NetScience Interview Mail
2001/01/11 Vol.128
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【隅藏康一(すみくら・こういち)@東京大学 先端科学技術研究センター 知的財産権大部門・科学技術財産法分野】

 研究:知的財産政策・知的財産法
 著書:蛋白質核酸酵素・9月増刊号『再生医学と生命科学---生殖工学・幹細胞工学・組織工学』(共著、発行:共立出版)
    『ゲノム創薬の新潮流』(共著、発行:シーエムシー)

ホームページ: http://www.bio.rcast.u-tokyo.ac.jp/~sumikura/

○知的財産政策・知的財産法の研究者、隅藏康一さんのお話をお届けします。
テーマは「科学技術と特許」。
ゲノム・プロジェクトやバイオ産業の進展とともに、いま科学領域内外から注目を浴びているジャンルです。(編集部)



前号から続く (第10回)

[38: 今後、バイオ業界、そしてその中にいる研究者たちはどうなるのか]

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■それは難しい質問ですね。10年後20年後になると「バイオ業界ってあるのか」っていう質問に近いですね。

○そうそう、そういうことです。

■一つは、バイオ業界という区分け自体がなくなってしまう、すなわちそういう概念がなくなるほど広く浸透したものになっているということは考えられますね。
 少し前に、自動車メーカーから保険会社まで、みなバイオ研究に参入した時代がありました。今は少し、撤退している企業などもあるようですが、それも一時的な傾向にすぎずバイオが広範囲に浸透してゆくとすると、どこそこの会社はバイオ企業だとかそういうことはなくなり、バイオ業界全体が発展的に、そういうタームがなくなるほどにまで大きくなる、というシナリオが考えられます。
 時代ごとに、産業界を席巻する何らかのキーワードはあるでしょうから、その時はナノテクノロジーがキーワードということになっているかもしれないし、それももう古くなっているかもしれない。それではバイオが廃れているのかというとそんなことはなく、ナノテクノロジーというキーワードの中にバイオが息づいている。ナノテクノロジーといってもバイオ、特に生体での利用を念頭においたナノテクが多いですから。

○ええ。

■そういう「バイオ」というキーワードの発展的消滅の過程においては、バイオが何かもっと新しい技術と融合されて、まったく新しい産業になる、ということも起こりうるんじゃないかなと思うんですよ。ナノテクノロジーよりも新しい何かとの融合。だから10年後は、ある意味でどの会社もバイオ企業になっているかもしれません。どの会社も、人々の生活や健康に関わるところを少しづつ担うようになっている、という可能性があります。

○なるほど。

■バイオに参入するというのが、今のキーワードだとすると、どの会社もバイオをやるようになるというのが二十年後かなあと。
 いま、話しながら考えたことですが(笑)。

○そういう形へ移行していくときに──まあ僕にとっては他人事なんですが──研究者たちというのは大きな影響を受けるわけですよね。

■まあ研究者にもいろんなタイプがいて、はやり廃りに関係なく一つのことをただただ追い続けるという人と、流行に敏感でそれに合わせてテーマを変えていく人といますよね。だから一概には言えません。
 ちょっと話が前後するかもしれませんが、一つの産業がどういう発展パターンを辿るかというと、まず一つ目としては<ブレイクスルー・モデル>があります。技術的にものすごいブレイクスルーが起こって産業構造が変わる。バイオ分野でいえばワトソン・クリックの二重らせん構造の発見がそれだったわけですね。コーエン・ボイヤーの遺伝子組み換え技術は、サイエンスの観点から見るとそれほどのブレイクスルーではなかったけど、産業的にはブレイクスルーだったと言えますね。この技術の到来に影響を受けて、タンパク質を大腸菌のなかで作らせようということを多くの人が考えるようになって、その結果いろんなバイオベンチャーができて、いまのバイオ隆盛時代があるわけですからね。

○はい。

■あとは、<技術融合モデル>というのがあると思うんですね。複数の領域が合わさって、新しい産業が生まれてくる。バイオインフォマティクスというのはそうですね。生命科学と情報科学の融合です。ナノテクノロジーも今後他分野との融合によってもっと発展してゆく可能性がありますね。

○はい。

■ブレイクスルーというのは当然、事前には予想されないからブレイクスルーというわけです。だから今後どのようなブレイクスルーがあるかは分かりません。でもバイオ自体は、今後いろんな分野と技術融合を起こすことによって発展して行くんじゃないかなと思います。

○なるほど。

[39: マーケットなのかマーケティングなのか]

○…なんで僕がこのことに拘って興味を持っているかと申しますと、結局はマーケットが支持しないものは、仮に技術者がこうだといったところで、市場なり産業界なりに出てきたところで消えていきますよね。
 それは結局、僕は、僕たちは、どういうものを望んでいるんだろうか、ということなんじゃなかろうか、と思うんです。つまり、科学と社会の接点、産業の将来を担っているのは、マーケットじゃないかなと思うんです。

■ええ。

○いま、バイオにお金が落ちているのは投機対象としてでしょう。でも、その結果として、どういう形にバイオが変わっていくのか。ということは、僕らがどういう未来を望んでいるのかということと、ニアリーイコールくらいだろうと思うんです。投資するというのは、本当はそういうことですよね。
 そういう意味で、バイオ業界がどう変わるのかと問うことは、たぶん、かなり重要なことで、ちゃんと考えたほうがいいのかなという気がしているんです。

■マーケットがドライブするということですけども、基本的にはそうだと思います。ですがたとえば、最初の例に戻って、セレーラが、本来の戦略とは異なるビジネスモデルではないモデルをマーケットに信じこませることによって、株価をどんどん上げていったということを考えると、マーケットだけがドライブするのではなく、産業界の側にも、かなりマーケットを操作する宣伝戦略というか、パブリシティー戦略があるんじゃないかと思います。特に、バイオの場合っていうのは──もちろん、理想的には個人個人がよく理解して、行く末を考えられるほうがいいわけですが──なかなか、分かりにくいというところがあるんじゃないでしょうか。

○ITよりも。

■ええ。だから、各企業の宣伝戦略が、ITよりもマーケットに影響を及ぼしやすいのではないかと思います。だからマーケットだけが決めるというよりは、産業のほうから、マーケットの取捨選択をコントロールする力がある。だから誰が決定権を持っているのかというのは、鶏が先か、卵が先かという話になるのではないでしょうか。

○でも、遺伝子組み換え作物のような例もありますね。明らかにマーケットが拒否反応を起こしてしまったことによって、いまのところ、産業側は撤退を余儀なくされている。
 まあ、マーケットというより、マーケティングに失敗した、という言い方もできるかもしれませんけども。売り出し方がまずかった。

■そう、仰るとおり。いまのがキーワードでしょう。「マーケットなのかマーケティングなのか」ということです。実際には、マーケットとマーケティングの相互作用によって、一つの産業のあり方が決まってくるのだと思います。

○そういう意味で、バイオは良い例だと思うんですよ。確かに技術の詳細はわかりにくいんだけど、医薬品であるとか食品であるとかに直接関わっている。それを我々は今後どう受け止めていくのか。

■それは面白い問題提起かもしれませんね。市場における消費者の立場としては、センセーショナリズムに流されず、技術情報を冷静に取捨選択しながら議論に参加することが必要です。生命体や生体分子に対する特許には根強い拒否反応がありますが、その功罪の両面をよく見極めていただきたいと思います。これは、私も含めて、情報発信する側の問題でもあるのですが。

[40: 特許、そして技術移転機関が今後果たして行くべき役割]

■ゲノムは30億塩基対って言いますよね。フランシス・コリンズ博士のインタビューとして今年3月にScience誌に載っていたのですが、最初の10億塩基対を解読するのに4年かかったと。次の10億塩基対は4ヶ月。今では一月で全体の10%が解読できるというんですね。研究の加速度がこういうところからも分かりますね。イネゲノムも、今のところ2004年までに塩基配列の中核部分の解読完了ということになってますが、もっと早めようと思ったら早まるかもしれませんね。

○ええ。

■特許っていうのは、積極的に「これを権利化しよう」と思ってやるわけですよね。でもたとえば、極端な話なんですが、「これをやったら失敗した」ということも重要なデータですよね。X線結晶構造解析をやる場合、あれは結晶をつくるだけで大変なんですよね。そうなると、こういう条件で結晶化したということもそうですが、これでやったらダメだった、ということも、それをやっている人にとっては重要なデータですよね。特許というよりノウハウですけどね。

○ええ。

■最近、特許流通市場ということが言われているんですが、もっと広げて、技術情報の流通市場というのができたらいいなと思うんです。そういうのが分かっている人と人を結ぶような。

○なるほど。

■それがライセンスアソシエイトの機能だと思うんです。どの人とどの人が何をやっているかを知っていて、どこを結びつければいいのかということを知っていること。いろんな情報を流通させることが、将来の重要な機能だと思うんです。もちろん、どこから対価を得るかという細かい問題もあるんですけどね。

○ええ。

■私の今日のライセンス・アソシエイトの話は全て「経験から得た知識に基づく判断」というところに帰着してしまうわけですが、技術がどういう方向に発展していくかということを踏まえた上で、産業界のことをよく分かっている人が特許戦略を立てて、その技術を産業界に最大限貢献できるような形に加工して、社会に提供していくべきだと思うんです。

○はい。

■そういう面でも技術移転機関は役割を果たすべきだと。単にライセンス料を得て研究者や大学に還元するだけではなく、安全性のゲートキーパー的な役割もあるし、情報自体を流通させる機能もあるし、社会に本当に役立つような特許戦略を立てるといったことも必要です。
 ただしその前提となるのは、そこにそういう人がいるということなわけです。そのためには人材を育成しないといけない。

○ナビゲートできる人ですよね。

■そのとおり。そのために私自身ができることは小さな一歩にすぎないかもしれないけれども、少しでも色んな人が出会ってお互いに影響を与えあえる場を作ったり、特許に対する考え方を世の中の人に広めたりしてゆきたいと思ってます。

○分かりました。
 本日はどうも、ありがとうございました。

【2000/08/30 東京大学 先端科学研究センターにて】

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*次号からは2足歩行ロボット制御の研究者・梶田秀司さんへのインタビューをお送りします。


[◆Information Board:イベント、URL、etc.]

■ U R L :
◇防衛庁防災業務計画
http://www.jda.go.jp/j/library/archives/keikaku/bousai/index.html

◇EIC地震学ノート No.97 Jan.14, '01 東大震研情報センター
 2001年1月13日エルサルバドルの地震(Mw7.6)
http://kea.eri.u-tokyo.ac.jp/EIC/EIC_News/010113.html

◇三省堂 Web Dictionary 3/11日まで無料
http://www.sanseido.net/

◇裳華房「今月のキーワード」
省庁再編に伴う理工系国立の試験研究機関一覧
http://www.shokabo.co.jp/keyword/labolist.html

◇科学技術者のための総合リソースガイド・NetScience
http://www.netscience.ne.jp/

 *ここは、科学に関連するイベントの一行告知、URL紹介など、
  皆様からお寄せいただいた情報を掲示する欄です。情報をお待ちしております。
  基本的には一行告知ですが、情報が少ないときにはこういう形で掲示していきます。
  なおこの欄は無料です。


NetScience Interview Mail Vol.129 2000/01/18発行 (配信数:23,955 部)
発行人:田崎利雄【科学技術ソフトウェアデータベース・ネットサイエンス事業部】
編集人:森山和道【フリーライター】
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