NetScience Interview Mail
1999/07/15 Vol.061
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【神崎亮平(かんざき・りょうへい)@筑波大学 生物科学系 神経行動学研究室】
 研究:昆虫の微小脳、バイオマイクロマシン
 著書:『匂いの科学』所収「昆虫の嗅覚中枢の情報処理」
    朝倉書店『昆虫の脳を探る』所収「定位行動を制御する脳神経情報」
    共立出版『図解行動生物学』共著
    朝倉書店『昆虫産業』共著、農林水産技術情報協会
    農文協『昆虫ロボットの夢』ほか

研究室ホームページ:http://bombyx.kyodo-a.tsukuba.ac.jp/

○昆虫の脳の研究者、神崎亮平氏にお伺いします。
 7回連続。今回が最終回です(編集部)



前号から続く (第7回/全7回)

[19: 理学工学共同研究のきっかけ、今後]

○先生ご自身は最初は何の研究を?

■最初はやっぱりカイコガで、フェロモンによってトリガーされる脳内経路とか情報処理から行動がどのように発現するのかを明らかにしようということでやってました。だから全く学生の頃からテーマはかわってません。

○でもどういう経緯で今のようなベクトルへ?

■だんだんニューロンそのもののデータは揃ってくる。昆虫の場合ニューロンを同定できるから、経路なんかもはっきりしてくるし。機能と形態をだんだんと押さえてきた。そうしたら「どうしようかなあ」、という話になるでしょ。還元論的にどんどんと脳をニューロンという要素に分解していった、そしてたくさんの要素がみつかってきた、じゃこれからどうしたらいいの?って悩んでたんです。これはやっぱり、組みなおすしかないかなあと。

○検証のために?

■そう、検証のため。僕らの研究仲間の研究のほとんどは、刺激に対する応答を記録して、その形を書いて論文にしておしまいというのが普通なんです。こんなんがありました、あんなんがありました、って言ってそれで終わりで、なかなか本質がわからない。じゃあ元に戻したらどう なんだ、という話はほとんどでてこなかったんです。
 そんな折、たまたま下山勲先生(東大工学系研究科教授)に会ったんですよ。彼もやっぱり昆虫の行動とか、神経のメカニズムに興味を持っていたんですよね。昆虫は小さな世界で活躍して、その行動をみてるとけっこう知的にやってるじゃないか。我々がそういう印象をもつ動きをしてるじゃないかということに興味を持っておられたんですね。

○なるほど。

■で、彼といろいろ戦略を練って、どうやってこれを研究していけば良いんだろうかと。で、工学というのは戦略が全然逆で、原理から積み重ねていって何か作るという方向で、生物は還元でしょ。方向がぜんぜん逆ですよね(笑)。ところがロボティックスというのは工学の中でも結構変わってるじゃない。逆にそれを使ってメカニズムを調べようとか、そういう方向の人も結構いるんだよね。

○ふむふむ。でも、そのままを再現しようというのはロボティクスの人はやらないんじゃないですか? つまり、そのまま再現するのはバカだから、やってることの本質だけを見極めて、ハーッと回路 を作って、これで機能は同じだ!というのが工学のアプローチじゃないですか?

■だからよく「その原理は何なの?」と聞かれましたよ(笑)。「こういう本能的な行動が出てきます」というとね、「それはどういう風な回路?」ってね。そこから来るから最初はね(笑)。

○工学系の人ならそう来ますよね。

■初めなかなかかみ合わなかったですね.とにかくなんかやろうよと言うことで、ずいぶんと話しましたよ。下山先生はマイクロマシン、MEMSとかいろいろやってるでしょう。そうするとね、マイクロマシンMEMS技術をサイエンスのツールにしようよという話も出てきてね。テレメトリーなんかまさにそこからでてきた産物ですね。今はお互いの考えがすごくよくわかるようになってきましたね。
 でも僕はやっぱり還元の方向が強いので分析を中心に、下山先生の方はやっぱり作るほうに重点をおいて、ちょうど良い具合に相互に話し合いながらやってますよ。「分析と統合」という考えは、生物だけ、工学だけではなかなか出てこなかったんじゃないかな。

○ 「こんな回路でこの行動は書かれている」と言ったとき、質問されないですか?「本当にそんなふうになっているのか」と。生物の人はそうやって質問しそうな気がするんですけど。

■聞くよね。8つのニューロンでrecurrentネットワークをつくってカイコガのジグザク行動を再現しました、っていうけど、僕らははっきり言って怖いよね、これだけでやるっていうのは。 ただね、これはね、我々がターゲットにしている脳内の機能に関しては全て説明してるんですよ。long lastingを作りながら相互抑制して、ジグ、ザグ、クルリ ンをちゃんと造り出す、っていう形では、まさにそのまま反映しているんですね。

○ええ。

■でも、このネットワークの内部が本当にどうなっているかは分からないんですけど、そこから出てくる機能というものは全て説明しているんですよ。そういう意味では、取りあえずはオッケー、というレベルですね。

○ええ。また、この回路を形成しているニューロンが、その仕事しかしてないのかどうか、という問題もあるわけでしょう?

■そこは大事なところでね、まさにマルチモダリティの話にもなるわけですよ。匂い源探索だけを考えればこれが基本的な機能をあらわすネットワークだと考えていてます。そこに、マルティモダリティが入ったこれよりも複 雑な回路を持っているわけですよね。一個一個のニューロンを虱潰しに調べてるのがうちの基本姿勢です。

○じゃあ、まさに「神経回路網」を明らかにしていこうと。

■研究室では、同定された個々のニューロンのデータベースを作っているんですよ。
ニューロン一 個一個の形と機能を登録してるんです。

○形?

■形態ね、構造というか。3次元形態を。

○ああ、なるほど。

■僕らはね、できるだけ多くのニューロン、できたら関係する全部のニューロンを調べてやろうと思っているんですよ。昆虫のニューロ ンが10の四乗個だと言いましたよね。10の四乗といったら一万ですが、手分けして、何十年かあったらできるやないかとね。

○うーん、それは凄いですね…。でもそれは素人の目からも、是非やって頂きたいですね。

[20: 昆虫の戦略 〜環境との相互作用による問題解決]

■昆虫の行動は一見なぜ複雑に見えるかと言うとね、やっぱり周りの環境を無視して考えているからだと思うんです。実は比較的シンプルな行動パターンなんだけど、それが周囲の環境の影響によって、複雑に見えているんだと思います。
カイコの行動だって、ごく当たり前の状態で見ていると、ジグザグやリセットのパ ターンなんか見えないよ、はっきり言って。

○実験室のように極端に単純化した環境にすると、初めて隠されていたパターンが浮き上がって見えてくると。

■そうです。そういうものだと思います。もともとは結構シンプルな仕組みがあるというのが僕の印象です。環境と切り離してbehaviorを見ることは絶対にできない。カイコガの行動を思い出しても、少し匂いの頻度を変えるだけでその行動パターンは全く変わってしまう。でも、基本形がある。

○しかし、どうしてそういうものが進化でできあがってくるんでしょうね?

■これは、ぜひ昆虫学者に僕も聞いてみたいと思ってるんです。以前、ある昆虫学者に聞いたことがあるんですが、さあどうしてでしょうね、と軽くかわされました。もう一度ぜひ聞いてみたいことです。僕が思うのは、環境との相互作用、これがキーですよね。逆に人間みたいにメモリーベースで行動すると環境なんかどうでも良くなって、独立独歩でやっちゃえという形になっちゃうんじゃないかな。その点、昆虫というのはメモリー というのは限られた神経細胞数のせいで得意じゃない。だから、外部記憶装置として環境をつかっているというのはどうですか?

○うーん。

■だから人間のように記憶をつかって行動を変容しなくても、たとえ内部は固定化されていても、外部記憶装置によって変容が可能となる。環境と一体化している。

○うーん。

■考え方を逆にすれば、けっこう面白いかもしれないね。

○うーん(唸っている)。

■やっぱり不思議なのが、昆虫ってなんでこんなに単純な生物なのに、ずーっ と生きていられるのか、ということなんですよ。カイコはちょっと特殊なんだけど、他の蛾も古生代から新世代に移るだいたい一億年前くらいに地球に出てきたんだけど、あんまり戦略を変えてないと思うんですよ。匂いの分布パターンが一億年前と変わっているとは思えないからさ (笑)。僕らもね、昆虫学者によく聞くわけ。「昆虫ってどうしてあんなに、昔から形変えないの」って。やっぱりそれは謎なんだってね。ただ、食べ物が単食性の昆虫はあんまり残れなかったというのはあるみたいですね。

○でも逆に環境の変動も−−温度とかは変わってますが、実は根本的なところはそれほど変わってないから、という考え方もできるんじゃないですか。

■匂いの分布パターンなんかはあまり変わってないだろうね。

○うーん。

■もし誰かそういう研究者がいたら、逆に聞いてきてよ(笑)。「なんでこんなに単純で生きてこれるのか」と。僕は環境との相互作用だと言っているけど。そうだとしか考えられないもんね、こんなの(笑)。ただ変容すると言ってもね、強烈に変わることってそんなにないと思うんだよね。それでもちゃんとこうやって生きているんだからね。その辺には興味があるね。

○そうですねー。

■これを逆に言うと、今後、地球の環境が変動したときにも生き延びる確率の高い生物のひとつが昆虫と考えられる。だから彼らのこういう仕組みっていうのは知りたいなと。われわれ人間のように環境から離れて、むしろ環境にダメージを与えるような方向で行くのか、 それとも環境と一体化して、森の人になって生きていくのとどっちが良いのかな、と考えてしまうんですよ(笑)。

○(笑)。

■ただ人間の場合は、行動を変容するためのメモリーが強烈にあるが故にね、なかなかそうとばかりは言えないけども。昆虫はそれをあまり持つことができなかったということは、他の解決手法を取る必要が当然あったわけで、それは僕に言わせれば、やっぱり外部記憶装置としての環境との相互作用−−お互い反発するんじゃなくて、一緒にやっていくような仕組みが 何らかの形でできてきて、それがターンの角速度とか一つとっても、ちょうどいいところ、最適値におちついたのかもしれないけどね(笑)。

○そうですね。すいません、変な質問して(笑)。

■いいえ。

○本日はどうも有り難うございました。

■今日は楽しませていただきました。こちらこそどうもありがとうございました。また話のねたをつくっておきますから、ぜひまた遊びに来てください。最近、研究室ではテニスが復活しましたので、ラケットもお忘れなく。

【1999/03/29、筑波大学 生物科学系 神経行動学研究室にて】

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*次号からは惑星形成理論の研究者、井田茂氏のインタビューをお届けします。


[◆Information Board:イベント、URL、etc.]

■イベント:
◇第14回地球環境研究者交流会議開催のお知らせ
http://www-cger.nies.go.jp/species2000.html

◇通商産業省工業技術院研究所 第4回全国統一公開 (7/30(金)9:30〜17:00)
http://www.aist.go.jp/TRAO/koukai/

◇『宇宙ふれあい塾'99』 9月12日(日) 小・中学生対象
http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/Press/Press-j/199907/spaceday_990709_b_j.html

◇通信情報総合展示会「COM JAPAN 1999」
http://www.comjapan.gr.jp/

◇東京農工大学一日体験先端化学研究 1999年8月6日 高校生限定
http://www.tuat.ac.jp/~taiken/infomation.html

◇第一回図書館総合展 10/13-15
http://www.j-c-c.co.jp/gaiyou.htm

◇第6回『新世紀の工学教育』国際シンポジウム 7/26-27 金沢工大
http://www.kanazawa-it.ac.jp/news/1999/gakkai_etc1999/990726shinseiki_no_kogakukyoiku.html

■URL:
◇ソーラーカー・レース鈴鹿 Dream Cup'99
http://www.yomiuri.co.jp/solar/frontpage/frontpage.html

◇夢の地球観測衛星〜こんな衛星あったらいいな〜アイディア募集
http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/Press/Press-j/199907/kansoku_990713_j.html

◇ダイオキシンの耐容一日摂取量(TDI)について(厚生省)
http://www.mhw.go.jp/houdou/1106/h0621-3_13.html

◇食料・農業・農村基本法関連情報(農林水産省)
http://www.maff.go.jp/soshiki/kambou/kikaku/NewBLaw/newblaw2.htm

◇みかんで発泡スチロールをリサイクル(Sony Fun)
http://www.sony.co.jp/soj/CorporateInfo/SonyFun/topic/recycle.html

◇平成11年度(第31回)東レ理科教育賞募集
http://www.toray.co.jp/kagaku/info_5.html

◇スペースシャトル「コロンビア」打ち上げ中継 7月20日(火) 25:36〜
http://www.newsworld.cbc.ca/live/

◇深海掘削船ジョイデス・レゾリューション号一般公開見学記 (Popular Science Node)
http://www.moriyama.com/popular_science_node/backnumber/1999/PSN990706.html

 *ここは、科学に関連するイベントの一行告知、URL紹介など、
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  基本的には一行告知ですが、情報が少ないときにはこういう形で掲示していきます。
  なおこの欄は無料です。


NetScience Interview Mail Vol.061 1999/07/15発行 (配信数:16,812部)
発行人:田崎利雄【住商エレクトロニクス・ネットサイエンス事業部】
編集人:森山和道【フリーライター】
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