NetScience Interview Mail 1999/06/10 Vol.056 |
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【神崎亮平(かんざき・りょうへい)@筑波大学 生物科学系 神経行動学研究室】
研究:昆虫の微小脳、バイオマイクロマシン
著書:『匂いの科学』所収「昆虫の嗅覚中枢の情報処理」
朝倉書店『昆虫の脳を探る』所収「定位行動を制御する脳神経情報」
共立出版『図解行動生物学』共著
朝倉書店『昆虫産業』共著、農林水産技術情報協会
農文協『昆虫ロボットの夢』ほか
研究室ホームページ:http://bombyx.kyodo-a.tsukuba.ac.jp/
○昆虫の脳の研究者、神崎亮平氏にお伺いします。
昆虫の脳は微少脳と呼ばれ、現在盛んに研究が行われています。
神崎氏はカイコを使い、昆虫の行動と脳の関係について研究しておられます。
6回連続。(編集部)
[04: カイコの定位のメカニズム] |
■『ファーブル昆虫記』にもあるように、雄は雌が出す匂いを追って数キロもの距離を飛んでくるわけ。本能行動、単純なプログラム化された行動なのに、どうしてこんなすごいことができるんでしょうね? ほんとに不思議ですよね。
○ええ、先生がたの本を読むと、匂いを感じたらカイコは、直進、ジグザク、ぐるっと回転するという動きをする。そして新しい匂いの塊にあうとリセットで、またその動きを初めから繰り返す、と書いてありますよね。それだけでどうして辿り着けるんだろうかと…。
■そうなんですよ。たったそれだけで行くんです。不思議でしょう。
ところがね、それがポイントなんですよ。たとえそれがプログラム化された、非常に固い柔軟性のないネットワークでコントロールされた行動であっても、環境との相互作用によって、うまく問題解決していくんじゃないかと思ってるんですよ、基本的には。
カイコガの場合は、刺激が一瞬でも当たるとプログラムが動き出す。本能行動だからあるパターン化された行動がでる。「一瞬」というのは、刺激が例えば100msecだけ当たるというレベルで、次の瞬間にはもう刺激はない。ところがプログラムはすでにトリガーされているから、行動は続行する。その行動はどういうパターンを持っているかというと、右の触角にフェロモンが当たると最初に右に出て、そして左、右、左、そして右にクルクル回るというパターンを繰り返すんですよ。 左に当たるとその反対のことが起こる。しかもターンの角度の大きさが、ターンごとにだんだんと有意に大きくなるんです。そして、最後にはくるくると回り出すんですね。そしてまた新たな匂いに当たると、プログラムはリセットされてはじめからプログラムが繰り返される、それだけなんですよ、彼らができるのは。
○ふーむ。
■ところがね、ここが大事なんだけど、実際に匂いが空気中にどんなふうに存在しているかというのが80年代後半くらいに分かってきたんですよね。普通、風のない状態では匂いがぽんとあれば、拡散で全体的に分布していって、匂い源に近ければ濃くて、遠ければ連続的に薄くなっていくだろうと考えるでしょう。
○最初は誰でもそう思いますよね。
■そう思うでしょう? ところがそれが大間違いだったんですよ。もしそうだったら昆虫というのは飛びながら連続的に匂い刺激を受けてしまいますよね。ところがそうじゃなくて、「匂いは塊状に分布している」ということが分かったんです。
○塊状、というのは?
■塊というのは要するに触角の匂い受容器でフェロモンを関知するthreshold(閾値)よりも高いところが不連続にパルスのように分布していることなんです。つまり、匂い源に定位する昆虫は匂いを匂いを連続的じゃなくて、不連続なパルス、匂いの塊がいろんな密度で分布している空間を飛んでいることになるんです。
○どうしてフェロモンはそのような形で密度分布するんでしょうか?
■そのダイナミクスについてはMurllisが詳しく解説してます。僕はよく分からないので、そっちを参照してくださいね。匂いが分布する空間で、実際に触角でその匂い応答を記録すると、これは触角電位っていうんですが、やはり、パルス的な応答が記録されるんですよ。
○他の昆虫のフェロモンはどうなんでしょうか。
■同じようですね。空気中に風が吹けば、結果的に匂いはパルス的に存在している。煙突から出ている煙が均一に分布しているわけじゃないのと同じですよ。Murllisらが計測したデータがあるんだけど、平均すると 100msecくらいで、0.3Hzとか2Hzとかで来るんです。 あくまでの平均であって、強風が吹いたらパターンは変わるだろうけど。
○なるほど。ということはつまり…。
■結果的に昆虫というのは不連続に匂いを感知しているということなんですね。触角に匂いの塊が、パンパンパンパンと当たるか、バン、パンと当たるかの頻度情報が結果的にすごく重要だということなんです。
○ふーむ、ふむふむ。
■さっきのプログラム(ジグザグクルリン)に話を戻しますけどね、しょっちゅう、高頻度で匂いの固まりにあうと、このプログラムはリセットされるという特徴があるので、直進したかな、と思ったところにまた次の刺激がきてリセットされる。高頻度条件下ではより直線的に匂い源に定位できるわけです。
○なるほどなるほど。
■逆に匂い源からの距離が離れれば離れるほどその頻度が落ちてくるんですけど、結果的により複雑な移動軌跡をとることになるわけです。
この戦略でシミュレーションしてやるとね、実際にカイコガがとる定位の軌跡とそっくりなのが出るんですよ。それに、風洞を作って実際にカイコを動かして見るとね、たとえば2秒に一回づつ100msecくらい幅でフェロモンを流した空間では、けっこう複雑な軌跡をとる。でもその頻度3Hzくらいに高くしてやると、ほとんど直線的に定位するようになるんです。こういうプログラムを彼らは持っているわけです。本当に単純なものですよね。こんなので良く生きていけるなと思うんだけど、環境というのがそれなりの匂いの分布パターンを用意してくれていたので、その相互作用がきいてるんでしょうね。
○うーん。
■もしフェロモンがそういうふうな分布パターンを取らなかったら、こういうプログラムにはならなかっただろうけど、環境下では基本的にはこれで十分とはいわないまでも機能しているわけです。シミュレーションしてもほぼその通りにいくんです。
○ふーむ。
■このプログラムを作り出す基盤となる神経ネットワークがあるわけだけど、かなりフィックスされたものでしょう。これは行動が非常に定型化されていることからももちろんいえるんだけど、これはあくまで匂いだけの情報処理という立場からみたもので、実際にはこのようにたとえ固定化された、固いネットワークでも、匂い以外の視覚とか、機械感覚とかの情報によってその 回路網にmodulationが起こったり、もしくは記憶学習によって、より柔軟な定位行動をするかもしれない。これはこれからの課題です。
○なるほどなるほど。そこは面白そうですね。
■そのあたりを追求しているところなんですね、今は。我々はとにかく脳の仕組みを徹底的に洗いたい。そして明らかにしたネットワークを使って実際にロボットを制御し、匂い源に行くかどうかを確認したいわけですね。環境との相互作用の重要性を云々するにはコンピュータ内だけでシミュレーションしていてもほとんど無意味だと考えています。環境との相互作用は環境下でないと評価できないんじゃないですか。
○そうでしょうね。
■次に実際の脳神経系の話をしましょう。まず、フェロモンの受容というのは触角の櫛に生えた毛、毛状感覚子というんですが、そこで行われます.その一本一本の毛の中には2種類のフェロモンを受容する細胞が入ってるんですよ。それぞれがアルコール系のボンビコールと、アルデヒド系のボンビカールをキャッチします。1分子のボンビコールがくると、受容細胞は1スパイク発火するくらい、ものすごくセンシティブなんですね。
○ふむふむ。
■で、一秒間に200分子程度のボンビコールがくると行動が発現します. 受容細部で、匂いの情報が取りあえず神経情報に変換されて、触角神経を通って脳の中に入っていきます。
[05: ステアリングは脳が行う] |
■で、昆虫の場合はね、もう一つ重要なポイントがあるんですね。昆虫はご存知の通り、頭、胸、腹という3つの体節から構成されてます。それぞれの体節に脳があるんですよ。分散脳といわれるんだけど、脳の機能が分散しているんです。
たとえばね、虫の頭を切って、おなかを切って、胸だけにしても彼らはちゃんと羽ばたくんです。地面に置いてやると歩くんです、6脚歩行するんです。だから胸の脳、これを胸部神経節というんだけど、そこに運動系のシステムというのは完全に含まれているわけです。
ところが胸部運動頚だけでは作り出される運動パターンは真っ直ぐに飛んだり、真っ直ぐに歩いたりするためのパターンしか出さないんですよ。頭部の脳、これを昆虫でも普通、脳っていいます。または食道上神経節というんですが、これは何をやっているかというと、あっちに動きなさい、こっちに動きなしといううステアリング・インフォメーションを胸部神経節に送っているわけですね。そういうことを脳はやっている。
○ふーん。
■じゃ脳から胸部運動系に伝達されるその信号というのはどいうものかということになるわけです.昆虫の脳というのは前にも言いましたが10の四乗くらいのニューロンがあるわけで、少ないといっても多いですね.でも、昆虫の脳では、おおくのニューロンは一個一個 を同定できるんですよ。これは高等脊椎動物ではとうてい不可能なことです。核くらいしか基本的には分からない。
○ええ。
■つまり昆虫では形態と機能というものを計測して、この個体のこのニューロンは、違う個体のこれだよ、ということをある程度正確に言えるわけです。identifyができるということです。identifyができるということはネットワークを追う上では非常に都合が良いんです。
○なるほどなるほど。
■もう一ついうと、ジグザグするプログラムあったでしょ、あれをモーター系からダイレクトに記録できるわけですよ。右に行ったとか左に行ったとかを。
○ああ、なるほどねー。
■そうすると、脳内での処理系のネットワークを追いつつ、運動系も追うことができる。しかもニューロンは形が分かっていて同定もできるということになると、ネットワークも追いながら、出力の情報も追うことができるという点では、すごく研究がやりやすい系なんですよ。
○ふむふむ。
■そういうカイコガを用いた結果として脳内である情報が形成されて、その情報が筋肉に伝達されて、ある行動が起こる、という感覚入力から行動発現に至る一連の神経情報処理をシステマティックに研究できるわけです。
[06: プログラムの実体 〜フリップ・フロップ] |
■ではプログラムの実体はなんだったんだろうかと。
まずプログラムの最終出力のところを調べてやるわけです。その結果ね、実に面白いことが分かった。
脳と胸部神経節(胸部運動系)は、一対の縦連合といわれる神経束でつながっています。直径は70ミクロン程度です。その神経束中には何千本かの神経が入っているんだけど、その束の1つを細かく割いて直径10ミクロンくらいのいくつもの小束にしてやります。これはかなり大変な仕事だけど、その小束の1つ1つから丹念にフェロモンに対する神経応答を調べてやるわけです。
すると、ある小束から、いつも非常に特徴的な応答が得られたんです。それは、神経活動の低いときにフェロモン刺激をすると活動状態が高くなって、逆に高い状態のときに同じ刺激を与えると今度は低くなる。しかもその状態が次の刺激まで保持されるという特徴を持っているんです。さらには、右と左の縦連合から同時記録してやると、相互に活動状態が反転してるんですよ。
○刺激ごとに状態が転移して…。
■そう、本当にトリガーパルスさえあれば、0状態だったのが1になる。で、その状態が保持される。でそして次の刺激によってまた反転される。こんなフリップフロップ情報が脳内で形成されている。これはまさに電子回路のメモリーですよ。
○レジスタですね。
■そうなんですよね。1ビットのね。0、1状態で表されるこの信号が、右に行きない左に行きなさいの情報そのものだったんです。神経情報から歩行とか飛翔によって右にターンにした、左だというには2つ以上の神経情報をとってその相関、この場合位相関係を云々しないといけないんですが、面白いことにね、カイコガでは、というのはこれは多くの動物でも同じだけど、右にターンするときには頸を右に、左にターンするときには左に向けます。そこで、その行動を高速度撮影で記録して調べたんです。
○どうやって調べたんですか?
■カイコにね、ボールをもたせて、つり下げるんですよ。よく拘束実験(tethered)といわれるものです。昆虫は6脚歩行でしょ。 6脚歩行というのは歩行の時、たとえば左サイドの前・後ろの脚が地面についていると真ん中は浮いてるんですよ。 そして、反対側は真ん中が着いていて、前・後ろが浮いてるんです。つまり歩行の時は三点で接地してからだを支えているんです。それが次のタイミングでは組み合わせが逆転するんです。そうすると常に3点で体を支えて歩いて行くわけで、ボールをその場でくるくると回しながら、落とさないで歩くんです。こういうのを三脚歩行というんです。ボールの回転方向からターンの方向もわかるわけです。
○ああなるほど、回転方向ね…。
■そうして同時に、頸の動きとか羽の動きとかお尻の動きとか全部計測するんです。この場合は昆虫が固定されていてボールの上で行動するので、かなり細かいところまで精密に計測できるわけですよ。
○ほう。
■カイコが例えば右から左に方向転換したのがボールの回転からわかりますね。当然ボールの上でもジグ・ザグ、回転というのをやるわけだけど、そのとき体軸に対する頸の回転を見てやると、歩行によって方向が変わると、頸もそれに同期して変わる。そのタイミングが数ミリ秒オーダーでばっちり合ってくるわけ。高速度撮影装置を使ってるので、それくらいの時間分解能でわかるんです。つまり、ジグザグ歩行の方向は頸の回転角度を見れば分かるということになるでしょう。ジグザグ歩行のモニターとして頸の動きを使えるわけですよ。これはこれから話しますが、フリップ応答の機能とか、その形成の神経回路を追っていく上でメリットが結構あるんです。
○ええ。
■まずは頸を左右に動かす筋肉はどれかな、ということで頸筋の配列を調べると12対あることがわかりました。特に今回の頸の動きに関係するのはそのうちの3つあるんですが、この3つに電気刺激をして収縮させると頸を左右に曲げることも確認してます。筋肉にはそれを収縮させるために運動ニューロンが投射してますが、目的の筋肉に投射している運動神経の末端から色素を取り込ませてその形を調べるんですが、われわれのところではルシファーイエローという蛍光色素で染色してやりました。そうすると、共焦点レーザー走査型顕微鏡でその蛍光像を3次元的に観察できるんです。頸運動ニューロンの3次元形態もばっちりわかってるわけです。脳内のどこで情報を入力してるかもです。
○ふむふむ。それで?
■そうするとね、さっきのフリップ・フロップ的な神経活動パターンを示す脳からの信号がジグザグのプログラムになってるかどうかというのは、このフリップ・フロップ応答を示すニューロンとこのこの頸運動ニューロンの応答を同時記録してやればいいわけですよ。そして活動変化のタイミングが一致して変わる、っていうことが出てくると、ばっちり証明できるわけでしょう。結果は、予想通り、これらの活動パターンはタイミングが同期して変化するんです。
○ほう…。
■という形でフリップ・フロップ的な応答を示すニューロンがステアリングを指令していることが分かってきたんです。しかもそういった一つ一つのニューロンがどこにあるかとか、入力はここで、出力はここだといったことが、single cellのレベルで確実に明らかにできたんです。だた、微小電極法の職人的な技術が必要ですがね。実際にできるんですよ。
○ふむふむふむ…。
■よくよく調べていくと、フリップ・フロップには2種類あることがわかってきたんです。
○2種類?
■ええ。便宜的にFFとffといってます。
一つは、脳内に LAL(側副葉、lateral accessory lobe)という領域があるんですけど、その領域で入力を受けて、反対側の脳を経由して対側の縦連合を下行して、胸部神経節に情報を出力するもの。
もう一つは、LALで入力を受けて同側の縦連合を下行するもの。この2種類があるんです。
さらにこれら2種類のフリップ・フリップニューロンの数やそれぞれの入力領域のちがいなども3Dできちんととらえることができてきたんです。
○へー…。
■FFフリップ・フロップニューロンは従来からグループIといってた細胞群、といっても3つですが、そのなかの1つが示すこと、ffは、グループIIという10個程度のニューロンからなるクラスターのなかの一部のニューロンが示すことも明らかにしたんです。今、このような特徴的な応答パターンがどのような神経回路網によって形成されるのかを追っています。
一見フリップ・フロップ応答を示すグループIニューロンも、他のグループIニューロンも形態的にはそっくりでしょ。ところがよくよく3次元形態を比べてみると、少しずつ違ってるんです。
○形が違っている? どんな風に?
■たとえばLALでの分枝の様子が少しずつ違うんです。LAL自体もコンパートメント化されてるようで、コンパートメントによって、そこで入力をうけると抑制を強く受けたり、また別のコンパートメントでは、興奮しかうけなかったりと、コンパートメントに重要な機能が隠されているようなんです。コンパートメント間ではフィードバックニューロンだとか、いろんなニューロンがある。そういうのによってこの情報が形成されているようです。
僕らは、構成しているニューロンをとにかくどんどんどんどん明らかにしていって、それらがどういう機能によってフリップ・フロップ的なものが最終的に作られているのか、ということを調べているんですよ。
○うーん…、なるほどー。
○次号へ続く…。
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http://www.cc.titech.ac.jp/supcon99-j/annai.html
■URL:
◇宇宙飛行士候補者の基礎訓練 月間基礎訓練レポート5月号 (NASDA)
http://jem.tksc.nasda.go.jp/astro/ascan/ascan_rep9905.html
*ここは、科学に関連するイベントの一行告知、URL紹介など、
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