NetScience Interview Mail 2000/10/19 Vol.119 |
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【平藤雅之(ひらふじ・まさゆき)@農林水産省 農業研究センター 研究情報部 モデル開発研究室 室長】
研究:計算生物学、アグリインフォマティクス
著書:バイオエキスパートシステムズ(コロナ社、ISBN4-339-02277-2)
ホームページ: http://model.narc.affrc.go.jp/
○計算生物学、アグリインフォマティクスの研究者、平藤雅之さんのお話をお届けします。
平藤さんの研究主題は「桃源郷」。
なんだそれ、と思った方は、本シリーズをお読み下さい。(編集部)
[26: 脳の情報処理と生命の進化の問題を量子論的アプローチで] |
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■ええっ、そうですか?
○ええ(きっぱり)。
そういえば、ロジャー・ペンローズと一緒になって、意識にはチューブリンが重要な役割を果たしているとか言っていたスチュワート・ハメロフを招聘して講演会やらせたりもしたそうですね?
■ここでやっていた生物のモデリングに関する基礎研究の一環で招聘したんです。生き物のモデリングで量子論レベルまで掘り下げてやっている生物学者って、ものすごく少ないんですよ。片手で数えられるぐらいです。だからそっちの研究は、僕にとってはハイリスク・ハイリターン型のベンチャー銘柄ですね(笑)。
意識とか生命の進化といった非常にチャレンジングなテーマで研究者が集まる国際会議に参加したことがあるんです。
○(定期的に意識に関する国際会議が開かれている)ツーソンの?
■そう。あんなに先端的な連中が集まる会議はあそこしかないんですよ。それがきっかけですね。
○どんな研究なんですか、平藤さんのは。
■……そうですね。なにぶん大ネタだから、短い時間で説明するのは難しいんですが(笑)。
○そこをなんとか(笑)。
■量子論と脳の研究者は、生物学者でなければ結構います。でも、生物ってナノレベルの現象の集合体ですから、そもそも生物学と量子論は引き離しちゃいけない分野なんです。ところが、生物学者のほとんどは数学や物理が嫌いなので、量子論なんか考えたくない、ってところがかなりあるんですね。好きな人が少ないので、自然と狭いコミュニティになっちゃっている、という感じがします。
本気で生き物の本質を考えようと思ったら、どうしても両方を使わないといけないのに、無理にそこから目を背けちゃうから「不思議だ、不思議だ」と言っている節があります。目を背けさえしなければ、面白い発見があるかもしれないのにです。たとえば、生物にある量子効果を利用した量子計算機とかですね。ハメロフもそっちを強調したがっていますね。
○ふーむ。
■僕は、進化の本質は大域的最適解を高速に探索する機能だと考えてます。だから、生体分子の量子論的効果によって高速な大域最適解探索を実現するにはどういうメカニズムが考えられるか?、と考えたわけです。そうやって得られたメカニズムは、たとえ実在しなかったとしてもアナログ型量子コンピュータなどには応用できますしね。
微小管やDNAみたいに着目する部分が違うと、ぜんぜん違うアイデアやら理論が出て来るので、同業者がぜんぜんいないんです。だから、「最初に言った人がエライ!」という雰囲気ですね(笑)。
○日本で似たような研究をやっている人は?
■知っている範囲ではいないですね。普通、量子コンピュータというと、ドイッチュの理論の方から入るでしょ。それだと、結局、量子チューリングマシーンの道をまっしぐらに進むことになるのです。アナログ型量子コンピュータの方はニューラルネットワークの研究に似ています。生き物の中にある答を覗き見しちゃった方が早いわけです。
○覗き見。
■はい。正解をうまくカンニングできてるかどうかはまだ分からないですけどね。とにかく今の段階では、可能性があれば、どんどん利用しちゃおうと思っています。
○実際にはどんなものなんですか。
■変異がどういうメカニズムで起こっているかという問題です。ダーウイニズムでは変異は完全にランダムだと仮定しているでしょ、でも、実験的には特定の有利な方向に変異が偏っているという報告があるんですね。なぜそんな変なことが起こるのか、という研究もたくさんありましたが、今のところどれもうまく説明できていないんです。
これは計算論の立場から見ると、古典論的なアルゴリズムの範囲ではクリアできない典型的な問題(NP完全問題)のように見えるんです。それならば、量子論的な効果を考慮したメカニズムなら説明できるかも知れないと思ったわけです。
先ほども言いましたが、生物ってたくさんの化学反応が集積したものすごく複雑な現象ですが、その一方でDNAの複製のように非常に精密な化学反応がありますよね。化学反応っていうのは、熱で分子と分子が衝突する場合だけでなく、トンネル効果によっても同時に起こっているんです。たとえば、極低温まで冷やすと、トンネル効果だけで化学反応が起こっているのがはっきり分かります。常温だとその効果が埋もれちゃってるんですね。
この生物体の内部で一番ありふれた量子効果であるトンネル効果を使って、さっきの問題を説明してみようということで、そこを…。
○量子化学的に計算して…
■そうそう。まずDNAの単純なモデルを作って、それを量子化学的に計算して、トンネル効果を使って最適解をすばやく探索するメカニズムを考えたわけです。そして、そのメカニズムに基づいたアルゴリズムで大域最適解探索ができることをシミュレーションで確認しました。
○そういうのはまだないんですか。DNAの中でもこの辺の塩基配列は特に安定で…といった部分があるんじゃないんですか?
■そこまで、計算するのはまだ無理です。だから、もっとずっと大雑把なモデルですね。トンネル効果で局所解から脱出して大域最適解へと辿り着くための、かなり抽象化したモデルです。この場合、ランダムじゃなくて、ほんの少しだけ大域最適解の方への確率が高くなればいいんです。探索空間ってほとんど無限次元ですから、ほんのちょっとでも大域解の方へシフトしてくれれば、劇的に高速化できるわけです。
○漠然と、「あっち」っていうくらいで十分ということですか。
■そうです。局所最適解に引っかかったらそこでしばらく休んで、再びランダムにサイコロを振るなんていうことやっていたら、35億年で人間作るの難しそうでしょ。まあ、逆に作れないから、We are alone(「生物が発生した惑星は地球だけ」の意)とか言い出すわけですね。人間が生まれてくるような可能性は、それぐらい小さい確率なんだと。We are aloneと考えるか、生命誕生には必然性があると考えるかで大きく違いますね。
○平藤さんは?
■We are aloneじゃないです。必然性があると思います。ある条件さえ整えば、生命というのは何らかの自己組織化メカニズムで必然的に発生し進化する、と考えてそのメカニズムを利用したいわけです。
たとえばダーウニズムをアルゴリズム化したGA(遺伝的アルゴリズム)だと、1ギガバイトもあるヒトゲノムのサイズの最適化問題は35億年スパコン動かしても解けないですね。原理的には解けますが、それにはとてつもない時間がかかっちゃうんですよ。 生物学者は良く「生命に学べ」と言いますが、まだちょっと違う何かがあると思うんです。
○何か。
■そう。35億年で解いてしまった何かが。
○何かってなんなんでしょう(笑)。
■今お話した僕のモデルかも知れないし、もっと別の何かかもしれない。株の銘柄選びと同じですね(笑)。
○ハメロフが言っているチューブリンがどうこうという話と、平藤さんのは全く違う話ですね?
■ええ、ぜんぜん違います。彼の説は、もし正しかったとしても工学的な応用は難しそうです。
○ふーん。ハメロフは最近なにをやってるんですか。
■ハメロフはですねえ、「ハイリスク、ビッグリターン」と言ってましたね(笑)。それを聞いて、実はかなりまともな研究者なんだと思いました(笑)。
○まとも?
■自分を鳥瞰して、研究というか自分をプロデュースしている。
○ははあ。そういう人なんですか、実は。
■背中にチャックがあって中から別人が出てきたりして(笑)。やりたいことやって、世の中がどんな反応するのか楽しんでいるようなところがありますね。
○PCR法のマリスなんかもどうやらそういう人みたいですね。世の中を騒がしてみて、その反応を楽しんでるタイプ。そういう感じですか。
■そういう感じですが、バレバレだといけませんよね、そういう面が。
[27: 言葉には力がある] |
■今日、何回か「動的安定性」という言葉が出てきましたが、あの言葉は、あんまりよくないですね。もうちょっと違う言葉で表したいんですが、言葉が足りない。
○どういう意味ですか。
■安定性という言葉は、まず違います。安定じゃなくて変化なんですね。でも動的変化というと何も言ってないのと同じですからね。だからターミノロジーの不足なんです。
○じゃあまだ、パラダイムシフトが起こってないと。
■はい。新しい用語ができて、それが我々が考えているイメージとパチッとはまるような言葉だと、誰もが同じイメージを共有できるようになって、パラダイムシフトに繋がるんですが。どの分野でも、ネーミングで成功すると伸びますよね。
「カオスの縁」という概念がありますが、それとも違うんですよ。だから難しいんです。たとえば家付き酵母ってありますよね。ちょっとやそっとではあれは変わらないけど、「土足で入るな」って怒られたりしますよね。これは結局、動的安定性が弱いんです。もっとロバストなのが動的安定性ですね。
○うーん。
■有機農業では、無農薬で何年も我慢すると次第に病気が出にくくなることがあるんですが、これが僕たちのイメージに近いものです。システムとしてはどういう現象か分かってるんですが、一番伝えたいコアになる概念を一言で言えない。しっくりいく言葉を誰かが発明してくれた瞬間、納得いくんですね。言葉っていうのはそういう威力があると思うんです。
生物学でいま一番いじめられているのは分類学でしょ。名前を一生懸命付けている人たち。よく考えてみると、これって科学の重要な軸の一つなんですね。日の目を見ないけども、あれをやっておかないと表現できなくなっちゃう。科学には、「原理的に説明する」という軸、「実験」という軸、あと「分類」という軸があって、それぞれ直行する軸なんですよね。だから、直行する軸の間でけなしあうっていうのはおかしいんです。
○そうですね。
■分類学者や新しい言葉を使うコギャルを、本当はあんまりいじめちゃいけないんです(笑)。分類学は高齢者が頑張る世界だから、いかにも権威の象徴みたいな顔してることが多いので、いじめられやすいんでしょうね。
[28: 「こんな話でよかったんですか?」] |
○しかし、本当に色々やってますね。
■せっかく考えついていたのに放っておいて、あとで悔しい思いをした、というのがときどきあるんですよね(笑)。最近だと、排気を戻して循環させる掃除機ってあるでしょ、排気がなくてホコリが全く出ない奴。あれって、中学のときに考えてたんです。メモはとってあったんですがすぐに忘れちゃって、製品のCMを見て思い出したんです(笑)。
○もったいないですね。
■こういうのって、もの凄い精神的ストレスですよ。秋葉原やCMで掃除機見かけるたびにイヤ〜な気分になっちゃう(笑)。桃源郷でストレスのない生活したい人は、思いついちゃったアイデアは一応やっておくべきです。
○(笑)。
■(インタビュー・メールの)バックナンバー読んだんですけど、今までの人たちは重厚な話が多かったでしょう。こんな話でよかったんですか?
○良いですよ。研究者と一言で言ってもいろいろな方がいらっしゃるんだということが分かって、読者ともども私も面白かったです。
本日はどうも、ありがとうございました。
2000/07/05 つくば・農林水産省 農業研究センターにて