NetScience Interview Mail
1998/09/17 Vol.021
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◆This Week Person:

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【田口善弘(たぐち・よしひろ)@中央大学 理学部 物理学科 助教授】
 研究:粉粒体動力学、非線形物理
 著書:「砂時計の七不思議」中公新書
    ほか

ホームページ:http://www.granular.com/tag/index-j.html

○田口善弘さんへのインタビュー、第3回です。今回は粉粒体研究の難しさについて伺います。6回連続予定。(編集部)



前号から続く (第3回/全6回)

[05: 「群盲ゾウを撫でる」]

○粉粒体の世界では、「これが本質です」というものは、まだないに等しいんですか。

■非線形物理の世界ではもともとそういうことろがあったんだけど、実験から遊離しているというか、実験でもろにそういうのが出るというのはなかったんですよ。非常に人工的なものでやっていることが多かったんですね。
 例えば「レーリー・ベナール対流」という実験がありますよね。下から熱をあてると対流が出ます、という実験ですが、こんなのは非常に人工的ですよね。あんなに綺麗に対流のロールが並ぶなんてのは普通ないわけですから。普通はもっとぐちゃぐちゃ対流しているでしょ。あれは、それを無理矢理、薄い板を作ってやると綺麗な結果が出ます、そしてパラメータを変えるとこうなります、といったものでしかない。そういう、普通の人がまず目にしないような状況では、初期条件によっていろんな影響があります、ということが見えていたわけですよ。
 でも粉粒体にはそんな特殊な条件はないわけです。一見、誰が見たって結果が決まっている、そこらへんにあるようなものを、ちょっといじくり回すと何でも出てきてしまうわけですから。そうすると非常に厳しいというか…。

○何でもありの結果が見えてしまうわけですか。

■ええ。
 例えば、「砂時計の七不思議」の中でも書いた話ですが、水平に置いたパイプの中に大きさの違う粉粒体を入れて、ミキサー車のようにぐるぐる回してやると、どういうわけか縞縞ができちゃうんですよね。つまり、均等に混ざるわけじゃなくて、細かい粒子、荒い粒子、細かい粒子、荒い粒子、という形で、粒子が交互にならんでしまうんですよ。これが、どうしてそうなるんだか分からない。
 最近これもいろんな人が論文を書いているんですが、みんな「彼はこう言っているが私はこう思う」という論文を書くんですよ。たったこれだけのことが、良く分からないんですよ。例えば、真ん中が黒で両側が白になると言っている人もいるし、そうじゃないと言っている人もいるわけです。で、実験を見ると、そうなる実験とそうならない実験が両方あったりするんです。

○ふーむ…。

■だから、「群盲ゾウを撫でる」という状況なんですよ。パラメーター・スイープが全くできてないから、みんな「自分の見たものはこうでした」「ああいうのもあります」「こういうのもあります」という言い方しかできないんですよ。
 でも流体力学でも、もしナヴィエ・ストークス方程式がなかったらそうなるわけですよ。いまはナヴィエ・ストークス方程式があるおかげで、動粘性係数を定義するようなパラーメーターを変えることで、空気も水も同じように扱えるわけですから。

○どういうことですか?

■もしナヴィエ・ストークス方程式がなかったら、普通の人間は、空気と水が連続しているとは思わないでしょうね。我々は非常に限られたパラメータ領域のものしか目にすることはできないわけだから。例えば、水の上に浮くものっていうのは、いっぱいあるわけですよね。でも空気に浮くものっていうのはあんまりないわけですよ。それはなぜかっていうと、我々が普段、特定の領域の密度のものしか扱わないからですよね。そうすると普通のセンスからすると、空気と水っていうものは全然違う物質だと思うでしょう。でもナヴィエ・ストークス方程式があるおかげで、我々には見えないようなパラメータ領域をちゃんと設定してやれば、同じ様なものになるんだと分かっているわけです。

○粉粒体の場合、ナヴィエ・ストークス方程式をいじくってやって適用できるようにできない理由は、やっぱり密度が濃いことと非弾性衝突するからなんですか。つまり、そこに根本的な理由があるのか、ということですが。

■というかね、少なくともこの二つがあったら、ナヴィエ・ストークス方程式をいくらいじくったってダメなんですよ。

○ナヴィエ・ストークス方程式は「特殊な状態」だと考えて、より「一般的な状態」を表すような方程式は出てこないんですか。例えば特殊相対性に対する一般相対性理論みたいな関係の理論は出てこないのか、ということですけど。

■うん、だからそれをやろうとすると、数値計算より先へ進めないんです。数値計算をやっているルールはありますよ、ぶつかって跳ね返すというような。そのルールを使って計算するんだけど、ぜんぜん一歩も先へ進めないんです。

○一般的な式が出てこない?

■もちろん、「球がいっぱいあります」というところからは式は出てきませんよね。まずは密度などを定義してやらないといけないんだけど、それをカウントして、式を書こうとしても式は出てこない。「ルール」があるだけなんです。

[06: 応用の人が「困らない」理由]

○粉体工学の先生たち、つまり応用をやっている方々はどう仰っているんですか?

■応用やっている人達は「我々は難しいこと分からないから、そっちでやってよ」っていうスタンスですね(笑)。

○でも応用の人達はだいたいのところを実験でみて、こんな感じでしょうとエイヤっと判断しちゃってモノを作っているわけですよね。このくらいのものを作っておけば良いだろうというようなところで…。

■そこはうまくできていて、産業的にはむしろ「分かっていない」ということは、大量の特許を生むということだから、彼らはちっとも困っていないんですよ(笑)。

○特許が出るというのは?孔径をこのくらいにすると目詰まりはしませんとか、スムーズに流れますとかそういうもののことですか?

■そうそう。もし粉体の世界にナヴィエ・ストークス方程式があったら、そんなものでは特許なんか取れませんよ。だって計算したら出るものを、計算したからって特許取るのは不可能ですから。

○なるほど。

■たとえば、いまもの凄い桁の掛け算ってできないじゃないですか。何桁だと出来ないのか、具体的には知らないけど。でもコンピュータのパワーが上がったらできるようになる。それを、私は一億桁の掛け算を初めてやりました、それで特許を取りますなんてことはできないでしょう。ナヴィエ・ストークス方程式に代入して計算したら出てくる解では誰も特許は取れないですよ。計算すれば出て来るんだから。

○でも、そういう一般的な方程式がなければ、行き当たりばったりでやっているものが特許になっちゃうんですか。

■ノウハウを公開しなければ、再現できないものはね。ナヴィエ・ストークス方程式にあたるものが公開されていたら、無理ですけど。こういう状況でこういう風にしたらこうなりました、っていうものは厳しいでしょうね。いま数値風洞ってありますよね。あれがどんどん進歩していったら、流体関係の特許なんか何もなくなっちゃうかもね。
 いま、乱流の計算ってできないんですよ。だから、乱流が関わっている場合は特許の取りようがありますけどね。

○「乱流の計算ができない」? それは、どういう意味で「できない」と仰っているんですか?

■通常の手法で乱流を計算しようと思うと、コンピュータのパワーが足りないんです。公開鍵暗号と同じですよ。普通の公開鍵暗号というのは素数の積とか、大きな素数を二個かけて作った数を、元に戻せない、つまり大きな数の素因数分解は非常に大変だから、ということを大前提とするわけですよね。けどもし、そういうのを電卓でできるようになったら全く意味がないですよね。メモリーの問題ですけどね。

○将来そういうものができるようになっちゃったら、どうなるんですか? 一般的な方程式が出てこなくても、とにかくパワーでなんとかしてしまえ、ということになったら。

■そうなると粉体の特許なんかも非常に取りにくくなるでしょうね。

○「群盲ゾウをなでる」で、たとえ全体を見渡せなくても、あちこち撫で回して、とにかくマップだけは作ってしまえるかもしれないわけですか。

[07: 一方、理学系の問題]

○でも先生方は「取りあえず撫で回そう」というよりは、本質を掴みたいと研究なさっているわけですよね…。

■そうだけど、物理なんかだと良く言われているように競争が激しいから、下らない論文をいっぱい書いちゃうわけですよ。

○下らない論文とは(笑)?

■「とにかくやってみたらこうなりました」というようなものですよ。そんなものは何年かたったら誰も引用しなくなっちゃう。

○物理の世界でもそういう論文が多いんですか?

■物理の世界こそ多いんですよ。だって物理の世界って基本的に「役に立たない」から、そういうものでしか評価のしようがなくなっちゃうんですよ。原理なんてみんなが発見できるわけじゃないし。

○部外者からすると、そういう論文は生物や地質学のような領域のもののような気がしていたんですけど。そういう領域だと、「ここはこうなっています」っていうので十分論文に成っちゃうから…。

■カオスみたいなのが入ってきて複合物質を扱うようになったりとか、初期条件を扱うようになると、稠密個だけ答えがあるわけだから、やればやっただけ出て来ちゃうんですよ。

○それだとタダの博物学ですよね…。

■それでも何か書かなくちゃいけないから(笑)。
 日本とかだと、いったん助教授になっちゃうと、まず首にならないから論文書かなくてもいいですよね。まあ僕の場合は中央大が潰れたりしたら分からないけれど。そういうことにならない限り、まずクビにはならない。でもアメリカで終身在職権を取ろうと思ったら、無茶苦茶大変だから、ひたすら論文を書かなくちゃいけないわけですよね。「良い研究」なんて努力したってできないじゃないですか。

○そういうもんですか。努力したってできないもんなんですか(笑)。

■できないですね。そうすると、とにかくやってみましたという論文をいっぱい書く、と。そういうことになりますね。

○じゃあ、一般的な方程式が出てくるためには誰か天才的な人が現れて、なぜか20代前半で問題を解いてしまったり、ということになっちゃうんでしょうか。

■まあ、そういう可能性もあんまりないと思いますけど。分かんないですけどね。今までの物理の枠組みだとそういう人が出てくるのも難しいでしょう。

○でも、昔の偉い人達が決定的な論文を書いたのは20代だったりするじゃないですか?

■いや、むしろ、だから、発想としては、マンデルブロだとかダーウィンみたいな発想法が必要なんじゃないかと思うんですよ。まず、現象そのものをいっぱい知らないといけないから。ともかく説明すべきモノのセットを知らないと理論なんか作れませんよね。だから、マンデルブロだとかダーウィンは、若い頃に──いや、もちろん若い頃になんらかの結論は既に持っていたとは思いますよ、でも人に説明できるようになるまでに、お爺さんになっちゃったわけですよ。
 そういう感じのものになっちゃう可能性はありますよね。なんか難しい問題があって、一個ブレイクスルーすれば良いんじゃなくて、もっと、観点を変えるようなコンセプトを出せないとダメだ、といったものに。そういう形のものだと、若い人はやりにくいですよね。新しいコンセプトを出すっていう仕事は。

○若い人は、新発見がちょびちょびあって、論文を小出しにできるところに行きがちだと?

■うん。あとは全然過去に蓄積がないようなもののところには行きやすいと思うけどね。

次号へ続く…。

[◆Information Board:イベント、URL、etc.]

■イベント:
◇科学教育研究協議会 秋の研究集会 10/18
 
http://member.nifty.ne.jp/Sugiyama/tokyo.htm

◇国立天文台野辺山観測所 特別公開 9/23
 http://www.nro.nao.ac.jp/~openday/

■URL:
◇中国東北地方の洪水
 http://db00.cr.chiba-u.ac.jp/news/ne_flood.html

◇ホンダが提唱する近未来型地域交通システム・ICVS
 http://www.honda.co.jp/home/sfs/act-icvs/

◇IBM、ウェアラブル・パソコンの試作機を開発
 http://www.ibm.co.jp/News/leads/980912/

◇NECコンセンサス・サイエンスフロンティア9月号・東京大学佐藤知正研究室
 http://www.sw.nec.co.jp/con/science/sep.html

◇平成9年度 我が国の研究活動の実態に関する調査報告の要点(科学技術庁)
 http://www.sta.go.jp/policy/seisaku/80911_1.html

 *ここは、科学に関連するイベントの一行告知、URL紹介など、
  皆様からお寄せいただいた情報を掲示する欄です。情報をお待ちしております。
  基本的には一行告知ですが、情報が少ないときにはこういう形で掲示していきます。
  なおこの欄は無料です。


NetScience Interview Mail Vol.021 1998/09/17発行 (配信数:07,127部)
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