NetScience Interview Mail 2001/12/06 Vol.168 |
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【牧野淳一郎(まきの・じゅんいちろう)@東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻 助教授】
研究:理論天文学、恒星系力学、重力多体シミュレーション
著書:杉本大一郎編「専用計算機によるシミュレーション」 1994, (朝倉書店、東京)(分担)
Junichiro Makino and Makoto Taiji, Scientific Simulations with Special-Purpose Computers --- The GRAPE Systems 1998, (John Wiley and Sons, Chichester).
牧野淳一郎「パソコン物理実地指導」, 1999, (共立出版、東京)
そのほか
ホームページ:http://grape.astron.s.u-tokyo.ac.jp/~makino/
○理論天文学の研究者で、ずば抜けた性能を持つ重力多体シミュレーションのための専用計算機GRAPE6の製作者・牧野淳一郎氏のお話をお届けします。(編集部)
…前号から続く (第8回)
[18: シミュレーションの「解像度」] |
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■というか天文の場合にも、その手の難しい話はいっぱいあるんですよ。たとえば球状星団にしても、どうやってできるかは良く分かってないところがありますし。
○具体的には?
■たとえば星団を作ろうと思うと、宇宙の初期状態から考えないといけない。初期状態は比較的分かっていると思われていて、要するにガスやダークマターが非常に高い密度でほとんど一様にあると。それに熱力学的な揺らぎが起きて密度の偏りができる。それがブワーッと膨張したと。そうすると温度が下がってくるのでやがて重力が効くようになる。それで物質が収縮していって、その中から星が出来て、何とかして銀河が出来ると。
そういうことなんですけども、収縮していったところでどういうふうに星ができるかとかが分からない。典型的な、重力不安定で収縮する質量のスケールは宇宙モデルにもよるんですけども、だいたい10の3乗から5乗太陽質量のどこかだろうと言われていて、でも、そこからどういうふうに星ができるかということは、まだほとんど分かってないんですね。
○ふーむ。どうしてですか。
■それは結局、初期条件を決めようとしても、3次元的な流体で、radiationも入れてシミュレーションをしようというのはまだほとんどできてなくて、だからどういう風に星ができるかという話はほとんど分からないわけです。
でも、たとえば我々の銀河系がどういうふうにできたかということはやっぱり知りたい。
○そうですね。
■だからそういうシミュレーションをするわけですね。するとどういうふうに星ができるかというところがまさに、気象の話でいうとどういうふうに雲ができるかに非常に近いようなレベルなんですね。
ある仮定を入れて、シミュレーションの範囲で、ガスの温度と密度がこうだったら多分こういう星ができるだろうということを、ごそごそと書いて星を作ってるわけですから。
○なるほど。こういう凝結核があってこういう条件だったらこういう雲ができるといった部分は、端折っちゃうわけですね。多分こうだろうということにしてしまって計算すると。
■そうですね。それが本当かどうかというところは、気候モデルでも天文のモデルでも、良く分かってないわけです。
たとえば銀河とかでも、遠くの銀河になるとどうしても球状星団みたいにはいかないんです。どうしても星ができてる途中で、しかも我々が見ることができるのは星だけなんで、どういうふうにして星ができて、そこで光っているのかということをシミュレーションモデルのなかに入れないと、そのシミュレーションと観測の比較はできない、ということになって来ちゃうので。
だからそのへんは、球状星団やブラックホール周辺のような割合簡単な話に比べると、計算機が速くなったからといって答えが出るかどうかも良く分からない話ということになっちゃうんです。
○なるほど……。
■それが、計算機がぶわーっと速くなれば、星一個一個がどういうふうに出来るのかといったことを−−たとえば、今の銀河系のシミュレーションだと、実は、ガスを粒子で表してるんです。ガス一個の質量が10の7乗・太陽質量くらいなんですね。だから大きな球状星団よりも、もう一回り大きいくらいの分解能しかない。
○ふむふむ。
■それで星を作ろうというんだから、少なくとも球状星団がどうやってできたのかということは、分かりようがないわけですよ。
○そりゃそうでしょうね。
■そのためには分解能をぶわーっと上げてやって、太陽くらいの質量の星を数千個、数万個の粒子で表現できれば、多分、球状星団がどういうふうにできたか、銀河がどういうふうにできるかが、分かる、かもしれないわけですけども。それには、粒子の数にして10の10乗くらいの開きがあると(笑)。
○笑っちゃうしかないくらいの差ですね。
■さすがにそれはどんな計算機が進歩してもできるような話では……、「ない」とは言い切れないですが−−50年間で計算機は10の10乗くらい進歩したので、これから50年くらいたったら、また10の10乗くらい進歩するかもしれないですからね(笑)−−少なくとも今のシリコンでは無理でしょう。それから私が生きている間では無理だと(笑)。少なくとも研究者として現役の間にはできそうにないんで、そういったとことはもうちょっと違うところを考えざるを得ない。
○もうちょっと違うところとは?
■それはまだ完全には分からないですね……。
○しかし、シミュレーションの解像度の問題っていうのもあるんですね。あまりに当たり前といえば当たり前ですが。
■そうです。大抵の問題で、今の計算機の能力っていうのは、まだ、本当に見たいものを第一原理から、つまりいろんな「怪しいモデル」を入れないで分かるほどには計算機は速くないわけです。で、解像度をあげるとことができれば、完全にモデルなしで済ませられるというわけにはいかなくてもモデルの怪しさの程度を減らすくらいのことはできる。というか、まあ、できるかもしれない。
○「怪しいモデル」ですか(笑)。
■ま、いろんな言い方がありますけどね(笑)。
○本当に原理的なところだけから立ち上げて、できましたっていうのがやっぱり理想ですね。
■うん、一番典型的なのは、MDとかの話ですね。あの業界には「非経験的」って言葉があるんです。要するにシュレディンガー方程式を解いて分子の構造を予測できますっていうことです。そうでない奴というのは経験的なわけです。経験的っていうのは要するに実験とかで決めたパラメータから相互作用を推測してつっこんでやると。
で、それはまあ、化学など分子構造の話なら決めたパラメータにも実験的根拠があるからまだ良いんですが、天文では実験したわけですらないので、怪しさの程度がもう一段違うわけですよ(笑)。
○なるほど。そのへんで、やっぱりシミュレーションやってる人からの「観測への期待」はありますか。
■ありますね。どうしても現状のシミュレーションでは経験的なパラメータを決めなくちゃいけないんですけども決めるときに、より詳しいというか、色んな種類の観測があれば、色んなところで辻褄が合う・合わないという必要が出てくるわけで、そういうデータがあれば、あまりにおかしいモデルは多分排除されるだろうということになりますから。
[19:これからの科学技術予算は……] |
○観測機器といえばALMA(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)も推進のための署名を募集したりしていましたが(http://www.nro.nao.ac.jp/~lmsa/syomei/)、これからは科学技術面への予算が減ってくる可能性も高そうです。まあ、大っぴらに科学技術予算をガンガン削りましょうという政治家はいないと思いますけども……。
■うん。どうでしょうね。イギリスなんかでも、特に宇宙や素粒子関係の研究費を大きく削ったのが随分昔の話で、それから元へ戻りませんでしたからね。サッチャーになってバッサリ切られて、それ以来復活の兆しさえないという状況です。ここ十数年。日本もそうなっても全然不思議じゃない。
○一度減っちゃうと元へ戻らない可能性が高いわけですね。
■ここ5年くらいは増やす方向に来てるんで、まあ割合、良かったんですが。やっぱりね、増やしても経済効果があるわけじゃないということはもうバレてますからね(笑)。
○そうですね(笑)。経済効果ということになるとね。
先生方がGRAPE完成記者会見をしたときにも、「これは天文学以外に何か使えるんですか」という質問はありましたか。
■それはやっぱりありますよ。で、こっちもですね、「構造解析とか何とか、色んなことに使えるはずです」とか色んなこと言うんですけども(笑)。まあ、計算機なんかは割合そういうことが言いやすい。こういった専用計算機とは言っても。たとえば、距離の自乗に反比例して効いてくるものというのは、色んなところに出て来るんです。重力と、クーロン力はもちろんそうなんですけども、意外と変なところにも出てくる。
たとえば弾性体の変形をシミュレーションすると、変形を普通に計算すると、メッシュをバーッと切って、一点一点がどう動くのかというのをやるんですが、「境界要素法」というのがあるんです。これは表面だけに格子を張ると。一点だけを押すと。そうすると、他の点がそれに連れて動きますね。その変形というのが1/rポテンシャルで計算できると。そういうふうな計算方法にも使えるんです。
とかまあ、いろんなことが言えるんですけどね(笑)。
○(笑)。
■これは実際、京都の西村さんっていう、もともと土木工学の人が実際そういう計算手法を研究されてます。そういったものに使えないかというような話を、理研のほうとかで話をしているようです。
まあこういうふうに、計算機だと色んなことが言えるんです。割合と実際に応用技術がありますということを言えなくはないんですが、普通の望遠鏡とかの話になると、なかなかそういうのは難しいですね。
[20: 最近の科学技術政策は大プロジェクト偏重?] |
■ただ、ここ5年くらい、96年以降か−−前の科学技術基本計画のあとは、感覚としてはもの凄く研究費が増えましたね。それも、割合、おおざっぱに配られる研究費が。金額が大きい奴がドーンと来る。そういうのが増えた。科研費みたいな細かい奴は増えてないんですけどね。
それは割合、困るんですよ。
○次号へ続く…。
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◇日経 理研、遺伝子スパイ事件受け内部規則を厳格化
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◇NASDA インド洋のダイポール現象がインド・モンスーンとエルニーニョ/南方振動の相関に与えるインパクトを解明
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◇HotWired 試験管の中のコンピューター
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◇HotWired 脳神経と電子回路を直結するインターフェース
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◇HotWired 冷戦時代の遺物――作り手自身に跳ね返ってくる核の脅威
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