NetScience Interview Mail 2001/03/01 Vol.134 |
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【梶田秀司(かじた・しゅうじ)@機械技術研究所 ロボット工学部 運動機構研究室】
研究:2足歩行ロボットの制御
著書:『歩きだした未来の機械たち −ロボットとつき会う方法−』ポプラ社
ホームページ: http://www.mel.go.jp/soshiki/robot/undo/kajita.html
○二足歩行ロボット、その制御の研究者、梶田さんにお話を伺います。
ロボットブームではありますが、技術的な話はほとんど触れられていないようです。
素人でも、もうちょっと詳しいことが知りたくなりました。(編集部)
…前号から続く (第5回)
[10: これからもアクチュエーターはモーターなのか] |
データベース |
■まだ足りないですか? ホンダくらい歩けば十分だとは思えない?
○いや、あれでひたすらに歩き続けられれば大丈夫だと思うんですけど。それは無理でしょ? それに、やっぱり人間の歩き方とは違うじゃないですか。確かにみんな、 最初見たときは驚くけど、よく見るとぜんぜん違うわけで。
■うーんそうだなあ。アクチュエーターの問題、バッテリーからの電流供給…。
一番正直な答え方は僕の分野じゃありませんという答え方が良いんでしょうけど。モーターの性能も、もうちょっと上がるんじゃないかと思うんですけどね。
話がずれちゃうんですけど、モーターの性能はすごく上がってるんです。12年前 に作ったときのモーターは10ワットなんですけど、今僕が使っている新しいモータ、これが重さが倍で100ワット。およそ5倍のパワーが出せるようになったんです。
○それはどうしてですか。
■まず、磁石がよくなったんです。また、モーターの設計に関しても進歩があったんですね。磁束回路の部分とか、CADが進化してより高性能、最適なモーターが設計できるようになったんです。 つまり、精密な部分の性能があがってるんです。モーターもね、磁場をどうしてこうしてという部分は未だにノウハウの塊らしいんですよ。ホンダのロボットができたっていう一つの要因は、ここにもあるわけです。この先どのくらい上がるかは分かりませんが、もうちょっとよくなる可能性はありますね。
○では将来的にもアクチュエーターはモータでいいと? 人間のようにひたすら歩かせるロボットを作るときに、ですけど。
■そこそこいけるんじゃないかな。もう一つ先っていうのはあり得ると思いますけどね。
○もう一つ先っていのは?
■そりゃ、人工筋肉ができたら最高に嬉しいです。アクチン・ミオシンの相互作用が 完全に解明されれば、それを再現することは可能でしょう。そっちの期待はありま す。エネルギー源として砂糖水とかね。砂糖水を入れれば走ってくれるとか、そういう車も可能かもしれないでしょ(笑)。そういうものができればロボットもずいぶん 楽になります。
アクチュエーターって、「重要だ」って言う割にはみんなやらないんですよね(笑)。でもそういう新しい方向は期待したいなと思います。
[11: ホンダのロボットのショック] |
■実はね、僕はいちどアクチュエーターを一度やろうかなと思ったことあるんです よ、ホンダのロボットが出てきたときに。もうやることないかなと思って。
○……。
■やっぱり、相当ショックだったんですよ。いろいろ話を聞けば聞くほどね。
いっそのこと、ロボットの研究はもうやめちゃおうと。ビデオで最初に見て…。床 傾いて立ってる、あとずさりするっていうのを見たときは愕然としましたね。自分も やろうと思っていたんですよ、しかも5,6年かけてのんびりやろうと思っていたん です、僕は。それをやられちゃってて。
人工筋肉をやってる人が機械研にいるんです。彼はアクチン・ミオシンが親水性 疎水性の効果を利用してすべり動作を起こしているんじゃないかと言ってる。だったら工学的に実現できるかもと思ったりしてね。でも知らないことが多すぎた。挫折しかかったところでHRPが始まっちゃったんで、いまもロボットやってるってところです(笑)。
○先生は最初にどういうシチュエーションでホンダのニュースをお聞きになったんですか?
■アメリカにいたときにホンダの情報が飛び込んできたんです。その直前にね、いろいろ断片的に情報が入ってきていたんだけど。そうとう出来ているらしいと。ウェブに文章あげてますが (http://www.aist.go.jp/MEL/soshiki/robot/undo/kajita/myhonda.htm)、その文章練りながらね、いろいろ考えていたら車で事故っちゃいました(笑)。
○それはそれは…(笑)。やっぱり、嬉しくもあり、哀しくもありだったですか。
■そう、ほんと、そうでした。「どうだ俺の言ったとおりだっただろう、2足はいるんだ」と思っていたら、ロボット屋の中にも「なんだ2足は簡単だったんじゃないか」 という人がいてね。何言ってるんだと思ったりしてました。
実際に「要するに金出してしっかりしたハード作ればパッと動くだろう」と思ってやってた人はたぶんいっぱいいたんです。
そのほとんどが失敗したのは、足首のコンプライアンスの重要性に気が付かなかっ たことでしょうね…。うん、それに尽きるかな。
[12: コンピュータシミュレーションと実環境の違い] |
○2足歩行も、コンピュータのシミュレーションではもう完成しているという人もい ますね。
■ええ。シミュレーションではちゃんと動くんですよ。ところがギッチョンチョンで してね。というのは、シミュレーションっていうのは衝突っていうのをちゃんと扱っ ていないんですよ。
○衝突?
■ほとんどのシミュレーターっていうのは足が地面にぶつかった瞬間、ピタッとくっついて、速度が0になるっていう仮定をおいてるんですね。そんなの実際にやったら、ある一歩はポーンとはねちゃうし、別の一歩はバタッとつんのめっちゃうし、ものすごい不確定性があるんです。足首に制御かけてない場合はぜんぜんダメです。
○なぜですか? 反発係数とかを考慮に入れて、シミュレーションに組み込むわけにはいかないんですか?
■それだけでは語れない部分があるんです。反発係数っていうのは現象論的な話で、あくまで、実験的な結果として出てくるものなんです。特に未知の硬い物体どうしがぶつかったときに実際どうなるか分からない。ある場合には反発係数1でポンポン跳ね返っていたのに、脚の形や質量分布を変えると突然まったく跳ね返らなくなってしまうということがあり得るんです。衝突した瞬間に発生する音波が物体のなかをどう反射するかが、関係してるらしいんですが。
○ふーん…。だからゴムを入れちゃったホンダが偉かったわけですね。
■そうです。ゴムを入れた上で力センサのフィードバックを加えているので、衝突現象が制御できるようになったわけです。
[13: ロボット右翼とロボット左翼] |
○もう一回話を戻しますが、梶田さんは、歩行に関しては、あれでできているというお考えですか?
■ううん、よく分からない。どうだろう…。そういっちゃってもいいかな。
でもまだできてないこともあるんですよ。スリップしたらどうにもならないですから。人間だったら踏ん張りなおせるんだけど そこまでフレキシブルではないですからね。
○歩行に関しては僕も本をパラパラめくってみたんですけど、人間でも神経回路のこの辺がこうなっているからこうこうこう制御されてます、って話って、ぜんぜん分かってないみたいですね。
■ええ。らしいですね。ある人によればね、セントラルパターンジェネレーターっていうのがあって、そこで歩行のパターンが作られている人もいますけどね。
○梶田さんもウェブにお書きになっている話ですね (http://www.aist.go.jp/MEL/soshiki/robot/undo/kajita/faqj.html)。
■ええ。だから、ホンダや僕達が使っているようなシミュレーションモデルなんて人間は使ってないんじゃないかっていう研究者もいますね。
でも僕に言わせればモデルが体の中にあってもおかしくはないと思います。神経回路があってもね。『脳のなかの幽霊』(ラマチャンドラン/角川書店)を読んで、ますますそう思いました(笑)。
○ほほう。それはまた面白いですね。
■僕はね、ロボットやっている人にも右翼と左翼がいると思ってるんですよ(笑)。ロボット右翼とロボット左翼。
○なんですかそれ。
■「右翼」っていうのは、モデル化して、慣性モーメントとか中心の位置を全部計算して動きを計算するほうです。逆に「左翼」っていうのはSA(サブサンプション・アーキテクチャー)とかニューラルアーキテクチャーを使ってやれば良いんだ、そのうち自然に歩くんだよって言ってる人たちだと。
○ははあ、なるほど。
■まあ、仮に言ってるだけの話ですよ(笑)。その間には、一種独特の緊張関係があるんです。左翼は右翼を敵視してる(笑)。
○ホンダは右翼?
■ええ、ホンダはギチギチの右翼ですよ。彼らはロボットの全ての関節をばらして、 腕を実際にふってみて周期を測り、全てのパラメータを求めているんです。そのモデルを使って、あのロボットは歩いているわけです。
○左翼の人たちの言うことは、イメージ的には分かりやすいんですけどね。
■うん。左翼にも一瞬期待したんですけどね。でも、ファジィもニューラルネットワークもGAも、ホンダのロボットには使われてませんよ。
○ふーん、そうなんですか。
■ええ。でも最近はだいぶ両者の関係がよくなっているんですよ。一方的に批判するだけではないし、左翼の人もパラメーターをチューニングするだけではなく、理論的におさえようとしているし。それがもうちょっと先へ行くと、みんなが期待する形に なるかもしれませんね。
○何かルールが見つかれば。
■ええ。何も教え込まずにほっといたら歩く、ってものは無理なような気がしますけどね。
[14: 直動機構 〜膝のない2足歩行ロボット] |
○梶田さんがお作りになった新しい2足歩行ロボットは膝がないんですね。ピストンみたいに太股の部分に入り込む形になっている。
■ええ。いまはちょっとお休みなんですけどね。
ホンダのロボット、あれと似たようなモノを作りたいとなったときに、始めたモノ なんです。足首の構造は結構パクってまして、何がポイントだったかと言いますと、 ハーモニック・ドライブという減速機を使ってるんです。
○どういうものなんですか。
■こういうものなんですが(http://www.hds.co.jp/)薄いステンレス板でできたギヤの中に微妙に偏心したカムが入っていましてね、カムを回すとギヤ全体がくねくねと形が変わって外側のギヤとのかみ合い位置が変化します。外側は数枚だけ歯が多くなっているので、カムが一回転すると内側のギヤが例えば100分の1だけ回転する、つまり100分の一の減速機になっています。これを普通のギアでやろうとすると何段もギアが必要なんですけどね。ホンダのロボットのキーとなるデバイスの一つです。あらゆる関節にこの変速機が入っています。そうすると関節が凄くコンパクトになるんです。
○ちょっと脱線しますが、P3の中ってどんな感じなんですか。
■薄いマグネシウム合金のダイキャストです。薄肉で、モーターが入る部分だけくりぬいてあって、そこにパチッとモータがはまると脚になるようになってます。見事に3次元的な形で、発注するにも発注の仕方が分からないくらいです(笑)。
○ふーん。綺麗な機械なんですね。
■そう。綺麗です。
○失礼しました。じゃあ先生のロボットに戻って…。
■はい。しかも大事なことは軸が二つ、直角に一点で交わってるんですよ。こうなっていると足首がその一点を中心として回転しますから制御のソフトを書く上で便利だし、関節に無理な力が加わらないので小さなパワーのモータを使うことができます。
○はい。
■腰に関しても、旋回、脚の左右の開閉があってそれから脚の前後の振りがあるとい う形になってるんですが、3軸が直交している。
膝を持たせなかった理由というのは、これに膝をつけたらホンダと全く同じ構造に なっちゃうというのがあるんで、それを避けたと(笑)。後付けではありますが、ま あ理由はあって、膝があると、狭いところだと引っかかっちゃいますよね。これは膝 がないので、それはありません。
○はい。
■あとは、ホンダのロボットは歩くとき必ず膝を曲げますよね。曲げて腰を落としてから歩いてるでしょ。
○そうですね。
■あれはなぜかというと、特異点といって、脚を真っ直ぐに伸ばした状態では、そのまま腰を下げようとすると、瞬間ですけども関節速度が無限大になっちゃうんですよね。
○えっと?
■前にお話したZMPの制御を実現するために歩行中は胴体に対して脚先を微妙に上下させる必要があって、いわば脚全体でサスペンションを効かせているんです。ところが膝が伸びきった状態では突っ張ってしまってサスペンション効果がありませんから、ZMPが制御できなくなってしまう。だからあらかじめ膝を大きめに曲げておいて、歩行中に膝が伸びきらないようにするんです。
○ふーむ。
■ですが、直動機構にしておけば、そういう不都合はない。いつでも上下の運動が連続的に制御できる。
○なるほど。
■…という理屈があるけれども、実際の理由はもちろん、P2,P3の構造と同じにはしたくなかったというのが本音ですね(笑)。
○(笑)。
でも現実問題として考えると、膝がないと不整地突破能力が下がるんじゃないですか。
■いや、それは違いません。どうしてそう思われます?
○んー、単純に階段を上がるにしても、大きく脚を踏み出したりできるじゃないですか、膝があると。軌道を大幅に変えられるといいますかね。
■いや、たぶんそれは、膝があってもなくても同じですね。
膝の役割っていうのはね、基本的には腰と足首の間の距離を変えるというものですね。副次的には膝が出っぱっちゃうけども。
ただし、膝の圧倒的メリットは足首と腰の距離を、非常に近づけることができるわ
けですよ。折り畳むことによってね。
○正座ができるわけですからね。
■そう。それを直動機構で実現しようとするとかなり難しい。実際問題として僕が作 ったロボットにしても、一番縮めたとしても60センチくらいまでにしか縮まらな い。伸ばしきると+30センチで90センチにまで行きます。
ですが普通に歩くぶんに関しては、膝と全く同じ機能を持ってるんです。
○次号へ続く…。
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