなくはないんですけど…。

■彼らもね、本当に突き詰めて喋ると、自分が見ているものが本当かウソか分からなくなっちゃうんですよ。例えば「カオス的遍歴」っていう言葉を彼らは良く使うけれども、カオス的遍歴って本当のところは何なんですか、カオスって本当に関係あるんですか、っていうふうに突き詰めていくと、まあ本当かウソか分からないと(笑)。

○ああいう現象が神経系の中で起こっています、っていうのは、現象としては確かなんでしょうけど、それじゃそういうものを松本元さん達が見つけたときから、何か進歩しているのかなあ、という気がしちゃうんですよね…。

■それはやっぱり、何が分かったら「分かった」というかということだと思いますよ。
 彼らは「分かりたい」と思って一生懸命やっているわけだけど、彼らがやっていることの中に解があるかどうかは誰にも分かんない。

[11: 多次元尺度構成法と系統学]

○ふーむ。こういう話を聞いていても分からないですね。具体的にはどんなアプローチでなさっているんですか。

■DNAだとかいろいろなところの係数データを集めて、いろいろやろうとしているんだけど(笑)。

○だから、その「いろいろ」の部分は(笑)? 非常におおざっぱにいえば、多次元尺度構成法というのは、関係性を距離で表現する手法だと考えれば良いんでしょうか?

■基本的にはそれでいいと思います。実際に何をやっているかを、言葉で言うのはなか なか難しいんだけど…。
 多次元尺度構成法で埋め込んだ時に、構造がどのくらい安定しているかとか見るわけです。多次元尺度構成法だと、何次元でやるかというのを自分で決めないといけないんです。
 有限の次元なわけはないし、種の数だけ軸持ってきたら合うの当たり前だから、どこか適当なところで決めてやらなくちゃいけないんですけど、その適当な次元っていうのが何次元になりそうかとか。例えば生物とかを埋め込むと、3次元くらいに何かありそうだという風になるんですね。
 また、40個種があったときに、任意の10個を取っちゃうとその関係性はどう変わるかとかね。40個あったときの任意の10個の関係と、そもそも10個しかないときの関係は違うんですよ。その違いを統計的にどう表すかと。まだ言葉ができてないから言いようがないんだけどね(笑)。

○そこをなんとか(笑)。

■うーん、多次元尺度構成法というのは、距離だけから空間の埋め込みを出しましょうというものなんですね。一番有名なのは、地図を再現するときに、地図の座標データじゃなくて、距離の順序だけで良いと。距離は、n×(n-1)の1/2だけあるわけだから、座標より数が増えているかもしれませんが、順序だけだったら整数値だからデータは凄く少なくてすむんです。データは順序集合だけだから、もの凄く圧縮される。そのデータから、座標の位置までかなり正確に再現できるんですよ。

○ふーむ。

■例えば、アメリカの都市の間の距離だけを測って、その距離を全部順番に並べて、あとは捨てちゃうっていう方法ですよ。それでも、距離のデータだけあれば、かなりの精度で元の図が描けるんです。それを多次元尺度構成法というんですが、そういうのっていろいろと応用ができるんですよ。
 例えば、非線形の収束計算だって、どこか特定のトライアルポイントからだんだん収束していくわけですよね。で、複数の収束ポイントから出発して、行き先がどこへ行くのかというのを見てやるわけだけど、そういう時に、どのくらい再現性が良いかというので分けてやると、もの凄く再現性が良いときと悪いときがあるんですね。生物とかのデータだと、割と3次元だと収束しやすいんですよ。収束性が良いらしい。
 …こんなことを喋っても何の意味もないですよ、これが何を意味するか分かっていないんだから(笑)。

○でもそれでやっていらっしゃるわけでしょう(笑)? 収束性が良いというのは、関係性が再現されやすいということですか。その場合、再現しようとしている関係性というのは何なんですか。

■いや、だからそこまでなかなか行けないっていうか。

○でも再現性が良いって言うのは何かを基準にして仰っているわけでしょう?

■うん、まあ数学的な言い方になっちゃうけど、違うところから行っても、また同じところへ収束するんですよ。それから、そういう風に埋め込むと、割と…そうですね、系統樹だと系統しか出ませんけど、距離で埋め込んでいくと、一個だけもの凄く孤立していることが分かるとかね。系統樹だとそういうのは見えないんだけど。

○系統樹の距離の話ですか? それなら分かるんですけど…。

■いやそうじゃなくて、系統樹の上での距離では分からないんだけど、多次元尺度構成法で埋め込むともの凄く孤立しているように見えるものがあるんですね。

○それがDNAの変異と一致していたりするんでしょうか?

■うーん。「系統樹」っていう表現はあまり良くないんじゃないかな。いま系統樹上の距離で物事を議論してますよね。ところが系統樹っていうのは絶対100%合うわけではなくて、ある誤差の範囲で最適値を求めているわけですね。で、記述していくわけじゃないですか。いわばあの回りに「ゆらぎ」があるんだけど、最近系統樹の世界でも、そのゆらぎみたいなもの─second probable treeとかそういう見方も議論しなくちゃいけないという見方になっているらしいですね。それは当然ですよね。ところが、そういうことをせずにバンと出てきたものを見て、これとこれは近いとか言っていたわけだけど、多次元尺度構成法でやると、ツリーの上では離れていないように見えるんだけど、実はもの凄く孤立していたりするということが出て来るんですよ。
 そういうのは要するに、何を意味しているのか、ということですよね。系統が近いとか遠いとか、遺伝的な進化的距離だけで生物を見ようとしているけれども、本当はそうじゃないのかもしれない。それだけ離れているということは、やっぱり何か関係性が切れているわけですよね。で、系統樹でやっている奴と比べても固まっている奴はそんなにバラバラにならないんですよ、なぜか。ところが、ときどきポンと離れちゃったり二つに分かれちゃったりするわけです。そういうものが起きるときと起きないときの差はどこにあるのかと。

○ええ。

■単に離れてりゃ良いわけじゃないらしくて、例えば三胚葉動物は、28門くらいありますよね。それを、門から一つ代表を取ってきてやって並べても、必ずしも、個々がバラバラじゃなくて、そういうスケールだとそういうスケールで構造を持っている。もっと下の種のレベルのスケールで見ても、構造があるわけです。
 いまはそういうデータをいっぱい集めている段階で、それが一般的に何を意味するのか、まだ分からない。

○でも、そうやって次元で斬って関係性を見ることはできる?

■できるんじゃないかな、と思ってやっているわけです。

○でもそうやって「次元」を取り出すことができる、ということに対しての反論とかもありそうですね。

■生物の人は、そんな軸なんかないって言ってますね。絶対そういう軸はありませんと。

○先生方は、どういう形で軸を抽出なさっているんですか?

■軸を取るとこまで、まだいけてないですよ。現在はまだ有限次元の中に埋め込めるかどうか、そして軸を探している段階です。
 まだわけ分かんないんですよ(笑)。それがクリアーになってしまえば、人にも説明しやすいんだけど(笑)。

[12: 数学的な理解]

■でも、second prob.とかthird prob.で議論しなくちゃいけないのは、ある意味当たり前の話ですよね。ノイズがのっている多体問題なのに、一番いいtreeで議論しなくちゃいけないのは、無茶苦茶な話だから。
 ある意味で、話はどんどん難しくなっているんですよ。何もかもだんだんそうなりつつある。生物学もそうなりつつあるんですよ。今までみたいにパッと系統樹が出てきて、「クジラ」はなんとかから分かれました、「ブタ」の祖先はこれですといった言い方はしなくて、「クジラ」はなんとかから別れた可能性が30%、別のものから分かれた可能性が50%ですとか、そういう話にだんだんなっている。

○…うーん?

■人間は確率というものを一番理解しにくいからね。

○例えば「クジラ」っていう種が出てきたときに、もし「ゾウ」っていう種がいなかったら、「クジラ」は「クジラ」にならなかったかもしれない、という話だったら分かるんですけど、そういう話じゃないんですよね…。

■だからそういう分かりやすい話からだんだん離れていってて、「クジラ」に対しては「ブタ」と「ウシ」と「ゾウ」がそれぞれ33%づつ影響がありましたとか、そういう話になっちゃんうですよ。

○それはまあ当然というか…、いままで「環境の影響」という言葉でブラックボックスの中に押し込めていたモノが、ブラックボックスがどんどん狭くなってきて、中のものがちょっとづつ出てきて、何%影響がありましたとかいうことになりつつあるのは分かるんですけど…。

■うん、だんだんそんなことになっているから、ますます普通の人に普通の言葉で説明することは難しくなっているんだよ。
 イリノイ大に大野さんという人がいるければ、彼なんかは「生物学は数学にしないと先はない」と言ってますよ。数学的な意味で、きちんと記述する枠組みがないと、ダメだと。それぞれの要素さえ、まるで定量化されていないわけだから。系統を調べて、それが意外でした、なんていうような「びっくり箱」みたいな話は廃れていくと思うけどね。論文書くのにはいいかもしれないけど。

○うーん。そうなのかな…。数学的に記述したい、という気持ちは分かりますけど、今の話は正直、僕には難しくてよく分からないです。

■確率っていうものをベースにして理解しないとダメですね。

次号へ続く…。

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◇NTT、マサチューセッツ工科大学が先端技術の共同研究を開始
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NetScience Interview Mail Vol.023 1998/10/01発行 (配信数:07,541部)
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