NetScience Interview Mail 2001/02/22 Vol.133 |
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【梶田秀司(かじた・しゅうじ)@機械技術研究所 ロボット工学部 運動機構研究室】
研究:2足歩行ロボットの制御
著書:『歩きだした未来の機械たち −ロボットとつき会う方法−』ポプラ社
ホームページ: http://www.mel.go.jp/soshiki/robot/undo/kajita.html
○二足歩行ロボット、その制御の研究者、梶田さんにお話を伺います。
ロボットブームではありますが、技術的な話はほとんど触れられていないようです。
素人でも、もうちょっと詳しいことが知りたくなりました。(編集部)
…前号から続く (第4回)
[07:ホンダのロボットにおける「コロンブスの卵」] |
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○では、そこから先へいくには何が必要なんでしょうか。率直に申し上げて、モーターを使っている限り、膝の強度そのほかも、あれが限界ではないかと思うんですが?
■ええ、仰るとおりです。いまの設計のままでは走ることはできないし、飛び跳ねることもできません。壊れますからね。いまのデバイスを使う限り、あれはいけるところまでいっちゃってるんじゃないでしょうか。
うーん、ホンダ以降を言うことは難しいなあ。
○では、ホンダ以前の話を御願いします。
■ええ。ロボット屋が分かってなかったことでホンダが解決しちゃったことがいくつかあるんです。
○と、仰いますと?
■いやー、ホンダの人たちは正直な制御をしたと思いますね。ホンダのロボット、あれの足首にはゴムが入ってるのはご存じでしょ。
○はい。
■足首には、モーターや力のセンサーが入っているんですけど、その下にゴムブッシュっていう固いゴムみたいな部品が入っていてロボット全体の体重を受け止めています。
これが何故重要化というと、力制御の安定性の問題でね。要するにやりたいことは、ロボットが足の裏の力をうまく調整できるようにすることです。例えば力センサーの出力が常に0になるように制御してやるわけです。そうするとどんな状況でもきれいにペタッと地面に着地するようになりますね。トルク0だから。足首を中心に点で支えられているようになるわけです。いわばそういう制御をしているんです。
○ええ。でもそれがなぜ今までのロボットの研究者たちはできなかったんですか?
■うん、これはロボット屋が昔からやっていることではあったんですよ。たとえば、穴の中にものをつっこむ、という作業を考えますね。人間なら簡単です。ところがロボットに普通にやらせると簡単に発振しちゃうんです。
ちょっとぶつかるとバンと大きな力が発生します。フィードバックでそれをうち消そうとモーターがグンと回りますね。すると反対向きにバンとぶつかっちゃう。そして震動するわけです。びっくりするくらいね。全くなめらかにならないんですよ。それを防止するために 柔らかいゴムを入れた。そういうことです。ラフに言うとゴムで吸収しちゃうわけです。これがない限り、足がきれいにつくことはありません。
○うん、理屈は分かりました。でもその理屈だけからすると、ホンダのロボットはもっとうまく歩けそうに思えるんですけど。あれ、実際に目で見ると、そんなに人間に似てないじゃないですか。たとえば、なぜ静かに歩けないんでしょうか?
■そうですね(笑)。ホンダのあれですが、最初に発表されたP2のほうがうまく歩いているんですよ。P3はけっこうがたついてます。
たぶん、P3は軽くするために関節の構造を薄く肉を抜いたので剛性が下がっちゃったんです。そのギリギリのところで歩いているからだと思います。
○んん?
■ええっとですね、なぜ足首にゴムを入れるのか、もう一回説明しますね。
要するに、柔らかいところがここに集中しているということが重要なんです。他のところはギヤが入ってますよね。ギヤが入って、サーボをかけると固い物体としてふるまうことができるわけです。それに対してゴムが入っているところは柔らかいですね。そうならないと制御できないわけです。
つまり、P3みたいに肉を抜いちゃって関節がふわふわしてくると、なかなか制御が難しくなるわけです。
○なるほど。柔らかい部分は柔らかくてもいいんだけど、「硬い」部分は硬くふるま わないと困ると。全体がしなるとダメということですね?
■そうそう。そうです。
○なるほど。
当たり前ではありますが、ホンダのロボットは精密な制御の結集なんですねー。
■そうそう。
ホンダの技術については、本流でも誤解している人がいるんです。「トライアンドエラーで理論なんて考えずにひたすらやったんだ」という言い方をする人までいるんですが、それは全く違います。ホンダの人はものすごく勉強していて、いままでの論文をたぶん全てフォローしています。たとえば足首を柔らかくきちんと作ったロボットはあそこ以外なかったんですから。
○早稲田のヒューマノイドは違うんですか。
■早稲田はガチガチに作ってるんですね。気持ちは分かります。なぜならそこで全体重を支えるから、フニャフニャだとまずいわけです。
でもね、きちんとトルクを制御できれば柔らかくてもいいわけです。ふわふわであっても力を制御するっていうことが一番大切なんです。
○なるほど。電車の中で立っているときの人間と同じですね。柔らかい部分は柔らかくして…。
■そうそう。人間は、まさにそれをやっているわけです。それをロボットにやらせた。
○いわゆるゼロ・モーメント・ポイント(ZMP)の話ですね。つまり足の裏のどこに体重をかけるか。ZMPそのものについては、あとで詳しく説明して頂こうと思いますけど。
■そう。当たり前の話だったんです。でもホンダさんがゴムを入れたのは、本当に偉大な第一歩ですよ。コロンブスの卵です。あれは、ぶつかった瞬間だけではなく力をグッと入れたときにまで通じるんです。
[08: 目的はともかく力をコントロールすること] |
■ホンダに竹中さんっていう方がいらっしゃるんですけどね、歩行制御の重要な部分はみんなあの人が作ったんです。彼は東工大の制御にいたんです。ほら、最近だと「ロボコン博士」って呼ばれてる森政弘先生っていらっしゃるでしょ? その先生が現役時代の話ですけどね。
そこで彼の先輩にあたる人が、ロボットを歩かせていたんです。コンパスみたいなロボットだったんだけど、3歩くらい歩いたんだったかな。竹中さんはそれを見ていた。だからたぶん、2足の問題点も理解されていたんだと思う。「何か足りないものがある」ということを理解していたんじゃないかと思うんです。反発したりするのも見ていたはずですから。
○なるほど。
■制御するためにはゴムブッシュだけじゃなく、力センサーが入ってないとまずいわけです。ホンダの人は最初から足首にセンサーを入れていたから、インパルス的な力が出ているということは知っていたはずです。それでも最初にゴムブッシュを入れる提案をしたときには仲間から反対されたとTV(TBSの特番)でも言ってましたね。
○そうですね。反発の制御が重要だったと言ってましたね。そのの意味がはじめて分かりました。ゴムブッシュっていうのは要するに防振ゴムですね?
■ええ、おおざっぱに言えばそうです。目的はともかく力をコントロールすること。やわらかいものであれば、足をひねることでこれがたわむ=力のコントロールなんです。もしゴムがなかったら、モーターをちょっと動かしただけで大きな反力が加わります。足だけじゃありません。どこを動かしても結局足首にくるわけです。姿勢を変えると全てがここにくるわけですから。
○なるほどなるほど、分かりました。もし固定されていて、足首が「かたい」ままだと、床と衝突して、ガクガクなっちゃうわけですね。
■そうそう、そうです。ガタガタとなっちゃいます。
○ふむふむ。向こうは100%覚えてないと思いますが、竹中さんには僕も一度お会いしてます。その時にね、「全機させたい」と仰っていたんですよ。それが非常に印象的で…。
■そうですか(笑)。「全機させたい」っていうのは、師匠の森先生の決まり文句なんですよ。
[09: ZMP(Zero Moment Point ゼロ・モーメント・ポイント)研究略史] |
○先ほど、分かってみれば当たり前のことだったと仰いましたよね。ではもう一回伺いますが、なぜ他の人たちは、それができなかったんでしょうか?
■そうですね…。ZMPに関する歴史的な話が必要ですね。
先にZMPを直感的に説明すると要するに「立っているときに足の裏のどこに力を込めるか」ということです。つま先立ちするとZMPはつま先にある。普通に立っているときは、足の裏のどこかにあるように制御しているわけです。でないと足の裏を床にぴったりつけていられずつま先立ちになったり踵立ちになったりして、歩行の制御がやりにくくなる。
○はい。
■ZMPの概念は1970年くらいにユーゴスラビアのブコブラトビッチという研究者が提案したんですが、その後早稲田大学の加藤一郎教授や高西淳夫教授たちによって実際の歩行ロボットに利用されました。
さて、70年当時のロボットは油圧で動いてました。油圧なので関節角度しか制御できません。ですから足首は固い。要するに全ての関節がガチガチで動くということで制御されていました。
○ええ。
■そのときには力ではなく、加速度を制御していたんです。f=maですから、加速度 を決めれば力が決まってくるわけです。
○ふむふむ。
■昔の論文ではね、ZMPっていうのはロボットの質量や関節の運動が全部分かった とすると、どこに力が集中するか、一意に決まってくると。その点が足の縁まで来てしまったらロボットは倒れるよと。そうならないような運動を計算しておいてそのとおりに動かす。要するに位置制御だったんです。
1980年ごろになって東大や阪大の制御理論の先生方が2足歩行ロボットの研究を始められたのですが、ここで足首のモータ電流を制御する方式が出てきました。モータは電流に比例するトルクを発生し、足首トルクとZMPはほとんど同じものですから、これはZMPを直接制御する考え方です。この場合、足首は一種の柔らかさをもっていることになります。
○ホンダの方式に近づいてきたわけですね。
■ところが、実際にはモータで発生したトルクのかなりの部分が減速器で失われるので、きちんとしたZMPの制御ができていなかったのです。僕を含め研究者にその認識がなかった・・・あるいは甘かったのが一つの敗因です。ロボットの足首にセンサを入れてきちんとZMPを計っていればもっと早く気づいたんでしょうが。
○え?ZMPを計るセンサがなかったんですか?
■はい。ZMPをきちんと計れるようなセンサは非常に高価だったうえに壊れやすくて当時は歩行ロボットにつけようという発想がなかなか出ませんでした。もう一つは、数式の上ではモータで発生したトルクが減速器で失われるという問題は現れないので、それが重大な問題だってこと自体に気づかなかったんだと思います。
○……。そんなもんでしょうかねぇ。
■で、ホンダです。彼らは研究のごく初期からZMPを計測できるセンサをロボットにつけていた。だから、僕等のやり方ではZMPが正確に制御できていないことに気がついて、それを解決するために編み出したのがさっきの足首のゴムブッシュと力のフィードバック制御だったわけです。
○ふむふむ。
■さらにその先があります。この方法で従来よりうまくZMPが制御できるとはといっても、限界があってやはり計画からはずれちゃうことがある。そこで、ZMPの発想の原点だった関節の加速度を制御するという方式をミックスしたんです。
○ホンダの方がよく説明として引き合いに出す例の、倒れそうになったら胴体を加速して姿勢をもどすという方式ですね。
■そうです。あれには胴体を立てなおすと同時にZMPの誤差を修正するという目的が入っているんです。これを知ったときには舌を巻きました。これまでの研究の流れを理解したうえで、発想された見事な方式です。
○なるほど。でも、じゃあ、なぜサッカー選手のような動きができないんでしょうか。極端な話ですが。
■ああ、いまの話っていうのは、予め動作が決まっていて、それがちょっとずれたと きどうするかっていう話なんですよ。
○ええ、静止状態でちょっと動かしたときどうなるのか、っていう話だっていうのは 分かるんですけどね。いわばバットを掌の上で「おっとっと」をやるときの話でし ょ。こけそうになったらそっち側へ手を動かすと。そういうことですよね?
それがいまようやく歩行への応用が始まったというところだと思うんですけど、そ こへのステップは? 歩き方の制御のステップの進化っていうのは…。
■うーん…………現状では、歩行の安定性を重視しているので計画外の動きはできないか非常に制限されていますが、今後は計画に無いような動きをしても大丈夫なように制御方式を改善して行くことになります。NHKスペシャルで竹中さんがおっしゃってた例だと、たとえば歩いている最中に落し物に気づいてひょいと腰をかがめて地面のものを拾いあげるようなそんな動作です。
サッカー選手のような動きで言うと、ペナルティキックのような特定の運動パターンを予めプログラムしておくのなら、いまでもある程度実現可能です。でも、それだけじゃサッカーにならないから、ボールやまわりの選手の動きに応じて動作パターンを変化させたい。ところが、現状ではパターンを変化させた場合に、ロボットが転んじゃう可能性が高いわけです。
○次号へ続く…。
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