NetScience Interview Mail 1999/06/03 Vol.055 |
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【神崎亮平(かんざき・りょうへい)@筑波大学 生物科学系 神経行動学研究室】
研究:昆虫の微小脳、バイオマイクロマシン
著書:『匂いの科学』所収「昆虫の嗅覚中枢の情報処理」
朝倉書店『昆虫の脳を探る』所収「定位行動を制御する脳神経情報」
共立出版『図解行動生物学』共著
朝倉書店『昆虫産業』共著、農林水産技術情報協会
農文協『昆虫ロボットの夢』ほか
研究室ホームページ:http://bombyx.kyodo-a.tsukuba.ac.jp/
○昆虫の脳の研究者、神崎亮平氏にお伺いします。
昆虫の脳は微少脳と呼ばれ、現在盛んに研究が行われています。
神崎氏はカイコを使い、昆虫の行動と脳の関係について研究しておられます。
6回連続。(編集部)
[01: なぜ昆虫の脳なのか] |
○最初に、どうして昆虫の脳なのか、ということから伺いたいと思います。
■ええ。まず、昆虫というのは非常に小さいサイズですよね。センチだとか、ミリだと か、そういうオーダーです。さらに小さい奴もいる。それでもあの連中はちゃんと 五感を持っていて、情報をキャッチして処理して環境に適切な行動を発現するんですよ。つまり情報処理機構をちゃんと持っているわけです、あのサイズなのに。それと同時に、彼らは凄いことをやるわけです。
たとえば我々では止まっているハエを捕まえるのも大変なのに、トンボなんかは飛んでいるハエを捕まえることがわけですよ。
こういう運動機能というのは非常に面白い。当然この運動は、「ハエが飛んでいる」という情報を、トンボがキャッチして、プロセスして行動発現に至っているわけですよ。そういうプロセスがあってはじめてできることなわけです。つまりこれも脳の情報処理機構によるわけです。
○そうですね。つまり…。
■脳の機能について知りたいわけです.将来的なターゲットとしては当然、高等脊椎動物の脳機能、というのがあるんですけどね.高等脊椎動物の脳を構成するニューロンは数えると、だいたい10の10乗から11乗くらいですね。一方、昆虫の脳は10の四乗五乗オーダーですね。これだけ違ってごく小さいサイズしかないのに、今言ったような行動をちゃんとやってますよね。
○ええ、ええ。
■しかも、もう一つ面白いのは昆虫が地球上に現れたのは四億年くらい前ですよね。でも例えば、一億5000万年前くらいの化石をパッと見ても、「あ、これはトンボやな、とかゴキブリやな」と分かるわけです。それは彼らの構造が現在の構造とほとんど変わっていないからですね。
○はい。
■でもその間当然、地球の環境は変わってきたわけです。ゴキブリは2億5000万年前に出てきてますけど、それから現在にいたるまでには恐竜が滅んだりいろんな環境変化があったんです。ところがゴキブリはほとんど姿形を変えていない。構造というのは機能を反映しますから、少なくとも 現在までの環境変化程度には耐えられた。適応できる程度のフレキシビリティを持っている、そういうシステムとしてある程度完成されていたわけですよね。そういう仕組みというのに興味があるわけです。
○なるほどなるほど。
■しかもそれだけの仕組みを、小さいサイズで実現しているわけです。ついでに言うと、最近マイクロマシンというのが流行っているでしょ。
○はい。
■A-lifeとかの人達も出てきていろいろやってますが、あれはあくまでも人間がこんな感じかなと考えてシミュレーションした結果出てきたものに過ぎないんでしょ。ところが僕らは、小さいものがどういうふうな脳神経伝達機構によって、実際にどんなふうに環境情報を処理をして、どういうふうにして適切な行動を起こすんだろうか、ということに興味があるわけですよ。
しかもそれを小さいサイズで実現している。
○脊椎動物とは全く違う大きさですね。
■ええ。しかし構成するニューロンという素子に関しては高等脊椎動物の脳もほとんど一緒ですよね。ところが数がまったく違う。これはおそらく構成のされかたの違いなんじゃないかと。
○「構成のされ方」ですか。
■ええ。じゃあいったいそこには何があるのか。おそらく基本的には、昆虫のようなちっちゃな脳に独自の情報処理の過程がある可能性があって、しかもそれが十分に機能している。いっぽう、脊椎動物、無脊椎動物を問わない普遍性というのもあるんじゃないかと、そこらあたりを徹底的に知りたいなって思ってます.
[02: 脳を回路で置き換え、ロボットで検証する] |
■それで僕らはどういうふうな戦略で研究をやっているかというと、通常、自然科学は分析主義、還元主義だから、脳神経系のシステムがあったら細かいところまで切り刻んで 分析するわけですね。たとえばsingle cellの段階まで分解してやって、それの機能がどんなのかな、というレベルの話にまでなっていくんです。
○そうですね。
■もちろんそういうアプローチもとりますし、それが基本だとは思っています。ですが僕らは同時に、それをさらに、たとえば人工的な回路に置き換え小型の移動てロボットを動かしたり、実際に歩行したり飛翔したりしている昆虫でも機能するのかを、ある特定の脳内の回路から信号を取ったり、そこを電気刺激をして、そのネットワークを動かしたり、止めたりして、昆虫を操りながら、いままで分析してきた結果が妥当だったのかどうかを検証してみたいんです。分析的な結果を統合して、ロボットとして実際に動かしてやろうとか。生体の中に人工的な回路を埋め込むことことで、極端な話、脳がなくても虫は脳があるときと同じように動いたり、ある刺激に対して、脳がある活動パターンを示すわけだけど、もし脳を取ってやって人工的なものに置き換えても同じ様なパターンを示すのであればうれしいし、こうすることで我々の分析結果がいちおう妥当性があるよと、ある程度評価・検証できるでしょう。
○ええ、なるほど。
■だから分析だけではなくて、それを積み上げて統合していくことによって、それを評価・検証してあげようというアプローチを取ってるんですよ。それをやってるうちには昆虫の微小脳独自のしくみかもしれないし、脊椎動物にも共通のしくみかかもしれないけど、何かが見えてくるはずだというスタンスです。
○ええ。
■研究がすすめば昆虫を自由にコントロールすることだってできるだとうって思ってるんです。リモコンでウィーンウィーンと右や左に昆虫を自由に動かしたりできるかもしれない。もう一つは、小さいサイズのものが、どうやって運動を制御して、どうやって環境情報を処理しているかという仕組みが分かってきたら、たとえばマイクロマシンの制御なんかに応用できないかとも考えてます。
○工学産物として応用できると。
■そうですね。分析して統合して評価・検証するということを繰り返しているうちに、いろんな工学産物もどんどん出てくるだろうと思ってます。でも本質的には工学産物のための研究じゃなくて、あくまでも脳を知りたいんです。そのための分析と統合なんです。結果が予測と違うのならばフィードバックして分析を続行してやればいい。
○なるほど、分析と統合ね…。
■分析だけやっていてもね、こんな現象があります、あんな現象もありました、っていう現象論だけで終わっちゃうこと多いんですよ。それだけだと本当にその分析結果が正しく機能しているかどうか分からないので、全体のなかでそれが本当に正しく機能しているかを評価してやろうという試みです。僕らは生物学をやっている連中だけではなく、工学の、ロボティックスやマイクロマシンをやっている連中と組んで、脳神経系の研究をやる必要がでてくるわけです。
○なるほど。
■我々は、人間のように大きな脳のことをメガロブレイン(巨大脳)と呼んでいるんだけど、それに対して昆虫がもってるようなちっちゃな脳はマイクロブレイン(微小脳)っていってます。マイクロブレインの仕組みを分析と統合によって解明してやろうとやっているわけです。これが基本ストーリーです。
[03: なぜカイコを使うのか] |
○どういう順番で話を伺うべきなのか、難しいですね(笑)。
■じゃあ僕らがやっている研究のステップでお話ししましょう。 とにかく、行動というのがまずあります。
○ええ。
■昆虫を使う一つの理由というのは、脳というunknownなところがあったとしても、入力情報と出力情報をけっこう押さえることができるんです。しかも入力情報と出力情報が、かなり1:1で対応している。昆虫の行動では、よくご存知のいわゆる本能行動や、reflex (反射)が多いんです。
○ええ。
■でも反射だとあまり面白くない。反射というのは、刺激があるとその瞬間だけ変化するものですね。それに反射には反射そのものが変化する余地が含まれないからおもしろくないですね。僕らが興味を持っているは、もうちょっと複雑な本能的行動です。
基本的に本能的行動というのは──刺激、鍵刺激、解発因といいますが、こういうのが決まっていて、出力が決まったパターンの行動としてでる、つまり入力と出力で1:1できれいに対応している系です。行動がプログラム化されていて、ちょっと行動をトリガーしてやると、プログラムが起動されて動きつづけるんです。脳の中にそのプログラムをつくる神経回路網があるんです。入力、出力関係が決まっていると反射と大差ないと思うかもしれないけど、後でまた触れると思いますが、本能行動には、環境に適応するための柔軟性、つまり行動を変容させる余地が残されているんです。このあたりが惹かれるところです。
○先生方はカイコをお使いになっていらっしゃいますね。
■ええ。なんでカイコガを使うかというと、カイコガというのは成虫では口が退化してるんです。もちろん幼虫のときは餌を食べているわけですけど、いったん成虫になると口がないんで飲み食いを全然しないんです。やることといったらsex behavior(性的行動)だけなんですね。そのsex behaviorというのは雌が出すフェロモンによって確実に起こるわけですよ。だからフェロモンを与えることによって確実に性行動が起こる。僕らはそういう系を使って、微小な脳における情報処理系というのをまず明らかにしてきました。脳がブラックボックスだとしてもその入出力関係が非常に定量的に扱えるから、内部での情報処理というのは結構扱いやすいですね。
○ええ。
■入力の刺激というのは匂い、つまりフェロモンで、それがどういう化学構造の物質なのかというのはブテナントという人が1949年に決定してノーベル賞をもらったんです。それはボンビコールというんです(カイコの学名:Bombyx moriから付けられた)。驚くべきことにはその物質一種類だけあれば、雄のカイコガというのは完璧に性行動を起こすんですよ。
○話のついでに伺いたいんですが、その後、別のフェロモンも見つかってますよね。カイコガのフェロモンというのは結局何種類あるんですか?
■カイコガのフェロモンは基本的に2種類なんです。16個の直鎖のカーボンで末端がアルコールになっているものと、アルデヒドになっている2種類です。アルコールの方をボンビコール、アルデヒドの方をボンビカールといいます。ところがカイコの行動を起こすのは、アルコールのほう、ボンビコール一種類だけあればいいんです。
○もう一種類のほう(ボンビカール)は何をしているんですか?
■はっきりしたfunctionというのは分からないです。ただ、行動を鈍くするということが言われてます。ボンビコールの濃度をあげていくと行動するカイコガが全体の何パーセント出てくるというグラフ、濃度−応答曲線が書けますよね。S字のカーブを描くんですが、ボンビカールをボンビコールに混ぜることによって、その濃度−応答曲線のそのカーブが全体的に若干右にシフトするんです。つまり行動の閾値を上げる、行動を起こすための感度を低くするらしいんですが、そのくらいしか分かってないんです。
○修飾的な物質なんでしょうか?
■そうですね、カイコは特殊な例で、フェロモンというのは通常は複数、多ければ8-12種類くらいのものもあります。そして、それらをある混合比のミクスチャーで与えないと行動はトリガーできないんです。それが普通なんです。その比率が、種の性的隔離に働いてるんですが、カイコはボンビコール一種類で良いんです。不思議なことにね。
○だから研究素材としては良いわけですね。定位の仕組みを明らかにしていくには。
■そうです。研究素材としては良いんです。それでそこをまず明らかにしていったわけです。先走るようだけどまず僕らはね、昆虫の感覚情報、モダリティのうち、匂いに注目したわけです。匂いによって行動は完璧に起こるわけだけど、当然彼らは目も見えてるし、 風も感じています。そういう複数の感覚情報っていうのは同時に、パラレルにプロセシングされています。しかし、基本的な行動パターンはフェロモンだけで起こるんです。
○ええ。
■脳の中では視覚情報をはじめとしていろいろな感覚情報の処理が行われているんだけど、僕らは脳を知るためにまずこのボンビコールの刺激によっておこる定型的な行動、本能行動から手をつけたんです。脳と行動との関係として、まず一種類の刺激で起こる本能的な行動、プログラム化されたような行動を一番下に置いているんですよ。その上には視覚情報、聴覚情報、嗅覚情報、機械感覚情報の処理、つまりマルチモダリティの処理というのを考えてます。さらにはミツバチで有名なように、昆虫も記憶学習能力を持ってるんです。こういうのをあの微小な脳の中で全部やるわけです。それらをステップ・バイ・ステップで分析し、統合し、全部を知りたいんですよ。
○全てを、ですか?
■その基本構造はやっぱりね、昆虫のような微小脳の場合、programmed behaviorだと思うんですよ。あまり複雑なことはできない。でもそういう骨格があって、その上に多種の感覚情報処理や記憶学習能力があると思ってるんです。記憶学習能力はあるといっても必要最低限ですしね。昆虫は人間みたいにあまり長生きしないから、その程度で十分なんでしょうね。こんなprogrammed behaviorでよくも3億年も生きながらえてきたなって思いますよね。
○ええ。
■固定化された、プログラム化された行動だけじゃ、変化する環境に十分に適応できないですよね。固い行動をなんとか少しでも柔らかくする必要がある。でないと、環境適応なんてなかなかおぼつかない話になってしまいます。固定化されているというのは神経ネットワークも固定化されているといえるわけで、それをじゃあ、どうやってある程度の柔軟性を持たせるのかというと、そこに多種感覚情報とか、記憶学習というのがかかわってくる。それらの働きで固定化されたネットワークにある程度のmodulationを与え、行動をちょっと変容させる、というやり方を、彼らはやっているんですね。どうでしょうかね。
○ふーむ。
○次号へ続く…。
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http://info.ntt.co.jp/news/news99/9905/990520.html
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http://info.ntt.co.jp/news/news99/9905/990527a.html
◇IARC-NASDA情報システム及び衛星データを利用する北極圏研究に関する研究公募
http://www.esto.or.jp/ra/
◇国際ライフサイエンス公募の宇宙実験候補テーマ選定結果 (NASDA)
http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/Press/Press-j/199905/life_990526_j.html
◇NASDAニュース6月号
http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/News/News-j/211index.htm
◇科学技術創造立国を目指す我が国の学術研究の総合的推進について
−「知的存在感のある国」を目指して− (中間まとめ)
http://www.monbu.go.jp/singi/gaksin/00000223/
◇毛利宇宙飛行士が搭乗するスペースシャトルから地球の写真を撮ろう!(EarthKAM参加募集)
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◇Science Channel、ネット上でオンデマンド放送を開始(JST, 要RealPlayer)
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◇火星の3次元地図 (NASA)
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