NetScience Interview Mail
2000/11/09 Vol.121
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【隅藏康一(すみくら・こういち)@東京大学 先端科学技術研究センター 知的財産権大部門・科学技術財産法分野】

 研究:知的財産政策・知的財産法
 著書:蛋白質核酸酵素・9月増刊号『再生医学と生命科学---生殖工学・幹細胞工学・組織工学』(共著、発行:共立出版)
    『ゲノム創薬の新潮流』(共著、発行:シーエムシー)

ホームページ: http://www.bio.rcast.u-tokyo.ac.jp/~sumikura/

○知的財産政策・知的財産法の研究者、隅藏康一さんのお話をお届けします。
テーマは「科学技術と特許」。
ゲノム・プロジェクトやバイオ産業の進展とともに、いま科学領域内外から注目を浴びているジャンルです。(編集部)



前号から続く (第2回)

[05: セレーラのビジネスモデルの実際]

科学技術ソフトウェア
データベース

○実はセレーラのビジネスモデルっていうのは、いまビジネス業界で流行の言葉でいうと、ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)ですよね。世間では特許取って儲けようとしている、みたいに捉えられがちですが、実際にはデータベースとソフトを製薬会社とかに提供して、それでお金を儲けようということなんですよね?
 その契約で儲けようということは、アプリケーション・サービス・プロバイダーそのものですよね。

■そうですね。アプリケーションそのものに強みがあるということですね。
 セレーラというのは、単に塩基配列を解読して特許化し、ライセンスさせようというビジネスモデルだと、一般的には思われがちですね。だからこそ、2000年の3月14日にクリントン大統領とブレア首相が「塩基配列の解読だけでは特許を認めない」という共同声明を出したとたんに株価が、セレーラをはじめとしたバイオ関連企業に関して、がーっと下がったわけです。

○はい。あのときセレーラの株価は前日より22%以上も下がったそうですね。

■けっこう、アメリカの市場、あるいは投資家も単純に考えていて、特許のライセンス収入だけで儲けようとしていると思っているんですね。
 でも、セレーラは実際には、そこまで単純には考えていないわけです。
 セレーラの強みは解析してデータを蓄積しつつ、ソフトウェア──バイオインフォマティックスの部分、データベースを作るソフトウェアとか、検索するソフトとかをどんどん開発していくというところにあります。
 解析していくデータというのは、それのためのサンプルでしかなかったわけですよ。まあ解析しないとデータはないわけですから、ソフトウェアを検証することもできなません。そういうわけで、最初から、データベースを構築してバイオ・製薬業界の研究開発に役立つインフラを提供するというところに主眼をおいていたんです。
 ゲノムプロジェクト以後、ポストゲノム時代においても、プロテオームとか、タンパク質の発現をデータベース化して、提供するということを考えているらしいんですね。

○はい。

■セレーラは、コンピュータのパワーをメモリの量から見ると1/10も使ってないらしいんですよ。

○使ってないというのは?

■高性能のコンピュータをいっぱい導入しているんだけど、処理能力を1/10も使ってないんで、残りの9/10で何をしようとしているのかと。おそらく遺伝子の塩基配列のデータだけじゃなく、発現のパターンをたくさん取り込んでいこうと。それはかなりのメモリを必要としますから。

○要するに、ゲノムを読むための解析ソフト、ホモロジー検索をするための検索ソフトとか、いわば、gooとかinfoseekみたいなものの高度な奴を研究者向けに提供するというビジネスモデルですよね。あなた専用の検索エンジンから開発してあげましょう、といった形の。

■ええ。

○…そういうものを提供するのがセレーラジェノミクスなのかなと。

■うん。大手の製薬会社とそれぞれ年間500万ドルでゲノム解析データベースにアクセスさせる、というビジネスをやってましたからね。これからは基礎データは無料で公開するでしょうから、データベース・システムを有償で提供するという形のビジネスモデルになります。

○生データよりも加工されたものやツールを求める、という構図は研究業界でも変わらないということですね。

[06: セレーラの戦略?]

■だから、セレーラって宣伝がすごくうまいところがありますよね。ネイチャーやサイエンスのニュース欄とかも、巧妙に使っているし。

○はい。

■これは私の単なる仮説なんですが、最初のうちにですね、アメリカの投資家に、単に上流のところを押さえて権利化しようとしている、と──いわば彼らの本心とは異なるビジネスモデルであるように見せかけて、期待感をけしかけたのも、彼らの戦略だったんじゃないかなと思うんです。

○なるほど。分かりやすいものをまず出して…。

■そう。当時バイオインフォマティックスだなんて言ってもデータもないし、こういうものですよ、って示しようがないじゃないですか。本当にそんなのできるのかと言われるのがオチでしょ。
 「塩基配列を片っ端から解読して、上流の特許を押さえて云々」というのと、「解析するためのデータベースを作って、それにアクセスして利用する手段を提供する」というのだと、わかりやすさで言えばやっぱり前者ですよね。

○そうですね。

■わざわざ、分かりやすい「誤解」をさせていたのかなあと思いますね。

○一般の投資家を「教育」していったと。「騙す」というと言葉は悪いですけども。

■ええ。

○いまでも「バイオインフォマティクス」と言われて、パッとなんのことか分かるという投資家は、あまりいないんじゃないですか。

■そうですね。

[07: バイオインフォマティクスの定義はバラバラ]

■バイオインフォマティクスの定義も、いろいろありますしね。

○定義がいろいろというのは。

■たとえば北野宏明先生(科学技術振興事業団 ERATO北野共生システムプロジェクト http://www.jst.go.jp/erato/project/kks2_P/kks2_P-j.html)は取材なさいましたか?

○バイオインフォマティクスという観点で、ですか? いいえ。

■生命現象のシミュレーションの部分、線虫の遺伝子がどういうふうに発現していくかといったことをシミュレートしたりするのもバイオインフォマティクスと呼ぶ人もいますね。

○ははあ、なるほど。北野先生らの研究のようなものもバイオインフォマティクスに含んで呼ぶ人もいると。

■だから北野先生たちは、ご自分たちの研究の特徴を強調するために、システムバイオロジーという名前を付けているようですが。

○北野先生らがやっていることもバイオインフォマティクスに含まれるというのは、個人的には、逆に意外な感じがしましたが。

■データベースを検索するということだけをバイオインフォマティクスと呼んでいる人もいますが、コンピュータと生命というのが入ってくると、ぜんぶバイオインフォマティクスだと呼ぶ人もいるわけです。

○なるほど。

■中には、pubMedとか、文献検索も含めてバイオインフォマティックスだと言っていた文献もありましたよ。

○そりゃまた随分広い意味ですね。狭義だとどういうものになりますか?

■やっぱり遺伝子やタンパク質の配列・機能・構造のデータベースでしょうね。

○データベースですか。でもその「データベース」っていうのは、単なるでかいデータが詰まっているものを指している言葉ではないんですよね?

■ええ。やっぱり検索できるとか、アノテーションができているとか。だからESTだったら、いろんな断片があって、そこからアセンブリと言って、順序が再構成できるようなシステムであり、ソフトウェアであり、といったものですね。あとはホモロジー検索だとか。パスウェイ・データベースっていうのもありますね。

○それはなんですか。

■これがそれと相互作用して、といったことをデータベース化するものです。

○なるほど。それぞれの経路がどう関係しているのを示すと。今後、一番必要とされそうですね。
 今後、ポストゲノムとかプロテオーム解析とかが盛んになると、ますますそういうものの必要性が増すと思うんですけども、人間が把握しきれるものなんですかね。とてもとても無理なんじゃないかと思っちゃうんですけども。

■全部がネットワークですからね。それを逆に工夫してやらないといけないでしょうね。

○どこでネットワークを切って示してやるかも、バイオインフォマティクスの人たちの仕事になるんでしょうか。ここからここまでの区切り方なら意味があるとか。

■ええ。

○本当に音声認識や構文解析の人たちの仕事と似てますね。なるほど。

[08: バイオインフォマティックスの仕事]

■バイオインフォマティクスが必要だと言う人は日本でも多くて、今度お台場にセンターが出来たりするようですが(生物情報解析研究センター)、何をもってバイオインフォマティクスと呼んでいるのか、いまいちよく分からないんです(笑)。

○ははあ(笑)。

■アメリカでは、ジョージ・メイスン大学ってところがワシントンDCにあるんですけども、Dr of Bioinformatics、バイオインフォマティックス学科があるだけじゃなくて、それだけの単独の学位を出していると聞きました。

○バイオインフォマティックス学科って何やるんですか? まあ、いま伺ったようなことをやるんでしょうけども、わざわざ独自の学科を作るっていうのは…。

■生物学と化学しかなかったときに、生化学を作るようなものなんでしょうね。そこまで、一つのメジャーな分野になり続けていくかどうかは未知数ですが。

○手法としては、バイオというよりは、情報学の仕事ですよね。ATGCの配列の中から意味を見いだしたり、似た配列を探すといった作業になると、試験管を振る必要はぜんぜんないわけですよね。

■今年4月の「Voice」の記事で紹介されていましたが、古谷利夫先生がなさってる(株)ファルマデザイン(http://www.pharmadesign.co.jp/)というゲノム創薬ベンチャーのラボなんかは、いわゆる実験室ではなく、コンピュータがたくさん並んでるだけなんだそうです。それらのコンピューターをフル稼働させて遺伝子コード領域を絞り込み、立体構造の比較に基づいて機能の推定を行い、創薬ターゲットを絞り込む、という会社だそうです。
 セレーラみたいに300台くらい解析装置をずらっと並べて、といった大艦巨砲主義に対抗するビジネスモデルとしては、コンピュータが何台かあって、良いソフトを作って、データベースを解析するというのは、そんなに金のかからない──彼らに言わせればかかってるのかもしれませんが(笑)──良いビジネスモデルじゃないかと思いますけどね。今後の日本が進む道、ということを考えた上でも、こういうオリジナルな戦略は大変重要だと思います。

○で、ソフトとかを作ったら特許を取ると。

■ソフトは特許になりますからね。また配列を解析して新しい遺伝子が得られた場合でも、何らかの工夫が凝らされていれば特許になります。

○基本の確認ですが、いまのところ、遺伝子も機能までが分かっていれば、特許として認められると思っていいんですか?

■うん、そこも言葉の定義が問題になるんですね。「機能」っていうのは何なのかと。ホモロジーでいいのかとかね。

○そのへんは後ほど…。

[09: 特許システムの機能]

■その前に、特許を取ってライセンスするということは、産業界のなか、あるいは研究開発のプロセスのなかでどういう役割を持っているかということからお話したいと思います。

次号へ続く…。

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 京都大学学術出版会 種の多様性はどのようにして生まれるのか? 生活様式の違いが、オサムシ類の進化と分布拡大に果たした役割を考える。

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 ノーベル化学賞を受賞した白川英樹博士とマクダイアミッド博士らも執筆
 
http://www.cmcbooks.co.jp/

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反物質はどこに? ─破れた対称性 11/11, 18
http://ccwww.kek.jp/main2000/japanese/syomu/kouza/2000koukaikouza.html

■ U R L :
◇インターネットで読み解く! AIBO人気の陰で「ロボット王国にほころび見える」
  http://www.alles.or.jp/~dando/backno/20001102.htm

◇Additional Information on Asteroid 2000 SG344(IAU)
  http://www.iau.org/sg344.html

◇A Bird's Eye View of a Galaxy Collision(HST)
  http://oposite.stsci.edu/pubinfo/PR/2000/34/index.html

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