NetScience Interview Mail
2001/11/08 Vol.164
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【牧野淳一郎(まきの・じゅんいちろう)@東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻 助教授】

 研究:理論天文学、恒星系力学、重力多体シミュレーション
 著書:杉本大一郎編「専用計算機によるシミュレーション」 1994, (朝倉書店、東京)(分担)
    Junichiro Makino and Makoto Taiji, Scientific Simulations with Special-Purpose Computers --- The GRAPE Systems 1998, (John Wiley and Sons, Chichester).
    牧野淳一郎「パソコン物理実地指導」, 1999, (共立出版、東京)
    そのほか

 ホームページ:http://grape.astron.s.u-tokyo.ac.jp/~makino/

○理論天文学の研究者で、ずば抜けた性能を持つ重力多体シミュレーションのための専用計算機GRAPE6の製作者・牧野淳一郎氏のお話をお届けします。(編集部)



…前号から続く (第4回)

[09:分子動力学用の専用計算機]

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○素朴な疑問なんですけど。最初に専用計算機を作ったのはどういう人だったんですか。

■専用計算機といってもいろいろな使い道があるのでなにが最初というのは難しいですが、我々のやってるのに近い多体問題用だと一番最初は分子動力学用のものです。
 オランダのデルフト大学にルーク・バッカーという男がいるんですが、彼の博士論文がそういう計算機を作ろうというもので、彼は実際にそれを作りました。博士論文を出したのが78年くらい。81年くらいにちゃんと動いたんだったと思います。
 僕がその話を知ったのはちょうどGRAPE1ができた頃だったんですが、やったことはほとんど同じです。二つの粒子の座標を引き算してかけて、距離の自乗を作ってパイプラインを通す。力の格好が違うだけなんですね。重力だと距離の自乗分の1の力で効いてきますが、分子動力学だとファンデルワールス力なので、どこかにポテンシャルの極小があって、そこでは力が働かない。そこより遠くだと引力が働いて、逆に近くなると反発力が効いてくるような。本当にそこの部分の力の関数が違うだけで、あとは同じようなものです。
 ただし、ハードウェアとしては非常に成功したんですけども−−当時、4メガヘルツくらいのクロックで動かして、相互作用計算をしたので、スピードとしては数百メガフロップス相当くらい。80年代のはじめはスーパーコンピュータの性能がそのくらいでしたから。だからもっとも速いスーパーコンピュータと同じ性能のものを、どのくらいお金がかかったかは分かりませんが、たしか数千万円の下のほうくらいで作っていたはずです。だからハードとしては非常に成功したと言えるんだけど……。

○はい。

■ただし、それを使ってやれる計算の種類が非常に少なかった。というのは、彼が作った計算機っていうのは、粒子の軌道を積分してくれるような回路もハードウェアで作っちゃって、そこでやっちゃうと。それから、結果の解析をするのも、ハードウェアのほうで作った。だから、本当にそれしかできない。
 割合、特殊な物質の解析しかできなかったんです。ですからMD(分子動力学)の世界でも、別の仕事には使えなかった。
 実際に彼らは次の機械も作って、それはそこまで専用化したハードウェアではなくて、もうちょっと普通の計算機に近いものでした。

○なるほど。でも専用計算機を作るというのはあまり聞かないですね。それはどうしてでしょうか。

■ええ。でも、MD用に専用計算機を作るというのは他にもあります。10とか20とかのオーダーで。80年代〜90年代にかけてのほとんどは、演算プロセッサを作るとかっていうのではなく、DSPとかマイクロプロセッサを持ってきて−−つまり汎用のプロセッサを持ってきて、それを並列に並べるというものでした。
 だからそういうものは結構あるんですよ。でも演算器を作っちゃうというのはあまりない。それがどうしてなのかということは、僕にもあまりよく分からない(笑)。

○(笑)

■まあまず一つ、MDの場合は、割合そういうのを作るのが難しいということがあります。
 というのは、分子間力はあまり遠くまで届かない。重力だと無限遠までいきますが。分子間力だとrの6乗で落ちるから、原子間距離の3倍から5倍くらいまで計算すればいい。もちろん計算量は多くて、何百個くらいまでは計算しなくちゃいけないんですが、逆にいえば何百個くらいしかない。星だと一万個とか10万個とかを計算しなくちゃいけない。しかも、星だと重力だけでいいですが、MDだとそうはいかない。軌道計算の計算量というのはだいたい相互作用に比べて1/星の数だから1/10万〜1/1万くらい。ところが分子間力が中心のMDの場合は軌道計算や結果の解析が相互作用の計算にくらべてせいぜい100分の1くらいまでしか小さくならない。だから相互作用の部分だけ速くしても、最大100倍しか速くならないわけです。だからそこが大きく違う。
 だから全体として速くしようとすると相互作用以外の部分も何とかしないといけない。何とかするために、そこも専用回路にしちゃうと、非常に使い回しのきかないものになってしまう。
 で、じゃあそこは汎用に持っていくとなると、相互作用の部分も汎用にしてしまってもそんなに変わらないんじゃないかということで、分子間力用ではあまり専用機は作られないんです。

○ふーん……。

■これは物性だと−−分極してないものを扱う物性のシミュレーションだと、普通の分子間力が主なので、あんまり遠くからの力は効かない。だから計算量も大きくない。

○蛋白質だとどうですか。

■タンパクになると話が大きく変わります。タンパクっていうのはまず有機分子で分極していると。そして水の中にある。水というのは非常に特殊な物質なんです。非常に強く分極している。そのせいで同じくらいの分子量の物質とは全く違ったふるまいを示す。たとえば沸点が高いとかですね。
 水の中での蛋白のふるまいを示すとなると、クーロン力の効果が非常に大きく効いてくる、んだそうです(笑)。僕もあんまりちゃんと知らないんでえらそうなことは言えないんですけどね。

○じゃあそのへんは別の方にまた後日。どなたかいい人をご存じでしたら是非ご紹介下さい。(本当に!)

■ええ。結局、90年代くらいまでは−−今でもそうなんですけど、タンパクと水の計算は、みんなやってないんです。すごい昔の話だと、タンパクが真空中にあると。それでは水のなかとは違う構造になるわけですね。それではいかんと。では水があったとしたらどういう構造になるのか。どういうふうに電気的な相互作用をするはずかというのを、いろいろな仮定をして−−水がこういうふうにあったとしたら、それがクーロン力を遮蔽する力はこうこうこうだということを、繰り込んで計算するというのが、現状でも主流だと思います。岡崎の分子研の人たちに聞いたほうがいいと思いますけども。
 ダイレクトに計算しているのは、分子研でも、岡本さんっていう人がいるんですが、彼くらいじゃないかなあ。あとは弘前にいる斉藤さんかな。そのへんが、力任せに計算しようとする人ですね。そのへんの人以外は、あとはだいたい違うやり方でやってると思います。

○タンパク質に水分子がへばりついているCGを見たことがありますが、そういうのをやっている方々だと思えばいいんでしょうか。

■そうですね。

○折り畳みや構造維持はもちろん、水を細胞内に持ち込むとか持ち込まないとかにも効いてきてるんだろうから、本当はそのへんは凄く大事なところなんでしょうね。

■ええ。ただ、まだタンパクのMDは、そういう機能までいってないんですよね。そもそも構造ができないというところですから。
 そのへんの人の話を聞くと、タンパクのシミュレーションで何ができないといけないかというと、つまり、実験でできるように、アミノ酸を水のなかに入れると普通にタンパク質の構造になるわけですね。当たり前ですけども。ならなくちゃ困る。

○はい。シャペロンとかは取りあえずおいといて、の話ですね。

■なので、シミュレーションで最低限できなくちゃいけないはずのことは、タンパク質分子をビーと伸ばしてやって、パッと放すと。そしてシミュレーションをずーっとしていくとタンパク質の構造にならなくちゃいけない。じゃあなりますかというと、ならないんですよね、まだ(笑)。

○ええ。

■しかも、ならないのは計算手法の問題なのか、それとも計算時間の問題なのかということも、まだ分からない。

○なるほど。ときどき計算時間の問題だということを言う人もいるみたいですが、それもまだ分かってないんですか。

■ええ。計算時間の問題かどうかというのは、計算時間を使わないと分からないですからね(笑)。割合その、原理的な問題としては、古典MDでいいのかという問題があって。つまり、今の力任せの方法では、力任せとは言っても、原子の電子状態が構造によって変わる効果までは入れてないんですね。

○原子の電子状態が構造によって変わる効果、ですか。

■だからつまり、一個一個の原子が分極していて、ここの炭素原子は隣の水素原子から電子をこの程度引っ張ってきているというのは、固定で計算しているわけです。

○要するにボールみたいなモデルなんですね。

■ええ。ボールみたいで、そのボールを形成する電子は、ボールの間をふらふら動いたりしないと。でもね、本当にそれで良いかどうかは誰にも分からない(笑)。
 第一原理MDという話がありまして、それは電子の分布関数も同時に解きながらやる。つまり原子がちょこっと動くと、それに反応して、電子が動く。もちろん、原子核に近いような、反応にほとんど関係ない電子は原子核と一緒に動くでしょうが、外側のほうの電子っていうのは量子力学的に分布していて、中の原子核が動くとそれに応じて分布が変わると。それによって実際の分子間力がどう変わるかをちゃんと計算するという話はもちろん昔からあるんです。
 特に実際の化学反応とかを計算する、つまり結合を表現しようと思うと、もちろん、どうしてもそこまで計算しないといけないんですけども、今の、蛋白の構造を作りたいとかいったシミュレーションは全然そういう話ではなくて、化学結合は変わらないと。分極も取りあえず変わらないと。それで構造が作れるのかというのをやっているんです。
 多分、計算時間が足らないというのも確かなんですけども、じゃあ計算時間があったらできるのかというのも、ちょっとまだ、本当には分からない。やってる人に聞いてもそういうんで(笑)。

○なるほど。

[10:球状星団はX線や電波で見ると非常に特殊な系になっている]

○天文学ではちゃんと形はできるんですか。球状星団は球状星団になる?

■球状星団は球状星団になります。それは−−球状星団というのは理論屋というか天文屋にとって非常に有り難い系で、余計なものがないんですね。つまり、非常に古い星の集団で、できてから100億年程度たった星の集まり。−−普通に球状星団の星の年齢を決めると、たいてい、宇宙の年齢より古くなってしまうんです(笑)。もちろんこれは、年齢の決め方か宇宙の年齢のどっちか、たぶん両方が間違っているんですが、まあそのくらい古いと。銀河ができた初期にできた系であることは間違いない。
 そういったものがおおむね今のような格好になるというのは、最近の数万体くらいのシミュレーションではだいたいできるようになってます。

○なるほど。

■最近の球状星団に関する興味は、そういうところから、ある意味、もうちょい細かいところに移ってます。まあ、細かいと思うかどうかは人に寄るんですけども。

○どんなことですか。

■球状星団を普通の光で見ると、きれいだけどポコポコと星が集まっていると。ただそれだけの系にしか見えません。これをX線とか電波で見ると非常に特殊な系になってるんです。

○特殊?

■X線を出すような連星とか、非常に短い周期での電波パルサーとかが、異常に多いんです。
 我々の銀河系は10の10乗個くらいの星から出来ているはずで、そのうち球状星団にある星っていうのは10の8乗個くらいしかないんですけども、えーっとですね、X線連星とかパルサーとかの半分以上が、その球状星団から見つかっている。X線を出すような中性子星と、連星だと言われているだろうものが、どうもその球状星団の中に異常に多いんです。
 それはどうしてかと考えると、たぶん球状星団のなかでは非常に星同士の距離が近いということが作用している。単に近くを通っているだけではなく、実際にぶつかった結果というのが影響していると考えられます。これが観測的には割と大事な話です。ですから我々のほうでもそれをやりたいなということになっていて、単に重力で相互作用するというだけではなく、本当に星の半径の何倍といった距離を通ったときにお互いがどう影響するかということを取り入れて計算しようじゃないかということを、僕らだけではなく、世界の何グループかがボチボチと始めています。
 まあ、それがどれくらいうまくいくかは、これから次第ですけどね。

○ふむ。でも、たとえばパルサーができるのかどうかをシミュレーションで見ようと思ったら、それこそ、その星がどう回っているのかとか、質量がどうだとかいったことも、かなり細かく見ないといけないんですよね?

■ええ。

○そこまで全部取り入れて計算しようと?

■ええ。まあ、これは僕自身がやっている話じゃないんですけども、そのへんのプログラム作っているあたりではそういうことをしようと。一つはN体計算する時に、一個一個の星が違うわけですけども、一個一個の星をそれぞれ進化させると。ある質量を与えてやって、そのあとどうなるか。主系列星を経て、あるものは白色わい星になり、また別のものは超新星になる。

○そういうのを全部入れてやると?

■全部入れると。連星になるともっと話は面倒になります。連星の一方がブラックホールになるとか、あるいは巨星段階になって膨らんでくるとそれからもう片方にガスが流れるとか、やたらいろんなことがあるんですが、そういうのも全部入れて計算してやろうと。そういうことでやってます。

○へー……。先ほどのMDの世界でいえば、電子の移動まで考えてやってやろうといった感じですね。

■そうですね。イメージとしてはそれに近いところがあります。

次号へ続く…。

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◇hotwired オーストラリアで『スクラムジェット』の高空実験
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◇ascii24 “第12回マイクロマシン展”開催――小型の犬型ロボットや超小型アクチュエーターなど
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◇ASCII24 JEITA、近未来のネットワーク化された家庭と情報家電をデモ
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◇asahi.com 健康と医療の情報ページ
http://www.asahi.com/life/health/index.html

◇CNN ハツカネズミの寿命が薬で4倍に 米研究
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◇毎日 かおり風景100選を発表 環境省
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◇nature bio news 医学 :この炭疽菌には間に合わない バイオテロ対策の課題
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◇東京新聞 がん特有の分子を標的 白血病治療などに効果 新しい作用の抗がん剤
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◇宇宙ステーションの管理に批判集中(ABCニュース/要約スペースレフ)
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