NetScience Interview Mail 2000/08/24 Vol.111 |
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◆Person of This Week: |
【平藤雅之(ひらふじ・まさゆき)@農林水産省 農業研究センター 研究情報部 モデル開発研究室 室長】
研究:計算生物学、アグリインフォマティクス
著書:バイオエキスパートシステムズ(コロナ社、ISBN4-339-02277-2)
ホームページ: http://model.narc.affrc.go.jp/
○計算生物学、アグリインフォマティクスの研究者、平藤雅之さんのお話をお届けします。
平藤さんの研究主題は「桃源郷」。
なんだそれ、と思った方は、本シリーズをお読み下さい。(編集部)
■「桃源郷」の視点が僕の最近のキーワードです。一言で言えば「究極の贅沢な空間のなかで毎日わくわくする生活」のことです。いま世の中ではみんな「まったりする」ことや「癒し」といったことを言ってますが、それとは線形独立な次の座標軸だと僕は考えています。
○文明への新しい視座みたいなもんですか(笑)。「癒し」を超えて「桃源郷」へと。
■はい。「まったり」や「癒し」と同時に実現できるという意味で線形独立です。
[01: 多目的人工生態系:MATE] |
データベース |
■分かりやすいように「多目的人工生態系:MATE(Multi-purpose Artificial Terrestrial Ecosystem)」と呼んでます。人間にとって理想的な植物との共生空間=桃源郷を人工的に作ることが目的です。
さわやかな植物の香りと綺麗な花に包まれながら生活して、手を伸ばして摘み取った植物はどれでも食べられるといった空間です。
○つまり、人工生態系の研究が先生のテーマなんですね。
理想的な植物との共生空間…それが桃源郷?
■そう。「人間にとって」ね。
○「多目的」というのは?
■生命維持と生物実験を同時に行うこととか、いろいろな研究目的がこの施設に仕込まれているからです。そのへんはあとで、おいおいご説明しましょう。
○研究費は宇宙開発関連から落ちているそうですね。
■NASDAの下部組織で(財)日本宇宙フォーラムというところが推進している「宇宙環境利用に関する地上研究公募プロジェクト」というものの一環です。
○なぜ宇宙開発で、人工生態系、しかもまるで──失礼、裏の庭みたいなものなんですか?
■植物工場みたいなものじゃなくて、ということですよね(笑)。そこが重要なんですよ。
宇宙ステーションでの仕事ってすごいストレスでしょ。ほっとする空間は不可欠です。それに、宇宙飛行士たちは忙しいわけですから、いくら食料や酸素供給のためとは言え、いちいち手入れが必要なものではだめです。自動化するにしても限界があるし、機械が壊れたらダメですからね。ほったらかしても大丈夫、いつも何かが生い茂っている、というのも「桃源郷」の重要なコンセプトです。
農作物の世話なんかしてたら、「桃源郷」とは言えないでしょう(笑)?
○そうですね。
■農業でいう完全無農薬、超省力栽培の発展形です。それを、人間にとって快適な空間を作るという前提条件で、最適な環境条件を設定し、初期条件としてどのような植物を組み合わせればできるのか?といったことを研究しています。実験とシミュレーションでやっています。データは無人運転でとにかく取りまくっています。
○なるほど。
■たとえば、この部屋には植物ないですよね。でもあっち(実験室)のほうへ入ると、「あ、違う」ってすぐに感じますよ。その部分がこの研究の本質です。別に宇宙だけに限らないんですね。例えば、オフィスやリビングルームでも利用できる。
快適さをどう測るかというのは手探りですけどね。実際に自分が体験することを、どう数値化してやるか。そうすれば本当に良かったかどうか分かりますからね。
○評価法ですか。
■そう。来年あたりからは、脳波解析で感性評価やリラクゼーションの程度を数値化しようとも思ってます。
でも、本当に納得できるのは自分がそこへ入って、それが良いと思うかどうかなんです。そこで最終的には決まっちゃいます。
いくら数字で裏付けしても実際に魅力がなければ、「そんなものいらない」と言われちゃいますからね。
[02: あるようでない研究 ビジネスとして宇宙をどう使うか] |
■こういう空間って、あるようでないんですね。アメリカに「バイオスフィア2」っていうのがあるのはご存じでしょ?
○はい。
■ものすごく巨大な建物の中に、いろいろな環境条件の空間を作っていろいろな動植物を入れ、内部に居住棟もあります。でも亜熱帯ゾーンはすごくもったいないですよ。僕に言わせれば「なんで外で寝ないの」って思う。
○ははあ(笑)。
■実際に、寝袋を持って外で寝た人もいたそうですけどね。一部にはものすごく快適なゾーンがあるんです。Tシャツ一枚や裸で寝られるところとか...。
○エデンの園のように(笑)?
■そう(笑)。でもあそこは実験的に昆虫とかをいっぱい持ち込んじゃったでしょ。だから不快なんですよ。本来は、ああいうのを持ち込まなきゃ、もの凄く快適なんですけどね。蚊がブンブン飛び回っているようなところじゃイヤでしょう。
○なるほど。日本にある「バイオスフィアJ」はどうなんですか。もっともあれは、まったく違う考え方で研究されているようですが。人工的にソリッドに構築された維持システムですよね。
■そう。あれは目指す目標が違うんですよ。狭い空間でどれだけ効率よく生命維持できるか?ということを研究するものですから。二酸化炭素をできるだけ除去するとか、食料生産量を最大にするとか。
○すごく無機的に頑張ったらどうなるか、人工的に作りこむとすればどうすればいいかというものですね。
■そうそう。順番としては、まずバイオスフィアJだと思うんですよ。国際宇宙ステーションはスペースや予算の制約もありますから。もちろんNASAも大がかりにやっています。
○ええ。
■僕のは、その次のステップです。ビジネスなども含めて宇宙をどう使うかということを考えたときの研究です。たとえば『日経サイエンス』の特集でもどうどうと載ってますが、宇宙開発ってマジメに試算すればするほど、現実性のあるビジネスは観光なんです。
今までは、こういう議論をすっ飛ばして、非常にアカデミックで禁欲的な−−植物生理の研究とか、純粋な結晶をどう作るかといった研究テーマを掲げて、タックスペイヤー(納税者)をなだめてきたわけです。タックスペイヤーとしては、そこは、アタマでは分かっていても(笑)、感情では納得できないから、いつかは予算を減らされるわけですよね。「あんなことやっても、研究者の自己満足じゃないの」って話になっちゃう。
○「そろそろ騙されないぞ」ってやつですね(笑)。
■そうそう(笑)。宇宙空間でメダカが泳いでいても、一回見れば飽きちゃうし。アタマでは、あれは生物学的には貴重な実験なんだと分かっていても、二度目はなかなか納得できなくなってくる(笑)。
だからその次のステップは何かと考えたときに−−自分がもっと良い空間で生活したいっ!っていう願望は、本音の部分で誰にもありますよね。
○はい。
■じゃあ、その本音の部分を実際にやってみよう!ということになるわけです。
○なるほど。本音というか、快楽追求主義が、資本主義社会では結局一番無理がない、成功するものですよね。需要を掘り起こしたり喚起したりしたテクノロジーが結局は成功しているなということは、コンピュータとロケット技術それぞれの展開と現状を見れば分かりますね。まあ、ロケットも失敗とは言えないですが、本当はもっと違うあり方があったんじゃないかなと思います。
[03: 野放図に、でもダイナミックな遷移を] |
■さて、このコンセプトだと、理想的な生態系を設計することが問題となるわけですね。たとえば、手を伸ばして摘み取った植物は、どれもこれも食べられる種にするとか。
子供の頃、お菓子の家っていいなって思いませんでした? あれと同じ(笑)。
○一見、雑草が好き放題に生えているように見えますが…。
■ええ、そう見えるけども、すべて食べられる植物なんです。あそこで元気良くぴょんぴょん伸びているのはイネですね。ま、イネは葉っぱの部分は食べられないので最初は入れてなかったんですが、共同研究者がイネをやっていたんで、育つかどうか試しに入れてみたんです。まあ、将来はご飯も食べたいだろうし(笑)。
○しかし、ずいぶん粗放に育ってますね。
■そうそう、宇宙でも地上でもそれが最も重要なんです。先ほども言いましたが、農業で何が大変かというと、結局は管理がもの凄く大変なんです。宇宙空間で農業をやるとした場合、彼らの時給計算すると、とてつもなく高いでしょう?(笑)。
○そりゃそうでしょうね。
■だから、やらなくちゃいけない部分はできるだけ減らす。ほったらかしにしておいてもいいようにね。
○ほったらかしておいても元気に育つようなものが目標?
■そうです。食べた分はまた勝手に育つように。生態系のナチュラルな遷移で、だんだんと違うものに置き換わっていく方が望ましいですね。
○なるほど、常に新しい種に遷移して置き換わって行くと。
■そう。ダイナミックに変化して飽きさせないインテリアで、しかも食卓が賑やかになる(笑)。
○植えている植物は、遺伝子組み換え体なんですか?
■いえいえ、普通の食用の種子から育てたものです。組み換え体っていうのは消費者にとって抵抗ありますから。いままでみんなが普通に食べてきたものを育てています。
○植物の種類の組み合わせをうまくバランスとってやると、野放図にほっといても…
■そう、自己組織化によって動的安定性が保たれて、ある範囲の中で増えたり減ったりしながら、その増えたり減ったりが毎日の食生活に変化を与えるというようなものです。
ただし、いまは種を3種、そのあとイネを増やしたので4種だけです。最初いきなりたくさん導入すると訳が分からなくなりますから。
○どんな種類ですか?
■バジル、レタス、ネギ、イネです。まだこのくらいだと生態系は不安定で、理論的には、ある種がわっと増えて寡占状態になっちゃったり、逆にガクッと減っちゃったり、変なところで安定しちゃったりするんです。だから、今度は少し増やして試してみたいんです。例えば30種類くらい。30種類で大丈夫だったら300種類にしてみる。たぶん、いまの(実験用閉鎖生態系)サイズ(2.5m四方くらい)だと300種類くらいが限界でしょう。
○え、この中(2.5m四方)に300種植えるんですか?
■だから、ふだんは隠れてるわけです。たまたま条件がよくなったら、ぽっと生えて来ます。
[04: 人間にとって快適な環境で、植物はどこまで育つか] |
■実は、もっと大きな施設にする予定だったんですよ。いまはNASDA(宇宙開発事業団)の予算でやってますが、当初、ここの建物全体を建設するときの計画では5、6階建ての予定だったんです。予算が減って2階建てになって、自動的にここの施設も小さくなりました。
○ふーむ。
■最初の時点では吹き抜けにして、3階くらいにまで届くような大きな木やせせらぎがあって、といったものを考えていたんです。
○なるほど。昔のバブルのときの建物みたいな感じをイメージされていたわけですね。
■ええ、そうです(笑)。バブルのときのような。
でも、あれ見ててつくづく思ったんですね。植物は元気がないし、気持ち悪い病気にかかってるのがけっこう目立つし。
○ああ、プロの方が見ると…? 無理に作っているような感じがするわけですか。
■ええ、なんか不自然な、不健康な感じなんですよ。それに、ちょっとアブナさも感じるんです。もしかしてレジオネラ菌がいるんじゃないかと思わされるようなものなんですね(笑)。でも真面目な話、ビルの中には温度が高い環境もありますから、水があったりすると危ないでしょうね。
○むむむ。
■だからある程度、っていうか、人間が快適な環境のほうが、そういうものは出にくいわけです。ところが植物にとってその環境は、非常に過酷なんですよ。植物は非常に湿度が高いほうがいいんです。90%くらい。100%もあったら大喜びです。で、温度も高いほうがいい。
しかし高温高湿度っていうのは人間にとって嫌な環境ですね。病気も出やすいし。ジャングルのなかに危険なウイルスが潜んでいるっていう話がありますが、ああいう高温多湿環境がそういった生物にとってパラダイスだからなんですね。でも人間にとっては危険なんです。
○はい。
■実験目的の一つは「人間にとって快適な環境で、作物がどこまで育つか?」ということなんです。意外なことに、誰もやったことがないんです。農業っていうのはそもそも適地適作のところでやるので暑いですよね(笑)。そういうところで作物を育てることが前提でした。
○はい。
■だから人間に合わせた環境で作物を育てるという実験は、誰もしなかった訳です。逆に観葉植物にはもともとそういう種類を選んできてますからね。
○人間にとって適した環境で、作物をほったらかしておいて、なおかつ良く育つ、そういう環境を構築すること。それが先生の目標だと。確かに、そういう問題意識の人は、いそうでいなかったのかもしれませんね。
■そう。つまり「桃源郷」ですよね(笑)。本当はそれが欲しいはずなのに、そこを目指してこなかったわけです。これまではね。
じゃあ入ってみましょうか。
○次号へ続く…。
[◆Information Board:イベント、URL、etc.] |
■新刊書籍、雑誌:
◇『不思議な銀河の物語』(ポピュラー・サイエンス219) 谷口義明 著
本体1500円+税 裳華房 http://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN4-7853-8719-X.htm
イカリング状,車輪状,触角を伸ばした形等,不思議で奇妙な形をした銀河について.
◇『走りをささえる タイヤの秘密』(ポピュラー・サイエンス222) 酒井秀男 著
本体1400円+税 裳華房 http://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN4-7853-8722-X.htm
タイヤの製法や種類,また車の特性をどのように変えるのかなど,タイヤのアレコレ.
◇雑誌『科学』9月号 上野の森にゴリラが誕生―その1 ほか 1100円 (送料92円)
そのほか,変動帯日本で地層処分は可能か,幹細胞から再生医療へ,連星系が語る宇宙の化学進化,パンダの親指の謎,論文数でみた日本の大学の実力,など
http://www.iwanami.co.jp/kagaku/ 岩波書店
■イベント:
◇日経BP社主催・建設ITフォーラム 情報技術が築く新生産システム
日時:9 月6 日(水)・7 日(木) 開催場所:東京・砂防会館
◇文部省宇宙科学研究所 一般公開 日時:8/26日
http://www.isas.ac.jp/j/
■ U R L :
◇平成11年度 家庭での省エネルギー実験結果レポート
測ってみました! 省エネ行動の効果
http://www.eccj.or.jp/pamphlet/nacs/99/index.html
◇NECによる過大請求に係る追加調査結果 及びこれを踏まえた返還請求について 宇宙開発事業団
http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/Press/Press-j/200008/chousa_000811_j.html
◇NASDA 熱物質対流シミュレーションシステム
http://jem.tksc.nasda.go.jp/utiliz/thermal_db/index.html
◇国際宇宙ステーション日本実験モジュール「きぼう」の開発試験状況
http://jem.tksc.nasda.go.jp/iss/kibo/develop_status.html
◇若田宇宙飛行士訓練レポート 第6回
http://jem.tksc.nasda.go.jp/iss/3a/wakata_train06.html
◇「NASDA NEWS」最新号(No.225 2000年8月号)
http://yyy.tksc.nasda.go.jp/Home/News/News-j/225index.htm
◇健全な水循環系構築に向けて 環境庁、国土庁、厚生省、農林水産省,通商産業省及び建設省
http://www.nla.go.jp/mizsei/junkan/
◇「未来のゆめ」コンテスト
http://www.mirai-kobe.com/frame2.html
◇雑誌『蛋白質 核酸 酵素』(共立出版)の編集アルバイト募集案内
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