NetScience Interview Mail 1998/07/23 Vol.013 |
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【河合隆史(かわい・たかし)@早稲田大学 人間科学部 助手】
研究:立体映像、ヴァーチャル・リアリティ、医用情報工学
著書・論文:インタラクティブ性に関する一考察,現代のエスプリ,至文堂(1996年)
外科手術教育用二眼式立体映像システム,日本コンピュータ支援外科学会会誌,4巻2号
ほか
○河合隆史氏へのインタビュー、今回が最終回です。4回連続。(編集部)
[10: ヴァーチャル・リアリティって?] |
○ヴァーチャル・リアリティってなんなんでしょうか。
■ヴァーチャル・リアリティというのは、情報工学的な面が強いですが、人間の感覚器を通じた情報のやりとりに重点が置かれているので、私は一種のメディア技術として捉えています。
本来、メディアというものは、コミュニケーションの欲求っていうんでしょうか、個人的な環境世界イメージを他者と共有したいという欲求から生まれたといわれていますね。我々が自分の感覚器を通して得られる感覚、内的な心象風景とかは人に伝えることができないので、それを何とかして伝えたい。コード的なもの、数値で表現できるものに加えて、情緒的なものを伝えるときに何が重要かというと、それはやっぱり情報の持つリアリティでしょう。じゃあリアリティってなんなのかというと、そういう意味では客観性なのかもしれないですね。より多くの人と分かり合うための情報というか。
○でも、リアリティっていうのはかなり主観的なものですよね。でも客観性であると?
■そういうものに、どんどん情報を足していって、総体としてのリアリティを上げていくっていうのがいまのVRの考え方じゃないですか。立体視にするとか、音響を加えるとか、フォース(力覚)フィードバックを加えるとか…。そういう意味ではあくまで客観性を高めるためのモノだと捉えることもできますね。それとは別に、受け手のことを考えると、それがどうしたのっていうような捉え方もされちゃいますけどね。
○一つの音楽を聴いても感動する人もいれば、だからなんだと思う人もいますもんね。
■うん、音でいえば、このアンプを使って、ここにスピーカーを置いてっていうことで、「良い音」っていうのを表現する人もいますね。それが普通のVRの考え方でしょう。
逆に表現者っていうか送り手としての人間が不在なのも、今のVRの特徴かもしれませんね。これが「僕のVR」です、っていう人はいないじゃないですか。つまり、「リアリティ」を扱っているわりには、コミュニケーションや独自性をあまり指向していないように思えますね。まだそこまで成熟していないのかもしれませんね。
○なんとなく分かりました。「リアリティ」といっても、外的な情報のリアルを生成しようとしているだけなんですね、今は。情報を積分していって客観的な情報量を上げる…。
■そうですね。そうやって、総体としてリアリティを上げる。
CGでいうとポリゴン数を上げるとか、テクスチャーを加えるとか、レンダリングの品質を上げるとかですね。
○一方で、そんなものなくてもリアリティを感じられることもありますよね。
■そうですね。だから、あんまりそういったことばかりにこだわっていると、どんどん、とんちんかんなことをやってしまう危険性はあるんじゃないんですか(笑)。「究極のヴァーチャル・リアリティ」とかいって、味覚も嗅覚も含めた全感覚刺激を呈示してやって、リアルタイムのフィードバックもあって、っていうようなものを作ろうとかね。それが「ヴァーチャル・リアリティ」か、というとそうじゃないでしょう(笑)。
でも、一番最初に抱いたイメージって、そういうのに近いんじゃないですか(笑)。映画でも「ヴァーチャル・ウォーズ」なんていうのがありましたけど、自分の感覚を機械に任せてしまってはいけませんよね。だからかなり、本質から外れると危険なところがあるんですよね。
○何がヴァーチャル・リアリティなのかというのは、なかなか難しいですね。僕は、実際には歩いていないんだけど歩いているような気がするとか、食べていないのに味が広がるとか、そういうものの方が「ヴァーチャル・リアリティ」なんじゃないかと思うんですけど。
■そうかもしれませんね。でも、多くの人はヴァーチャル・リアリティというと、ハードの技術だと捉えていますね。データグローブとかHMDとか。CGを使ってインタラクティブだっていうのが基本なので、立体映像そのものはVRとは区別して扱われますね。個人的な印象としては、そういう、ちょっと限定されたものをヴァーチャル・リアリティの研究って呼ぶのかな、と感じてます。まあ呼び名はなんでも良いんですけどね、もとも と輸入されたコンセプトですし。ただ、「Virtual:実質上の」という単語を「仮想」と誤訳したあたりに日本人的な感性が反映されているとも指摘されていますが。
○なるほど。今のVRは人間─メディア─環境のインタラクションの再現を実現させようとしているわけですが、河合さんがなさろうとしていることはそういうのじゃないわけですね。人間─メディア─人間というところですか。
[11: マンガの生起する脳内感覚] |
■研究するにあたって、割と素朴な疑問って大事ですよね。例えばある研究室に入って、すでに進められているテーマがあって、そこから選んでいくケースもあるし、もともと小さいころからあった疑問を突き詰めていくというケースもあると思うんですよ。私の場合は、映像への興味から始まって、見ている人の感覚器が気になりだしたんです(笑)。
○どうやれば気持ちよくなるのか、とかはありますよね。
■そうですね。それを明らかにして、また新しいものを作るとかですね。だから、研究方法としては、測定することが中心になりますね。最近は、マンガにちょっと興味を持っているんですよ。マンガというのは文字と絵が混在していますよね。文字を先に読むのか絵を先に見るのか、どっちなのかなと気になっているんです(笑)。
○マンガの読み方には随分個人差がありそうですね。読むスピードも人によって全く違いますし。
■そう。それに、コマ割りってありますよね。コマとコマの間の時間経過が早いと、それだけテンポの速いマンガに感じるわけですし、以前、ゲームの研究をしていた時に、アイカメラをつけてマンガを読んでもらったりもしてたんですが、漫画家さんって読者の目の動きを考えてコマ割りしているみたいなんですね。経験的に知っているものなのかもしれませんけど。
○そうですね。あんまり頭で考えなくても、最初っからそういうことができちゃう人もいますしね。そういう人のマンガが、多分「読んでいて気持ちいいマンガ」なんでしょうね。一方、少女マンガなんかは超絶的なワリ方ですよね。センスがないと不可能な割り方っていうか。
■そうですね。私なんかが思うのは、マンガというのは、一つのレイアウトの中で、文字と絵が共存してますよね。それを見て、文字と絵を組み合わせて、頭の中で一つのシーンを造り出すわけじゃないですか。絵と文字を「混ぜる」感覚。これはマンガを読んでいる時の特徴的な感覚ですよね。そういう眼と脳の使い方は、独特のものといえますよね。
ゲームもそうじゃないですか、視聴覚と手指、それぞれの感覚を「混ぜる」。立体映像もそうですよね。右眼と左眼の情報を「混ぜる」。それを「マルチメディア」って呼んじゃうとバカみたいなんですが…(笑)。
○(笑)。本来、「ない」感覚ですよね、普通の状態では。
■そうそう。その感覚は、自然界にはないものですが、独特の感覚や魅力があるわけです。
○よく、小説が映像化されたときに「イメージと違う」という人がいますよね。あの感覚というのは、どこから来てるんでしょうね。
■そうなんですよね。その辺にも興味があるんですけど、まだ分からないんですよ。機会があったら研究してみたいテーマですね。
[12: 人間工学とヴァーチャル・リアリティ] |
○河合さんのような問題意識をお持ちだと、認知科学や心理の人のやっていることにもご興味はおありかと思うんですが、どうなんですか。
■そうですね…。もちろん興味はあるのですが、認知科学の分野は難しいですよね。だから共同研究をやろうとしても、ぱっと踏み込んでいってできるってものじゃないので、どちらかというと、医療やデザインなどの分野に行っちゃいますね。
○ここはもともと人間工学の研究室ですもんね。
■ええ。オフィス環境などのデザインに対して理由を求めるのと同様に、リアリティに理由を求めて、それをデザインするというのも、VRにおける一種の人間工学ではないかと、個人的には理解しています。
○なるほど。
一昔前の人間工学っていうのは、ちょっと失敗していたように思うんです。「こういう姿勢を取れば人間は気持ちよくいられます」といった押しつけがあったような…。椅子のデザインなどにしても、人間は必ず正しい姿勢を取っている、ということを無理矢理に仮定して、デザインしてたような印象がありました。でも最近は、人間は動く、ということを考慮に入れたデザインになってますよね。
■そうですね。
○その辺、どこかヴァーチャル・リアリティに通じるものがあるのかな、とも思うんですけど。自分が動くことによって、周囲の空間とのリアリティを獲得していく、というか…。
■それは認知科学的でもありますね。でも、人間の身体の動きに配慮したサイバースペースの設計というのは、将来的な人間工学のテーマになるかもしれませんね。
[13: ヴァーチャル・リアリティは主観的リアリティを伝えられるか] |
○主観は自分の中にしかないわけですよね。絶対の感動とか、そういうものは個人の中にしかない。ある意味で、<リアリティ>は個人の中にしかない。
■それはそうですよね。
○でも、それがもし伝えられれば、ヴァーチャル・リアリティは無茶苦茶驀進しそうですけどね。「これを見れば誰でも感動します」とか「誰でも怖がります」とか(笑)。そういうものがあれば。
■(笑)。感動のレベルまでは、装置として出力できないんじゃないかな、と思いますけどね。まあ逆にできちゃうとつまらないですよね。受け手が自由になっていないわけですから。
○でも受け手が、強制されている、と感じなかったら…?まあ怖い話ですけど(笑)、ある意味で、芸術家とか演出家とかが目指しているものはそういうものなのでは? みんなを感動させよう、という気持ちでやっているわけだから。
■感動させようとは、思っていないんじゃないですか。
そういう形でしか表現できないコミュニケーションの欲求とか、そういうものが芸術家の創作意欲なんじゃないか、という気がしますね。人が何かを表現するということは、そういうことなんじゃないでしょうか。
同時に、制作意図を超えて受け手が面白がったり影響を受けたりってことが、作品にはあると思うんです。例えば「ストリートファイターII」でも、もともと波動拳や昇竜拳といった、コマンド入力の必要な必殺技は、簡単に出せないように意図されていたそうなのですが、普通のゲーマーの方々は、いとも簡単にやってますよね。つまり現在の、コマンド入力の連携などは、ユーザが作り出した遊び方といえます。「こういう遊
び方をする」っていう制作者の意図を超えた部分、また超えられる部分がないとつまらないですよね。
だから「この感動」っていうのを制作者が押しつけてしまうと、VRも面白くないし、むしろ危険だと思います。また、制作者の意図を超えてしまう部分というのは、研究者・科学者のやるべきことを超えているのかな、という気もします。
○「この感動をあなたに伝えたい」というのがヴァーチャル・リアリティではない、ということですね。あ、それも違うか。難しいですね。言葉にするとみんなウソみたいで(笑)。
■そうですね、難しいんです(笑)。
いろんな領域の方々がVRの研究を行っていますが、私も、いろんな分野の若手の研究者と知り合いたいと思ってます。いまはインターネットもありますから、そういうネットワークがあると良いんですけど。
ものすごい研究者が一人いて、そこにワーッと集まってみんなで成果をバンバン出す、というのはそれほどないように思うんですね。例えばマンガで言えば「トキワ荘」みたいなのがあって、そこへ集まってみんなデビューするとか、そういうことはあんまりない。でも、ネットワークを作りたいというモチベーションは結構あると思います。
○そうですね。若手の人達に面白いことをやって頂きたいですね。
本日はどうも有り難うございました。
【1998/05/01、早稲田大学理工学部にて】
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*次号からは<一分子生理学>を提唱する、生物物理の木下一彦さんのインタビューをお送りします。
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