NetScience Interview Mail 1998/07/09 Vol.011 |
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【河合隆史(かわい・たかし)@早稲田大学 人間科学部 助手】
研究:立体映像、ヴァーチャル・リアリティ、医用情報工学
著書・論文:インタラクティブ性に関する一考察,現代のエスプリ,至文堂(1996年)
外科手術教育用二眼式立体映像システム,日本コンピュータ支援外科学会会誌,4巻2号
ほか
○河合隆史氏へのインタビュー、2回目です。
リアリティとは何かということを考えながら、お楽しみ下さい。4回連続。(編集部)
[04:なぜ缶が立たないのか 実像と虚像の違いはどこに] |
○なぜ立体映像の缶が「立たない」んですか。
■なかなか立って見えないんですよ。斜めに立って見えたりとか、キチンと立たないんです(笑)。
もちろん細かな撮影条件も重要なんですが、意外と大事だなと思っているのは、見てるときの姿勢ですね。こう、見ているときの姿勢とかで、かなり見え方が違う。立体映像というのは、予めどういうふうに見せるか、要するに呈示条件、再生条件を守って見せるというのが理想なんですが、なかなか理想的な再生環境というのは難しいんです。
逆に、こうすれば理想的に見えるはずだというのをつくっても、「なんとなく」それっぽくないってこともあるんです。
○その辺が立体映像を見たときの違和感になるわけですね。それは結局どこから来ているんですか?
■そうなんですよね。そこが問題なんです。どう見えているのか、っていうのは結局本人じゃないと分からないですよね。特に立体映像というのは、分離された右眼用と左眼用の2つの映像を、脳内で融合してもらうわけですから、観察者への依存が大きいメディアなんです。どう見えていて、何がおかしいのか、というプレゼンスに関わるところは評価しづらいんですね。だから、情報量や画質の評価に留まりがちになってしまうんです。
一方で、どのくらい負担がかかっているかといった評価は、広く行われるようになってきました。例えば、いくつかの条件の映像を用意して,観察前後で(水晶体の)調節応答や瞳孔面積、眼精疲労に関する自覚症状などを測定するというように。
ですが、「良いとき」が難しいんですよ。悪い(人間にとって負担の大きい)映像っていうのは(一時的な)不調などが現れますし、指標もいろいろありますから、比較的捉えやすいんですけれども。
○なるほど、そうでしょうね。
■そこで考えたんです。受けが良い映像のときは(見ている人は)どんなことをするのか、と。例えば、手を出したりするじゃないですか。これって立体映像に特徴的な反応といわれているんですけれども、現実の物体では手は出ませんよね。
○え?
■例えばここに缶があるとして、いちいち手を出したりはしないでしょう?
○…。
ああ、そうか。
そう言われると不思議ですね。なぜ立体映像だと手が出ちゃうんですか?
■現時点での方式だと立体映像は、通常、2眼式といって、右眼と左眼で違う映像を呈示して、それらを脳内で融合させることによって、立体に見せているわけです。この方式では、調節距離と輻輳角が一致しないことが、自然視と異なる点としてあげられます。それが原因なのかは分かりませんが、あるようには見えるんだけど、実際にはない独特の存在感や、不安定感というのが生まれるんですね。そういうものを感じてしまっているんじゃないかな、とは思うんですけどね…。
○思わず手を出して、確認しようとしている、ということでしょうか?
そこらへんに立体映像の認知科学的な面での面白い点がありそうですね。
■そうですね。ただ、それがなんなのかということは、実はいま考え中なんですけどね(笑)。
なんなんでしょうね。平面映像だと手は出ない。実物体でも手は出ない。ところが立体映像だと手が出てしまう。あるように見えるんだけど、存在しないものを触ろうとするのはなぜなのか、考えてはいるんですけど。
普通、立体映像を見て「手が出る」「身体が動く」っていうのはポジティブな評価として捉えがちなんですけど、そうなのかなあ、と思いまして。
○実はネガティブかもしれないわけですね。実物体を見たときとは全く違うリアクションなんだから。
脳ミソが「ない」と思いこんでいる、「ない」という情報を事前に与えていることが、そういうアクションを起こすトリガーになっているのではないんですか?
■うーん。既知の情報と一致していないんじゃないか、あるいは視覚的な情報を他の感覚(触覚)で確認しようとしているんじゃないか、ということですよね。確かに、そういう行為を誘発する映像は、存在感があるといえるかもしれません。
でも逆に、手を出すというのは、どこかで存在しないと分かっているからであって、すでにバレているんだともいえますよね(笑)。さらに考えると、VRの前提として、バレている事が、実は重要なのかもしれませんし、難しいところですね。
[05: 最近のVR研究と「虚像と現実との共存」について] |
○近頃のVRの研究を傍目で見ていると、技術的な細部──小型化、軽量化とか──は凄い勢いで進んでいて、それはそれで凄いなと思うんですけど、それを超えた面白さ、驚きみたいなものがあんまりないな、と感じているんですけど。
■そうですね。かつてのようなインパクト、HMD(ヘッド・マウンテッド・ディスプレイ)を被って、データグローブをつけてコンピュータの世界に入っていくようなイメージの持つインパクトはなくなりましたね。
特に映像呈示方式である2眼式原理は100年以上前から変わっていないんです。最近では裸眼で見られるレンティキュラやパララックスバリアの良いものや、多眼式といって、視点をもっと増やしたディスプレイも出始めてますけど、技術的なブレイクスルーは見えないところがありますね。
○河合さんは、最近どういうことを考えてやっておられますか?
■僕は基本的に、既存のハードや新たに作ったソフトの出来具合を評価する、っていうのが本業なんですが、最近は、「近未来」っていうのがあっという間にきちゃうじゃないですか。だから、ちょっと先のことを考えて研究をやっています。もう少し先には、どういう世界、現実感があるのかなと。また、こうなったら面白いなと。
○どんなことですか?
■例えば、周囲にあるもののうち、半分くらいが虚像だったとします。そうすると、実物体と虚像というものが近くにあったとき、どういう見え方をするんだろうか、とどうしても考えますよね。そうすると実験的にそういうものを評価したくなるわけです。
また、ある虚像と別の虚像のソースが違うときに、虚像と虚像が重なったらどういう見え方をするんだろうか、と思ったりしています。
○なるほど、一番最初に「虚像と現実との共存」ということを仰ってたのはそういう意味ですか。ようやく分かりました(笑)。実際にそういうご研究をやってらっしゃるわけですね? どういう風に見せるんですか?
■ええ、始めてますよ。刺激を作り出すのがまず難しくて、裸眼立体ディスプレイの画像を、ハーフミラーに反射させて作ったりとかしています。立体像と実物体が混在する刺激というのは、眼科で検査に使うティトマステストや、最近だとシースルー型のHMDなどがありますが、観察中の視機能を測定するにはあまり向かないんですね。
現在は、産業医科大学眼科学教室の岩崎常人先生と共同で、観察中の調節応答や眼球運動を測定しています。この方は、立体映像と平面映像が混在したときの、視覚情報処理への影響について、すでに結果を出されています。
○どういう結果なんですか?
■立体映像に平面映像を同時に呈示した際は(立体映像を同時に呈示した条件に比べて)、誘発電位の陽性波の潜時が延長するという結果でした。このことから、次元の異なる映像を同一視野に呈示することは、視覚情報処理の過程に、何らかの混乱をきたす可能性があることを指摘しておられます。
[06: リアリティは受け手側に依存する] |
○「リアリティを生成する」っていうのはどういうことなんだろう、というのがVRの一つの鍵ですよね。
■うん、僕もそう思うんですけど、VRの研究では、意外とそういうことは語られていないんです。ハード寄りの部分がちょっと大きすぎるかなと。それと、もうツールとして使われ始めているというのもありますしね。 NASAのマーズ・パスファインダー計画なんかではもうVRは実用化されていましたし、立体映像という面でも、アナグリフ(赤青メガネ方式)の火星の地表をインターネットで公開されていました。基本的にそういう、技術的な部分の方が絶対に先行してますね。
○でも、正直言えばそういうのだと、「ふーん」としか思えないところがありますね。あれはあれで凄いなと思うんですけど。
先日、普通の人にテレプレゼンスについて説明してたら「ああ、映画の『タイタニック』で深海艇を操作してたような奴でしょ」って言うんです。確かにテレロボティクスとかはそういうものなんだろうなと思いますが、その、操作を行うことそのものが「テレプレゼンス」ではなくて、それをやることによって起こる「感情」とか「感覚」のようなものが「テレプレゼンス」なんじゃないかと思うんですけど、どうなんでしょう。
■そうですね。個人的にはそう思いたいところですね。
○例えばゲームをやっていると熱くなりますよね(笑)。すごくいい加減なポリゴンのCGなんかでも。ああいう感覚はどこから来ているんでしょうか。
■TVゲームをプレイ中の、VRでいう没入感は、反響動作や共感(emphathy)という概念で説明することができます。つまり、プレイヤーの参与性の高さによるところが大きいんですね。
立体映像やVRの研究っていうのは、もともとハードよりの側面が大きく取り上げられてますけど、ソフトや受け手側の問題が大きいんです。例えば「立体映像の立体感」ってありますよね。それは視覚系でいえば調節距離と輻輳角が一致しないので、自然視の状態とは違うわけです。同時に、呈示された映像を見ているのではなく、脳内で作られた虚像を眼前にフィードバックする形で認知しているんですね。それによって、現実とは異なる独特の感覚を、観察者が作り出していると思うんですよ。
○ステレオグラムを見たときの独特の気持ちよさみたいなもののことですか?
■そうですね。赤瀬川源平さんが「脳内リゾート」として指摘されていますが、そういう感覚は確かにあると思うんです。VRを制作するにあたって、見ている人の負担を取り除くためのガイドラインも必要ですが、そういう「また見たくなる」ようなコンテンツの制作理論についても、そろそろ議論されても良い頃かなと思いますね。
○次号へ続く…。
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■URL:
◇植物に突然変異を起こさせる新しい手段 (農業生物資源研究所, 日本原子力研究所)
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◇臨界プラズマ試験装置JT-60でエネルギー増倍率世界記録達成(日本原子力研究所)
http://www.jaeri.go.jp/~intro/PRESS/980625jt-60/index.html
◇「のぞみ(プラネットB)」(宇宙科学研究所)
http://www.planet-b.isas.ac.jp/
◇技術試験衛星VII型 おりひめとひこぼし(宇宙開発事業団)
http://oss1.tksc.nasda.go.jp/pr/index.html
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